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「さて、じゃあシャーリーの件はいいとして、次は何が聞きたい?」

自分が出した結論はあくまで推理だとしながらほぼ正解だろうと言ったルリアーナは「この件は放っておいても大丈夫」と話題を次へと進めた。

残る話題は公爵家が示したイザベルの処遇に関する返答とイザベルを追放したオスカーのこと。

どちらも彼女の心に負担がかかるだろう話題だ。

「…すみません、オスカー様のことを聞きます」

逡巡の後、イザベルはやはりまだ父の言葉を聞くのは怖いとぎゅっと目を瞑り、心のダメージが少ない方を選んだ。

胸の前で組まれた手は小さく震えており、竦められた肩も相まって不安そうにも見えるし、意気地のない自分を恥じているようにも見える。

「わかったわ」

ルリアーナは彼女の選択を肯定すると黙って微笑みだけを向け、手に持っていた返書を開いて該当部分を確認した。

「…彼は今も王宮で謹慎中だそうよ。今でもシャーリーを求めて叫んでいる時があるみたい」

ルリアーナはあえて軽い口調で今のオスカーの状態を教える。

返書には『王太子殿下は国王陛下の命で自室にて謹慎中である。錯乱し、件の少女の名を叫ぶ姿がたびたび目撃されているため、王太子復帰の目途は立っていない』とあったが、そのまま伝えることはしなかった。

「そう、ですか」

けれど返事をしたイザベルの声は沈んだものだった。

シャーリーを求めているという事実はやはり彼女には辛いものだろう。

彼を深く愛してはいなかったようだが、それでも長らく将来の伴侶になる相手として過ごしていたから特別な思いはあるはずだ。

ルリアーナはそれを少しだけ羨ましく思った。

自分には抱けなかった感情だったこともあるが、婚約者を愛する気がなかった自分が酷く冷たい人間だと言われているような気がしたから。

「でも、今は魔法が解けている最中みたいね。時々貴女の名前も口にするらしいわ」

「……え?」

沸き上がって来た感情に蓋をするようにルリアーナは口を開いた。

自分に対してもイザベルに対しても誤魔化しでしかないことではあったが、その言葉にイザベルがどういうことだという顔をしていたので、そのまま話を返書の内容に戻す。

「手紙には『前日には「シャーリーはどこだ!?」と騒いで暴れていたのに、次の日になると「今日はイザベルは来ないのか?」と訊ねられたりする。この頃は情緒や記憶が不安定なようだ』と書かれているわ。恐らくこれはシャーリーの魅了が離れたことで薄れているせいだと思うの。つまりもっと時間をかければ、もしくは手っ取り早くショックを与えれば、彼の魔法は解ける可能性が高い」

ルリアーナはヒラヒラと返書を振って「よかったわね」と言う。

イザベル次第ではまた元に戻れる可能性があるのだから、これはいい知らせだろう。

だがイザベルの表情は晴れない。

「…よかった、のかどうか、私にはわかりません」

それがイザベルの素直な気持ちだったことは明らかだ。

『自分を裏切った男をもう一度信じられるか』と問われて『はい』と言える人間は少ない。

「あら、絶対によかったわよ」

しかしルリアーナは絶対の自信を持ってそう言うと「ふふふ」と笑う。

「いつかのライカ様のように、自分のしでかしたことに気がついて恥も外聞もなく婚約者に土下座をする、なんて光景がまた見られるかもしれないわ」

そして言葉通りライカの時を思い出したのか、「楽しみ~」と鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌だった。

別に彼のことが嫌いなのではなく、むしろ正常に戻った彼のことは人として好意的に見ているし尊敬もしているが、それはそれ、というやつである。

けれどなぜ突然ライカの話になったのかがわからなかったイザベルは、説明を求めて婚約者のアデルを見た。

するとアデルは遙か遠くを見るような虚ろな目をして、ゆっくりとイザベルにその時のことを語った。

「……実はライカ様も、以前別の女性に魅了の魔法をかけられたことがありまして…」

あれからもう2年が経ったのかと妙に感慨深い気持ちになるが、決していい思い出ではないので懐かしいという思いはない。

ライカには言ったことはないが、今でも時々あの時の夢を見る。

と言っても最後にはルリアーナが言った土下座シーンで終わるので、完全な悪夢ではない。

それでも心の傷はまだ完全に癒えたとは言えなかった。

「ええと、それはどうやって解決なさったんですか?」

「それは…」

しばし自分の身に起きたことを思い出してぼうっとしていたアデルは、イザベルからの質問にどう答えたものかとルリアーナを見た。

それにつられるようにイザベルもルリアーナに視線を向ければ、彼女はにっこりと微笑み、

「衝撃を与えればいいと聞いていたから、思いっきりぶん殴ったわ」

ぐっと右手を握り込みながら力強く宣った。

その顔があまりにもいい笑顔だったため、イザベルは何も言えないままゆっくりとその輝く笑顔と拳から目を逸らす。

「……ところで、魅了ってなんのことですか?」

イザベルはこほんと小さく咳払いをしてから、ずっと気になっていたことをアデルに訊ねた。

先ほどから頻繁に出てきているが、一体何のことかと。

「ああ、説明してませんでしたね」

アデルもルリアーナから目を逸らし、ポンと手を打ってそれの説明をしてくれる。

これは逃避ではない。

決して、逃避ではない。

「ゲームのヒロイン、そちらで言えばシャーリーですね。彼女は無意識のうちに異性を虜にしてしまう『魅了』と呼ばれる魔法を使うことができるんです」

「……はぁ」

しかしアデルからの説明にイザベルが返せたのはそんな気の抜けたような返答だけだった。

突然魔法だと言われても全然理解が及ばないとその顔一面に書いてある。

「まあ、魔法が使える人が稀なこの世界ではすぐに信じるのは難しいですよね」

アデルはそれも仕方ないと苦笑する。

自分だって知ってはいても、実際に体験していなければ信じられなかったと思えばなおさらに。

「すみません…」

イザベルは混乱する頭でただ謝ることしかできなかったが、気にすることはないとアデルは笑った。

読了ありがとうございました。

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