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今日はクローヴィア王妃主催の個人的なお茶会ということで第一王子の婚約者アデルとディア国王太子妃ルリアーナだけが招かれている。

それは単に個人的なものであるから、という側面もあるが、実際は王妃が可愛い未来の娘のためにお悩み相談室を開くためである。

アデルが興味を持つようにとルリアーナの結婚までの紆余曲折をダシにしたが、全ての事情を知っている王妃が今更そんなことをわざわざ聞くわけがない。

全てはそんなことにも気がつかないほど追い詰められているアデルを年齢も境遇も近いルリアーナに会わせるためだ。

「お初にお目にかかります。私はアデル・ウィレルと申します」

アデルは王妃にルリアーナを紹介されるとカーツィと共に挨拶を述べた。

相手は王太子妃、すでに王族の一員となっている人物だ。

最上の礼を以って接しなくてはクローヴィア国の威信に関わる。

「初めまして。ルリアーナ・バールディ・ロウ・ディアと申します」

対するルリアーナもアデル同様にカーツィと共に名乗る。

こちらはその必要性はないものの、クローヴィア国第一王子の婚約者を蔑ろにしないという意志表示だ。

友好国であろうと気遣いを忘れてはいけない。

「ふふ、挨拶も済んだことですし、早速お茶とお菓子をいただきましょうか」

ポンと手を打ち微笑むお茶会主催者の王妃は、お気に入りの2人を侍らせてご機嫌だった。

その顔には「美しいものはいくつあってもいいわね」と書いてある。

王妃の言葉に従い席につきながら、アデルはちらりと向かいに座るルリアーナの顔を見遣った。

君となの美麗絵師が手掛けた女性キャラクターの中でも最高傑作と名高い美女と同じ顔の女性は、アデルの予想通り君とな2の悪役令嬢その人であった。

説明書の挿絵やゲーム画面で見たのと同じ深紅のウェーブがかった髪、意志の強さを表すような吊り上がり気味の瞳はエメラルドのような、鮮やかに透き通る緑。

緩く弧を描く薄い唇には髪と同じ色が塗られている。

挿絵よりも大人びて見えるが、間違いなく本人だ。

そう確信した瞬間からアデルの頭は2つの疑問でいっぱいになった。

1つ、何故貴女は婚約破棄されながら断罪されず、王太子妃となりえたのか。

2つ、もしかして自分と同じ転生者で、だからその運命から逃れられたのではないか。

この2つの疑問がぐるぐると絶えることなくアデルの頭を回っていて、うっかりすると変なことを口走ってしまいそうだった。

なんとか衝動を堪え、疑問の答えを求めたアデルはひたとルリアーナを見つめ、その一挙手一投足に目を凝らす。

私は何としてでもライカ様達を正気に返らせたい。

だから失礼かもしれないけれど、貴女の正体を探らせてもらいます。

そう考えているアデルの雰囲気は鬼気迫るものがあった。

一方、そんなことを知る由もないルリアーナはいつ相談されるのかとドキドキしていた。

青い髪の隙間から覗くオレンジがかった赤い瞳は思いつめたようにも見え、膝の上に置かれた手をきつく握っているのか肩には不自然に力が入っている。

つられてルリアーナの肩にも若干の力がこもった。

「本日は我が家自慢の焼き菓子を持参いたしました。お口に合えばいいのですが」

アデルは引き攣りそうになる表情筋を叱咤し、強張りを取り繕いながらそう言うと、王妃に告げていた通り持参したフィナンシェを同伴の侍女から受け取る。

2つ皿に取り「どうぞ」とそれを手ずからサービスすれば、王妃の顔が輝いた。

「まあまあまあ!相変わらずいい香り…」

王妃はまるで宝石でも見るかのようにうっとりとそれを眺め、そっと口に運ぶ。

「~~~っ!」

一口齧って口に含み、小さく「幸せ」と呟いた王妃はじっくり味わうように目を閉じてそれを咀嚼する。

その様子にほっと和み、張り詰めていた心が少し軽くなったような気がした。

それに背中を押されたアデルは「ルリアーナ様もどうぞ」と彼女にも同じように皿に盛ったフィナンシェを差し出して勧める。

「ありがとうございます。では、遠慮なく…」

身構えて硬くなっていたルリアーナも王妃の様子にどれほど美味しいのかと興味を惹かれ、サーヴしてくれたアデルに礼を述べた後、視覚からも味わうようにじっと見つめてから小さな口へとそれを運んだ。

そして鼻腔を抜ける香りに目を見開き、口内に広がる風味に息を止める。

「これは…!」

なにこれ、美味し過ぎる…!!

