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それから3日後、イザベルは公爵と共にハーティアへ帰ることになった。

「家の者もこれを案じておりまして、そろそろ限界なのです」

急なことにルリアーナやアデルに何もお礼をできていないとイザベルは慌てたが、ヴァルトにそう辞去を告げる父親の言葉を聞いては従わないわけにはいかない。

イザベルだってずっと家族のことが気掛かりだったのだ。

「死の淵から救っていただいたにもかかわらずなんのお返しもできず去らねばならぬこと、心よりお詫び申し上げます。いずれ改めてお礼を」

「あー、そんなの気にしなくていいから。早くご家族の元に帰りなさいな」

「そうですよ!今はおうちに帰れることを喜んでください!」

父に倣い、イザベルもルリアーナとアデルに辞去の言葉を告げようとすれば、2人の優しい言葉に遮られた。

『この人たちと知り合えたことは今までの人生で一番の宝だ』とイザベルは心から思っている。

「ありがとうございます。もうお会いすることはできないかもしれませんが、皆様に救っていただいた命を大切にいたします」

イザベルは込み上げてくる涙と胸に迫る感情を押し殺して最後に精いっぱいの感謝を込めて笑顔を作ると、2人に深く深く頭を下げた。

ただの公爵令嬢と他国の王太子妃が会うことは容易ではないから、きっとこれが今生の別れになるだろう。

だから、泣かないようにしなくては。

出会った時はぼろぼろだったけれど、最後くらいはできる限り美しく、笑顔で別れたい。

そう思って頭を上げれば、2人はきょとんとした顔でイザベルを見ていた。

「…イザベルちゃん」

「…はい」

「貴女、もう私たちと会わないつもりなの?」

「…はい?」

きょとんとした顔から一転、すんと真顔になったルリアーナに少しだけ恐怖を覚えていると、彼女はそう言ってイザベルの肩を掴んだ。

「もしそのつもりなら、私は貴女をハーティアには帰さないわよ?」

「はいぃ?」

ルリアーナはそう言ってますますイザベルの肩を掴む手に力を込めた。

その行動が怒り故と思ったイザベルは何が原因だろうかと目を白黒させる。

「そうですよ!なんならクローヴィアに連れてっちゃいます!」

「ええ?」

すると今度はアデルがイザベルの腕を抱き込み、頬を膨らませながら彼女を睨んだ。

その顔から、こちらも怒り故の行動かと思ったが原因がわからず、イザベルはますます困惑した。

「お2人とも、どうしたんですか?なんでそんなこと」

おろおろと助けを求めるように王太子たちを見れば、ヴァルトは笑いライカは苦笑し、その隣に立つ父はポカンとしていた。

どうやら王太子たちは2人が怒っている理由を察しているらしい。

「だって!」

そう言うとルリアーナはアデルと反対の腕を同じように抱き込んで、同じように頬を膨らませた。

「イザベルちゃんがもう私たちとは会わないなんて言うから!!」

「酷いです!私たちの絆はそんなものだったんですか!?」

そうして2人は両側からイザベルに文句を言う。

イザベルはその言葉にようやく納得がいった。

なるほど、先ほど「もう会うことはできないかもしれない」と言ったせいで2人はこんなに怒っているのかと。

だがそれは仕方がないことなので、イザベルは2人にそれを伝えた。

「いや、そうは言っても、私の身分じゃあそうそうお2人に会うことは難しくてですね!?」

「「関係ない!!」」

だが2人はきっぱりとそう言うと同時にイザベルにしがみつく。

「友達に会うのに身分がどうとか関係ないでしょう!?」

「悪役令嬢が身分とか気にしないでくださいよ!!」

「「私達、友達でしょう!!?」」

しん…と辺りが静まる。

笑うヴァルトも苦笑するライカも、いまだポカンとしたままのバートランド公爵も声を発さない。

そして2人の間で固まったように動かないイザベルも口を閉ざしたままだ。

「…ちょっと、なんとか言いなさいよ」

「…イザベル様?」

そう言う2人の声は聞こえているのに、イザベルは動けない。

けれど彼女の意志とは別に身体が勝手に震え始める。

そして込み上げてきたなにかが、とうとう彼女の口から溢れ出た。

「ふ、ぐぅ…」

それは汚い音で、気品の欠片もなくて、でもその音を漏らさないと、もっともっと大きな音を出してしまいそうで。

「うぅ、ぐ、ふぅ…ぅっ」

イザベルはなんとかその音を小さく抑えようとした。

こんな声を、公爵令嬢としてあるまじき声を、この2人には聞かせたくないと思った。

最後くらい、2人に勝らなくても見劣りしない自分でいたかった。

しかし両脇にいる2人にその声が聞こえないわけがなくて。

「…イザベルちゃん、泣く時は大声で泣いてもいいのよ?」

ふ、と小さく笑ったルリアーナが「本当に仕方のない子ね」と言ってイザベルを抱きしめる。

彼女の手はまるで魔法の手のようだった。

抱きしめられただけで、イザベルは簡単に心の全てを曝け出されてしまう。

「だって、私、こんななのに、と、友達って、言ってもらえるなんて、思ってなくて、う、うう、嬉しくて、えぇ~」

イザベルはルリアーナにしがみつき、小さな子供のように声を上げて泣いた。

実の母にもこんな風に泣きついたことなどないのに、ルリアーナの包み込むような優しさがさらに涙を呼ぶ。

「わ、私だって、また会いたいし、離れたくない、けど、私は、ただの、公爵令嬢で、2人は王太子妃で、もう、会えないって、会っちゃダメだって、そうお、思って~!」

わんわんと感情のままに泣く。

胸の閊え全てを押し出すように。

それを許してくれるこの人と離れたくないと思った。

「それなら!」

そう思っていたら、さらにもう一つの温かな手もイザベルを抱きしめる。

「イザベル様も王太子妃になってくださいよ!!そうしたら気にせず会えるでしょう!?」

そう言ってあの日傷ついてボロボロだったイザベルを救ってくれた手が、またも彼女を救ってくれた。

あの時は命を、今度は心を。

「ハーティアの王太子殿下だって、きっとルリアーナ様が殴ればすぐに元に戻りますよ!!」

アデルがそう言った瞬間、向こうで「ふはっ」と吹き出す声と「うぐぅっ」と呻く声が聞こえた。

正直空気ぶち壊しだが、お陰で少し冷静になれたイザベルの涙が収まってくる。

「…そうね、そうしましょうか」

何とも言えない気持ちでイザベルがすんすんと鼻を啜っていると、目の前にいるルリアーナから先ほどとは違う低い声が聞こえてきた。

「…え?」

怒りの再燃かと驚いて顔を上げれば、いつかのように悪い顔で笑うルリアーナが見える。

彼女はイザベルと目を合わせるとにっこり笑い、

「大丈夫、私が全部解決してあげるわ」

そう言ってまた、ぐっと拳を強く握り込んだ。

その笑顔は完全に魔王やラスボスを連想させる類のものだったが、それでもイザベルには女神にしか見えなかった。

読了ありがとうございました。

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