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後日、王城の一室に魅了されていた攻略対象者達が集められ、待ち構えていたルリアーナは「貴方たちの目を覚まして差し上げますわ!」と叫びながら彼らを次々と殴り倒して行った。
「え?なっ、誰!?」
「あら、ご挨拶がまだでしたわね。私はルリアーナ・バールディ・ロウ・ディアと申します」
「……へっ!?」
ガッ
「ロウ・ディアって、ディアの王太子妃!?ちょ、まっ…」
「待ちませんわ」
ゴッ
「なんなんだよ!?マジで意味わかんなっ…ひぃっ!!」
「後でわかります」
ドゴッ
「くっ、私は逃げん…!!」
「その心意気やよし!」
「なっ、速っ…!?」
ドガァァンッ
見知らぬ美女が言った言葉の意味もわからず、初めのうちは戸惑っていた面々も美女の正体に驚く間もなく突然ウォルターが殴り飛ばされ、見事な放物線を描いて地に落ちてからは顔色を変えた。
そして一瞬呆けていた2人の貴族子息はライカの様子を見てそれが嘘ではないと悟り、対応に焦りと迷いを見せる。
隣国の王太子妃が突然殴りかかってきたこともさることながら、その細腕から生じたとは思えない威力の拳に恐怖したのだ。
正直、女性の拳に対して成人していないとはいえほぼ大人と同じ体格を持つ男性が恐れるなど外聞が悪い。
仮に彼らが騎士団員であれば軟弱者と罵られることは必至であるし、下手をすれば騎士格剥奪とされるかもしれない。
しかしでは彼女に対抗するかと問われれば、地に伏したウォルターとゆらりと動き始めたルリアーナを見比べ、それはないと即座に結論を出す。
それが紳士として女性に手を上げられないからではないことは、彼らの表情が物語っていた。
もう逃げる道しか残されていないと確信し、慌てて走り出した2人はそれぞれ別方向にある扉を目指す。
けれどルリアーナは逃げる2人の背を近くにいた順に追い、恐怖に引き攣る顔に拳をめり込ませていった。
最後に残った近衛騎士のギレンだけは自分にも拳を向けられると理解してからも逃げることもなく正面からその拳を受け止めたが、辿った軌跡はウォルターと何一つ変わらない綺麗な放物線であった。
生徒会メンバーはともかく、近衛騎士までもが綺麗に宙を舞ったのを見て「え?ルリアーナ様最強?」と呟いたアデルは多分間違っていない。
殴られた方は意味もわからずしばらくの間呆然としていたが、ライカが自分の身に起こったことを踏まえて彼らに事情を説明すると、彼らも無事正気に戻ることができた。
「…ねぇ、順番逆だったんじゃない?」
一連の出来事全てを傍から眺めていたヴァルトがそう呟いた声は、しかし誰にも拾われることはなく、「めでたしめでたしね!」と朗らかに笑うルリアーナの声がその場の全員に届いた。
微妙な顔で「え、えぇ…?」と呟く彼女に殴られた4人に納得してもらえたかは別として。
そして後日、ルリアーナは今度はルナを呼び出した。
精神的ショックを鑑みてアデルはこの場に呼んでいないし、万が一再び魅了に掛かっては意味がないとライカたちもこの場にはいない。
また、個人的に確かめたいこともあり、それを悟られないよう念のためということでヴァルトにも退席してもらった。
ヴァルトは不満気に「僕がリア以外に心を移すなんてあり得ないと思うけどねぇ?」と言っていたが、ライカの例もあってか割と素直に従ってくれ、ほっと一安心だ。
ある意味これが一番苦労するのではないかとルリアーナは思っていた。
というようなことがあり、つまり今この場には初対面の令嬢2人が残されたわけだが、
「なあっ!?なんでアンタがここにいるの!?」
「……ん?」
初対面のはずのルナがルリアーナを見て驚愕の表情で指を差した。
彼女の言葉と表情からして、ルリアーナが本来ここにいるべき人物ではないと言いたいのだろう。
しかし心当たりのないルリアーナは、表面上不思議そうな顔で首を捻った。
彼女とは正真正銘初対面であるし、他国の王太子妃の顔を平民が知っているはずがない、という常識の下で。
けれど実際は、ルナがルリアーナが考えている通りの人物であれば、そんな常識意味をなさないのだが。
「何故そのような?」
だがそんなことはおくびにも出さず、ルリアーナは一応外面を繕ってルナに驚愕の理由を訊ねる。
果たしてその答えは、やはりルリアーナの予想通りであった。
「だってアンタ、2の悪役令嬢でしょ!?断罪されて追放されてるはずでしょ!?なんで4の世界にいるのよ!!?」
