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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
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〈第6話〉呪霊の術印使い


 突き刺さった短剣は禍々しい黒い瘴気を浴びており、少しずつだが灰霊たちの身体を浸食していた。

 しかしアベルの時と同じような早い速度ではまだ浸食していない様子であり、足を止める事なくこちらに凄まじいスピードで距離を詰めてくる。


「はぁー!恨みたくなるほど元気がいいねぇ、呪霊!?それじゃそんじゃ、かなり痛い二つ目を食らわせてあげるよ!(『身食』!)」


 短剣が突き刺さった怪物の身体部分から再び黒い光が発生し、その部分から灰霊たちの身体が消滅していくように脆く崩れた。

 四肢と顔、そして人の心臓がある部位に試しにそれぞれ刺してみたがのっそりと起き上がった霊は6体。

 倒れたままの4体は灰のようになって消えていった。

 

「(むー?倒れたのは心臓部位が2、頭1、右腕1で法則性はなし。)はあ…さっぱり分からないね?僕は2人にみたいな術印を持ってな…」


 そうなことを呟いていると今度は地面からゾンビのように現れた灰霊たちが一気に大量に身体から生やした腕で僕の足をガッチリと掴んできた。


「あら、急に攻め方を変えたね?」


 こちらは力ずくで掴んできた腕ごと宙へと地面を蹴り上げて、残った胴体を原型が留められてないほどの力で殴りつけたが突然自分の周りが影で覆われた。

 ピンポイントで雲が自分にかかった訳ではないということは見ずとも理解し、危険信号として身体が反応したため瞬時に覆われた影から抜け出した。


「…っ!?」

 

 次の瞬間、影の部分には完全に人に向けるべきではない黒色の槍が雨のように降り注いできた。

 だが驚いたことに、その槍は灰霊たちの身体は突き刺さらずに通過していき地面に鈍い音を響かせながら突き刺さる。


「幽霊は透過して敵だけに突き刺さる槍…か!本当に厄介だね!?」


 先端は見ているだけでも身震いしてしまうような鋭さと淡い光を放っており、地面に突き刺さるたびに自分に起こりうる最悪のケースを想像してしまう。

 さらに槍は追尾していくように自分に向かって何度も雨の如く降り続いており、地面に視線を送りながらこの攻撃は感覚で避ける。

 

 避けた先には灰霊たちが待ち構えているため、同時にそれの対処も行わなければならないため、常に気を緩めることができない状況が続いた。

 殺戮卿で身体能力は向上しているため、何度もその槍の攻撃と灰霊たちの攻撃を回避しながら周りを見る。

 すると、灰霊たちの背後に1体だけ布を深く被り足元に術印を展開させている明らかに雰囲気の違う霊がいた。

 

「…いたいた!どうやらアイツみたいだね、『本物』は!」


 攻撃を避けながらその霊にバッチリと目を送りながらそう言うと、こちらを警戒したためか槍は突然降り注ぐのをやめた。

 森の中に溶け込もうとしているのが分かったが、視界の先のどこにその霊がいるのかはしっかりと捉えることができた。

 殺戮卿の力を込めた短剣を作り出して灰霊たちの間を通してその霊に向かって投げつけたが、短剣はすり抜けて霊の背後の木に突き刺さった。

 

「うーん…そう簡単にはやっぱり行かないかあ…!…ああそう、分かったよ!君がその気なら今はそうやって見ていればいいよ…まずは君の作り出した周りの灰霊をどうにかしてやるからね!」


 こちらの声を聞いているのかは分からないが、大量にいる霊の中にいるであろう呪霊に向かってそう言うと、それに答えるかのように再び黒い槍が降り注ぎ、さらに今度は地面からも巨大な荊のような黒い棘が作り出された。


 木々をつたって回避しながらアベルの方を見ると、まだ黒く染まった巨大な植物の根で灰霊たちに攻撃を続けていた。

 表情にはまだぜんぜん余裕がある感じであるが、見た感じ僕のようにまだあの霊の存在には気づいてはないだろう。


「(このまま僕だけで追っても直ぐに逃げられるだけ…)…んじゃここからは、攻めの手を変えよっか…!」


 即席で思いついた作戦に対して我ながら感心した後、殺戮卿の術印の力をさらに強める。

 まずは周りにいる灰霊たちの目と呪霊が放って来ているであろう黒槍の照準を定めさせないように縦横無尽に駆け回る。

 灰霊たちの視界に消えたり現れたりして動きながら灰霊たちの身体を少しだが切りつける。

 そうして切りつけた場所から灰霊たちの身体の中に少しずつだが殺戮卿の力を入り込ませると、灰霊たちはその動きを停止させた。


「(さっきまではすぐに身食を使ったからなあ…)アベル曰くお前に『弱点』があるなら、今度は僕なりにその弱点を探させてもらうよ!さあさあ、出て来たらどうだい?お前だって森の中からでもしっかりこの様子を見てるんだろ、呪霊の術印使い!?」


