〈第8話〉敵襲
「うわっ…!?いきなり…!?」
そろそろ外へ出るというところで目を開くと、白い渦の先に待っていたのはゴツゴツとした岩が剥き出しになっている地面だった。
この空間に行く前の戦いで生じたものだろうと思いながら、顔からぶつかりそうになる瞬間に頭を抱えて受け身を取る。
何回転か地面を転がった後にそのままの勢いで綺麗に立ち上がる。
「はあ〜〜……ただいま!なんとか生還したよ、アベル!いや〜、今の勢いを殺してなかったら頭がパッカリ割れてたね…」
立ち上がり服についた汚れを払いながらそう言うと、背後から出てきたウルネリスが僕の身体を通過して地面に潜っていった。
そしてひょっこりと地面から顔を出して僕の足元の影に移動して来た。
「『アベル』と言ったか?見た感じあの木の影から軽く手を振っている人間か?…お前は分かっていると思うが、我は太陽の光が嫌いだからしばらくはお前の影の下を移動させてもらう。あの人間にも何と思われているのか分からんからな…何とかお前から移動して話をつけてくれぬか?」
「ははは…確かにこの太陽な光は呪霊の術印使いにはキツイだろうね?あと君って身体幽霊だから他の人を『人間』って分類するんだね…?」
「そこは別に気にするな。長年生きている間に染みついたクセのようなものだ。」
呪霊の術印使いは『幽霊』を側につけており、自分の身体も幽霊と同じように実体はない。
だが、この世界の幽霊にとっては太陽の光は厄印を除いて害のあるものである。
そのため太陽の光が強い日はできるだけ地面の中を移動するようになるのだが、光はよく話の中で出てくる幽霊にある弱点と言えば分かりやすいだろう。
そうしてウルネリスが背後に隠れた状態でアベルのそばに近づいていく。
「無事…ではないよね〜、アベル?いやー本当にありがとうね!君があの術印を発動してくれたおかげで、ちゃんと『会えた』よ!でもあまりこっちの時間は経ってないみたいだね?」
「…お前もご苦労…だったな…確かに…時間はあまり経ってないからまだ結構体力も身体も削られたままだな?…くっ…う…!当分は…絶対に禁忌使ったりはしないね…!でも、お前もかなり苦労したみたいだよな?…歩き方見る限り骨とか折れてるでだろ?」
「そうそう!あまりにも激しい戦闘に文字通り骨が折れちゃったよ!本当に勘弁してほしいよね〜?」
腕を隠すようにグルグルと包帯で巻いている痛々しい様子のアベルから、疲労感が感じ取れる喋り方でこちらの身体の状況を当てられた。
だが、アベルはこれだけではなく木の幹に寄り掛かりながらゆっくりと立ち上がると僕の足元に目を向けた。
「…それと、呪霊の術印使いの血筋『ウルネリス』。…そこにいるんだろ?別に俺はお前に襲いかかるつもりはないから出てきていいぞ?」
その瞳にはフルドのように心眼の術印が作り出されていた。
相手の弱点や感情の変化などを炙り出すだけでなく、このように相手の場所の把握にも使用可能なので本当に使い勝手のいい術印である。
「…ふむ、なるほどな…貴様はかなり強いな?どうやら我は貴様からはこうしても見つかってしまうらしいな?…しかしながらこの特殊な気配……まさか貴様は『転生者』か?」
そう声が聞こえると地面から大きく背中を曲げたウルネリスが立った状態のまま出てきた。
陽の光を浴びたせいか瞳の色は完全に厚い雲に覆われた空のような色であり、ダルそうに活力を失ったようになっていた。
「…あー……俺もこうしてちゃんと呪霊の術印使いを見るのは初めてだが…結構人らしい奴だな?…だが、この世界に来てからまあまあ経つけど、こうして一回見られただけで『転生者』って言われるのはお前が初めてだな?」
「…転生者を久しぶりに見たのは我も同じだ。貴様は明らかにこの世界の人間と気配が違うからな?…だが本当に古城に転生者など存在するとはな……それでも此奴とは違う世界から来たらしい…」
