〈第7話〉囚われの幽霊
「いきなり何を…ふざけているのか、禁忌?貴様は今、自分が我に対して何を言っているのか分かっているのか?」
「ああ。もちろん分かっているよ。だから自分で理解しているからこうして君に話しているんじゃないの、呪霊。…いや、『ウルネリス』。…これは確かに君からしてみれば理解不能な言葉かもしれないね?」
この世界には三つの忌み嫌われている術印が存在しており、それらはまとめて『三大厄印』と呼ばれている。
ウルネリスの一族はそのうちの一つ『呪霊の術印』を使うことが出来る。
呪霊の術印は『相手の魂を呪う』ということを目的としており、その目的と術印の力は三大厄印の中でも厄介なものとなっている。
「ああ、理解出来ぬな?お前はその死神にとうとう頭の中まで弄られたみたいだな?」
ウルネリスはヴォルティートでいう死神と同じように『幽霊』を側につけており、この空間もおそらくその幽霊の力であろう。
しかも、この目の前にいる人物はその歴代のウルネリスの長の中でも歴代最高の力を持っていると言われている。
ヴォルティートとも原作の物語では互角の戦いを繰り広げている描写が為されており、その名に恥じない力を確実に持っている。
「しかし全く分からんな禁忌…いやヴォルティート。貴様の考えていることが全く理解出来ん……その言葉の真意は一体なんだ?貴様は何を狙っていてこの空間に来た?…目的は我を引きずり出すことなのだろ?」
「もちろんそれもある…けどね?でもそれよりも君に聞きたいことが増えたからねぇ〜…それに人探しには人手は必要でしょ?とりあえずは気長に話ししながらそのことについてはそれぞれ振り返ろうよ。君だって僕に聞きたいことがきっとあるんじゃない?」
そう言うとウルネリスは表情を引き締め、そして警戒を怠らない様子のまま周りの淡い光が霊の形に変化するのを見て嫌な確信が出来てしまった。
…ウルネリスはどうやら僕と戦う気持ちは変わらないらしい。
「…ヴォルティートよ…貴様は我が一族が貴様の先代の禁忌に何をされたか分かっているのか?お前は直接関係ないとは言え、忘れたとは言わせんぞ?」
表情は未だかつてないほど暗いものであった。
こちらのことを完全に軽蔑しているかのような眼差しがウルネリスから向けられた。
「ああ、分かってるよ。かつての禁忌の長は、その力を暴発させて他の厄印や国に攻撃を仕掛けた。その結果先代の禁忌の長は死んでしまったけど、結果としてその呪霊との戦い自体に勝利し、そして他の厄印や信仰者たちは一気にその勢力を落とした…」
「…ああそうだ!呪霊の術印を使う我らもそのせいで大きな損害を受け、我の先代の術印使いたちも多くが命を落とした!…貴様の先代と下らぬ思想のせいでな!!」
その声に反応してウルネリスの周りにいる霊たちが一斉に襲いかかってくる。
警戒を強めて術印を発動させようしたが身体のどこにもその印がつくことはなく、瞬時にウルネリスの厄介な力について思い出した。
「この空間は確か…こっちの禁忌の術印の発動を停止させる力を持っているんだったっけ?」
「その通りだ!しかし我がその状態を作り出せるのはほんの数刻……だがこの空間で貴様を殺すのには十分過ぎる時間だろう?!」
「自信ありげに多くを語るのは避けた方がいいよ!」
霊たちは全て黒の布で身を包んでおり、この時点で黒の術印を発動させたのが伺える。
黒霊たちは森にいた時と同じように黒い鋭い爪を作り出し、一気に距離を詰めて近距離戦になる。
術印を使うことができず、さらに単純な物理攻撃によるダメージはないため、完全に自分の身体能力でこれら攻撃を回避するしかない状況である。
「…っ!これがあるから君の相手はできるだけ避けたいんだよなぁ…!」
しかも、予想外のことに何体かの黒霊たちは巨大な黒い触手のようなものを身体中から出現させ遠距離からこちらを攻撃してきた。
ウルネリスの霊同士の攻撃は当たることがないため、目の前に霊が居ようものなら、その身体を突き抜けて急にその触手による攻撃が自分に向かって来るという厄介な状況が出来上がってしまった。
