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世間の流れに乗って、私には特に縁のないイベントですが皆様メリークリスマスです。
あの後国王夫妻にも代わる代わる謝罪をされ恐縮しきりのアデルを見かねたルリアーナが「続きはお茶を飲みながらでも」と言ったために部屋の入口から奥にあるソファへと場所を移した。
部屋の奥にはテーブルを挟んで3人掛けのソファと1人掛けの椅子が2脚並んでいる。
3人掛けの大きなソファにはヴァルトが早々にルリアーナを連れて座り、その広さが無駄になるほどぴったりとくっついていた。
そして向かいの1人掛けの椅子にアデルとライカが座ったのだが。
「ねぇライカ、いい加減ウィレル嬢を下ろしてあげたら?」
「嫌」
ヴァルトの言葉に嫌々と首を振るライカはアデルを膝に乗せ、後ろからぎゅうと抱きしめている。
つまり、2脚ある椅子の1脚に2人で座っている状態であり、こちらもまた無駄に椅子を余らせていた。
その姿にヴァルトは自身のことを差し置いて呆れたような目を向けるが、そんな視線など意にも介さずライカはアデルを離そうとしない。
アデルは「あれ、この人こんなキャラだったかな?」と思ったが、会えなかった分の時間を埋めようとしている姿を見るとやはり嬉しくなってしまうようで、顔は少し赤いものの特に彼を咎めることもなくされるがままだ。
なお、国王夫妻は移動と同時に政務に戻っていった。
王妃が「私たちはそろそろお暇してお仕事に戻りましょうか」と促した際、国王が「私だってアデルと会うのは久々なのに、仕事なんて嫌だー!」と駄々をこね、急遽呼び出された宰相であるウォルターの父のジェイブ侯爵が鬼の形相で国王を無理やり引っ張って行っていた。
扉が閉まった後もしばらくの間遠くから悪足搔きの声が聞こえていたせいか、アデルは「国王様ってあんな感じだったかな…?」と首を捻っていた。
だが、たった今息子にも同じ感情を抱いたのだから恐らくそれは遺伝であり、そう思えばこの親子は案外似ているのかもしれない。
「あの、ルリアーナ様はどうやってルナの魅了を解かれたのですか?」
だがそんなことよりも、アデルはどうやってルリアーナが魅了を解いたのかの方が気になり、ライカの膝の上からルリアーナに解除法を問う。
ルリアーナは先ほどからライカとヴァルトのやり取りに呆れるでもなくお菓子を摘み紅茶を飲んでいたが、アデルからの問いに「ん?」と呟くと、
「うーん、ぶん殴ったら解けたわよ?」
と、事も無げに他国の王子への暴挙を口にした。
実際はその前に言葉で以って術を揺らがせたということも大きいのだが、現場にいなかったアデルは単純に物理で魔法を解いたのだと思った。
だからまさかの回答に「それって、下手したら国際問題では…?」と呟いて頬を引き攣らせている。
今回はヴァルトを通じて事前に国王に許可をもらっていたからその心配はなかったが、それも知らないアデルは冷や汗をかいていた。
「あれは爽快だった。ウィレル嬢にも見せてあげたかったよ」
アデルとルリアーナの会話を聞いたヴァルトが、ライカに向けていた目をアデルに向けて「くっくっく」と笑う。
その顔はいたずらに成功した子供のようで深刻さは微塵もなく、であれば外交上特に問題はなかったのだろうとアデルはひっそりと胸を撫で下ろした。
自分がルリアーナに相談したせいで友好関係に亀裂が入るなんてことになっては目も当てられない。
「うん、あれは、効いたなぁ…」
一方アデルの後ろにいるライカは「色んな意味で、ね」と乾いた笑いを浮かべ、瞳には虚無が居座っている。
アデルは対照的な2人の様子に「え?え?」と視線を彷徨わせるが、その時のことを誰もが語ろうとしなかった。
果たしてその場で何があったというのか。
聞きたいような、聞くのが怖いような。