「さあ、これにて禁忌の長と呪霊の長が揃ったよ!こうして並んで立っているのを見るのなんて今後ないと思った方がいいかもね…!(あっぶな〜!?)」
そうするとウルネリスは指を立ててこちらを指さしてきて、僕がアベルと同じ別の世界からやってきたことを伝えようとしたがすぐに被せるように言葉を口にした。
この会話をしている間にも、アベルは一瞬間を開けたあとに真面目な顔つきになる。
「ああ…そっかぁ……とりあえず状況整理すれば俺の目の前には三大厄印のうちの『禁忌』と『呪霊』がいるわけか…?しかも二人とも、それぞれの血筋で長を務めるほどの最高レベルの術印使いなんだろ?」
「まあ……一応そうだな?」
「うん、そうだね!」
僕とウルネリスがそう言うとアベルは軽く頭を抱えた。
困惑と疲れが見える表情をしている。
「…はあ…今日は本当にすごい忙しい日だな…?しかも、古城の目の前。…普通ならすぐにそれなりに対処しないとはいけないけど、とりあえずは『あの人たちが来る』まで……あっ!?」
「…おっと……」
その時アベルは最後まで言葉を話すことなく濁したが、何故かは僕も察しはついた。
おそらくこの中でその原因が分かっていないのはウルネリスだけだろう。
「うーん…アベル?フルドが古城に行ってから結構経つよね?そんでこの状況って…かなりまずいよね?」
「ああ…厄印が二人、そして俺は見てわかるくらいのかなり痛手を負っている。…うん、かなりまずいな……『勘違い』されるのは目に見える…」
その背後から殺気の帯びた気配を感じた。
振り向くと同時に、全体像が把握できなかったが顔に向かって先端が尖っている形状のものが凄まじい速度で飛んできた。
それに対して完璧に反応することができず、片眼鏡の縁を掠めてそのまま片眼鏡のみを巻き込んで木に突き刺さる。
「ッ…!待ってください!ギリ…」
アベルが誰かに話そうとしていたが瞬時に気配がさらに後ろへ移る。
その気配を追って後ろを向こうとしたが、今度は身体が弾かれ衝撃と共に宙に浮きそのまま木に叩きつけられる。
折れた身体の骨が打ち付けられ、再び全身に痛みが走る。
「(…っ!…全く…目で追えな…)」
歯軋りをしたまま周りを見ると、視界には赤い影が動いているのを捉えたが一瞬で再び視界から消えた。
アベルが止めようと走り寄って来ていたが、もう一つの藍色の影に進行を止められる。
僕は全身に走った痛みを耐えながら両手を上げて抵抗する意思はないと伝える。
「っ……僕は手は出す気は無いよ…!あくまで情報が欲しいだけ!…姿を現してくれないかな!『古城の術印使い』!」
そうすると急に目の前から太陽の光を反射させた銀の刃が大量に現れて自分に当たるギリギリで空中で停止した。
そしてその後ろからまるで陽炎のように急に人がゆったりとした足取りで現れ、手に持っている剣の刃を首元に当ててきた。
ウルネリスがその現れた人影に攻撃を仕掛けようとしたが、木から影で作られた縄のようなものが飛び出し、それに縛られて宙吊りになって身動きが取れなくなった。
「…クッ!!クソッ…一体何だというのだ!?これは影か?!何故こんなもので我の身体を縛り付けられる!?」
「…はは…三大厄印のうちの二つ…『禁忌』と『呪霊』の術印使いをこういとも簡単に追い込むなんてね…?…さすがはこの世界最強と言われている『古城の術印使いの長』ですね?」
一切の無駄のない動きの上、一瞬の出来事であったため額から冷や汗が流れるのを感じる。
目の前からは微塵の隙もない殺気が発せられている。
「お喋りが過ぎるぞ禁忌の術印使い。大方の状況の説明はフルドから聞いたが…どうやらお前は本当に戦う意思がないみたいだな?…かと言っても呪霊に関してはそういうわけではなかったみたいだがな…」
