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ベリアルとルリアーナにも声を掛け、全員で放置されている3人の元へと向かう。
姿を与えられてからずっと放っておかれた魔王は、しかし「お前が邪悪の権化って嘘だろ?」と思えるほど無垢な瞳でこちらを見つめるばかりで何も言わない。
カロンもまだ丸まったままで中空に浮かんでいた。
ならば神狩から話をつけていけばいいかとそちらを見るが、彼は今までの態度が嘘のように静かに佇んでいる。
『さてカガリ、貴方の魂についてですが』
だがそんなことは関係ないとベリアルが話し掛けると、神狩はびくりと肩を震わす。
その顔は死刑宣告を待つ罪人のように覇気がない。
すでに死んでいるのだから覇気もなにもないのだろうが、それでも先ほどよりも存在自体が希薄になっているように感じるのは表情のせいだけだろうか。
『先ほど乙女との契約の際に貴方に貸し与えていた魔力を使用したので、今の貴方にはただの人間としての力しかありはしない。そして一度悪魔に魂を売った人間は転生の輪には戻れない』
ベリアルが面倒はさっさと終わらせると言いたげな顔で淡々と語る言葉に時折肩を震わせながらも、それでも反論も言い訳もせずに神狩は黙って耳を傾けている。
『貴方の行く末は3つ。1つ目はこのまま自然消滅するのを待つ。2つ目は私に喰われて消滅する。まあこの2つはどちらにしろ消滅するということで、分ける必要もない選択肢ですがね』
ベリアルは3本指を立て、言いながらその数を減らしていく。
そうして残った1本の内容はというと。
『3つ目はあまりお勧めしないけれど、私と同じように悪魔となること。死ぬことがないと言えば多少聞こえは良くても、それは言い換えれば永劫とも言える時間をただ無意味に生きるだけの存在となって、貴方のような愚か者に呼び出される日をひたすらに待つという地獄のような日々を送る存在になるということでもある』
悪魔本人ですら勧めはしないという、苦痛に満ちた日々を生きる道だった。
なるほど、悪魔は地獄に住んでいるというが、もしかしてそういう意味での地獄だったのか。
横で聞いていただけのルリアーナはそんな埒もないことを考えていた。
さておき、神狩が出した結論は、
『ならば俺はこのまま消滅する。元々お前に喰われるつもりだったのだから、この後の俺がどうなろうとどうでもいい』
そんな、なんとも投げやりなものだった。
存在が薄くなったような気がしたのは与えられていた魔力を回収されたかららしいが、やはり本人の気概によるところも大きいのだろう。
神狩の手や足は形を保つ力すらなくなったのだと証明するようにすでに透け始めている。
『誰にも必要とされない人生にはもう疲れた』
神狩そう言うと、穏やかに微笑んだ。
今までは歪さしかなかったが、魔力と一緒に悪いものも出て行ったのかと思うくらいに、暖かな光が彼を包んでいる。
もしかしたらそれが彼本来の姿なのかもしれない。
妙な思い込みをすることなく、憎しみに囚われず、普通に生きていたら。
叶わなかったその行く末を垣間見て、彼に因縁のある8人は気がついてしまった。
あの世界で彼はただひたすらに孤独で、心のよりどころを偶然目が合った優里花に求めてしまったのだろうと。
誰かに必要とされ、愛し愛されたかっただけなのだと。
そんな普通の幸せを望んで、しかし叶わなかったせいで彼はこんなにも歪んでしまったのだ。
そう思えば、彼を恨む気持ちも憎む気持ちも消えていく。
彼が消えるのに合わせたように、彼女たちの仲にある昏い思いが昇華していくようだった。
「……待って!!」
でも、もし本当にそうなら、悪いのは彼じゃない。
彼だけじゃ、ない。
「この人、まだ悪魔になれるんですよね!?」
ベリアルに向かってそう叫んだのは優里花だった。
『ええ。今ならまだ間に合うかと』
優里花の問いに、ベリアルは意外そうな顔で笑う。
まさかこの男を悪魔にする気なのかという好奇心が顔を覗かせていた。
「なら、彼を悪魔にして」
優里花はそれを読み取ったように頷くと、真っ直ぐに神狩を指差す。
手遅れになる前に早くと。
「優里花?」
「い、いいんですか!?」
ベリアルの隣にいたルリアーナと、優里花の隣にいたシャーリーは気遣わし気に優里花を見るが、決意は固いようだ。
『では』
ベリアルは指を左から右へすいと滑らす。
『はい、終わり』
そしてパチンと指を鳴らすと、物理的に薄くなっていた神狩の姿が元に戻っていく。
たったあれだけで神狩は悪魔になったらしい。
「はやっ!?」
「もう!?」
呆気なすぎるそれに、思わずルナとリーネはツッコまずにはいられなかった。
読了ありがとうございました。




