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「ルリアーナ様、アデル・ウィレル様がいらっしゃいました」

「お通しして」

ルリアーナが涙を見せたことで少しギクシャクしたものの、最終的には和やかにお茶会が終わった後、ルリアーナは滞在中の主賓室の客間にアデルを呼び出した。

今回のお茶会ではアデルの相談に乗ってほしいという王妃の依頼は達成できなかったが、代わりに、この世界のお菓子を調べたわけではないから確証はないが恐らく存在しないはずのマシュマロを持って現れた彼女のことが気になったのだ。

もしかしたらそれを作った人は日本ではなくても、地球の知識がある人なのかもしれない。

だからマシュマロの製作者について教えてほしいと考えていた。

まあ、製作者に知識なり記憶なりがあったところでどうするのかと聞かれれば、どうもしないのだが。

「お茶会の後なのにお呼び立てしてごめんなさい。来てくれて嬉しいわ」

侍女に連れられてルリアーナが滞在している部屋に通されたアデルは「いえ、大丈夫です」と微笑んでくれた。

それは彼女が狙い通りルリアーナの元へ招かれたからなのだが、そうとは知らないルリアーナは迎えると同時にアデルを気遣い詫びを入れる。

自分の都合で呼んだのだからそうするのが当然だと思ってのことだったが、アデルは少し驚いたようだった。

それはゲームでのルリアーナを知っているアデルがゲームよりも彼女の纏う雰囲気が柔らかいものに感じられたためで、アデルはその原因を『中の人が違うからだろうか』と考えながら、口では違うことを訊ねる。