「…いきなり敵意フルマックスで襲い掛かられたら誰だってそんな反応しますよ?…ましてや貴方なら尚更ですよ、『世界最強の術印使い』。」
「…御託が過ぎるぞ、ヴォルティート。」
それは自分が見上げてやっと顔を拝めることができる高い身長の赤髪の男だった。
おそらくアベルよりも年齢的に何歳か年上であり大人びた顔つきをしていた。
目元には深い傷の跡のようなものがあり、これだけで歴戦の強者という特徴を醸し出していた。
赤い刺繍を施した黒い手袋をつけており、袖を捲った腕は決して屈強とは言えないが、鍛えてついたであろう筋肉が備わっている。
身体つきもそれなりに必要最低限の筋肉がついているくらいで、意外と他者を身体だけで圧倒するような体型ではなかった。
「……禁忌の反応的に貴様が…あの『古城の術印使いの長』か…?我も貴様の動きは完全は捉えきれなかったが…この影の縄も貴様の術印か?」
ウルネリスは宙吊りになりながらもそう赤髪の男に聞いた。
男は特に何も言わなかったが、一瞬こちらから目を離してウルネリスの方を一瞬見つめた。
おそらくこれは『YES』と言う意味なのだろうか、はたまた『無駄な詮索をするな』と言う警告を表しているのだろうか?
「…でも確かに禁忌の言うことには一理ありますよ?とりあえずは『ギリア』さん。この二人のことどうしますか?僕的には呪霊の方もいきなりのことだったので最初は抵抗がありましたが、今は感じられませんし敵意がないならこれ以上の危害を加える必要はないと思いますよ?特に呪霊に関しては…ね?」
「…!?貴様は…」
凛とした声がギリアと呼ばれた男の後ろから聞こえて来た。
見るとその後ろから赤い刺繍の施された黒い手袋をして、ツタのようなもので縛られて動けなくなったアベルを脇腹に抱えて一緒に高身長のもう一人の男が歩いて来た。
ギリアと呼ばれた男と同じくらいの身長であり、整った顔立ちをしていた。
藍色を中心とした服を着ており頭には赤い羊のバッジのついた軍事帽子のようなものをかぶっている。
光が透き通っていきそうなほど淡い色の青髪が帽子の下から見える。
「はあ…相変わらず甘いやつだな…?それとそのままの名前で呼ぶのはやめろ。コイツらに余計な情報を教えることになるだろう?コイツらは油断に漬け込むのが上手いから一瞬の隙をついて襲ってくる可能性の方がまだ高いぞ?それに加えて禁忌は…」
「貴方も相変わらず心配性ですね…?それに本当に敵意があるならこう二人で会話している間にも隙をついて襲ってきますよ?フルドほどではありませんが、二人の目を見れば…何を考えているのかなんて分かる自信はありますよ?…僕がこの手の予想を外したことはありますか?」
「……はあ…ったく…」
しばらくの間は森の木々のざわめきのみが聞こえた。
そして時間が少し空いた後、ギリアは刃を首元から離した。
そして持っている剣を空中に投げ上げると空中にある刃と一緒に一瞬で空の色に紛れるように消えていった。
僕は一呼吸つくとギリアが一歩歩み寄ってきたが改めてまじまじと見ると佇まいだけでも威圧感のある人物である。
「…お前たちからはまず話を聞こう。もし、こちら側に有益となる重要な情報を握っているのだとしたら、それなりの対処はさせてもらうからな?」
「…ええ、もちろんそれでいいよ?僕は古城には手を出すつもりはないですからね?あくまで目的は一つだけですから…」
「我も同意見だな?確かに今までは確かな目的はあったが…状況が変わったからな。…安心しろ、我も貴様らには手を出すつもりはない。」
「…そうか…」
そう言うとギリアは背を向けて指を擦って鳴らした。
そうするとウルネリスを縛っていた影の縄はスゥッと消えていった。
