〈第5話〉死神と幽霊と…
「術印は発動する瞬間に身体のどこかに発現する『自分とそれ以外の生き物全てが可視可能な紋様』のようなもの。その形はそれぞれの術印の力と種類に関係している。…僕らの禁忌の術印は最も禍々しくまさに禁忌の術と呼べる形をしていると言われているよ。」
「…俺もそれは身をもってよーく理解してるよ…」
「にしても禁忌の厄印を使える人間が古城にいるなんて、僕からしてもビックリだったねー?」
僕は二人とそれぞれのことについて話しながら歩みを進めていた。
現在地は湖の見えていたあの場所から二人の目的地に近い森の中である。
アベルの術印を使えばわざわざ歩かなくてもそのまま二人の目的地まで着くことが可能だが、僕も二人も会話をしながら歩きたいという思いがあったため、もう丸一時間は足を動かしている。
空を覆う緑色の葉が風に揺れてチカチカと日が差し込んでいた。
「それで、お前が追ってる術印使いは何をしたんだ?禁忌の術印使いはあまり人前では姿を現さない…というかかなり大きな理由がない限りはここまで俺たちの前には絶対に現れないはずだけどな?」
「僕の追っている奴がそれほど強くて僕に害があるってことだよ。正直…今の僕が禁忌の術印を駆使したとしても勝てる確率の方が低いよ。そして、そいつはまさに大量殺人鬼。自分の力を使って奴は多くの命を奪った。その被害がこちらにまで来たからとりあえずは追いかけているって感じかな?」
「…だから協力者を求めて僕たちの前に現れたってわけね…?…でも、僕らすら知らないそんな手強そうな術印使いがいるなんて…」
「そう言うことになるね?でも君たちの噂は僕も旅をしながら聞いたからねぇー…良いコンビだって聞いてるよ?二人で赤相当の黒の術印使いを退けたっていう話も聞いてるし。」
「いや…それはアベルの術印があったからで、僕は何も…」
僕が褒めようとしたが、フルドは少し困惑の表情を作って僕の言葉を遮りながら話す。
そのように次々と出てくる二人の疑問に答えながら林の中を進んでいく。
そして目的の一本の巨大な木がある開けた場所に出たタイミング…ちょうどその時に、僕はかなり大事なことを閃いたときのように思い出した。
「あれ?ここって…」
「ああっ!そういえば二人にもう一人紹介しなきゃいけない奴がいたね!ふふ〜…禁忌の『相方』…やっぱり2人は気になるでしょ?」
僕がそう話を切り出すと二人の視線が一気に僕に集まる。
一呼吸置いた後に視線を何にもない上に向けて自問自答するような形で口を開く。
「ごめんごめん、正直忘れてたよ『メル』!そろそろ出てきていいよ!二人に自己紹介もしてほしいし!」
そう言うと頭から何かが抜け出ていく感覚になる。
そして自分の目の前に黒いボロボロの布を被った幽霊のような深い影が現れた。
深くズタズタに裂かれたフードを被った影の顔は真っ黒で確認することが出来ず、黒い布の周りには黒い瘴気が漂っている。
「…ディオス?これが君の…?」
フルドが不安気な表情をして黒い影を見つめながら僕に問いかける。
確かにいきなり僕からこんな完璧な死神の風貌をした影が出てきたら誰でも不安になるだろう。
「…君たちも聞いてことはあるんじゃないかな?これが僕に付いている『死神』、名前はメルって言うんだ。こうして見ると結構凄いでしょ?まさに死神って風貌をしているでしょ〜?」
僕がそう言うとメルは自身の影で細長い巨大な手を作り出し、僕の目玉に突き刺さりそうな距離感まで指を指してきた。
爪が鋭く伸びており、振り回すだけでも触れたものを切り裂く凶器になりそうな形になっている。
「…あのなぁ、初対面の人間の前でその呼び方はやめろと何度も言ったはずだ!これでコイツらが俺の名前を勘違いしたらどうするんだ!?」
顔の見えない影の向こう側から苛立った声が聞こえてくる。
僕は「いつも通りだな」と思いながら悠長に返答する。
「別に〜?僕は二人に君のことをメルと呼ばせるつもりはないからね?どーしても嫌なら君から自己紹介すればいいと思うけどね?もちろん僕が君のことを紹介するなら僕は君のことをメルってままで呼ばせてもらうけどね!」
「はあ、本当コイツは…分かったよ…!とりあえずは自分で自己紹介するからお前は口出しするんじゃねえぞ?!」
「了解!」
片手でOKサインをするとメルはゆっくりゆらゆらと布をなびかせ二人の方を向く。