口に入れた瞬間に感じるオレンジの香りとしっとりとした舌触り。

歯で噛む必要などないほどほろりと溶けていくのに、いつまでも口の中にあるような濃厚で芳醇な残り香が全身を満たす。

けれど香りだけでは満足できないと身体はすぐにふた口目を求めた。

それはルリアーナが今まで口にしたチョコレート系のお菓子の中で文句なく一番美味しいと思える味だった。

そしてこれからもその座を譲ることはないだろう。

向かいでルリアーナがフィナンシェを食べる様子を窺っていたアデルは、信じ難いかのように口元に手を当てながら目を丸くしていたルリアーナを見て確かな手応えを覚える。

そしてすぐさまふた口目が口に運ばれたことによりその手応えが正しかったと証明された。

第一関門はクリアである。

やれやれと胸を撫で下ろし、自身もフィナンシェを口に運んだ。

相変わらずの美味しさに顔が綻び、用意してくれた侯爵家のパティシエに心から感謝した。

その間に王妃とルリアーナは手の進むまま、あっという間に皿に盛った2つともを平らげてしまっていた。

「…はぁ、美味しいわよねぇ」

「…ええ、本当に。あまりにも美味しくて驚きました」

ややして落ち着きを取り戻した王妃とルリアーナは恍惚を残した表情で満足そうに息を吐くと、揃って紅茶を口に含む。

口の中にしっとりと残っていた甘さが紅茶に溶け、僅かにオレンジピールの香りが鼻から抜けていく。

恐らく職人はそこまで計算していたのだろう。

紅茶を飲み干す最期の瞬間まで素晴らしい味わいの作品だったとルリアーナは感激した。

こんなにも素晴らしいお菓子ならディアの王妃にもお土産に持ち帰られないかと思案したほどだ。

「お口に合ってなによりでしたわ。実はもう1つ新作のお菓子もお持ちしたのですが、こちらもお召し上がりいただけますか?」

これで次の手が外れても大惨事は避けられるはずと勢いをつけたアデルは、次なる一手のため予告していなかったもう1つの土産を侍女から受け取る。

もしルリアーナが転生者ならばこれがなにかわかるはずと期待して、侍女から受け取った器にかかっていたドーム型のカバーを取り外した。

するとそこにあるのはいくつかの一口サイズの白い物体。

初めて見るそれに好奇心をそそられた王妃が興味深げに覗き込む。

「アディちゃん、これは?」

言いながらそっと手に取ると、それは大して力も入れていないのにぷにゅりと潰れた。

「え!?柔らか…!?」

予想外の感触に驚いて王妃が手を引けば、それはふわりと元に戻った。

初めてのことにおろおろする王妃は、失礼かもしれないがなんだか可愛らしく思えて、アデルはついくすりと笑いながらもそれの正体を明かした。

「これはマシュマロというお菓子です」

ふわあまで美味しいですよと王妃に勧めつつ、アデルはちらりと横目でルリアーナを見る。

かろうじてゼラチンは存在していたもののマシュマロというお菓子がこの世界に存在していないのは確認済みである。

だから彼女がマシュマロを知っていれば、それすなわち転生者ということになるだろう。

果たして彼女はどんな顔をしているのだろうか。

「……っ」

「ルリアーナ様!?」

「如何なされましたか!?」

視線を遣った先の彼女はマシュマロを見つめ、声も無く静かに涙を流していた。

アデルの心臓がどくりと跳ね上がる。

お付きの侍従や侍女が慌てて彼女に声を掛ければ、ルリアーナは「大丈夫です」と小さいながらもはっきりとした声で告げていた。

けれどその顔は。

「ただ、懐かしかっただけなの」

泣いたりしてごめんなさいと言いながら涙を拭ったその顔は、確かに郷愁と喜色に染められていた。

その顔を見たアデルは確信した。

やっぱり彼女は転生者だったのだと。

読了ありがとうございました。

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