 しかし、灰霊たちが殺戮卿の力に侵されるにはそれなりに時間がかかるだろう。

 それは最初に灰霊の身体に傷をつけた時に確認済みである。

 それならば、今やるべきことは降り注ぐ厄介な『黒い槍』の対処である。

 アベルを狙っていないのを見る限り、完全に自分のみを殺すために正確に狙っていた。


「(よし…まずはこの槍、一体どこから来てるんだ?)」


 未だに自分のことを追尾してくる黒い槍。

 アベルには一本も降ってきていないことから僕を完全に狙っていることは容易に想像できる。

 そして、その時初めて空を見上げると、太陽と光が照りつける中黒い槍がその日差しと一緒に降り注いでいた。

 槍が降り注いでいるであろう地点には、森から出て来た影のようなものが集まっていっていた。

 影が完全に灰霊たちの身体を侵すまでには黒い槍の対処にあたる必要がある。


「(出どころは…出どころはどこなんだろ?)」


 呪霊自体が術印を使うこともあるが使うには周りにある何かを利用する必要がある。

 あの霊も周りにある何かを使う必要があるため、まずはそれを探す。


 森の中に走り込み、木々に身を潜め森の中を駆けながらそんなことを考えている間にも樹木を突き抜け黒い槍は引き継ぎ降り注いでくる。

 そんな中、先程術印を使って倒した4体の灰霊たちについて違和感が感じたのを思い出した。

 

「(アレは…僕の知っている普通の魂の変え方じゃなかったね…?)…何であの4体は『消える』んじゃなくて『崩れて灰になったんだ』?」


 この違和感は何となくではなく、かなり核心的なものに結びついているような気がし、それから確実な嫌な予感がしたため再び森を抜けてアベルの方へ向かった。

 アベルはまだ大量の灰霊たちに攻撃を続けていたが、まだ表情には続いて余裕が見える。

 しかし、見るべきはバラバラになった灰霊たちであった。

 

「ふーん…やっぱりね…?何となくは分かってきたかな…?」


 灰霊たちはバラバラになった身体をブロックをくっつけるような形で元の姿に戻っていく。

 それも周りのものを取り込みながら再生していくため少しずつだがその姿も巨大化していっていた。

 しかし、あまりにも多くの数の灰霊がいるためそのような状況になっていることには気づけていないだろう。


「なーるほど!これで僕は何となく理解…してきたかな!?(『心食』…!)」


 片眼鏡とは逆の瞳に紋様を作り出してアベルを睨むように見つめ、アベルの姿を群がる灰霊たちの間から完全に捉えてから術印を発動させる。

 その瞬間に視界に映る景色が一気にアベルに引き寄せられる感覚に陥る。

 視界にアベルの顔がだんだんと近づいていき、衝突するのと同時に再び視界は元に戻った。

 視界が元に戻ったことを確認した後にテレパシーを送るような形でアベルと現状について会話をする。


「(あーあー、アベル!それ以上は攻撃してもダメだよ!灰霊はそれじゃ倒せないし、ただ体力を消耗するだけになるよ!)」


「(なっ、お前…!?一体どうやって俺に話しかけて…!)」


「(僕の術印って言っておく!灰霊たちがどう言う状況かそこから自分の目で分かる?こっちはこっちでかなり緊迫してるけど、そっちはさらにやばい状況だね…!)」


「(ああ、この状況…正直数が多すぎる!この術印を使っても効いてる気配がまるでない。さっきみたいに弱点を集中的に術印で攻撃すれば再生できないってのは分かっているが、数が多すぎて今はなぎ倒すのが精一杯って感じだ!)」


 そう言われると再びアベルの方を見てみるが、確かに明らかに灰霊の数が僕の方よりも多いのがわかる。

 僕の方にいる灰霊たちはあの術印を発動させている霊を守る形をとっている。

 