「これは本当に厄介な組み合わせだね!しかもこれは術印のほんの一部の力…!さすがは僕と同じ三大厄印に数えられるだけあるよ!」
至近距離まで詰めてきた霊たちを通り抜けて襲いかかって来る触手もギリギリで回避しながらウルネリスに向かって称賛の声を送る。
これで攻撃が弱まることは全く無く、さらにウルネリスは黒霊を生み出し続けていた。
「…御託を並べている暇があるのなら、死なないように気をつけておくんだな?この状況をどれほど望んだことか…貴様を殺して我が一族の仇とさせてもらうぞ!」
「だからそれは過去の禁忌の長の話でしょ…!?もういないからといって…僕への八つ当たりは本当に勘弁してほしいね!?」
自分を取り囲むようにして近距離での攻撃する霊が森の時と同じように約10体、そしてウルネリスの周りにいる霊たちは5体ほどである。
密集している場所に留まって攻撃を回避し続けるのは、総攻撃によって袋叩きに遭ってしまう可能性があるため、逃げる形を取りながら目の前にきた数体の霊たちの攻撃を回避すると地面の水紋が走るたびに大きく波打つ。
「こんな状況じゃ仕方ないね…じゃあこの状態のまま話をしようか!まずは一つ目…ウルネリス!君はなんで…古城に近いあの森の中にいたんだい!?」
地面に手をつき、身体を何度も回転させながら向けられた攻撃を回避する。
黒い触手が地面に突き刺さって巨大な波紋を作り出す。
その先で他の黒霊が巨大な影の剣を自分に向かって振り上げており、腕の力をフルで使って水を握り横へと何とか逃げ込む。
その一撃は天井に張り巡らされた蜘蛛の糸を無理やりバラバラにさせ、水を大量に打ち上げさせて空間を大きく揺らした。
かなりの太さがあった糸はガラス片のようになって重い音を立てて次々と水面に落下してきた。
「(…っ…こんなのが無限湧きするのかぁ…)」
「ほお?まさかまだ話す余裕があるとはな?…いいだろう。我が貴様の行き先を探っていたとき、『ある人間』が貴様についての情報を教えてくれてな?其奴が貴様が古城に向かっているということを伝えてくれたのだ。」
「(『ある人物』が教えてくれただって?)…いや、ありえないね!僕は古城に行くと決めたのは君が襲撃する数刻前だ…そこから情報が伝えられたなんていくらなんでも早すぎるよ…!」
「…ああ。我も最初はそんな都合の良い情報がないと思っていた。其奴自体も不気味で…我の呪霊のように生気が感じられない奴であったな?其奴はその情報だけ残して霞のように目の前から消えてしまってな…?これが貴様を追って我が古城にきた理由だ…!」
「ほうほう、なるほどね〜?じゃあ次の質問…の前に…」
森いた時から変わり映えのない攻撃にそろそろ飽きてきたため、そろそろだと思ってここで初めて自分から霊たちに対して距離を詰める。
「流石に鬱陶しいこの霊たちはこの場で倒させてもらうよ?」
次から次に自分に向けられた攻撃を掻い潜り、足元に潜り込んだところで膝を曲げて地面に目を落とす。
「…この硬い蜘蛛の糸はこの世界のものなんでしょ?それならこうすることが出来るよね?」
そう言うと地面に落ちた木の枝と同じくらいの大きさのガラス片のような蜘蛛の糸を大量に拾い上げて、目の前にいる攻撃を仕掛けた霊の攻撃を避け突き刺す。
するとその攻撃は通過することなく黒い布を貫通し、そのまま無理矢理横に引き裂いた。
この攻撃を受けた霊は再び淡い光となってウルネリスも元に戻っていった。
同様に周りにいる霊たちにも短剣と同じ要領で投げつけて攻撃し、次々とその身体を貫通させ、近づく際に勢いをつけて引き裂いてみせる。
自分の周りにいた黒霊を全て淡い光に戻したところで、再びウルネリスを方を向くが、その表情は興味深い何かを見ているかのような表情であった。
「ほぉ?やるな禁忌…確かにこの世界にあるものは幽霊の力によって作り出されたもの…禁忌や我の呪霊の術印の特性を上手く利用した訳か?」
「まあね!僕らの厄印の特性は『概念に触れることができる』こと!それってつまり幽霊みたいな魂の塊も接触可能であると言うことでしょ?呪霊の術印使いと戦うのは初めてだったけど、僕の禁忌の術印が君たちに効くのは分かってたしね!」
