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アデルとライカが行き倒れていた少女を王宮に連れて行くと、偶然門の前で先約だった来客を見送っていたルリアーナを発見し、事情を説明するとすぐに部屋の用意がなされた。
「ふむ、どう見ても栄養失調でしょうが、それに伴う疲労と過度のストレスもありますな。だいぶ弱っているようですが、このまま安静にしていれば徐々に回復するでしょう」
そして急ぎ呼ばれた侍医の見立てでは命の危険はないとのことで、ずっと気を張っていたアデルはほっと胸を撫で下ろした。
そんな彼女を見て相好を崩し「クローヴィアの王太子殿下は良い方を選ばれましたなぁ」とルリアーナに囁いていた好々爺然とした侍医に礼を言って見送り、邪魔にならぬよう椅子に座って侍女が少女の身体を清めている様子を見守る。
当然男性はお断りということでライカと「ヴァルト様に報告してくるわ」と言ったルリアーナが席を外しているため、手早く処置を終えた侍女が片付けに行った今、部屋にはアデル1人だ。
「……助かってよかったですね」
誰も見ていない今なら何をしても咎められないだろうと、少女がいつ目を覚ましてもいいようにアデルは甲斐甲斐しく彼女のために動き回った。
一方、ライカと共に席を外したルリアーナは彼についてくるように言うと、ともにヴァルトの元を訪れた。
コンコンコンコン
「ヴァルト様、失礼しますわ」
ヴァルトの執務室の扉をノックして返事も待たずに扉を開く。
「え?ノックの意味は?」
それを見たライカがいいのかという顔をしているが、そもそも本来ルリアーナはこの扉を開くのにノックの必要すらない。
それは自分がルリアーナを束縛する代わりにルリアーナにも同様の条件をというヴァルトの提案で、彼からは「リアに見られて困るものはなにもないからいつでも来てね。僕がいない時は勝手に入ってもいいから」と言われてすらいる。
だからこれで構わないのだと口に出して説明はしないが、「問題ありません」と言えばそれでライカには大体のところが伝わった。
「いらっしゃい、ってあれ?リアだけじゃなくライカも一緒なんてどうしたの?」
扉の正面には大きな執務机に座って書類仕事をしていたヴァルトがおり、顔を上げた彼は尋ね人の組み合わせの珍しさに手を止めた。
これが他の男性であったなら確実に部屋の温度が5度は下がったところだろうが、ライカだったため2度程度で済んだ。
「お仕事中に申し訳ございません。ですが、ちょっと早めにお耳に入れておきたいことがありまして」
ルリアーナは部屋が冷えたことに気がつかないのか興味がないのか、ヴァルトの机までつかつかと歩いていく。
当たり前すぎて慣れているとかだったら嫌すぎるなとライカが入り口から見守る中、ルリアーナは「すぐに済みますから」とヴァルトを伴ってライカの方に、と言うよりは部屋の出口である扉の方に向かってきた。
「ちょっと話すくらいなら別にこの部屋でもいいんじゃない?」
ルリアーナに引かれながらヴァルトは首を傾げたが、ルリアーナは首を振る。
「いえ、できれば来客の可能性のない所がいいのです」
人物が限られているとはいえ、それでも王太子の仕事をしているヴァルトの元へ来る人は多い。
これからする話は無関係の人に聞かれたくない話であるため、ルリアーナは人の来ない場所へ移動を希望した。
「まあ、急ぎの仕事もないし、少しの間なら離れても大丈夫か」
ヴァルトもそういうことならと了承し、部屋を出て鍵を掛ける。
勝手に部屋に入るような愚か者はいないだろうが、それでも念には念を、ということだ。
「その前に、他国の人間である僕が王太子の仕事部屋に入るわけにはいかないでしょう」
それまで口を挟まなかったライカは2人に向かって苦笑した。
その顔は「この2人は自分の立場がわかっているのか」と言いたげだ。
ちゃんと鍵を掛けているあたり理解はしているのだろうが、違うところで無防備が過ぎる。
しかし2人は何故かその言葉に揃って不思議そうな顔をすると、
「ライカ様に見られて、何か困ります?」
「僕はお前を信頼しているし、見られても別に困らないよ?」
そんな言葉をなんの衒いもなく口にしてきて。
「え、ええと、それは…ありがとう?」
