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あれからまた数日経ち、さらに状況は進んだ。

まず、フィージャ、アシュレイ、ユージン、ニカの4名は婚約破棄が成立し、それと同時に家督の相続権を失った。

彼らは王子という後ろ盾がいたとはいえ、現在と未来の重鎮たちが犇めく卒業パーティーの場で家長に報告することもなく独断で婚約破棄宣言を行った。

それは自身の家にも相手方の家にも礼を失する行為であるばかりか自身の身勝手以外の何物でもなく、挙句その結果がたった1人の令嬢に言い負かされた負け犬エンドとあっては恥の上塗り、暫くの間は顔を上げては歩けないだろう。

また、彼らは自分たちが平民の娘の訴えを鵜呑みにして碌に調査もしないまま無実の婚約者を断罪するような人間であると大々的にアピールしてしまった。

それは彼らが『この国の未来に必要のない人間』だと公言したようなものであり、同時に『彼らをそんな人間に育てた』として家の格を最底辺まで落とすものであった。

自身の恥ばかりか家名に泥以上のものを塗ることとなったのだから名家としてはこの処罰は当然だろう。

唯一「ルリアーナお姉様の親戚になる機会を手放すわけがないではありませんか!」と宣ったミーシアだけが婚約を解消せず、卒業後はそのままローグと結婚するとルリアーナに報告をしてきた。

その際「貴女がそれでいいのなら止めないけれど、本当にいいの?」と聞いたルリアーナに、「大丈夫です!元々政略結婚だって割り切ってましたから!」と言い切ったミーシアにローグが向けた表情は複雑で、しかしだからこそ彼らは上手くやっていけるかもしれないとルリアーナは2人の行く末を見守ることに決めた。


そして王子とカロンは、結局結婚どころか婚約をすることもなかった。

正式にジークが廃嫡されることとなり、その身柄が国境守護騎士団へと異動したからだ。

「ここにいるジーク第一王子は今からただのジークとなる。また、代わって王位継承権第一位となったヴァルト第二王子を立太子することとする」

筆頭貴族を集めた広間に国王夫妻と第一王子のジーク、第二王子のヴァルト、第三王子のルイの三王子が揃い、すぐに国王からジーク廃嫡の宣言がなされた。

ややして玉音が完全に消え去った広間の各所からは押し殺すような、低い呻きにも似た声が上がる。

それはヴァルトの立太子に対する不満や不安ではなく、純粋にジークの廃嫡を惜しむものであり、そこで初めてジークは己の行動を顧み、その行動によって自分がこれだけの人の期待を裏切ったのだと省みた。

その瞬間、まるで憑き物が落ちたようにジークの目には光が戻り、靄が掛かっていたようだった思考がゆっくりと巡り始める。

「……私は…俺、は…、なんということを…!!?」

それはじわじわとジークの身体に広がり、やがて一周する頃には彼は頭を抱えて蹲り、「すまない、すまない…!!」とその場にいる全員に詫びた。

重く苦しい後悔に黒く彩られたその声は国王の言葉同様広間に響き、居並ぶ重鎮たちは彼の様子に痛まし気に顔を歪めた。

生まれた時から見守ってきた、優秀で文句のつけようもない、将来は自分か跡取りの主君となると疑いもしなかった王子の身に起きた出来事について、誰もが正しく理解できていなかったし、『何故こんなことに』という疑問をどうしても拭えなかった。

けれど彼がしてしまったことをなかったことにはできず、第二王子のヴァルトもジーク同様優秀であるともなれば、誰も救いの手を差し伸べることなどできはしない。

国としてはそれが正しいと理解していても、個人としての心情はそれぞれだ。

しばらく重苦しい沈黙の中、ジークの謝罪する声だけが広場を満たしていた。

しかしジークのその謝罪の大半が実はルリアーナに向けてのものだとヴァルトだけが気づいていた。

「…今後ジークの身柄は国境守護騎士団に預ける。最早王族ではなくなるが、アーサー・スロットルハーティア国境守護騎士団長の元、国防を担うことで公人としての人間性を磨き、国に貢献させることで皆を裏切った贖罪としたい」