「本当によく喋る奴だな?まだ余裕があるみたいだな?」
「ハハッ!お褒めいただき光栄!それと君の術印…『呪魂操作』だっけ?森で襲ってきた灰霊たちは、今みたいに魂の形自体を変えずに適当に地面から霊の形を作ってそこに魂を取り込ませたんでしょ?」
「(…コイツ…)…ああ、その通りだ…魂のみで形を作ると確かに一つにまとめ強力な呪霊を作り出すことが可能だが、直接攻撃されると今のように元の姿に戻る。…たがその形には限度はないがな。」
そう言うと、ウルネリスは戻っていった魂の形を再び変えて周りにいる霊たちより一回り巨大な触手を扱う黒霊を作り出した。
瞬時にその黒霊は触手による攻撃で地面を強く打ち付ける。
「(…うそっ!?)」
それを再びギリギリのラインで避けたが、その衝撃は凄まじくこの世界全体を大きく揺らして水面が大きく波打ち、水滴が宙に舞い上がる。
その水滴を通り抜けて再び他の黒霊による触手の攻撃が向かって来る。
「…そうだね…もう話す暇はなさそうだね…」
そう言うと僕は懐から黒い影を浴びた短剣を取り出す。
そして向かって来る触手の攻撃を回避しながら切り裂きウルネリスに向かって走る。
黒霊たちもそれに反応してさらに攻撃の速度を早めたが、それはウルネリス自身も同じであった。
「聞きたいことは聞けた…こっからは本気で邪魔者はズタズタにさせて貰うよ?」
「…!こちらに来る前に禁忌の力をナイフに宿したものか!?…クク…クハハハハッ!!やっとそのように表情を変えたな、禁忌よ!(『呪魂操作』〈黒槍〉!)」
ウルネリスは自分の周りに浮遊していた魂をあの時の槍に形を変えた。
霊に掴ませてそれを僕の方へそれを投げつけると、空に張り巡らさせれている蜘蛛の糸が同じように槍へと形を変えて降り注いできた。
「…ふっ…!」
正面からの槍の攻撃をいなした後、上から降り注ぐ槍の攻撃を回避し、そして何本かは素手で掴んで触手で攻撃して来る黒霊たちに投げつける。
その攻撃は上手く黒霊たちの身体を貫通して残りは巨大な触手を扱う黒霊だけになった。
「ハハハッ!残念だったな、禁忌!流石にこちらに気を取られ過ぎたみたいだな?」
ウルネリスがそう言うと自分に向かって来ていた槍が急に進行を変えて巨大な黒霊に何本も突き刺さる。
刺さった黒い槍は形を変えて、その巨大な黒霊に突き刺さるように取り込まれていった。
それに反応したかのように黒霊の色はだんだんと血のような赤へと変わっていった。
そして目にも止まらぬ速さで僕の身体を触手で叩きつけてきたがその攻撃をナイフで切り上げ地面にぶつかる寸前のところで、何とかその攻撃から抜け出す。
「あらら…なるほどねっ…!今までの槍の攻撃はブラフで…本当は黒霊に必要な魂を集めるための威嚇だったのかな!(油断はしてなかったけど…これは一本取られたね?)」
「ああ、今それに気付いたところで既に遅いがな?貴様が今一番警戒しているのは、我の霊が今のように赤の術印レベルまで力をつけることだと踏んでな…貴様のその警戒を逸らすために使わせてもらった。」
赤い光を発しながら水面に降り立った赤の呪霊の立っている場所が段々と血の色に染まっていくのが見えた。
アベルと共に対処することが出来たのだが…今回は逆に二体一という不利な状況である。
「…まんまとやられたよ。確かに赤の術印にまでなると対処にはさすがに骨が折れる…!」
そう言うと霊に対して距離を詰めて近距離戦へと持ち込む。
短剣によって身体を一刀両断したがまるで効果がなく、すぐに再生してこちらに攻撃を仕掛ける。
「(むっ…魂の集合体だから一撃だけだとやっぱり不十分かな?)」
そのため霊の身体を何度も切りつけたり切り落としたりしたが、全てまるで効果はなかった。
何度も攻撃を回避しては反撃を繰り返していたが、いつの間にか片方の足首に違和感を感じた。
違和感を感じたほうの足を見ようとしたが、その瞬間に身体は重力に逆らったかのように空中で激しく揺れた。
「…気を取られすぎだ。我を忘れるなよ?」
