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「そうよ。貴女はもう亡くなった。今の貴女は魂だけの存在…まあ、幽霊みたいなものね」

ルリアーナの言葉に、カロンは自分の体に目を向ける。

確かに無意識に折りたたまれていた足や手は自分が覚えている色よりも白い気がした。

質感の薄い身体は光を透けさせてしまうらしい。

「それでね、方法は知らないけれど、貴女の魂はクレッセンと名乗っていた魔王の体に入り込んだ神狩に取り込まれていたらしいの」

『……なんて?』

自分の体の変化に戸惑っているカロンに、ルリアーナは容赦なく弾丸のように言葉を浴びせていく。

それも細かい説明もないままに。

「んー、まあそこは後でいいわ。それよりも先に言わなくちゃいけないことがあったから」

いまだ少し頭の働きが鈍いカロンは、しかしそれだけが原因ではない理由によってルリアーナの言葉を理解しかねて眉を寄せる。

けれど、ここにきてようやく説明は順を追うべきだろうと思い直したルリアーナはそのことを一旦脇に置き、コホンと空咳をしてから改めて口を開いた。

「えーと、まずはそうね。私たちは貴女が加奈絵という名前だった転生者だということを知っているわ。そして私たち、私やあっちにいる女の子7人ね、私たちも転生者なのよ」

びっくりした?とルリアーナは得意げになぞなぞを出す小学生のように楽しそうに話し始めたが、カロンは今度はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

処刑後の話がいきなり転生後の話しになったものだから、余計に頭がついてこない。

『……え?』

「それでね、さっきちょっと出てきた神狩っていう男が前世で貴女たちのストーカーをしていて、貴女もその被害者の一人だったことがわかっているわ。覚えている?」

『え、えっと…』

「まあ貴女は逃げられたみたいだからあまり覚えていなくても無理はないわね。それに結局私たちみんな早死にしちゃって、その後でそこにいる悪魔と契約した神狩にこの世界のヒロインや悪役令嬢として転生させられたってわけ。ここまではいいかしら?」

『いや、あの、全然、ちょっと…』

「そうよね、わからないわよね。私たちもさっき真相が全てわかったからびっくりで」

「あの!た、多分カロンさんがわかっていらっしゃらないのはそのせいではないかと…」

「ん?」

ぽかんとしたままのカロンを置き去りに、立て板に水と舌を回すルリアーナ。

かつての仇敵に対しているとは思えないほどに友好的な態度であることはいいのだが、その説明は遠慮がない分親切心に欠けていた。

それがあまりにも不憫に思えて、アデルはそっと助け船を出した。

「一度私がお話しさせていただいてもよろしいですか?」

アデルは引き攣りそうになる笑顔を何とか保ちながらルリアーナに言い、了承の頷きが返されたのでカロンに向き直る。

「ええと、横からごめんなさい。私はアデル・ウィレルと言って、君とな4の悪役令嬢です」

『……4?』

「はい、4です」

カロンは自分の事情を察してくれていそうなアデルの登場にほっとした顔を見せたが、すぐに彼女の言葉に目を丸くする。

自分は君とな2のヒロインで、しかも2までしか発売していない時に死んだからそれ以降のことを知らないのは当たり前だが、まさか4まで出ていたとは。

2の評判が悪かっただけに驚きだ。

「それで、今ルリアーナ様が仰ったことは全部本当なんですけど、もうちょっとゆっくり、詳しくお話ししますね?」

アデルはルリアーナと初めて話した時も同じように驚いていたなと彼女との出会いを懐かしく思い出しながら、その彼女が追い落したヒロインに優しく笑い掛けた。


「……という感じで現在貴女は魂の状態でトーラン正教本教会の大聖堂にいるわけです」

『なるほど』

アデルが懇切丁寧な説明で以ってカロンに現状を把握させると、カロンは改めてルリアーナを見た。

『ようやく状況を理解できたわ。それで?貴女は私をどうするつもりなのかしら?』

別に喧嘩腰になるつもりはないのだが、断罪返し後から然程時間がたっていないように感じられるカロンはどうしてもルリアーナへの物言いがきつくなってしまうことを自覚しながら彼女に自分の処遇を訊ねる。