ややしてジークの謝罪を打ち切るように国王は彼の今後を示した。

その処遇は国を守る国王としての命令で、民衆に君臨する王族の長としてのけじめで、そして父親としての最後の温情であったのだろう。

そう言った国王であり父である人物にジークは無言で立ち上がると深々と頭を下げて、すぐにその場を辞去すべく踵を返した。

国王の宣言によりすでに王族ではない自分がここにいてはいけないと、国を支える貴族たちを従える者がいるべき場所に大局を見失った己が身は相応しくないと、誰よりも自分が理解していたから。

「…ジークよ」

けれどその背に静かな国王の声が投げ掛けられる。

「…はっ」

一刻も早く立ち去らねばと思ったが王の言葉に逆らえるはずもなく、ジークは振り返り、王族ではなくなった身として正しく臣下の礼を以って続く国王の言葉を待った。

心の中で『情けない自分に国王は今日まで何も言わなかったが、やはり言いたいことがあったのだろう』と考え、何を言われても受け入れる覚悟で深く頭を垂れる。

それを静かな目で見つめ、国王は徐に口を開いた。

「今日この場よりお前は王子ではない。それは己の愚行が招いたこと故しっかりと胸に刻み、今後も忘れることなく新たな人生を励み努めるがよい」

「……はっ」

しかしジークの予想に反して国王から齎されたのは激励であった。

まさか王族の風上にも置けぬような失態をしでかした自分にそのような言葉を掛けてもらえるとは思っておらず、ジークは溢れそうになる涙を堪えてなんとか応えを返した。

「だが」

けれど再び口を開いた国王に、そんなうまい話があるわけないかと自嘲を漏らしたジークは、次こそ来るであろう自分への叱責を受け止めるべくグッと拳を強く握り、再度覚悟を決めた。

「…私にとって、そして王妃にとって、お前は今でも大事な息子であり、ヴァルトとルイにとってもお前は今でも兄であることもゆめ忘れるな」

「……っ!!」

その時の歓喜を表す言葉をジークは知らない。

そして今度こそ堪え切れず溢れ出る涙を止める術もまた、ジークは知らなかった。

「私たちは確かな血で繋がった家族として、お前の新たな人生が満ち足りたものであることを願っている」

「………はっ!!」

これが最後と顔を上げ、久しぶりにしっかりと見た父の顔には慈愛に満ちた優しい笑みだけが浮かんでいた。


それからさらに数日後。

ルリアーナはヴァルトとの婚約を成立させるべく、今度は父であるダイランド公爵と共に再び王宮を訪れていた。

「…まさかこんなことになるなんて…」

ルリアーナは父親に気づかれないようにそっと息を吐くと、予定外の縁談に思いを馳せる。

ヴァルトと婚約すること自体は彼の性格のことを考えても別に嫌ではない。

むしろ今まで仲が良いと断言できるほどの関係性を築いてきた相手だ、全く知らない他国貴族やよく知らない国内貴族に嫁ぐよりは気心が知れている上に今までの努力が無駄にならない最上の相手とも言える。

だが、しかし、でも、だけれども!

「…もうゲームとは関係のないところでのんびり暮らしたかったのに…」

ヴァルトと共に在るということはジークとも縁が切れないということだ。

自分の親類に攻略対象者がいる以上どうやっても逃れられないことに変わりはないのだが、親戚と元婚約者では言葉の重みが違うし関わり方も異なる。

親戚の集まりで年に1、2度会うだけのローグの方が今後一生会わないかもしれないジークよりも関係性が希薄であるため気にしていなかったが、もし自分が王太子妃、そして王妃になれば国境守護がメインとはいえ国直属の騎士団に配属されたらしいジークと式典などで出会ってしまう確率が跳ね上がることを思えば、やはり遠慮したいのが本当のところだ。