「あっ…ヤバ…」
気の抜けた声が出た後、自分がいる場所が上か下かも分からないうちに地面に打ち付けられる。
水が張っているとはいえ、すぐ下が地面であったため鈍い痛みが一瞬にして全身に走った。
それでもなお、何度も身体は地面に打ち付けられだんだんと自分の意思に反して動かなくなって来た。
「があっ…!?…っ…!」
「滑稽だな?禁忌よ。何故お前は自慢の術印を使って反撃をしてこない?クククッ…まさかもうくたばったとでもいうのか?」
いつしか自分の身体は全身赤い触手で巻き付けられ、一切の身動きが取れなくてなってしまった。
触手は地面から十数メートル離れた空中で固定され、自分の目の前にウルネリスが浮いてやってきた。
満足感な表情をしており勝ちを確信している様子である。
「はあ…完全に油断したね……痛ッ…口の中は切れて血の味がすごいするし…絶対に何本か骨もいっただろうし…」
「それは辛かろうに…これが赤の術印の力か…ククッ…何と素晴らしいものか!それだ…これこそが『我の求めていた』ものだ!」
ウルネリスのこの発言に違和感を覚えたため、僕の予想が当たっているかもしれないという期待を込めてじっと灰色の目を見て余裕の笑みを作る。
「…ふーん?その言い方の違和感がすごいね…?…よし!僕が君に何があったのか当ててあげよう!例えば…君のその術印って本当は『君の術印じゃない』んじゃないのかな?」
そう言うとウルネリスは一瞬にして表情を険しいものに変えた。
そして僕の髪を掴み顔の距離を詰めてきたが、その目は虚で視点があっていない様子である。
「口が過ぎるぞ、禁忌!…我がそんな愚かなことをすると思っているのか?我は…!」
「『自らの血筋と術印に誇りを持っている』んでしょ?確かにそう…君はそういう存在だね?…君は原作でも最初から最後まで自分の術印と血筋に何があっても誇りを持っていたからね〜?」
「…それは何の話だ?」
「そうそう!だからこそなんだよね!今、君は自分の意思で『求めていた力』と言った!…おかしいと思わないかい?本来自分が持っているなら、わざわざそんなことを高々と声を上げる言う必要がある?だって君にとっては元から持っていて『当たり前』のこと…なんだからね!」
「…一体…貴様は何を…」
「さあ、ここからはもっと深い部分のことを聞こうかな?!『君と接触した謎の人物』。コイツは本当に君に僕の居場所を教えただけ?僕の勝手な予想だけど本当は〜…」
「……」
ウルネリスの口からは言葉が発せられず少しの間、空白の時間が続いた。
「僕の居場所の情報だけじゃなく、簡単に僕を殺すことができる『まだ見たことのない力』を与えられたんじゃないの?例えば…そうだね?『異世界の力』とか…ね?」
そう言うと締め付けが一瞬でさらに強くなる。
身体の骨がミシミシと音を立てて鳴っているのが聞こえる。
表情は崩さず険しいものであり、汗が一滴頬を伝ったのを見てこの態度を見る限り「随分と図星だな」と思った。
「…なぜ表情を変えない禁忌?…こちらはもう貴様の身体の骨が追加で何本も折れるくらいに締め付けているんだぞ?」
「…僕は今、君の返答を待っているんだよ?僕はその返答を聞きたくてウズウズしている……後につながるはずのこの返答を聞くなら別に片腕を切り飛ばされても問題ないね!」
「っ…狂人が!貴様も自分で言ったはずだ我は自らの術印に矜持を持っていると…!我が…そんな馬鹿げたことをする訳…!」
「それは僕も分かっているさ!だが、君は本心とは別にそれをしたんだ!…ウルネリス、君に力を与えたのは誰だ?!ほんの些細ことでもいいから教えてくれ!ソイツは僕が追っている奴かもしれないんだ!」
「我は…我は…!」
ウルネリスの表情がさらに曇っていく。
視線はさらに四方八方を向くようになり、こちらをしっかりと捉えられていない様子である。
明らかにその様子がどんどんおかしくなってきていた。
ついには唸り声を上げながら髪をくしゃくしゃにして何度も頭を自分の拳で叩き始めた。