 しかしながらアベルは僕が黒槍の対処で精一杯という状況が分かっている様子である。

 それでも周りの状況が見えているだけでも、かなりありがたいことである。

 

 しかし灰霊たちは次々とアベルの足止めとして向かっていっており、状況は完全に相手のペースになっている。

 これ以上灰霊たちを召霊されるのはさらに戦況は悪く厄介にもなってくる。


「…仕方ない、ここは無理矢理でも状況を打破しようかな…?さあさあ…跪きな!!」


 そう言うと降ってきた黒い槍を1本素手で掴むが、槍が熱を帯びたまま手の中で擦れ血が滲んだ。

 そして続けて降ってくる槍を回避しながら再び本体であろう霊に向かって術印の力を込めて投げつける。

 そうしてちょうど本体であろう霊の上を通過させたタイミングでその槍についた術印を発動させる。


「『崩落』!」


 槍から強力な磁力のようなものが発せられその周りの景色が一瞬歪む。

 そして次の瞬間に本体の霊の下にあった術印は地面と一緒に抉れ、そしてバラバラに崩れた。


 地面が抉れたのと同時に描かれた術印は消え、これに反応して霊も陽炎のようになって再び森の影に消えていった。

 そうすると今まで自分に向かって降り注いでいた黒い槍はピタリと止んだが、今度は本体の霊を守っていた灰霊たちが一気に距離を詰めてきた。

 

「おっと?!アイツは逃亡の準備かな!?……流石にここまで来たからには逃がさないよ!」


 好機になった状況を逃すまいと一気に距離を詰めてきた灰霊たちを避けて本体の霊が消えた方向に向かっていく。

 この灰霊たちは一体一体にあまり力はなく命令通りにしか動けないと踏んだため、ところ構わずに距離を詰めていたが不意に背後から巨大な光が発せられた。


「へぇ?…嘘?」


 振り返った瞬間に体全体がその光に包まれ、その後すぐに感じたのは全身を焼くほどの熱さと痛みであった。

 意識外からのあまりに急な攻撃であったため、ろくに受け身を取ることなく、押し出された勢いのまま地面を転がる。


「…なん…で…!?」

 

 土が大量に口の中に入り込んで来たが、激しく転がった勢いのまま体勢を元に戻しすぐに周りに目を向ける。

 空を見上げると自分に向かって再び槍が降りだし、さらに灰霊たちの身体からも無数の触手のような影が伸びて来た。

 

「ペッペッ…!嘘、でしょ…?!何で…何で灰霊たちが『呪霊の術印以外の攻撃』してんの!?」


 口の中の土を吐き出したのと同時に再び槍と触手の回避が始まったが、槍を回避して攻撃された方を向くと巨大な黒い霊がその場に佇んでいた。

 頭蓋骨の部分も黒く染まり、目からは赤い光が滲み出ておりその姿は今までのものとは違いどこか悠然さも感じるものとなっていた。

 幽霊とは違う、嫌な予感がするどこか明確な形があるものをその霊の内側から感じた。

 

「(呪霊の術印『呪魂操作』…!あの大きさは今度は魂をまとめて操ったのかな…?!)それもこの霊から感じる気配…あの幽霊、中に入ったな!?いや、それもそうだけどこの気配は完全に!」

 

 その瞬間に周りの灰霊たちが次々と形を崩して砂のようになっていく。

 それは僕が弱点を探すために身体に殺戮卿の力を侵食させた灰霊たちであり、灰となった霊たちから黒い粒子が次々と黒い霊に吸収されていく。

 

「いっつつ…これは…かなりキツイ状況なんじゃないか?呪霊が魂をここまで操るってことは完全に短期戦に持ち込んでコッチを殺しに来てるよな?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえ、続いて黒い霊がいる地面が再び巨大な音を立てて崩れ、崩れた地面が鋭く固められた刃物のようになり黒霊に降り注ぐ。

 その攻撃は当たることなく通り抜けていったが、黒い霊は危険を感じたのか音を立てずに再びユラユラと森の中に溶け込むように消えていった。

 