とはいえそれでこの縁談を断るのは難しく、結局それは間もなく成立することになる。

その『間もなく』の間に何か問題でも起きないかしら、とルリアーナは窓から見える青空に祈った。

「……ではここにヴァルト・ウィル・ディア王子とルリアーナ・バールディ・ダイランド嬢の婚約を宣誓します」

しかし祈りは虚しくも届かず、ルリアーナとヴァルトの婚約はなされた。

それは滞りなく行われる儀式の最中、もしかしたらこの世界に祈りを聞き届け叶えてくれる神などいないのではないかとルリアーナが天に唾吐くようなことを考えたせいかもしれないし、この世界の神がルリアーナよりもヴァルト推しだったせいかもしれない。

ともあれ2人はこれにて将来をほぼ確約された婚約者となった、なってしまった。

「ふふ、こんな日が来るなんて思ってなかったなぁ」

「…私もですよ」

婚約の儀の後「疲れただろうし公爵は父様と話があるらしいから終わるまで休憩がてらお茶してようよ」と言うヴァルトに誘われ王宮の中庭にあるガゼボで紅茶を楽しんでいたルリアーナは、ヴァルトの言葉に彼とは真逆の心情で同意を返した。

「本当によかったよ、僕本当はルリアーナ姉様としか結婚する気がなかったんだよね。どうやって兄様を排除しようかずーっと考えてたんだ」

「え?」

もう成立したものはしょうがないから潔く諦めようと開き直っていたルリアーナはヴァルトの言葉に持っていたカップを取り落しそうになる。

何か今この子とんでもないこと言わなかった?と真意を探るようにヴァルトをじっと見つめる。

「もう何年も前のことだけれどね。無邪気を装って兄様が成そうとしていることを邪魔したり、兄様より功績を立てるために後々大きな問題になりそうな小さな問題たちを解決させないように隠したり。もちろん誰かの迷惑にならないようなものでしかやってないけど、そうやって兄様の足を引っ張って失脚させようとしたこともあったんだよ」

まあ、そんな幼稚な発想はほとんど失敗したか意味がないものになったんだけど、と付け加えてヴァルトは苦笑する。

だがルリアーナは彼の言葉に目を剥き、舌を巻いた。

年齢の割には随分頭の良い子だという程度の認識しかなかったが、新しい婚約者はどうやらこの年になる前から相当な策士であったようだ。

自分はやはりとんでもない人物の元へ嫁ごうとしているのでは…?

そう気がついたルリアーナが顔を青くしてヴァルトを見つめていると、

「それがまさかこんな形で叶うなんて……、なんだろ、嬉しいけど悲しいや」

彼は年齢よりも大人びたその顔に、その年齢の子なら当たり前にできる表情を浮かべることに失敗したように不格好に目と口を歪めた。

「僕はね、僕の仕掛けたことを、そうと気がつかないままに至極あっさりと、何の障害もなかったかのように解決してしまう兄様のことが嫌いで、いつまでも勝てない気がして悔しくて、僕の欲しいものを全て持っていることが羨ましくて妬ましかった」

ヴァルトはルリアーナではなく、どこか遠くを見て、初めてその胸の内を吐露する。

「でも、でもね、兄様はいつだって僕の自慢の兄様で、いつか越えたい、でも越えられない憧れの人だったんだよ…」

くしゃり、とその顔がさらに歪み、

「なのになんで、なんであんな女のせいで、あんなことになったんだろうね…」

そう言って悲し気に苦し気に儚く笑ったヴァルトは、最後まで涙を見せることはなかった。

まるで泣き方を知らないようだとルリアーナは思った。

けれど彼が泣けることを彼女は知っている。

初めて会った時、彼は泣いていたのだから。

ただ、そういえばあの時以来ヴァルトが泣いているのを見たことがないと気づく。

ああ、そうか。

この子は、この年にして涙を捨てたのか。

それはなんて悲しくて、勿体ないことだろう。

でも、それなら仕方ないか。

「……え?なんでルリアーナ姉様が泣くの?」

ヴァルトは突然涙を流し始めたルリアーナに驚き、自分のせいかと俄かに焦り始める。

ルリアーナが勝手にやったことではあるが、ある意味そうと言えばそうかもしれないと彼女は淡く微笑み、

「ヴァルト様が涙を流せないなら、代わりに私が流そうと思って」

自分の涙はただの代理に過ぎないのだと身代わった人物に告げた。

読了ありがとうございました。

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