しかしそんな状況であるにも関わらず、ウルネリスは一瞬我を取り返したようにこちらを虚な瞳で見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「…其奴の…名は…罪び…」
そう言葉を発しようした時、ウルネリスの姿は視界から一種で消え、その後に地面に何か叩きつけるような音が聞こえた。
額に冷たい水がかかって来て、最悪の事態が一瞬で頭によぎった。
「ッ…ウルネリス!…やっぱり入ってたか…コイツ…離…せっ!!」
力ずくで触手の巻き付けをほどき地面に着地する。
赤い霊の足跡には俯いた状態のウルネリスが倒れていた。
抱え上げ顔を見たが呼吸はしておらず、その身体はだんだんと透明なものになっていた。
「…残念だったな、ヴォルティート?ソイツはもう手遅れだ。今の一撃で魂までダメージを与えたからな?…俺の存在を口に出そうとするからいけないんだぞ?全くバカな奴だな…俺に気付かないでいれば殺すまではしなかったのにな?」
突然低くドスの効い声が僕とウルネリスしかいないはずのこと世界に響いた。
声の発せられた場所を見ると、そこに佇んでいたのは赤い霊だった。
「…お前は誰だ?呪霊の術印使いに仕えている幽霊…ではないよね?…ということは、お前がウルネリスが言っていた『罪人』かな?」
「チッ…過去への執着心が強い呪霊はやはり使えないやつだな?まだお前に正体を教えるつもりはなかったんだがな……まあだが、呪霊はここまでだな!それにこの力は『俺のモノになる』んだからな!!」
赤い霊はそう言うと形を変えて僕と同じくらいの大きさに形を変える。
そして空に張り巡らされている蜘蛛の糸を一つ残らず淡い光を放つ魂に変える。
魂は霊に惹きつけられるようにして向かっていき、霊は目の前にきたその魂を全て取り込んだ。
「いつからウルネリスの中にいた?厄印の力でも相手の身体を乗っ取るのはそれなりに力がいる。しかもウルネリスはこの世界では最強格の力を持っているはずだ。…一体お前は誰なんだ?」
抜け殻のように動かなくなったウルネリスを背負い赤い霊の正面に向かって立つ。
そうすると赤い霊はさらに形を変えて人の姿になった。
その姿はまさにウルネリスをそのまま形作ったものであった。
一番の違いがあるとすれば髪の毛。
目の前にいるもう一人のウルネリスは黒い長髪であり、この暗い空間に吸い込まれていきそうな色合いである。
「俺のことはそのまま『罪人』とでも呼べばいい。本来の名前とその存在はとうの昔に消された。…かと言っても、お前にはさっぱりだろうな?」
「いや、何となくは理解はできるよ…?…それにしても…乗っ取りとは違って姿形をそのまま自分の思うがままにできるって意味?しかも罪人、お前が魂を取り込んだ時さらに力が上がってるような気もするけど、それもお前の力なのかな?」
「ああ、その通りだな。この世界の奴らはお前を含めせいぜい物語の人間でその対処も簡単だ!…あとは『禁忌』のお前と『破戒』の厄印だけになる。そして…分かるか禁忌?この空間は俺の力でしか解除することができない!お前もその呪霊のように俺に魂を喰われて死ぬんだよ!!ハッハッハッハ!!」
罪人は空間全体を震わせるほどの大きな声で高笑いをした。
勝者にのみ許されるのが『勝ち誇る』という行為。
罪人は今それを実行していた。
ーーー罪狩りである僕を前にして。
「…さあて、仕上げだな。」
「…!?いっ…ただただだだ!?」
罪人はそう言うと再び赤い触手を水面から出現させて僕を巻き上げる。
ウルネリスは僕が巻き上げられる瞬間別の触手に捕まってしまった。
「ハッハッ、今度は逃さねえぞ!禁忌の術印使い…次はお前の番だ!その力を俺によこしてもらおうか!」
「…僕の力を使って何をするつもりだい?」
「簡単だ。俺はこことは別の世界で追われている身でな?この力を使って俺を追ってこの世界に来るはずの『ある人間』を殺させてもらうだけだ。奴は物語の世界では本来の力を出せないらしいからな?」
罪人はさらに締め上げを強くする。
そして一歩ずつ自分に近づいてきて約一メートルの距離まできて手を伸ばして来たが、身体にその手が触れようとした瞬間に軽く声を出して笑う。
