表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/112

11

前回からカロンの短編『陥れ系ヒロインの私が処刑されるまでの話をしようと思います』の話も混ざっていますが、この長編の主人公はルリアーナなので部分抜粋のみとしています。

そのためカロンについて上手く説明できていない部分も多々あるかと存じますので、気になった方はお手数ですが短編もお読みいただければ幸いです。

「…私って、何のために生まれ変わったの?」

冷たい石の牢屋で膝を抱えたカロンは誰にともなく呟く。

身を縮めていないと這い上がってくる冷気に熱を全て奪われてしまう気がして、カロンは自分の身体を抱きしめるように丸まった。

そして自問を繰り返す。

何故自分は処刑されなければいけないのか、と。

ここは自分のためのご褒美の世界だと思っていたのに違ったのか、と。

ゲームの再現のようにジークもフィージャもローグもアシュレイもユージンもニカも、皆自分の虜になった。

選択肢は1個も間違えなかったはずだ。

では一体どこで、なにを間違えたというのだろうか。

カロンはずっと頭の中を巡っている答えの出ない問いに嫌気が差し、気分を変えようと立ち上がって鉄格子の嵌められた明り取りの窓から夜空に広がる無数の星を見上げる。

思い描いていた未来のようにキラキラと輝き、けれど決して手に入らない星たちを。

そういえば前世では人は死ぬと星になると言った。

ならば処刑される運命にある自分も、死んだらあの煌きの中の一つになるのだろうか。

それもいいかもしれない。

夜空で瞬くだけなら、辛いことも苦しいこともないはずだ。

1回目は事故で死に、2回目は処刑だという自分の2度の人生を振り返り、カロンは思う。

どちらも碌な死に方ではないし、どちらにも未練も心残りも山ほどある。

そんな死を払拭するために用意されていただろう2度目の人生でもそんな死を迎えるなら、そんな死を迎えるために2回も生まれたというなら。

「ならもういい。どうせ惨めに死ぬしかないなら、もう生まれたくない…」

死後にくらい思い切り輝けるように、私は星になろう。

そう結論を出したカロンは立てた膝の上に腕を組んで座り、さらにその上におでこを乗せる。

そして視界から何もかもを消して、再び這い上がる冷気に身を任せながら感覚の全てを遮断する。

そうすると次第に身体が、そして心が冷えて、もう何も感じなくなる。

過去にあった辛いことも苦しいことも、嬉しいことも楽しいことも全部凍り付いていく。

その結果得られたのは静寂。

誰にも害されることのない自分だけの安全圏。

この日カロンの心は転生してから一番穏やかな心持ちで、ゆっくりゆっくりと死んでいった。


ルリアーナがカロンの処刑が決まったと聞かされてから3ヶ月が経つ頃。

とうとうその日はやってきた。

前世の例えで言うならバケツをひっくり返したような、こちらの世界で言えばファイカの滝壺(大陸中央に聳えるジョカ山にあるとされる御伽噺に登場する巨大な滝)のような豪雨の中、1人の女性が縄で縛られた状態で黒子のように目立たない黒服の男に連れられて王宮の外れにある広場に現れる。

その広場は所謂処刑場であり、今日は縄で縛られた女性―カロンの処刑が執行される日であった。

ルリアーナは筆頭貴族の一員として、王太子の婚約者として、そして事件の当事者としてこの場に参列していた。

婚約者であるヴァルトの隣に席が用意されていたため、広場を見下ろす屋根付きのバルコニー席で王族たちと共にカロンの死を眺めることになるのだが、降りしきる雨に隠れてカロンの姿はほとんど見えない。

ザーーーーーッと切れ間すらなく降りしきる雨の音と遠雷が無言の広場に満ちていて、恐らく離れていなくてもカロンの足音は聞こえなかっただろうが、水煙に映る影がゆっくりと、しかし確実に進むことでカロンが一歩一歩死に向かっているのがわかる。

それを悲しいとも嬉しいとも思えない、無感情に近い気持ちで静かに見つめていたルリアーナは、ふと目をそこから逸らして他の参列者が並ぶ方に視線を移す。

そちらにも屋根が掛かっていたため雨の只中にいるカロンとは違いなんとか人の顔を判別することができたのだが、そこにはジークはもちろんのこと、他の攻略対象者たちや悪役令嬢たちもいないようだった。

家督相続権を失ったということは勘当されたにも等しいことだと思えばそれも納得だが、一度は愛したはずの人の最期が見られないのは、それはそれで気の毒だとも思うし、自分たちを苦しめた元凶の最期を見ないのは彼女たちの過去に囚われない強さの証かとも思う。

ではこの場にいる自分はなんなのだろうか。

恐らく誰よりも彼女に近かった自分は、なんのために今ここに立っている?

