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国王からハーティアの王妃事情を聞いた翌日。
ルリアーナの目の前には後ろ手に縛られて床に膝をついている立派な身なりの男性がいた。
その人物は少し癖のある金髪を後ろで縛り、夏の空のような美しい青い瞳に困惑と苛立ちを混ぜて周囲に立つ騎士や室内を見回している。
記憶にある姿より髪が伸びてはいたが、ルリアーナにとってはとても懐かしい君とな無印のメイン攻略キャラクターであるオスカーが確かにそこにいた。
大ハマりしたゲームの主要キャラである彼を目の前にすれば感動で涙すら流れるのではないかと思っていた。
しかし実際は呆れと僅かな怒りしか感じない。
「なんだ!?お前、ヴァルトか?と、誰だお前は!おい、私はシャーリーを連れて来いと言ったんだぞ!」
オスカーは騎士に隠されるように立っていたヴァルトとルリアーナに気がつくと、じたばたと暴れて周りに控えている騎士に向かって叫ぶ。
既知の間柄であるヴァルトに失態を見られて動転したのかもしれないが、その行動ではみっともなさが増しただけだ。
「…いや、違う。イザベル、イザベルだ!イザベルはどこに…。まさか、私を見捨てたのか!?」
かと思えば2人のことなど眼中にもないようにがくりと項垂れ、この世の終わりのような声で言い始める。
公爵からの手紙で症状を聞いてはいたが、実際に見るとこれは…。
「いやぁ、思ってたよりもだいぶ酷いね」
「ええ、こんな風になっていたとは思いませんでした」
ルリアーナもヴァルトも驚きの酷さである。
まさか自分がイザベルをディアへ追放したことも忘れているとは。
呆れて物も言えない心境だ。
だが、彼は魔法に掛かっているだけなのだと思えばこのままにしておくのも可哀想に思えてくる。
それは自分が愛したゲームのキャラクターだからかもしれない。
けれどやはり一番はイザベルのためだ。
コンコンコンコン
「すまない、待たせた」
2人がオスカーの症状を眺めていると、ノックの音と共にバートランド公爵と国王が姿を見せた。
「父上!!」
部屋に現れた父親の声にオスカーは顔を上げる。
そして膝でにじり寄ると声を張り上げた。
「お願いです!今すぐイザベルに会わせてください!!何故彼女は会いに来てくれないのです!?」
しかしその言葉に国王よりも先に公爵が反応する。
「ふざけないでいただきたい!先日わざわざ会いに来たイザベルに対して帰れと仰ったのは殿下でしょう。それ以前にイザベルを勝手に連れ出してディアに放り捨てたことをお忘れか!!」
顔を真っ赤にして腹の底から怒気と共にオスカーに叫ぶ。
ともすれば胸倉を掴んで殴っていてもおかしくないほどの気迫だ。
それに「ひっ!?」と情けなく悲鳴を上げたものの、その言葉はしっかりとオスカーの耳に届いた。
「う、嘘だ!私がイザベルを…?そんな、まさか、あれは現実…?」
父の前で頽れたオスカーは泣いていた。
自分の行いを思い出した後悔からの涙だろう。
その言葉から察するに、魔法に掛かっていた間のことを夢と思っている可能性もある。
しかし次の瞬間にその顔は歪み、がばりと起き上がってバートランド公爵を睨みつけた。
「あんな女は追放されて当然だ!!私の愛するシャーリーを害そうとしたのだ、美しい花を守るために害虫を駆除することの何処に問題が?」
「な、なんだと!?」
一転して狂気の笑みを浮かべながらシャーリーへの愛を語り始めたオスカーに公爵は気色ばむ。
娘をそんな風に言われたのだから仕方ないが、正気でない者と言い合ってもらちが明かないだろうに。
その光景に周囲からはため息が漏れた。
きっと2人は会う度にこのような感じなのだろう。
国王は顔を手で覆い、深いため息を吐いた。
「もうよい、お主らのこのやり取りも今日で最後だ」
そしてルリアーナを見ると、
「この通りだ。もう私も皆もこれの相手は懲り懲りでな。早めに引導を渡してもらえると助かる」
ずいっとオスカーの肩を押し、元の通りルリアーナの前に座らせた。
「…本当によろしいんですの?」
「ああ」
ルリアーナは念のため今一度国王に確認を取る。
この状態であれば魅了は解けると思われるが、もし解けなかった場合に今のオスカーなら何をしでかすかわからない。
縛られているからと言って油断していると、とんでもないことになりそうだ。
「何かあっても国の威信に掛けて貴殿を守ると誓おう」
その懸念は国王にも理解され、誓約を以って言質を与えることでルリアーナの庇護を確実なものとした。
ならば躊躇うことはない。
「承知いたしました」
ルリアーナは国王に頷くとオスカーに向き直る。
「初めまして、ハーティアの王太子殿下。私はルリアーナ・バールディ・ロウ・ディア、こちらにいらっしゃるヴァルト様の妻でございます」
そして諸国屈指の美しさを誇る美貌とカーツィでオスカーの目を釘付けにすると、
「本日は貴方様の目を覚ますためにこちらに参りました」
そう言ってにっこり笑い、握り拳を構える。
「……は?目を、覚ます…?」
しかし言われた内容に頭が追い付かないオスカーは握り拳とルリアーナの笑顔を交互に見て、それでも意味がわからずぽかんとした間抜けな表情を浮かべた。
「ええ」
そんな彼に慈愛すら感じる笑みを再度向けたルリアーナは、
「国王様からも催促されましたので、……さっさと目を覚ましなさい、このろくでなし!!」
握っていた拳を些かの躊躇いもなく振り抜き、それをまともに頬に受けたオスカーはゴガッシャアアアンという凄まじい音を立ててテーブルとソファにぶち当たって気絶した。
「…ふぅ」
一仕事終え、額の汗を拭う(仕草のみで実際には滲んですらいない)ルリアーナに「いつ見ても見事だねぇ」と言いながらヴァルトは拍手を送る。
「やだ、ヴァルト様ったら。恥ずかしいですわ」
「大丈夫。そんなリアも可愛いよ」
「……もうっ!」
「ははは」
そんな賛辞に対して頬を染め、それを手で隠そうとするルリアーナと、その手を取って指先に口付けて甘く微笑むヴァルト。
たった今惨劇を繰り広げていたとは思えない空気を醸す2人のその後ろで、けれどしっかりとそれを目撃した国王と公爵はあんぐりと口を開け、ピクリとも動かないオスカーから目を離せないでいた。
読了ありがとうございました。