「呪霊の奴は本当に簡単に俺に飲み込まれてくれた!お前がどうかは知らないが、意識を飛ばして俺の力の糧となってもらうぞ!?」
「はぁ…二つ…君は勘違いをしているよ?」
僕がそう言うと罪人は動きを止め、表情は疑問が混じったかのようなものになり、警戒してか一歩分僕から離れた。
「…勘違い?一体なにが勘違いだというんだ?」
「まず一つ目。禁忌の術印はあくまで『相手を痛みつけ、殺す』ことが目的だ。厄印同士は目的と術印の力が違ってくるから一緒の力として使用することは出来ない。つまり、別の厄印を全て一つの術印使いがまとめて使うことは不可能だ。」
「なんだ、そんなことか?それは十分承知だ。まさか俺がそんなこと知らずにこの世界に来たと思っているのか?」
「…あっ、そう?じゃあ二つ目……」
僕は口元を大きくにやけさせながら罪人の方を見つめた。
こちらからすれば、もう既にこの罪人をどうしようは決定済みである。
「君は…『裏世界』と『牢獄』いうものを知ってるか〜い?」
「『裏世界』…『牢獄』……っ!?それは…まさかッ!?」
その瞬間に先程より強く締め付けている赤い触手を再び力ずくで解く。
罪人はあり得ないという表情を一瞬作り、身体が強張っているようになって動かなくなった。
そのうちに首根っこを掴んで地面にそのまま叩きつける。
罪人の表情は先程の余裕のものから崩れ、歯軋りをして抵抗の意思を見せていたがつけ焼き程度のその抵抗が僕に及ぶはずがなかった。
「…『勝ち誇るという行為は、相手を全て上回っていることを前提としてその行動に移さなくてはならない』…相手の実力を見誤ったね?」
「その言葉を…『裏世界』を知ってるのは、俺たち世界にいる…限られた存在だけ!!まさか…お前が…!!」
何か察した言葉を話そうとした瞬間に、僕は罪人を中心にした巨大な陣を水面に作り出す。
次の言葉を話し終わらないうちに笑顔を作り、僕の持つ本来の力を発動する。
「…っ!?お前…そのままだと…!」
「言ったでしょ?片腕くらい犠牲になっても気にならないってね?…『消獄』!」
その瞬間に暗いはずの世界に割れたように一瞬にしてヒビが入る。
その中心にいた罪人はまるで魂が抜けたかのように動かなくなり、だんだんと灰のようにその形を崩していく。
しかし、そんな中でも口だけが動いておりそれに返答する形で首元から手を離して話しかける。
「そうそう、君の今察した通り僕が『罪狩り』だね?それでこれは僕の予想だけど君の呪陣、『他人に寄生するもの』なんじゃない?触れた感じ君はあくまでその罪人の身体の一部…つまり寄生虫みたいな存在でしょ?」
僕がそう言うと罪人は口で「くたばれ」という形を作った。
言葉としては出ていないが、この反応を見る限りどうやらこの僕の予想は正しいようである。
文字通り消滅していく罪人のことをしゃがんで見つめる。
「君の『本当の呪陣の力』…そのうち僕自身が見る時が来るだろうね?しかも僕の正体の詳細について知られないとは思うけど、きっと君経由で『ヴォルティートが君を倒した』ってことになると思うから…当分は僕に疑いが掛かるんだろうねぇ?…はあ…とりあえず今は多少は楽しめたから感謝するよ?」
そう言っている間にもだんだんと崩れていく罪人に向け、最後に一言「じゃあね」と言うと完全に灰となって消えた。
そして完全に灰になって消える後に罪人から小さな魂のようなものが出てきた。
そしてウネウネと形を変えて、黒い光沢のある四足歩行の小さなスライムのようなものに形を変えた。
「…くっ…ううっ…我は…一体何をされた?」
ちょうどその時赤い触手から解放されたウルネリスが水面から頭を触りながら起き上がった。
身体はしっかりと色が戻っており、髪の色の灰色についている水滴を反射させている。
ウルネリスが起き上がると、そのスライムのような生物はウルネリスな頭に乗って来た。
「むぅ…どうして我は……」
「ああ!ウルネリス!起きたばっかで悪いんだけど、この空間そろそろヤバそうなんだよね!?何とか出る方法ないかな!?」