そう思ったところですぐ近くにいた国王が立ち上がり、広場に向けて声を張り上げた。

「これより大罪人カロン・フラウの刑を執行する。彼の者は第一王子であったジークや貴族子息を惑わし、その婚約者らを奸計に掛けんとした。企み自体は打ち砕かれたが、だからと言ってその罪が消えることはない。また、いくつかの証言から彼の者は人心を惑わすような怪しげな術を持っていると推察される。であればこれ以上彼の者に惑わされる者がなきよう、ここで処することにした」

誰にも遮られない玉音は、しかし雨に遮られ末端の席では辛うじて聞き取れる程度のものだったが、すぐそばにいるルリアーナの耳には一音も漏らさず届いていた。

言葉が紡がれる度、耳に届く度、その手には力が入り拳を握り込む。

国王の言葉は事実であり、この世界ではきっと正しいことなのだろう。

けれど真実を知っているルリアーナにとっては最適解であるとは言えないものであり、正しいと言い切れないものであった。

結局先ほどの自問の答えがでないのは、ルリアーナの中に『これが最適ではない』という思いがあるからであり、どう足掻いても最適解が出せないからである。

ならばその答えが出るまでの時間を稼ぐために、今からでも国王にカロンの助命を嘆願するべきか。

そう思って再びカロンを見ると、バルコニーのすぐ下まで移動していたため跪かされた彼女の顔が雨の隙間からでも見えるようになっていた。

その顔を見た瞬間、ルリアーナはこれまで考えていた全てを捨て、無駄なことはやめようと握っていた拳から力を抜き、ただ静かに広場を眺めるだけの置物に戻った。

ぼさぼさになった髪の間から垣間見えた彼女の目。

そこには最早光はなく、彼女は処刑前からすでに死んでいた。

身体ではなく、心が。

そんな人間の命を救ったところで、それはただ心臓が動いているだけの死体を得るだけの無意味な行いだろう。

彼女を救おうとするのが遅すぎた。

きっとそれは、ルリアーナが心の奥底では何が何でも彼女を助けなければとまでは思っていないことの証左で、つまるところルリアーナは然程彼女を助けたいと思っているわけではなかったということに他ならない。

レティシアのことといい、自分はやはり本質的には薄情なのだろうとルリアーナは自覚する。

だからきっと、こんなにも心が動かないのだと。

そんなことを考えている間に国王の口上も終わり、再び縄を引かれたカロンはいよいよ断頭台へと向かっていく。

「……っ」

ルリアーナは一瞬だけ、カロンと目が合った気がした。

しかし彼女は全く表情を変えず、恐らく目が合ったとすら自覚していない様子だった。

それでも確かに目が合ったのだ。

その時胸に込み上げてきた気持ちを表す言葉をルリアーナは知らない。

悲哀、辛苦、憐憫、侮蔑、憎悪、慈愛、思慕、同情、殺意、後悔。

自分がカロンに向けるであろう全ての感情を思い浮かべようとするが、そのどれもが当て嵌まらない。

強いて言えばその全てを混ぜ合わせてろ過したものを煮詰めたような、名状し難い複雑すぎる思いだ。

そんなことを考えている間にカロンは一切の抵抗を見せない幽鬼のような足取りで躊躇うことなく頭を木枠に通し、その白く細い首を豪雨に晒した。

前世の夢で見た処刑風景ように罵詈雑言飛び交うこともなければ石を投げる人もいない静かな空白が過ぎていく。

やがて準備が整うと、国王は躊躇う素振りも見せずにスッと手を上げた。

もう引き返せない。

「……さようなら、カロン」

ルリアーナは小さく別れを告げた。

悪役令嬢の自分の対であるヒロインに、そしてもしかしたら同郷の徒かもしれなかった少女に。

届かないことがわかっている、ただの自己満足でしかない別れを。

そしてカロンの命を握っていた国王の手はあっさりと振り下ろされる。

バルコニーから離れた位置に置かれた断頭台での音は降りしきる雨でルリアーナには届かず、ただ何か赤い色が広がったことだけを確認し、彼女は目を閉じた。

だから断頭台で黒服の男が呟いた言葉もルリアーナには届かなかったし、いつの間にかその姿が見えなくなったことにも気がつかなかった。


『…加奈絵ちゃん、君はまた僕の手を逃れて、手の届かない所へ行ってしまうんだね。残念だよ』

『ルリアーナ、いや、野田芽衣子。いつか必ず俺がお前をここへ連れて来てやるからな…!!』


雨はそれから3日間降り続き、カロンの遺体はその間教会の霊安室に保管されていた。

そして雨が止んだ翌日、安置されているカロンを土に還すべく2人の修道士がスコップ(四角い木の板に棒をつけただけのもの)を用意して霊安室の扉の前に立つ。

「……腐ってなきゃいいが」

「おまっ、嫌なこと言うなよ…」

重い気持ちを払拭しようとして失敗した修道士が扉を開けた瞬間、閉め切っていた部屋特有の黴臭いような籠った空気が2人の頬を撫でた。

それを嫌そうに受け止めながら2人は安置場所までの僅かな距離を進むべく足を動かそうとした。

だが。

「……あぁ?」

「え?なんで…」

目に入ったのはカロンが寝ているはずの安置台の上。

しかしその上にはカロンの遺体どころか血の一滴すらも残ってはおらず、彼女の身柄は行方知れずとなった。

読了ありがとうございました。

ルリアーナ編はここで終了し、次回からはアデル編となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