 そうすると黒い槍は再び降るのをやめ森のざわめく音だけがその場に残った。

 黒い霊がどこからでも来ていいように森から目を離さないようにしながら声の主に返答する。


「すごい威力だね〜相変わらず。呪霊に対しては君は随分と手こずったんじゃない?…それにしても、あの数の灰霊をどうやって退けてきたの?」


「お前と同じように禁忌の術印の『崩落』を使ったんだよ。あの数を管理者で対処するのはもう一旦諦めて一気に周りの灰霊をバラバラにした。…お陰で身体中悲鳴を上げてるけどな?その後に黒い粒子がこちら側に動いていって追いかけてきた訳だ…」


 表情は変わっていなかったが、雫のようなものがこぼれ落ちる音が聞こえる左腕を後ろに回してアベルがやって来た。

 そしてあまり言葉は交わさずに周りを警戒するように再び背中合わせになり、視線を森全体へと移した。

 しかしながらまだこの世界に来てからそんなに経っていないのに関わらず、この時点でほぼ完璧に術印を使いこなせているのはさすがこの物語の主人公であると感心する。


「禁忌の血筋でない限り君はその痛みとはこれからも付き合っていくことになると思うよ?…あと最後までコイツらの弱点が見つかんなかったんだけど、あの灰霊たちの弱点ってなんだったの?」


「心眼を使って見つけたんだが、前から感じていた違和感が当たったんだよ。お前が灰霊に蹴りとかの攻撃を仕掛けた最初の瞬間からおかしいとは思っていた。本来…呪霊の術印にはただの術印使いは対処するのは至難の業になるからな?」


「おお、流石に君も厄印の一つである呪霊の術印の特性には熟知しているみたいだね?」


 よくある幽霊の特性…それが全くないっていいほど現れた灰色の幽霊たちにはなかったのがアベルが僕と同じように違和感を覚えたきっかけになったようだ。


「ああ。呪霊の術印は『ただの術印では対処することができない』。それは単純に『実体がなく触れることすらできない』からだろ?だから俺やフルドは明確な形があり、さらに触れることすらできる灰霊たちに違和感を覚えた。呪霊にはお前の禁忌の術印と含めた『特殊な条件』があるものが唯一の呪霊の対処法になるからな…」


「その様子だと流石に君もその条件はもう分かっているそうだね?流石は古城の術印使いだねぇ?」


「…まあ、厄印全員は古城との因縁の相手ではあるからな?その特性は特に…」


 その時、森の奥から木々をなぎ倒しら視界を覆い尽くすほどの巨大な光が向かってきた。

 アベルはすぐにその光の前に出て軽く何か呟くと空中に術印を作り出し同じような巨大な光を放った。

 巨大な音と衝撃波が立て続けに自分に向かってきた。

 しかし今度はアベルとは逆方向にいる自分の目の前から黒い槍が四方八方から向かってきた。


「今からは互いに援護し合いおっか!(『崩落』)!」


 今度は自分が周りの空間に術印を作り出しその槍の攻撃を砕いたが、影は形を変えて再び森の中へと溶け込むように消えていった。

 アベルも光の対処は終わったらしく軽くため息をついたが、今度は上から光と影の槍が雨のようになって降り注いできた。

 もう一度術印を発動させる準備をしたが、今度はアベルが地面に手を当て術印を発動させる。


「おいおい…この量は流石にまずいだろ…!(『反目悔悟』…!『影法師』!)」


 アベルは地面の性質を変え、向かってきた攻撃に対して影で自分たちの周りに黒い半透明の膜を作り出す。

 そして雨のように降り注ぐ攻撃は全て影に触れた瞬間に威力を失い、小さな粒子に分解された。

 しかし今度は自分の目の前に赤い光を放つ影が地面に現れ、影で作られた巨大な棘が地面から向かってきた。

 棘は最初は今までの攻撃と同じように粒子に分解されていたが、急に鋭い形のまま自分の目の前に飛び込んできた。


「なっ…!?影を貫通させた?!」


「ハハッ!こ〜れは流石にヤッバイね!」


 アベルの表情が一瞬焦りに変わった所で僕はその棘をギリギリで回避してアベルの腕を掴み、そのまま影の中から出る。

 自分たちが出た瞬間に先程と同じように、強力な熱を帯びた光と黒い槍の攻撃が上下左右から襲いかかってきた。

 

 アベルの腕を離してある程度の距離を取って再び攻撃を弾いたり粉砕したりを繰り返す。

 それぞれが対処し切れない攻撃が片方が対処すると言うことを繰り返して絶え間ない攻撃を凌ぐ。

 瞬きすら許さない攻撃がそのままこちらに時間を数えさせる余裕を持たせないまま続いた。


「ねえねえ!これって本当に呪霊の術印使いだよね、アベル!?本当にこの量は聞いてないって!それに僕は君と違って本体の霊の姿を見つけられる探索系の術印を持ち合わせていないんだけど!?」