空間がガラスのようにバキバキと割れる音を出して崩壊を続けているこの状況で運良くウルネリスが起きてくれた。
「なっ…本当にいきなりだな!?それにボロボロになったこの空間、我がやられている間になにがあったんだ!?」
「その説明もあと!!ほらほら、早くしないと本当にこの空間ごと消えちゃうよ!」
僕がそう叫ぶと音を立てて天井の黒い世界が崩れてきた。
その崩れは留まらず、どんどん壁を伝って僕たちにも迫って来ていた。
「…くそっ…!…頼むぞ、パルイルゴ!」
ウルネリスがそう叫ぶとスライムのような生物は巨大化し、僕ら二人を飲み込んだ。
完全に覆われる瞬間に外の世界から何かが崩れる音が聞こえた。
中はまるで海のようであり、ここにいるだけで身体が形を失って溶けていくような感覚を覚えた。
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「ふう…なんとか危機は脱したかな?とりあえずはありがとうねウルネリス。…それにしてもまさか僕ごとあの空間から脱出させてくれるなんてね?僕は幽霊の腹を砕いた張本人だからあのまま押し潰して来ると思ってたのに…?」
「……これは、礼だ。我とパルイルゴを助けてくれたからな?…お前のことについては様子を見ていた我の幽霊から聞かせてもらった。それで…奴がお前の言っていた人間なのか?」
ウルネリスは背を向けながらそう呟く。
ウルネリスの頭の上にスライムが乗ったとき、どうやら記憶の共有が行われたらしい。
「…あれはただの人間ではないよ。もっと強大な…まあ、それでも僕はこれで自分の目的を一つ果たせたからよかったよ。…でも、見返りと言っちゃなんだけど君にはあることを協力して欲しいんだよね?」
僕が意味ありげな口調でそう言うと、ウルネリスもなにか察したように口を開いた。
「…それは、あの罪人についてか?」
「そうそう!まさにそう!君が奴と接触をしたからこそここで言っちゃうけど、僕も奴と同じで禁忌ではあるけどこことは違う世界からやってきた存在。目的は今君が見ていたように緩く言えば『罪人を懲らしめる』こと。でも、この世界では僕の力は自体かなり下がってるんだよね…」
僕がそう言うとウルネリスはゆっくりと振り向いた。
目には少しだが光が宿っているような気がした。
「だから我にその罪人とやらを殺すのを手伝えと…?」
「そういうことだね?奴はかなり厄介でね……この世界には存在しない力を使うことが出来る。君がああやって知らぬ間に奴に取り込まれていたのはその力の影響だね?でも、奴にはこの世界の術印も多少は効くと思ってるよ。」
僕がそう言うとウルネリスの背後から光の渦のようなものが出現した。
この渦の先にはおそらくアベルがいるはずの森へ出るのだろう。
「…お願いできるかな、ウルネリス?義理堅い君にだからこその願いになるんだけど…ね?」
「……ああ、奴を殺せるなら我々も手を借そう。我はどんな形であれ貴様に助けられた。それに貴様とあの罪人とやらの話によると、貴様は我の知る禁忌とは違うらしいな?それならば、尚更こちらとしたら好都合だ。…貴様に余計な殺意を持たずに済むからな?」
「…あちゃー…それについても聞かれたかぁ…本当は僕の正体については知られてはいけないんだ…罪人は厄介だからね…?もしバレたりしたならソイツはこの世界から逃げる可能性もあるから…」
「ふむ…奴は逃げる可能性もあるのか…?だがそれについては心配無用だ。我は秘密は守る…助けられたのなら尚更だ。だがまだ我も聞きたいことが多くあるからな…外の世界に行ったらまだ多くのことを聞かせてもらうぞ?」
「フフ…ああ、楽しみにしてるよ。これで…やーーっと退屈しない相手を見つけたよ、ウルネリス!僕の目的と君の目的…どちらも達成できるようにしよう!そうだなぁ…僕ら2人で罪人を必ず屍にしようか!!」
「…ハッ…お前も中々物騒だな…?」
「でも、これも本心だからね?」
そうすると光の渦は僕たち二人を飲み込む。
そして僕はその光の中でゆっくりと別の世界へ引きつけられて向かっていくのを感じた。