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いきなりではあったが、結果的に自己を確立した上にたくさんの友人を得たことが嬉しかったらしい魔王はベリアルから肉体の生成方法を聞いて早速肉体を得て、怖いもの知らずのルカリオやルナ、リーネと仲良くお喋りに興じている。
「あ、そうだ、これってルカリオのなんだよね?返すよ」
「ん?ああ、そういやぶっ刺さったまんまだったもんな」
魔王はポンと手を打つとルカリオにナイフを2本差し出す。
それは事切れていた本来魔王の肉体であったはずのクレッセンの遺体を魔王が魔力を流して作り替えた際に取れたもので、「サンキュー」と朗らかに受け取ったルカリオは軽く振って血を飛ばして腰元に仕舞った。
見た目年齢14歳程度の少年になった魔王は髪の色や顔の造作こそ違うが、童顔のルカリオといるとまるで兄弟のように見える。
「ギャップ兄弟とか…、どうしよう、萌えに殺される…」
ルナはとめどなく溢れてくる涎を拭うが、そこを取り繕ったところで危ない光を宿した目は隠せない。
「……お前、とりあえずあいつには近づかないでおかない方がいいぞ」
その光に本能的な恐怖を覚えたルカリオは年長者としての自覚が出たのか魔王にそっと言い聞かせた。
「さて、最後はカロンね」
魔王のことをルカリオに任せたルリアーナは最後に残ったカロンの魂に近づく。
目の前に立っても彼女はピクリとも反応せず、完全に自分の殻に閉じこもっていることがわかる。
「カロン、聞こえるかしら?」
とりあえずと呼び掛けてみるが、彼女は反応しない。
「カロン!」
少し大きめの声を掛けてみても、案の定何の変化もしなかった。
「……ねえベリアル。カロンを起こすことはできる?」
ルリアーナはため息を吐くと、今いるメンバーの中で一番『魂』というものに詳しいであろうベリアルに訊ねた。
こちらが声を掛けてもカロンが目覚めないのは声が届いていないからなのか、はたまた彼女に起きる意思がないからなのかはわからないが、何をするにも一度カロンと話をしないことには始まらない。
『そうですねぇ、見たところ彼女は普通の人間ですので、恐らく起こすことは可能かと思われます』
問われたベリアルは顎に人差し指を当ててカロンを観察する。
正面、左右と彼女の顔を眺めると、
『ですが、彼女は死ぬ時に全てを捨てたようですね。意識が奥深すぎて、これは中々に厄介だ…』
クックックッ、と実に悪魔らしい嗤い声と共にカロンの状態を教えてくれた。
「そうなの…」
ベリアルの言葉を聞いたルリアーナが思い出したのは処刑場で見た彼女の顔だった。
あの時すでに彼女は心が死んでいて、その目には何も映していなかったからベリアルの言った意味はわかる。
全てを捨てたとは、心を捨てたということなのだろうと。
カロンはきっと、自分が叶えたかった願いが潰えて処刑されることが決まって牢獄にいる間に生きようという意志を失ったのだと思う。
その気持ちはわからなくもない。
まして転生者であれば、前世の乙女ゲーム転生ものの知識からシャーリーやルナのようにヒロインとして攻略対象者を侍らせることが当然だと思ってしまっても責められないとさえ思っている。
だから彼女を追い落した者としてその選択を容認して、旅立つことを許したのだ。
でも、だけれども。
あの時ならばいざ知らず、今のルリアーナはそれをよしとはしなかった。
「じゃあ、叩き起こしてくれる?」
ルリアーナは再びため息を吐くと視線をカロンに向けたままでさらりとベリアルに指示を出す。
彼をして『中々に厄介だ』と言わしめた状態のカロンを「起こせ」と。
『……はい?』
流石のベリアルも聞き間違いかと我が耳を疑い、ルリアーナに聞き返した。
その顔は笑顔だったが、隠しきれない冷や汗が頬を伝っている。
「だから、この子を叩き起こしてって言ったの」
聞こえたでしょう?と今度はベリアルの目を見ていったルリアーナの目には、ベリアルの拒否や失敗を懸念する色は何もなかった。