そう言って地団太を踏む彼女を見て「やっぱりか」とルリアーナはため息を吐く。
2の世界線で悪役令嬢であった自分に前世の記憶があり、ヒロインであったカロンにもその可能性があった。
そして4の世界線にいる悪役令嬢のアデルにも前世の記憶がある。
ならば、4のヒロインであるルナにもその可能性はある、と。
ライカたちを魅了した時の状況を聞いた時から「もしかしたら」と思っていたが、その直感は正しかったようだ。
そしてこれで確定した。
恐らくカロンも転生者だったのだと。
「一度くらいは、ちゃんと話しておけばよかったかな……」
してもどうしようもない後悔であるが、ルリアーナはそっと目を瞑り、交わらないまま逝かせざるを得なかったカロンを偲んだ。
「ちょっと!!無視しないでくれる!?アンタなんなのよ!?」
けれど喚き散らすルナの声にすぐに現実に引き戻され、そうだったと空咳を一つ零し、ルナと向き合う。
「私はルリアーナ・バールディ・ロウ・ディア。この度貴女が行ったことについて、クローヴィア国側から裁量の権限を与えられています」
ルリアーナはルナに自分やアデルが転生者であることを伝える必要はないと考えて、ここに来た目的だけを彼女に告げた。
「はあぁぁ?」
しかしルナは盛大に顔を顰めると、ルリアーナの顔に自身の顔をずいっと近づけ下から睨めつけた。
「な・ん・で!ディア人であるアンタがクローヴィア人の私を裁くの?意味わかんないし」
フンと息を吐きながら言い終えるとトンとルリアーナの肩を押し、
「ていうか、そもそも裁くってのが意味わかんない。私、なんか悪いことしたぁ?」
馬鹿にしたようにケラケラと笑いながら手を広げて見せた。
「悪いって言うなら、なんか証拠見せてよねー?そんなん、どこにもないだろうけどー!」
ププーッと今度は明らかに馬鹿にしながら、ルナはそう言ってその場から去ろうとした。
「…貴女、勘違いをしていない?」
けれどその背に、静かな声が掛かる。
何故か無視できない、底冷えするような冷気を孕んだ声が。
「かん、ちがい…?」
その声に気勢を削がれ、ルナは先ほどまで自分は絶対に安全だと思っていた自信が、何の根拠もないものだと否が応でも理解させられた。
今上位にいるのは自分ではなく、ルリアーナの方なのだと。
主人公でヒロインである自分ではなく、とっくに退場しているはずの悪役令嬢なのだと。
そんなわけない、と思いたかった。
自分が中心で、自分が絶対なんだと信じていた。
望めば全て手に入ると、本気で思っていた。
だって、自分がヒロインで主人公だから。
なのに。
一度に全てを悟り、その事実に呆然としながら恐る恐る声の元に目を遣れば、
「例え他国であろうと、王族が平民を罰するのに倫理も論理も意味はなく、悪事の証拠どころか理由ですら必要ないの」
怒気が混じる冷たい光を宿した目がひたと自分を見据えていた。
「…そんなっ、横暴な」
「横暴じゃないわ。ただの常識よ」
その目に怯みながら、それでも逆らわないと自身の安全が危ういと気づいたのかルナは反論を試みるが、言い終えることもなくルリアーナに打ち消される。
それは無理もないだろう。
「だって、身分って、そういうものでしょう?」
ここは前世の、日本があった世界ではなく、確固たる身分制度の敷かれた世界なのだから。
それをルナに理解させるようにルリアーナはゆっくりと彼女に言葉を掛け、同時に近づいていく。
「それに、もうライカ様たちの魅了は解いたから、証拠はあるのよ。魅了に掛かっていた人たちの証言っていう証拠が」
コツ、コツ、と絨毯に大部分を吸収された控えめな靴音が近づく。
「う、そよ…」
「嘘じゃないわ」
コツ、コツ、コツ
「嘘よ!!なんで、どうやって!?」
靴音ごとに縫い留められていくように、ルナの身体が動かなくなる。
それでも動く口でルナはルリアーナの言葉を否定する。
ヒロインの魅了は絶対だと。
誰にも解けるわけがないと。
だが、それも今日この時までの話。
「こうやって、よ」
パアァァァ…ン
自分の元に辿り着いたルリアーナの言葉と共に僅かな風を感じた後、ルナは頬に衝撃を受け、生まれて初めて空を飛んだ。
読了ありがとうございました。
こんなに人を殴る悪役令嬢も珍しいと思いますが、ルリアーナなので。
ちなみに彼女がこんなに強いのには一応理由があり、その内どこかでその話を出すかもしれませんが、とりあえず運命に抗えなかった時用の保険だったとだけ補足しておきます。