想像もしていなかった不意打ちにライカは狼狽えながら赤面し、目敏い2人にからかわれた。
「さて、それで話っていうのは?」
場所を移し、3人が椅子に座ったところでヴァルトがルリアーナに水を向ける。
すぐ済むし人を入れたくないということでお茶もなければそれをサーヴする侍女もいない、本当に3人だけの空間で軽く視線を巡らし、コホンと空咳を吐いたルリアーナは説明の口火を切った。
「はい、先頃アデルちゃんとライカ様が保護した令嬢についてですわ」
言いながらルリアーナはちらりとライカに目を遣る。
目を向けられたライカはその件についての話だろうとは思っていたが、どんな話なのかはわかっていなかったので聞きの姿勢で続きを待った。
「ああ、報告はもらっているよ。ウィレル嬢が見つけたんだって?」
ヴァルトはすでに報告を受けている件だったために「なんだ、そのことか」と肩から力を抜く。
そんなことがあると本気で思っていたわけではないが、ライカとともに訪れた理由が自分の知らない何かで先にライカを頼ったから、というわけではなかったことに安堵したのだ。
「ええ。実はあの子、ハーティアのバートランド公爵家のご令嬢なのですわ」
「………ん?」
やれやれやっぱり杞憂だったとヴァルトがほっと息を吐いたのも束の間、なにやらとんでもない単語が飛び出て来た。
「ええっと?それは、どういう…?」
同じくライカも面を喰らったのだろう、どういう意味も何も聞いたままだろうに、混乱のためか意味のない問いを口にしてルリアーナを見つめる。
「ですから、彼女はハーティアの王太子オスカー様の婚約者であるイザベル・バートランド公爵令嬢なのです」
それに肩を竦めながらルリアーナはさらに威力を上げた爆弾発言で以って応えを返す。
もしそれが事実なら大変なことだ。
と思ったところで「あっ!」とライカが気づく。
自分が彼女に見覚えがあると思った理由。
それは以前ライカがオスカーを訪ねた際にイザベルを見たからだったのだ。
「お、思い出した。あの赤い瞳は『どんなルビーよりも美しいだろう』とオスカーが自慢していた、彼の婚約者の瞳と同じ…!」
会ったのは何年も前のことだったから忘れていたが、確かにライカは彼女が令嬢であった時の姿を見ていた。
すなわち、ルリアーナの言葉は本当で、自分が連れて来たのは他国の公爵令嬢で、王太子の婚約者で…?
「うわ、よかった連れてきて」
遅れて気がついたファインプレーにどっと冷や汗が出た。
あの時アデルが気がつかなければ、自分が僅かな面影に気がつかなければ、一体どうなっていたのかなんて考えたくもない。
「そうだね、知らないところで君たちに助けられていたみたいだ」
ヴァルトもライカと同じ結論に至ったという顔で胸に手を当てている。
知らないこととはいえ、自国で他国の公爵令嬢兼王太子の婚約者が死んでいたなんてことになったら目も当てられない。
「というか、なんでリアは彼女のことを知っているの?」
ややして、まさかのショックから回復したヴァルトがそういえばとルリアーナを見る。
彼女の交友関係は全て把握しているが、2人が知り合いなんて話はなかったはずだと。
よく考えると怖い話だが、ここでそれを口にする者はいないのでそこはスルーされた。
「え?ええ、と」
そしてそこはスルーできても質問はスルーできないルリアーナは明らかに拙いことを聞かれたという顔でヴァルトからの視線を扇で隠し、すいっと目を泳がせる。
ルリアーナにとって彼女の正体は当たり前すぎて何故知っているのかを聞かれると思っていなかったので、今回は言い訳を用意していなかったのだ。
「ま、まあいいじゃありませんかそんなこと!そそ、それよりも、彼女から事情を聞かねばなりませんので、私はこれで失礼い、たしますわね」
なので結果、「ほほほ~っ」と笑いながら逃げるように部屋から出て行った。
挙動不審な上にどもりまくりで、最後は笑って逃げていく。
そんな状態で誤魔化せるわけはないとルリアーナも自覚しているがとりあえず先送りすることはできたはずだと、彼女はアデルが待つ部屋へ足を向けた。
「……相変わらず謎だなぁ」
「ほんとにね」
残された王太子2人は苦笑しつつも『ルリアーナだから仕方ない』と諦め、これからのことを考えて軽くはないため息を吐いた。
読了ありがとうございました。