ウルネリスは地面に対して頭から落ちていったが、衝突することはなくそのまま地面の中に潜っていった。
「あーあ…僕の眼鏡壊れちゃったかぁ…これ結構気に入ってたんだけどな…」
地面に落ちてレンズが割れ、フレームも曲がってしまった片眼鏡を拾い上げてポケットの中に入れる。
術印を使う上でこの片眼鏡は様々な用途があったため、ここで使えなくなったのは中々痛い。
「…想像以上に厄介な奴だな、古城の術印使いの長。流石に我の身体の特徴を完全に理解しているか…厄印以外ならば『影による攻撃』が普通の術印使いが我に触れることができる条件だからな…」
「あっちは長い間僕ら厄印とも対立してきたから仕方ないよ…僕らは別に敵意がなくても実際禁忌や呪霊の先祖たちが害を与えてきたんだからね?でも、本当にフルドがうまく言ってくれたんだね?正直厄印である僕たちの意見が通るのはそれなりに時間が掛かると思ったからさ。…後でフルドに感謝しないとね…」
地面に潜るや否や、ウルネリスは再び僕の足元まで目元から上を出しながら移動してきた。
そして二人だけが聞こえる声で会話をする。
「(我も感謝の意を伝えなければな……ところで其奴にはお前のことは伝えているのか?)」
「(いーや、まだだよ?僕がこのことを伝えるのは『完全に白』になった時だからね。)」
しかしそんな会話をしている間もギリアと一緒にいる青年が間に入ってきた。
そしてアベルと同じようにツタで僕の身体を縛ってきた。
そのまま重力に逆らうかのように身体が引き上げられ青年にアベルと同じように抱えられた。
しかし、不思議と身体に痛みが走ることはなかった。
「ダメだよ、二人とも。勝手に二人だけの会話をしてもらっちゃ困るよ。二人は悪意はないとは思うけど…君たちの先祖がかなりやらかしてるからね?まぁ、一応警戒ってことでアベルと一緒にこのまま来てもらうよ?」
横に目をやるとアベルが悲壮感と不安感が混じった視線でこちらを見つめてきていた。
おそらく古城に行ったら、それなりのことをされるのだろう。
…それは拷問というよりは『弄り』のほうであるが。
「はいはい、ごめんなさ〜い!それにしても、さっきもそうですが貴方はかなり接しやすい人で僕は結構好きですよ!貴方みたいに僕たちの話を聞いて優しく接してくれる人は特にありがたい〜って感じですね!」
「それは嬉しいね。僕は自分の目で見ない限りその人を完全な悪かどうか判断したくないんだよね?現に君たちだって本当に悪意がないのに、今までの先代たちのせいで悪者扱いは嫌でしょ?」
「…ふむ。我も貴様のような奴は初めてだ。厄印というだけでも人間たちは当然かのように害虫扱いだからな?」
「あー……それは本当にごめんね?」
ウルネリスがそう言うと想像以上に重い言葉が飛んできたことに困惑している青年の足元まで音もなくやってきた。
厄印は代々厄介者扱いであったため、このように扱われること自体あまりないケースである。
ウルネリスの瞳には少しばかりか光が灯っており、この青年に興味がわいていると何となくだが察することができた。
「君はうーん…そうだね?君は僕の術印ではどうすることも出来ないから、とりあえずはその状態のまましてもらうよ?呪霊の術印使いの君はたしか太陽の光が嫌いだったんだっけ?それじゃあ頭を守るためにこの帽子を被ればいいよ。多分君でもこれには触れられると思うしね?」
「いや、我は魂で影を作りさえすれば…」
そう言うと青年は被っていた帽子を取ってしゃがみ込んでウルネリスに被せた。
帽子はウルネリスの身体を通過することなくピッタリのサイズで頭に乗った。
帽子を被ったウルネリスは自分を透過することなく被れたことに対する驚きが表れている何とも言えない表情を作って軽く礼を言う。
そして単純に心配すらされたことがないため、表情を見る限り内心では照れているのだろう。