「この状況だとこっちも同じだ!『呪魂操作』…ここまでの攻撃頻度を上げるにはそれなりに強力な呪霊を作り出す必要がある!だが…だからと言ってあの光の攻撃は呪霊の術印使いには発動不可能な術印のはず…!なんでそれが飛び交っているんだ!?」


 呪霊の術印使いは本来、霊に関係する術印のみを発動させることが可能な存在である。

 これは禁忌の術印使いにも同じことが言えることであり、自分が属している術印のみを使うのが当たり前となっている。


 しかし、今この森の中に溶け込んでいる呪霊…ここでは『黒霊』と呼ぼう。

 この黒霊は本来使うことができない『光』に関係する術印を使うことができているのだが、このような芸当が可能なのはアベルのようなあらゆる術印を使えることができる術印使いだけである。


「(…原作のこの時点であの幽霊がこんなに強いはずじゃなかったはず…)…やっぱり…もう『罪人』が…」


「…おい、ディオス?!ボソボソ言うってことは何かわかったのか!?」


 飛び交っている攻撃を回避しながらアベルとの会話を続けてきたが、そろそろフルドたちが戻ってくる頃だろう。

 早い段階でアイツにもこのことについて話を聞く必要もある。


「…いや、なんでもないよ!それよりもあの黒霊をどうにかする方法を思いついたよ!」


「本当か…!?それって一体どんなものだ?!」


 今この状態では内容自体は正直どうでもいいと思っているのがアベルの今の心情だろう。

 僕はアベルの腕を掴んで地面に向かって術印を放ち、飛び交う攻撃ごと粉々に砕いた。

 すると呪霊はこれを警戒したのか攻撃を取りやめ、風に揺れる木の葉の音が聞こえる静寂が訪れた。


「…僕が『直接黒霊の中に入り込む』。そしてそのまま引きずり出すんだ。あの中に入っているはずの本体を!」


「いやだが、この状況…呪霊をこの霊の中から見つけ出すのは正直不可能に近いがどうする?いくらお前でも接触は不可能なはずだぞ?」


 その場から距離を置いて移動するのはなんとか術印を全力で使えば行うことは可能であるだろう。

 しかし、もうすでに僕たちはかなりのエネルギーを術印の発動に使っている。

 …そのためこれは、あまり現実的とは言えない作戦であるだろう。


 だが、アベルはこの世界で最終的に最強の一角になるであろう術印使いだ。

 例え大量の術印を発動させたとしてもそれでも尽きることの知らない体力を持っているのが、このアベルという人間である。

 あとは僕がこの呪霊となんとか接触を図るだけだ。


「禁忌の術印の一つである『侵食』に分類される枠組み。この術印の力を最大限に引き出せるかい?アベル?」


「最大限にまで引き出す?…それってお前が使ったみたいに術印変化をするってことだよな?」


 侵食には様々な使い方があるが、その中の一つが『浸食』と呼ばれるものである。

 影が存在している部分から相手の体が黒く蝕まれていくようになる『身食』、対象と意識の共有を可能にする『心食』、そしてこの『浸食』は…


「そう。君に使って欲しいのは『浸食』の術印。これはただ意識に侵入するんじゃない…『対象の命の対価となるものを目の前に出現させる』と言った力を持つ。…これの意味、君なら理解出来るんじゃない?」


「…目の前の黒い霊は呪霊の術印使いの化身のようなもの。そんな力を持つ呪霊の対価になるのは……その術印の発動者。…なるほど、だからこの方法でこっちに呪霊の術印使いを引きずり出すってことか?!」


「ああ、ご名答!でも呪霊は術印の力の大きさの関係性、君の言ったように僕だけの力じゃ簡単に目の前に現れることができない。だからこそここで必要になるのは禁忌の術印を扱える君の力さ!」