悩んだ末アデルは好奇心を殺すことを選んだ。
必要があれば、もしくは笑い話にできるようになれば、いずれ話しをしてくれることもあるだろうからその時に聞けばいい、と。
「で、この後なんだけど」
ルリアーナとライカが「なにか文句でも?」「いえ滅相もない」と会話する様を笑いながら見ていたヴァルトがくるりとアデルの方を向き笑いかける。
それはライカで遊んでいる時のいたずら小僧のような笑みでもルリアーナに向けられる些か重苦しい愛の込められた笑みでもない普通の笑みだったが、それを見たアデルの背筋は自然と伸びた。
合わせたようにライカとルリアーナも口を噤み、同じく姿勢を正してヴァルトの話を待つ。
多分全員がヴァルトの放つ支配者然としたオーラを無意識に感じたのだ。
「そのルナという女性のこと、どうするつもりなの?」
個人的にも、国としても。
そして発した言葉も、言外に含ませたものもまた、支配者としてのものだった。
「そうだね…」
それにライカは顎に手を当てて思案する。
個人的には「何してくれてんだお前」で済ませても心情はどうあれ差し支えないが、国としては危険人物として取り扱いに細心の注意が必要となるだろう。
なにせ彼女がやる気になれば世界征服すらも可能かもしれないのだから。
「能力が危険だからと言って犯罪者でもない女性をどこかに隔離するわけにもいかないし、だからと言って野放しには絶対にできないし…」
うーん、とライカはどうしたものかと悩む。
決して口には出さないが、もっと少ない被害だったなら放置でもよかったし、逆にもっと大々的にやらかしてくれれば処罰も簡単だったのにと思っていた。
今回は影響力が大きかったものの、起きた事柄だけを見れば被害は小さい。
言ってしまえば学生の色恋沙汰でしかないのだから。
とはいえ、その対象が第一王子と侯爵令嬢であること自体は大問題である。
「あら、簡単よ」
落としどころをどうすればいいのか、と悩むライカに、ルリアーナが言葉通り何も難しくはないという顔で言う。
「え?」と声を漏らすライカと「どうすればいいんですか」と軽く身を乗り出すアデルがその発言に注目する中、彼女は楽しそうに言葉を次いだ。
「とりあえず全員ぶん殴ればいいのよ!」
ルリアーナは「それで解決できるわ」と左手を頬に当ててうふふと笑い、右手を力強く握り込む。
言葉より雄弁なそれは、彼女が本気であることを示していた。
楽し気に笑うルリアーナはこの場の3人から見て大変美しかったが、裏腹にその言葉は物騒極まりない。
「えっと、流石にそれは拙いんじゃないかな?」
先ほどまで散々笑い、飄々とした態度を崩さなかったヴァルトも、この発言には流石に頬を引き攣らせる。
王族が結婚報告に訪れた他国で貴族の子息や平民を殴るのはどうなのかと。
すでに一番上の王族を殴っているが、王族が王族を殴るのとそれ以外を殴るのでは意味が変わってくる。
もちろんルリアーナもそのあたりはわかっているだろうが、ならばなおさら何故こんなことを言い出したのか。
「うふ、大丈夫ですわ」
だがルリアーナはライカそう言うと、アデルを見てにっこりと笑った。
まるで「ねっ!」と同意を求めるように。
「だって、転生した悪役令嬢はヒロインに勝てるんだもの」
そしてアデル以外には理解できない言葉を口にしてガッツポーズを決めた。
アデルはその根拠があるのかないのかわかりかねる論に一瞬呆けると、「いえ、ヴァルト様の懸念が何一つ解決していませんが…」と呟いて彼を見る。
しかし当の本人は止めるのを諦めて苦笑していた。
その向かいにいるライカはだいぶ悩んでいたものの、自分を助けてくれたルリアーナなら任せてもいいだろうと、観念したようにため息を吐いていた。
その間でアデルはどんな表情を浮かべればいいのかわからないまま、その日はお開きとなった。
読了ありがとうございました。