「はあ…話は済んだか、『シャゼル』?何気なく話してるが厄印には気をつけろと言っているだろ?…まあ、詳細が分かっても『お前の術印は対処が難しい』から別にそこまで心配はいらないか?」
「おお?まさかギリアさんからお褒めの言葉を貰えるなんて、嬉しいですね!」
「おい、少し誉めただけだぞ?お前は本当に能天気だな……いいから早く行くぞ。フルドや『あいつら』を待たせたままだからな。とりあえずはアベル、ご愁傷様だ。」
「…俺だってそれが一番気が気でないんですよ!傷を抉らないで下さいよ!」
そう言うと先頭を歩くギリアについていく形でアベルを抱えた青年が歩き出した。
方向は巨大な城が立つ『古城の国ラグニクス』。
この世界ではおそらく一番厄印使いにとって危険な国であろう。
「(やっと…古城に入るのかぁ……とりあえずギリアとこの人、そして『あの二人』から完全に敵意がないことを証明しないとね?)」
前を歩くギリアの背中を見ると背中越しから伝わってくるのはこちらに対する憎悪の感情。
…やはり自分自身が禁忌である以上、ギリアから信用を勝ち取るのが一番骨が折れそうであった。
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しばらく歩いていると通る道にレンガによる舗装が施され、明るい色の家が少しずつだが見えてきた。
その道をしばらく歩くと一気に開けた広場のような場所に出た。
空を羽ばたく白い鳥、暖かさを感じる日の光。
そこでは人が入り乱れるように行き来しており、そこに長い間いるだけで別の世界にいるような感覚になった。
レンガ作りの家がほとんどであり、この風景だけで改めて違う世界に来たのだと気付かされる。
威勢のいい掛け声が聞こえたり、走り回る子供達もいたりと先ほどまで見ていた景色とは大きく違っていた。
僕たちがこの中を歩いていても何人かの視線を感じるだけで、特にそれ以外の人々はまるで当たり前かのように普通の生活を送っているような感じである。
「…ねえねえ、青年さん。この国の人たちはあまりこの僕らの状況を見ても特に感じることはないんだね。」
この景色に若干疑問を感じ、抱えられている青年にのみ聞こえるくらいの小声で話しかける。
青年は少し間を空けた後、少し驚いたかのような表情を作ってこちらに視線を向けながら口を開く。
「…あっ…それって僕のこと?いやー、その名前だと君も呼びにくいと思うから『シャゼル』で…それが僕の名前だよ。」
「うん?それって大丈夫なんですか?名前なんて教えたらあのギリアっていう人にまた何か言われませんか?」
「うーん…まあそれは大丈夫だよ。あの人はああ言って高圧的だけど、実際はただ本当に心配してくれてるだけだからね。それにこの国にいるってなればその内名前を君たちに話すことになってたと思うし、そこまで心配はいらないよ。」
「はは…シャゼルさんって意外とすんなりと重要な情報とか誰かに話しちゃいそうですね…?本当に古城の術印使いでも大丈夫ですか?」
「いやー…そのことはギリアさんにもよく言われるよ…」
シャゼルはギリアが言っていたように確かに物事に対して比較的他の術印使いに比べて楽観的であるが、同時にまとめて中立な立場で周りを見ている。
その性格であるからこそ、相手に対して特に警戒されることなく深い場所まで潜り込むことができる。
「それで質問の答えだけど、この国は単純に他の国よりも圧倒的に悪目の術印使いがやってきたり連れて来られることが多いんだ。まあ、ほとんどは僕たちがこの国に連れて来るんだけどね?だから国の人たちからすれば、僕たちがこうしてやらかした人たちを連れて来るこの光景自体が平和の証って感じなんだよね?」