 僕がアベルに熱弁を行うとアベルは口元を緩めて笑い、片目に術印を作り出した。

 そうすると視界に映る周囲の森の木々の全ての幹に一瞬にして術印が現れ、それに反応した鳥たちが一斉に飛び上がった。


「…やることが定まったなら、早速奴を炙り出さないとな…!」


 アベルが指を擦り合わせて鳴らすとガラスの割れたような音が聞こえ、森の至るところから黒い粒子が空へ舞い上がりその中にあの黒霊が混じっていた。

 ゆらゆらと揺れる身体にはヒビが入っているようになって空中で自由に身動きが取れない様子であり、こちらを睨むように赤く光がじっと見つめていた。


「お前がその気なら…ここからは俺ももう少し禁忌の術印を使っていくしかないみたいだな?コイツを古城へは近づかさせない…ここで確実に退ける!」


 空に黒い粒子が舞い上がるのと同時に森から攻撃が向かってくるのがピタリと止み、衝撃が森全体に広がったような気がした。

 こちらからはまるで余分なものが取り出されたかのように木々が明るくなったように見えた。

 その瞬間にアベルが何をしたのかを理解した。

 

「…なるほど、わざわざ霊の身体に効果がないはずの管理者で操っていたのはこの森の根!そしてその森の根を通して木々に崩落を使って呪魂として取り出したってこと?」


「…ああ、俺がわざわざ植物の根を出して攻撃していたのは、奴が気づかないように『崩落』の術印を事前に発動寸前の状態でつけていたってわけだ。どうも、あの霊が頻繁に森に入ったり出たりを繰り返していたから念のためにと思ってな?」


「お〜僕でも木々から魂が供給されているのに気づかなかったのに…流石の洞察力だね?まさか最初から魂が分断することを狙ってたの?」


「…まあ、半分そういうことになるな?だがかなり時間がかかることは予想できたから、お前が上手い感じにあっちの注意を引きつけてくれてよかったよ?」


「なーるほどね?…どうやら、そうやって僕のことをうまく利用したってわけだね?」


「あまり恨まないでくれよ?」


 しかし、こんな会話ができたのは束の間。

 黒霊は両眼を赤黒く光らせ両手を広げ、舞い上がった黒い粒子を自分に集め始めた。

 そうすると黒霊はだんだんとその色を血のように赤く染めさせていき、血が滴り落ちるように禍々しい色の粒子が霊から発せられる。

 

「魂を操る『呪魂操作』…本来『赤』である術印が光すら操れるレベルの力になるなんてな?一体何が関係してるんだ?」


「…まあそれも、一対一で話し合ったら何かと色々分かるでしょ。(それに禁忌の術印…どうやらアベルの厄印同士でも攻撃は通るみたいだね?)…それじゃあ、アベルは引き続き攻撃よろしくね!」


「はいはい。俺への仕事量が半端じゃないからお前も援護をしっかり頼むぞ?」


 そうして赤い霊は流星のように赤い光の跡をつけながら急降下してくる。

 目の前に来るや否や赤い粒子で作り出された鋭い先端のした巨大な刃を腕にくくりつけて振り下ろす。


 僕とアベルはその攻撃を回避してそのまま攻撃を仕掛けたが案の定、肉弾戦は不可能と言わしめるようにその攻撃は通り抜けて空を切った。

 霊の刃その一撃は地面の深くまで切り開くものであり、その切り口を見るだけでその威力をさらに感じることができる。

 再び霊が刃を振り上げた瞬間にそれぞれが術印を発動する。


「…ああ!…やっぱり出し惜しみは出来ないか…!…『殺戮卿』!」


 アベルはそのまま殺戮卿の力で霊に影を纏ったナイフで攻撃を仕掛けると、その攻撃は灰霊の赤く染まった布を掠めた。

 試して分かったが、どうやら禁忌の術印は本体に対してもかなりの効果があるようだ。

 一瞬、霊がアベルに気を取られた瞬間にその体の前に術印を作り出して僕も攻撃を仕掛ける。


「はははっ!今ここには禁忌使いが2人いる事をお忘れ無く…!(『崩落』!)」


 その瞬間に目の前にいる霊の身体がグニャリとねじ曲げらたように歪み、そのまま頭蓋骨の部分に大きなヒビが入った。

 僕の攻撃によって行動を一瞬動き停止した瞬間にアベルが再び大量の短剣を霊の身体に向かって投げつける。

 短剣は霊が素早く反応したことによって多くは弾かれてしまったが、数本はその赤い布の奥まで突き刺さった。


「……」

 