「それでお話しですが、マシュマロのこと、ですよね?」

本当なら貴族の作法的に直球で聞くことは憚られるのだが、アデルには話したいことや聞きたいことがたくさんあったのでさっさと本題を切り出した。

ここで貴族特有の腹の探り合いのような会話をしても意味がないし時間の無駄だと思ったのだ。

「ええ。あのお菓子は一体…」

ルリアーナは懐かしさと驚きで自分が泣いてしまったことを少し恥ずかしく思いながら首肯を返す。

もしかしたらアデルがそのことを気にして今自分のところに来てくれたのかもしれないと思うと、申し訳なさも感じた。

アデルとしては待ちに待ったその質問。

だが今ルリアーナの部屋の中には複数の衛士と侍従、侍女が侍っている。

国賓であるのだから当然のことと言えるが、だからと言って多くの無関係な人間がいるこの部屋でその答えを告げるわけにはいかない。

「それにお答えする前に、人払いをお願いできませんか」

だからアデルはルリアーナに2人きりになりたいと申し出る。

自分や彼女が『異端』扱いされないために。

「なりません」

しかしその申し出はすぐさま侍女長と思われる年嵩の侍女に却下された。

自分の立場を理解しているルリアーナも流石にそれは不可能だと、アデルに申し訳なさそうな顔をしつつも侍女長の意見を受け入れる。

アデルを信用している、していないではなく、この世界の常識的に不可能なのだ。

とはいえアデルもたかが侯爵令嬢が隣国の王太子妃と簡単に2人きりになれるとは思っていなかったので、早々に用意していた切り札を切る。

「ルリアーナ様、君のとなりで、という言葉を聞いても無理ですか?」

瞬間、ルリアーナは弾かれたように立ち上がり、驚きに満ちた表情でアデルを見つめた。

「貴女、まさか!?」

アデルの口から紡がれた、不意打ち過ぎる単語にルリアーナの身体が震える。

それは歓喜からか驚愕からか。

だが絶対に恐怖からではない。

マシュマロを作った人が地球が存在する世界を知っているという仮定はしたが、しかしそれが目の前のアデルだとは思ってもいなかった。

アデルは目の前でそんなわけないと、信じられないという顔をするルリアーナに、追い打ちのようにさらに言葉を足す。

「私は日本人です。ルリアーナ様は?」

その一言が決め手だった。

もう疑う余地はない。

ルリアーナはぐっと拳を握ると侍女長を振り返り、

「何があっても私が責任を取ります。今すぐアデル様以外の人間はこの部屋を出なさい」

ぐるりと室内の人間を見回すと、有無を言わさぬ様子で命令を出した。

「なにを、無理です!貴女は王太子妃なんですよ!?それを…っ」

当然侍女長はそれに反論するが、ルリアーナは一睨みで黙らせる。

「重々承知の上です。その上で侍女長ヒルダに命じます。今すぐ彼ら全員を連れてこの部屋から出て行きなさい」

これ以上の反論は許さないと、口ではなく目で告げる。

それはアデルがゲームの中で見たルリアーナそのものだった。

凛として苛烈、大輪の薔薇のように咲き誇る気高い花。

今この場にはディア国が誇るべき王太子妃が確かに君臨していた。

「しょ、承知いたしました…」

今度は了承を返した侍女長はルリアーナに気圧され青褪めたまま、他の侍従や衛士らと共に部屋を去って行った。


「さてと、これで遠慮なく話せるね」

そう言ってアデルを振り返ったルリアーナには、先ほど垣間見た威厳溢れる王太子妃の面影は微塵もなかった。

「まさか私の他にも転生者がいるだなんて思ってもみなかったなぁ。しかも他国に!」

ルリアーナは「びっくりだよ~」と言って笑い、被っていた猫を全て脱ぎ去りアデルに向き合う。

そう明るく笑う脳裏には3年前に失った同郷かもしれない女性の顔が瞬きのように過ったが、もういない人間のことを考えていても意味はないとすぐさま消した。

そんなルリアーナを見ていたアデルは少し面を喰らっていた。

猫を脱ぎ捨てたルリアーナが、先ほどまでのカリスマを感じるような人間から、なんというか、どこにでもいる普通の人間に変わってしまったようで感覚が追い付かないのだ。

それはこの世界に生きているルリアーナが日本で生きていた頃の感覚に戻って話しをしているからだろうかと考え、それならば話し方から察するにだいぶ若そうだから、もしかしたら享年は自分とそう変わらないのではないかとアデルは思った。

「あ、私も日本人だよ。熱中症で倒れて、そのまま転生したの」

アデルがそう考えて黙っているとルリアーナが自身のことを教えてくれた。

彼女も自分と同じ日本人であるらしいと聞いてアデルはほっと息を吐く。

そうとわかると急に親近感が湧くから不思議だ。

それにしてもからからと笑いながら前世の最期を語れる彼女が羨ましいとアデルは思った。

何故ならアデルが思い出した自身の死因は。

「そうなんですね。私は、その、多分、キュン死しました」

そう、キュン死である。

アデルが死の間際にプレイしていた君とな4の近衛騎士のギレンルートでは、彼が心を開いたところで初めて笑顔のスチル絵がゲットできる。

その顔があまりにも尊くて、前世のアデルの心臓はキュンキュンと収縮を繰り返していた。

心臓を鷲掴みにされたような激しい動悸。

トキメキにしては痛すぎるそれは、いつの間にか心臓発作に変わっていたようで。

精神的から物理的に変わった胸の痛みに気がついた頃には手遅れだった。

そうしてアデルの心臓はあっさりと生きることを諦めた。

我ながらなんと間抜けな死因だろう。

ああ、出来れば言いたくなかった、恥ずかしい。

「きゅ、キュン死?」

しかも恥を忍んで告げたのに、ルリアーナにはわかってもらえなかった。

かああっと顔に熱が集まり、赤くなるのがわかる。

もうやだ、今度は恥ずか死しそう、とアデルは両手で真っ赤な顔を覆った。

「そうです、君とな4のギレンがかっこよすぎて、キュンキュンしてたら、心臓発作を起こしたみたいで…」

本当に、なんでこんな間抜けな死因なのだろうか。

とほほ、と肩を落としながら語るアデルに、ルリアーナは驚きの声を上げる。

「え?待って、君となって4まで出たの!?」

「…え?」

2があれだけ不評だったのに4まで出たということは、きっと3は素晴らしい出来だったのだろうとルリアーナは夢想する。

君となファンとしては是非プレイしてみたかったとルリアーナは失望と共に「マジか~」と言って天を仰いだが、マジかと言いたいのはアデルであった。

無印から4までプレイしたアデルが転生したのは4の世界。

では、2の世界に転生したルリアーナは…。

最悪の予感が脳裏に浮かぶ。

「あ、あのー、つかぬ事伺いますが…」

いや、まだ結論を出すのは早いと逸る鼓動を宥めながらアデルにとって禁断かもしれないその一言を発する。

「もしかしてルリアーナ様は、4をプレイしてはいない…?」

そんな、まさか、本当に…?

何の疑いもなく自分と同じ時期まで生きていたと思っていたのに。

だから助言を得られるのではと期待していたのに。

嘘だと言ってほしいと願いながら発したその問いは、悲しいかなはっきりと肯定されてしまった。

「4どころか、2の王子ルートまでしかクリアしてないよ」

……思ったよりも序盤だったぁ…。

一瞬にして心に大ダメージを負ったアデルはテーブルに突っ伏し、しばらく動けなかった。

読了ありがとうございました。

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