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「魅了は術者から離して我に返らせれば解けるのだそうです」
ルリアーナはどうすれば魅了が解けるのかとアデルに問い、それに対する答えに「ふむ、なるほど」と呟いて対応方法を考える。
術の原理はわからないが、『術者から離して我に返らせる』というのは、催眠術の解き方に近いのかもしれない。
ということは、もしかしてあり得ない体験をすれば、例えば前世にあったドッキリ番組のようなことを仕掛ければ、可能性はあるのではないか。
ドッキリと言えば早朝の寝室に突入し、爆竹を鳴らしてみたり妖怪や幽霊などの特殊メイクをしてみたり、男性なら薄着の女性をベッドの中に入れてから起こせばほぼ100%パニくるのではないか。
そう考えたがこの世界には爆竹もなければ特殊メイクもない。
ならば自分がベッドに潜り込めば…と考えたところで言い知れぬ悪寒を感じて即座にその考えを放棄する。
実行したが最後、ヴァルトにどんな目に遭わせられるかわかったものではない。
いっそライカと仲のいいヴァルトに相談して考えればよいのでは。
ふと思いついただけだったが、それはとてもいい案に思える。
「わかったわ。詳しい話はまた後日にしましょう」
ルリアーナはとりあえず後でヴァルトに相談(という名の丸投げ)をしようと考えてこの場をお開きにすることにした。
うっかり長時間話してしまったし、そろそろ侍女長のヒルダのメンタルが心配になってきたのだ。
その夜、「そろそろ寝ようか」とヴァルトに促され寝室に向かったところで、ルリアーナは思い付き通りヴァルトに相談してみた。
「ヴァルト様、ちょっとライカ様を死ぬほど驚かせたいのですけど、ヴァルト様なら何をされたら驚きます?」
何の前置きもしなかったその言葉にヴァルトは珍しく「ええ!?」と驚いていたが、ルリアーナが求める驚きはそれではない。
「えーっと、なんでそんなことに…?」
ヴァルトは軽く頭を押さえつつ、まず状況を理解しようとルリアーナに問うた。
当然と言えば当然のその問いにルリアーナは一瞬悩む。
正直にライカに魅了の魔法が掛けられていると言ってもいいものかと。
もし何の対策もせずそれを伝えれば、下手をすればルナがカロンと同じように処刑されることになってしまう。
見知らぬ少女ではあるが、彼女にどの程度の悪意があったのか判明していない現状でそうなってしまうのは寝覚めが悪い。
だが詳細を伝えないまま他国の第一王子を驚かせたとなると、最悪不敬を問われ国同士の争いになるかもしれない。
そうして天秤に掛けていけば、結論はすぐに出た。
「実は今日ライカ様の婚約者であるアデルちゃんにお会いしたのですけれど、彼女が言うにはライカ様は今魅了の魔法に掛かっているようなのです」
下手に隠すより正直に伝えて協力を仰ぐ。
絶対にこれが最適解であると、ルリアーナはヴァルトに全てを伝えることにした。
「それで、それを解くためには術者から引き離した上で我に返らせる必要があると聞きまして、ならば手始めに死ぬほど驚いてもらえばどうだろうと思いましたの」
真摯な目でヴァルトを見上げ、アデルを救う手助けをしてほしいと伝えるように彼を見つめる。
「……なるほど?」
ヴァルトはベッドに腰掛けるとルリアーナの言葉を考え込むように俯く。
何故アデルが「ライカが魅了の魔法に掛かっている」と言ったのかもわからないし、何故それを今日まで面識のなかったルリアーナに伝えたのかもわからないし、何故彼女がここまで協力的なのかもわからない。
現状わからないことだらけだが、一つだけ言えることがある。
「よくわからないけど、あいついつもスカし…大人しいから、びっくりさせるっていうのは面白いかもね」
単純に『ライカを驚かせる』ということだけに焦点を当てれば、それはもの凄く面白そうだ。
にやりと笑い、隠しきれなかった本音を少し漏らしながらヴァルトはルリアーナに協力することに決めた。
つい「ふふふ」と笑いが零れてしまう。
「面白がらないでくださいませ!私は真剣なんですよ!?」
ルリアーナはヴァルトが悪巧みをしている時と同じ顔をしていることに気づき抗議するが、「まあまあ」と宥められ、「って、なんで私が宥められなきゃいけないんですか!!」とヴァルトに食って掛かったが、結局いなされて終わる。
「さてそれで、ライカが驚くようなことをするって話だけど、あいつって割と驚かないし怒らないんだよね」
話しを戻したヴァルトは幼少期から見てきたライカの姿を思い出し、「うーん」と悩んだ後、
「具体的に、魅了に掛かるってどういう状態のことを言うのかな?」
とルリアーナに問い掛ける。
それを知っていれば、もしかしたら効果的な驚かし方がわかるかもしれないと考えたのだ。
魔法がないわけではないが希少なこの世界では、そもそもの部分が不透明である。
もし魅了の魔法が周りにいる人間にも影響を与えるものなら大問題だ。
今日数時間一緒にいて自分に何の変化もないことはわかっているが、それでもヴァルトの立場を考えれば未知のものに対して用心しすぎるということはない。
「ええと、術者であるルナから相手を自分の虜にする力が常に出ているらしいです。意図的に増減可能で、多分ライカ様たちは会う度にそれを浴びせられているとか」
「ちょっと待って。『たち』ってなに?他にもいるの?」
ルリアーナがアデルから聞いた魅了の魔法について、この世界でも意味が通るように説明していると、ヴァルトが関係のない所で声を上げる。
関係はないが、すぐに回答できるものであり、且つ全くの無関係でもなかったのでルリアーナはそれに頷き説明に足す。
「言ってませんでしたね。ライカ様の他にも数人いらっしゃるそうですよ。主に生徒会のメンバーだとか」
「えー?ちょっと、大丈夫なのこの国…」
ヴァルトはルリアーナの言葉にクローヴィア国を憂いて頬を引き攣らせるが、実は3年前に自国でも同じことが起きていたのだと知ったら、どんな顔をするのだろうか。
しかしルリアーナにはそれをバラす気はないので、その答えは今はわからない。
「まあそのような魔法ですので、ルナさえいなければヴァルト様に影響もありませんし、その魔法が効くのは異性限定のようですので私やアデルちゃんはそもそも対処しなくてもいいものです」
ルリアーナは現状ヴァルトや自分に危険はないと伝え、ヴァルトの隣に腰を下ろす。
「このまま妙案が浮かばなければ、もしかしたらこの国の王太子妃はルナになるかもしれません。彼女がどこまで望んでいるのかわかりませんが、私はルナではなくアデルちゃんとなら今後も上手く付き合える自信があります。ですので、両国の友好関係を保つためにもライカ様に正気に返っていただく必要があるのです」
膝の上で両手を組んでぎゅっと握り、ルリアーナは言えないでいるアデルの未来を憂える。
ルナが王太子妃になる未来は、すなわちアデルが悪役令嬢として断罪される未来。
それだけは避けなければいけない。
「そうだね」
ヴァルトはそっとルリアーナの手に自身の手を重ねるとふっと微笑み、
「いっそ、一発ぶん殴って正気に戻そうか」
キラキラと音がしそうなほどの笑顔でそう言うと、
「うん、それがいいね。よし、早速明日実行しよう」
と言って「え?えぇ?」と戸惑うルリアーナをベッドへと促した。
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