 状況で言えば二体一でこの上なく優位な状況であった。

 霊はおそらくこの頻度の攻撃によって霊たちを召喚することはできないだろうと踏んだ。

 しかし、この幽霊もただではやられない。 

 崩落の当たる瞬間にこちらに向けて再び影の腕に術印を作り出し光の攻撃を仕掛けてきたが、アベルが影を足に纏いその腕を蹴り上げた。


「ナイス、アベル!それじゃあ術印は頼んだよ!」


「…禁忌の術印を使うのはあとこの一回だけだ!それで俺の身体も限界だ…ちゃんと持ってこいよ!?」


「ああ。任された!」


 そう言うとアベルは軽く空気を吸い込む。

 素早く怪我が酷くないもう片方の手に術印を作り出し、霊に突き刺さっているナイフにかざす。


「変化…『浸食』!」


 そうアベルが叫んだ瞬間に霊は動きを停止させ赤い布に突き刺さっている短剣が捻れるように形を変えて黒い空間となった。

 その空間に自分も殺戮卿の力を纏った状態で触れると身体が引き込まれていくような感覚に陥る。


「それじゃあ、行ってくるね…かなり無理させちゃたから君は身体を休めててよ!…まぁ、僕が死ぬことは無いと思うから安心してよ?」


「…ああ…お言葉に甘えさせてもらうよ?もう両手がここまでヒビ割れたんだ。…そっちもしっかりやってくれよ?」


 ボロボロになった腕を見た後、アベルと軽く視線を合わせると視界が急に黒く染まる。

 空間に吸い込まれた身体は痺れたように動かなくなり、光がある世界は一瞬にして暗黒に変わった。

 再び身体が動かせるようになった時には、自分の姿が映り込む薄い水の張った広い湖のような場所に立っていた。

 

*******


 その光景はどこか牢獄の外の景色に似ているような気がし、音はなく視界に入る景色が巡るように変わっていく。

 身体が動かせるようになった時には影の中に淡い光を放つものが漂っていた。

 僕がそれに近づくが否や、その漂う光は僕から一瞬にして離れていった。

 どうやら、目的の幽霊がいる世界に来ることはできたようだ。


「(これは流石に…成功はしたみたいだね?今頃アベルは倒れてるんだろうね…)」


 ボロボロになったアベルの状態を連想し、そんなことを一人考えながらこの暗い世界を歩いていく。

 地面は水が張られているようになっており、地面を歩くたびに波紋が広がっていく。

 どこから張られているのか分からないが、天井のないはずのこの世界の空には無数の蜘蛛の糸が張り巡らされていた。

 そこから切れた糸が何本も視界に漂って入ってくるがその視界の先、人影がこちらを見て立っているのを捉えた。


「…いた。」

 

「…ふむ、よく来たな。『禁忌』のお前が我自身に会うのは初めてのようだが…何か用なのか?恨めしい禁忌よ。我の黒霊や灰霊は随分と世話になった……どうする気だ?…この場で我をも殺すのか?」


 最初に目に入ってきたのは冷たさを感じる顔立ちと灰色の長髪と蜘蛛の糸のように白い肌であった。

 光が通ってないその瞳は曇天の雲によく似た灰色であり、表情の暗さに相まって生きる活力を失ったようになっている。


 高い声でありながらも、はっきりとこの世界に反響して聞こえてくる。 

 その姿は灰霊や黒霊とは違いどこか形容し難い悠然さというものを感じた。

 本人はシンプルな服装であり、全体的に人混みに紛れようならばすぐに見失ってしまうような透明感がある。


「ハハッ!君があそこまでやるとは想定外だったね、呪霊。君には聞きたいことが山ほどあるけど…そうだね〜……僕がまず君に言いたいことはただ一つ…」


 腰に手を当て、もう片方の手の人差し指を立ててその人物に突きつける。

 それを見た灰色の瞳が静かにこちらを見つめてくる。

 風が吹いていないはずであるのに、蜘蛛の糸がさらに量を増して自分の目の前を通り抜けてくる。

 すると蜘蛛の糸は先程の淡い光を放つものに姿を変えて呪霊の周りに集まってきており、呪霊の術印使いの警戒は怠らない姿勢がこの光景から伝わってくる。


「…君にはこの世界から抜けて…『一緒に人探しをしてもらう』!」


「……むぅ?」


 僕の言葉に冷静な殺意を向けていた呪霊もなんとも言い難い表情をして困惑を見せた。

 なぜなら僕が呪霊の術印使いに言い放ったのはありふれて、この状況におそらく最も噛み合ってこの言葉であったからだ。

 

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