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アデル編完結です。
「ということは、やっぱり貴女は故意に、それも多少なりとも悪意を持ってライカ様たちに魅了を掛けたのね?」
ルナに制裁を加えたことで幾分冷静になった瞳でルリアーナは床に蹲るルナを見る。
真っ直ぐすぎるその視線は、心に疚しいことがあれば受け止めることはできないだろう。
「悪意なんてなかったわよ!ヒロインが攻略対象者を魅了して何が悪いって言うの!?」
だが、涙に濡れた顔を上げた本人の言う通り、ルナとしてはそこに明確な悪意はなかった。
彼女はただ、彼女の思う通りにゲームの世界を生きただけ。
だからルリアーナの視線も言葉も正面から受け止められた。
「…そう、それが貴女の言い分なのね」
ルリアーナは彼女の言葉に嘘はないと見抜くと、「なるほどね」と納得した。
やり方が妙に中途半端だったのはそのせいか、と。
ライカたちの魅了を解いた後、ふとルリアーナは不思議に思ったのだ。
何故ルナはゲームに沿って行動したのかと。
もしかしたらアデルのように学園に入学した際に前世を思い出したのかもしれないが、そうでないなら自分のようにもっと用意周到に用意して然るべきはずなのに、彼女はそれをしていなかった。
それこそ魅了の力を以ってすれば、もっと早く目当ての人物と接点を持つことも可能だっただろう。
なのに何故、彼女はそうしなかったのか。
その疑問が今解けた。
彼女が『ゲーム期間中』且つ『攻略対象者のみ』にしか魅了を使わなかった理由、それはあくまでも彼女が『ゲームの世界』を生きていたからだ。
これが現実だと正しく理解していれば、もっと早くにもっと被害を出していただろうことは想像に難くない。
攻略対象者以外に魅了が通じるのかはわからないが、それでもやりようはあったはずだから。
そう思えば彼女はある意味良心的だったのかもしれない。
自分に許された枠組みの中で大人しくしていた、という意味で。
だが、悪意がないのと悪くないというのはまた別の話でもある。
「では聞くけれど、貴女は卒業後、あの5人の誰を選び、誰と結婚するつもりだったの?」
「……え?」
なにやら考え込んでいたルリアーナがゆっくりと口に出した言葉に、気まずい思いでそれを見ていたルナは目を瞠る。
それは意外な、というよりは考えてもいなかったことを聞かれたような顔だった。
「クローヴィアの法律では重婚は禁止、浮気も不倫も禁止。なら最終的に選べるのは1人だけよね?」
そしてルリアーナの言葉にも同じような反応を示した。
知識として知ってはいるが、それが自分にも当てはまるとは思っていなかったような顔だ。
「で、でも、それはゲームだからルートがあるだけで、実際なら」
だからルナは自分の常識でそれに反論しようとする。
「実際なら、もっと厳格なはずでしょう?複数人に気を持たせても選べるのは1人だけ。ならば選ばれなかった他の4人はどうなると思う?例え婚約者がいたとしても、他の女性に靡いた彼らを許してくれるかしら。許されなかった場合、学園という狭い空間に同世代の貴族がほぼ全員在学している状況で、そんな人間が他のご令嬢と縁を結べる可能性は限りなく低いと思わない?」
「……っ!!」
しかしそれは正論で以って見事に打ち返された。
反撃の言葉など何も見つかるはずもない。
「そして、これは絶対ではないし、彼らの婚約者のうち私はアデルちゃんのことしか知らないから、断言は控えますけれど」
それでもルリアーナの追撃は続く。
二度と彼女に変な気を起こさせないように。
そして、己が身勝手さを理解させるために。
「アデルちゃんのように婚約者を愛していたら、そしてライカ様のように相手も彼女を愛していたなら、貴女の身勝手で幸せになるはずだった2人を引き裂いたことになるのよ」
「…うっ」
「それって、常識的に考えても『悪』じゃない?」
そして齎された結論に、ルナはやはり何も言い返せなかった。
「もし次にまた同じことをしたら、また私が直々に貴女を殴りに来てあげるわ」
ルリアーナは最後の釘差しに、ルナにそう告げて項垂れる彼女を残して部屋を去った。
入り口にいた侍女にまだルナが残っていることを告げ、王城に用意されている自室へと戻る。
そういえばルナは最後までルリアーナが『ゲーム』や『ヒロイン』と言った言葉を理解できないと言わなかったことを疑問に思わなかったな、と考えながら歩を進めれば自室にはすぐに辿り着いた。