そこにあるのはただひたすらにベリアルが『はい』と言ってカロンを目覚めさせる未来しか見えていない目だった。
彼女は騙し討ちのように無理やり契約した、ついさっき知り合ったばかりの、しかも悪魔であるベリアルが難しいと評した自分の望みをそれでも叶えると信じて疑っていない目をしていたのだ。
相変わらず、なんと傲慢で身勝手で。
そして、全身が歓喜に震えるほどベリアルを魅了する目なのだろう。
そんな目を向けられてしまっては、ベリアルの返事は決まっているようなものだ。
『失礼しました。しばしお待ちを』
彼女の望みを叶えるという、それだけに。
『お、お待たせ、しました…』
約10分後、疲れ果てた様子のベリアルが魔王と談笑していたルリアーナの元へやって来た。
ビシッと決まっていた髪はところどころ解れ、パリッとしていた礼服じみた衣装も着崩れていて、且つ彼は肩で息をしている。
絶対に気のせいなのだが、角や翼に至っては艶が失われているような…。
「お疲れ様。ありがとね」
そんなベリアルの肩をポンと叩き、軽い労いしか送らなかったルリアーナは知らない。
ベリアルが大悪魔の威厳をかなぐり捨ててカロンの意識を浮上させるためにやったあれやこれやを。
「……お疲れ」
「…うん、本当にお疲れ様だったね」
だがお陰でそれを見ていたルカリオとヴァルトからの敵対心はかなり薄れ、代わりに同情と憐憫を向けられた。
このことがきっかけで彼ら3人は後に『ルリアーナに振り回される同盟』を結成し、時たまフージャも交えながら毎晩仲良く酒を酌み交わすほどの関係となっていく。
「カロン。今度こそ聞こえるかしら?」
そんな男性陣に生まれた友情に気づかぬまま、再度カロンの前に立ったルリアーナは話し掛けた。
先ほどまでと彼女の体勢は変わっていないが、よく見ると薄っすら目が開いており、ルリアーナの言葉が耳に届いたのか、カロンは次第にその目を大きくしながらゆっくりと顔を上げる。
『……るり、あーな、さま……?』
「そうよ」
カロンは意識がまとまらないような、呆然としているような口調でルリアーナの名を呼ぶ。
だが彼女がそれを肯定すると朧気だった目の焦点がしっかりと合い、意識もはっきりとしたようだった。
『…っ!なんで、なんでアンタがここに!?』
カロンはそう叫びながらキョロキョロと辺りを見回す。
『ていうかここどこよ!?牢屋じゃないの!?』
そして自分が見覚えのない場所にいることに気がついた。
先ほどの言葉は牢獄にルリアーナが来たと思っての言葉だったらしい。
しかしそうではないことに気がついて、カロンはパニックになった。
『なんなの!?どうなってるの!?私は、どうなったの…!!?』
耳を塞ぐように頭を抱え、身体をさらに小さく折りたたむ。
その様子は癇癪を起した子供のようだと思ったが、そう言えばカロンの時間は18歳の時で止まっているのだと思い出す。
それにしては幼い気もするが、ルリアーナたちのように英才教育を受けた貴族でもない普通の女の子だと思えばこんなものなのかもしれない。
「カロン、貴女は今から8年ほど前に亡くなったのだけれど、覚えているかしら?」
そう思ったルリアーナは少し屈み、目線をカロンに合わせてなるべく穏やかな声で語り掛けた。
それが功を奏したのかはわからないが、カロンは一瞬動きを止めると、ルリアーナに目を向けた。
『……なく、なった…?』
「ええ」
『それって、私はもう…死んだ、ってこと?』
「そうよ」
そして彼女の言葉を理解し、今の自分がすでに故人だということを知った。
だが納得はできず、カロンは『嘘よ!』と言おうとして、しかし同時に思い出した。
自分の2度の人生を振り返って絶望したこと、そしてもう二度と転生などしたくないと思って、次は夜空の星になれることを願って心を閉じたことを。
『ああ…、思い出した…』
カロンはそう言うと、今度こそ呆然としてルリアーナを見る。
『私はもう、処刑されたのね…?』
そして彼女が口にした現実を受け入れて、静かに涙を流した。
読了ありがとうございました。