聞けば彼女はすでに自分が暮らしていたディア王国の王太子妃であり、この集団ではリーダーのようだから、どちらにしろカロンの今後は彼女の決定如何で決まると見ていい。

だが彼女は自分を嵌めようとしたカロンのことなど嫌っているだろうから、きっと消滅させるか悪魔の餌にするはずだ。

そう思えば今更不敬の材料が増えたところでどうと言うこともあるまい。

だからカロンは今更だと己の態度を改めずにルリアーナの言葉を待った。

「逆に聞くけれど、貴女はどうしたいという希望はあるのかしら?」

けれど返されたのはカロンの意志を尋ねる質問で、何故だと思いつつもカロンは隠す必要もないと自分の意志を正直に伝える。

『私の願いはもう二度と転生しないことだったわ。前世は交通事故で、今世は処刑。そんな死に方が続けばもう一度生まれたいだなんて思えなかった。どうせまた碌な死に方をしないんだろうって』

カロンは下がりそうになる視線を意識的に上げながらルリアーナの目を真っ直ぐに見続けた。

負け犬と思いたければ思えばいい。

確かに自分は人生に絶望して生きることを諦めた負け犬なのだから。

でも、だからと言って矜持までをも捨てたわけではない。

そう伝えるために。

『だから別に消滅でも悪魔の餌でもいいわ。それで私の願いは叶うのよ』

それでも、虚勢で浮かべた笑顔は不格好で歪なものになってしまった。

ほんの少しではあるが、まだ未練があったから。

一度でいいから幸せになりたいという思いが、心の底に残っていたから。

「そう…」

ルリアーナは静かにカロンの目を見返す。

そこには同情も憐憫もなく、ただカロン個人の意思を尊重しようという光だけがあった。

「なら私は貴女に謝らなければいけないかもしれないわ」

しかし口から出てきた言葉は、明言されてはいないがカロンの意見を認めなさそうなものだった。

『何故?』

カロンは今度こそ顔を歪めた。

最後に残った自分の矜持すら守れないのかと思ったから。

「だって、私は貴女を転生させるつもりだったもの」

そしてやはりルリアーナはカロンの言葉を受け入れてくれてはいなかった。

残酷にも無慈悲にも、もう一度カロンに生まれろと言ってきたのだ。

まるで心の底に残っていた望みを見透かされたようで、カロンの顔は羞恥に染まる。

『それは嫌だって』

言ってるじゃない。

カロンはそう言おうとした。

「私の子供としてね」

ルリアーナが笑顔でそう言う前までは。

『……は』

ややしてカロンが漏らしたのは言葉と言うよりもただの息だった。

言われた言葉の意味もわからなければ理由もわからなかったから。

「一度目の人生で貴女に迷惑を掛けた原因に私もいた。そして二度目の人生の終わりは間違いなく私が下した。そしてその後に貴女のことを知って、私は決めたの」

呆然とするカロンに向かってルリアーナは笑う。

自分の提案がどれだけカロンの心を揺さぶるかなど気づかないまま、最後に特大の爆弾を投げる。

「貴女の次の人生は、私が絶対に幸せにするんだって」

その言葉がとどめだった。

それまでせき止めていた色々な思いが決壊し、カロンの目から滂沱と流れ落ちていく。

『……ぅ、ふっ、うぅ…』

押し殺した嗚咽と共に雫が零れ、窓からの光に反射してキラキラと輝く。

その様はこんな時でなければ宗教画のように神秘的で幻想的な美しい光景だった。

『あ、アンタ、は、それで、いいの?』

そして顔を上げてそう言ったカロンもまた、窓からの光が白く照らして、とても美しく見えた。

ちょうど西日が大聖堂に差し込んでくる時間のようで、辺りは温かなオレンジに染まりつつある。

「いいも悪いもないわ。だって」

ルリアーナはカロンとの最後が美しい光景で終われることを喜びながら彼女に言う。

「ヒロインは、最後には絶対に幸せにならなくちゃ!」

その言葉に、カロンは小さく『なにそれ…』と呟いて再び俯き、静かに涙を流し続けた。


そうして心ゆくまで涙を流したカロンは、暫くすると顔を上げて、にっこりと晴れやかに笑った。

初めて正面から見る彼女の笑顔はとても愛らしく、うっかりルリアーナはときめいてしまいそうになる。

『…ねぇ、約束、して?』

彼女は立ち上がってそっとルリアーナに近づき、祈るように手を胸の前で組むとふわりと光の粒子になって解けていった。

カロンは転生の仕方を知っていたかのようにそれを当然と受け入れ、解けた光はまるでルリアーナに吸い込まれるように一直線に彼女に向かい、その中に消えていく。

『今度こそ、私を、幸せにして…』

最後にそのカロンの声が響くと、光は完全にルリアーナの中に消えた。

「…ええ。必ず」

穏やかな光に満ちた大聖堂で床に跪いたルリアーナは自分のお腹を抱きしめ、優しくその言葉に答えた。

読了ありがとうございました。

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