「ふむ…たが妙だな?貴様はやってきたりするとも言っていたが…我らが一族は『古城にだけには近づくな』と昔から言われてきたのだがそんなことがあるのか?お前たちは頭ひとつ抜けている強さを持っていると聞いていたからな?」
「僕が言うのもなんだけど、確かにそれなんだけどね…君が言ったみたいに本来術印使いがこの国に直接来るんじゃないんだけど、実は来るようになったのはつい最近なんだ…」
「ほうほう…それはご愁傷様ですね…」
「それで、ある術印使いがきたときには僕が古城にいなかった時でどんな術印を使ったのかはよくは分からないけどギリアさん曰く、『見たことのない妙な力』を持ったものだったらしい……まあ、それでも倒したって言ってたから安心ではあるけどね!本当にあの人は頼りになるんだよね。」
その話を聞いて瞬時に地面から顔を出しているウルネリスと目を合わせる。
『見たことのない妙な力』という言葉でおそらく僕の探している罪人であることは予想ができた。
しかし、それよりもかなり重要な言葉をシャゼルは話してきた。
「…シャゼルさん。確かにギリアさんは倒したって言ったわけですよね?…それってギリアさんの術印でってことですか?」
「…?もちろんそうだよ?じゃないと僕たちが術印に対抗する術が無くなるからね?確かに妙な術印とは言っていたけど強さで言ったら『赤と黒の間』くらいの力って言ったからギリアさんだったら対処は可能…だからギリアさんがいる限りこの国は安全が保障されてるんだよね!まぁ、頼りすぎも良くないけど…」
その言葉は僕にとっては予想外のものであった。
ギリアが出会った術印使いと思っているのは罪人であることには間違いないだろう。
しかし、その罪人を『術印で倒した』。
これが重要な点となってくる。
呪陣はいくら弱くても基準点で言えば『一つの国を滅ぼせる』程度の力を持っているものである。
この世界で使われている術印は最高の力を誇る赤でもおそらく呪陣で言えば最低の力を持っている程度である。
しかし、ギリアはその罪人を倒した……それも難なくである。
「はは…古城の長であるギリアさん…想像以上に敵に回しちゃいけない人だね…?初対面の妙な力を持つ相手にも勝てちゃうなんてね…」
「ふふ、そうでしょ?だから君たちも気をつけた方がいいよ?ギリアさんは厄印をこの古城にいる術印使いの中で厄印に一番敵対心を持っているからね。特に君たちは本当に…あまり怒らせちゃダメだよ?」
「…ああ、了解した…」
この話を聞いていたウルネリスは表情がさらに暗いものになった。
想像以上にギリアが力を持っていることに対しての委縮や、自分がそんな罪人に操られていたことに対して少しばかり劣等感に近いものを抱いてしまったようだ。
僕自身もギリアにそこまでの力があるのは正直予想外であった。
…原作ではギリアは戦闘の描写はほとんど描かれていない。
ただ、『三大厄印を一人で滅ぼせる』や『この世界で一番の術印使い』という逸話があるだけで正確な強さを表す文章があったわけではないのだ。
術印にもどんな力があるのか不透明なままこの物語は終わってしまったため、そこからは完全に読者の予想となってしまった。
しかし、そんな物語の中に入った今、改めてギリアの強さをこの目で見た。
結論はやはり原作の噂通り……いや、噂以上であろう。
恐ろしく強く、この世界の基準まで力が下がってしまっている僕では呪陣を使わない限り、到底敵わない人物であるだろう…
「…さて…そろそろ古城に着くよ。君たちにはこれから古城の術印使い全員で話を聞かせてもらうよ。さっきも言ったけど、何か重要な情報を持っているようならそれなりの対応をさせてもらうよ。」
「…さっきから気になったんだけど、その対応の内容って?」