「おかえり」
ノックをしてから部屋の扉を開くとヴァルトがソファで本を片手に寛ぎ、彼の周りでは侍女たちが何やらリストらしき紙を片手に指を差している。
見るとルナの元へ向かう時には少し雑然と広げられていた荷物が部屋の隅に粗方まとめ終えられていた。
「ただ今戻りました。もう準備はすっかり整っていますね」
「そうだね。予定通り明日の朝には発てると思うよ」
「そうですか」
ヴァルトの言葉に、思わぬ収穫があったこの旅行も明日で終わりかと少し寂しくなる。
交流はまだまだ先、それこそ彼女が王太子妃になってからだと思っていたアデルとも仲良くなったし、ライカとも妙な上下関係ができた気がするが仲良くなったと言っていいだろう。
本音を言えばまだクローヴィアでやりたいこともやってみたいこともあったが、自分の一存で予定を伸ばすのは難しいと、ルリアーナはそれらを次回の楽しみにすることに決め、目に焼き付けるように部屋から一望できる中庭と、その先に続く街並みを眺めた。
そして翌日。
旅立ちに相応しい、抜けるような青空が広がる中でルリアーナたちはディアへ向けて出発するべく馬車に乗り込んだ。
「アデルちゃん、また今回みたいなことがあったら、遠慮なくライカ様を殴るのよ!」
「わかりました!!」
「ちょ、アディに変なこと教えないでくれます!?」
「ははは。いいじゃん、一回くらい殴られとけよ」
窓を開けて最後の挨拶を兼ねたアドバイスをとアデルにウインクして見せたルリアーナの言葉にアデルは目を輝かせて頷く。
それにぎょっとした顔を見せて慌てるライカにヴァルトが茶化しながらも穏やかな笑みを向けた。
表には出さないが、これからも両国を牽引するもの同士として、そして親友としてライカのことをとても心配していたヴァルトは彼が正気に戻ったことを本当に喜んでいたのだ。
奇跡みたいなそれを成しえたのが、自分が唯一無二と定めた女性であったことには驚いていたが、彼女なら成し遂げられてもおかしくないとも思ってしまう。
改めて自分の妻の規格外さに笑いたいような、ため息を吐きたいような心境だ。
「ではまた!それまでお元気で」
「はい!また、必ずお会いしましょう!」
「今度は2人でディアへ遊びにおいでよ」
「そうだね、その時はよろしく」
ヒヒィーンという馬の嘶きを合図にライカとアデルは馬車から離れ、今度こそお別れと手を振る。
それにルリアーナは元気よく、ヴァルトはクールにひらりとだけ手を振って窓を閉めた。
「出発します!」
そして御者の声が上がると、ゆっくりと馬車は進み出した。
今彼らの車窓から見えているクローヴィアの首都、学術都市と呼ばれるリクローバの古めかしいレンガ造りの建物が並ぶ景色は、やがてディアの首都である工業都市レダイアの雑然とした街並みに変わっていくのだろう。
その道程が安全であることをアデルは祈った。
「なんというか、嵐のような人だったね…」
その横でライカは去り行く馬車を眺めながらしみじみと言ったが、
「あの人は嵐より大変ですよ?」
アデルはくすりと笑いながらそう訂正した。
ゲームで知っていた彼女とは違い、今のルリアーナはエネルギッシュで爆発的、正に真夏の太陽のような人物だ。
嵐のようないち自然現象とは比べ物にならない。
ライカはそれを聞いてふっと笑うと「違いない」と呟いて、アデルの髪を一掬い取りそっと唇を落とす。
「君はそうならないでくれると助かるな」
ヴァルトみたいに変に苦労するのは嫌だから、と僅かに苦笑した。
だがアデルは知っている。
ヴァルトが君とな2の隠しキャラで、監禁ヤンデレ上等の激重キャラだと。
そしてライカがそれに負けないくらいのドロ甘激重キャラその2だとも。
ルリアーナはそれを知らないようだったが、何か地雷を踏み抜きでもしない限り今のところ監禁はなさそうだし大丈夫そうに見えた。
だから、もしかしたらこれから本当に苦労するのは自分なのかもしれない。
そう思いながらアデルは頭上に広がる青空を見上げた。
そして、それでもこうして大好きな人を取り戻せた自分は、これからもこの世界で幸せに生きていこうと改めて思った。
見上げた空は旅立った人の性情を映したように、どこまでも高く青く澄んでいて、爽やかな風がアデルの肺を満たしながらどこかへ向けて吹き抜けて行った。
読了ありがとうございました。
切りよくアデル編が終わったので、これにて今年の更新は最後とさせていただきます。
皆様、よいお年をお迎えください。