「まあ、当分は古城の術印使いと外を一緒に行動してもらうって感じかな?もし情報を持っていなかったらとしたら、この古城の国から出られないようになっちゃうからそこは気をつけね?僕らはこう見えても結構武力よりも情報重視って感じだからね。」
「(武力もこの世界で言えば最高レベルなのに…)…なるほど〜…」
「…つまり、我らの持っている情報次第で今後の行動が制限されるということか?……むう…どちらにせよ不自由になることには違いないか…」
「そうなっちゃうね…でもあくまで監視がつくだけで、特に問題を起こすような行動をしない限りは基本自由に動くことができるよ。もちろん二人一緒でも大丈夫だしね。…何か内容に不満はあるかな?」
シャゼルは表情を少し崩して笑いながら僕らに説明をした。
この提案の結論から言えば…悪くない内容である。
確かに行動に制限がかかるのはそれなりに不自由に感じてしまう場面が増えてしまうだろう。
しかしながら、こうして常に古城の術印使いが側についていると考えれば罪人に遭遇した場合でも、それなりに対抗することが可能になるだろう。
「僕は別にその条件で全然いいですよ?それに僕からしてみても、僕が知りたい情報を集めるには人数が多い方が有難いですしね。…ウルネリスはどう?」
「我も此奴の目的達成の役に立つのなら、その条件でも悪くはないと思っているぞ。…情報の重要性の基準点はどう言うものかは分からんがな…」
「それじゃあ、とりあえずはそれで交渉成立だね!何が君たちから気になっているのか気になるけど…今は聞かないでおくよ。とりあえずは君たちの答えのことは、他の仲間にも話しておくよ。…でも、くれぐれも本っ当にギリアさんの機嫌を損ねちゃいけないよ?あの人は厄印には…容赦しないかね?」
「はは…分かりましたよ…真面目な警告をしてくれてありがとうございます…」
そのような会話をしている間にも人々が行き交っている通りを抜け、ついに古城の全貌を見ることができる場所まで来ることができた。
古城の外壁はこの国の街のように灰色のレンガ作りになっており、表面には苔や傷、風化した跡がついており外見だけで長い年月、この場所に立っているのだと実感できる。
よく物語の王族が住んでいるような巨大な作りになっており、この街の建造物とは明らかに違う色合いをしており、明らかな雰囲気の違いを感じる。
このラグニクスと言われている国が『古城の国』とも呼ばれているのは、この城があってこそである。
しかし、こんな巨大な城にも関わらずこの場所にいる国に直接関わっている術印使いは数人しかいないという事実には少し驚くところがある。
それほどまで特別な人物のみが、古城の術印使いとしてこの国にいることが許されているのだ。
先程の人々も皆ただの市民のように見えるが、れっきとした術印を使える者とその家族の集まりである。
だが、扱える術印はあまり戦闘に向いていないものの方が多いのが古城の現状である。
「…これから古城の中に入ってもらう。厄印であるお前ら二人には聞きたいことがかなりの量ある。古城の術印使いは情報を重要視しているため気が済むまで聞くことになるが…覚悟はできているか?」
古城に入るための巨大な扉の前に着くと、ギリアがこちらを向いて僕たちに確認をする。
…ここが、一番の重要な点になるだろう。
今後のこの世界に蔓延っている罪人を見つけ出すには、やはり強大な力を持っている人物をこちら側につけるのが重要になるだろう。
そのため必然的にこの古城の術印使いの力に頼ることになるだろう。
「…ええ、もちろん覚悟はできていますよ。僕も別に生半可な覚悟を持ってこの国に来た訳じゃない。…この場所が本当のスタート地点になると思っていますからね?」
「そうか。…ならばその覚悟がどのくらいか見せてもらおうか、禁忌の術印使い。」
ギリアが扉に触れるとそれに応じてゆっくりと開いた。
この瞬間、僕は初めて物語が進展したのを感じた。