このやり取りを見ていたせいか二人の表情はさらに強張ったものになっていた。
「あー……二人はあまり怖がらなくてもいいぞ?確かに俺はコイツの死神だが、他の人間には危害を加えるつもりはないからな。」
「はは…確かに今のやり取りを見てたらそう思えるかもな…?」
強張った表情を少し崩してアベルはそう言う。
フルドはというと何歩かメルの前へと近づくて、興味深くまじまじと見つめているが、その瞳には術印が作り出されている。
「…すごい…中は空っぽだよ?…布の中には何も見えなくて、僕の術印にも真っ黒なシルエットしか映ってないよ…」
「ああ、コイツが言ったみたいに俺は死神だからな?俺の体は影でできているような感じだからな。で だが…ったく…本当にコイツの俺の自己紹介が酷かったから今度は俺からしっかりとやらせてもらうぞ?…このバカと同じような奴と思われたくないからしっかりと聞いてくれ。」
「…相変わらず、いつどこでも君は口悪いよね…?そのマイナス点は引き継がなくてよかったよ…」
「…あぁ?」
メルは僕を一瞬見下ろしながらドスを聞かせてそう言った。
表情は見えることはないが少し睨んでいる顔をしていることは想像できたが、視線を横にさせてこの睨みを回避する。
それを見たメルが再び二人の方を振り向くと自己紹介を始める。
「…チッ…それじゃあ、改めて…俺の名前はメルビリス。死神と呼ばれていてコイツのある制約で俺はコイツの監視をしている。…あと、勘違いされると困るから言っておくが俺自身は術印から作り出された存在ではない。」
メルがそう言うとアベルは神妙な顔つきをしたままメルに質問をする。
「死神…確かにそれは見た目で分かるな……禁忌の監視ってことは禁忌は前に誰かに監禁されていたりしたのか?言ったら悪いが…禁忌の術印はこの世界では忌み嫌われているからな?あとはお前が術印から作り出された存在じゃないなら何故禁忌と一緒に行動しているのかってことが俺から聞きたいことだな?俺たちはあまり厄印について正確には知らないんだよな…?」
「(…メル?ここは打ち合わせ通りにお願いね?)」
「(…分かってる…!)…ああ。それじゃあ、一つずつ答えていこうか。…過去からの話になるが、コイツは禁忌の血筋の中でも将来が有望な奴だった。だから禁忌の術印使いとして生きさせるためにそれなりに躾としてかなりエグいことをされていた。」
「(ふーむ……相変わらず感情のこもってないテンプレ通りの受け答えだね…)」
「(一々うだうだ言ってくんな!この世界の立場的に俺はお前より強いってこと忘れたのか!?それ以上口を開くなら身体消失させるぞ!?)」
「…例えば何があったの?」
メルの僕が言ったことのない過去に二人はかなり食い気味に聞き入っている。
だが、これは『ディオス』の過去ではなく、『ヴォルティート』の過去の話であるが。
「そうだな…例えば術印によって身体の内部から痛みを走らせた状態で様々な鍛錬を行わせる。火の中を潜らせたり水の中に長い時間沈めさせて死ぬ寸前まで上がって来れない。あとは…」
「…ごめん、やっぱりもうやめて貰えるかな……ちょっと気分が悪くなったから…ね…」
何食わぬ顔で聞いていたアベルに対して『フルドには』この話はかなりキツいものであったのか、少し呼吸を荒くしてしゃがんで地面に視線を落としている。
アベルは「よしよし」と言いながらフルドの背中を軽くさするとメルを正面から見て再び話を進める。
「…どんなことをされたのは分かったが、お前がなんでディオスの前に現れたのかってことに聞きたいんだが…これも教えてくれるか?」
「ああ。俺たち死神とは、死ぬ寸前に初めてその対象に現れる存在だ。お前らも死ぬ寸前まで追い詰められたら、俺と同じような死神に会えるかもな?」
話を聞いていた2人の顔が少し強張った。
そんな2人を見ながらもメルは軽く冗談を交えながら話を進める。
「さて、本題だが今言ったみたいに『死ぬ寸前』に現れるのが俺のような俗に言う『死神』だ。禁忌の術印はその強さと使い勝手の悪さから自分も常に死と隣り合わせといった危険なものなんだが…過去、禁忌はそれを逆手にとって常に自分たちの側に死神を置くことを俺に提案した。」
「…死神を側に?それは一体何のために?」
「死を司るのが死神なら、ずっと側にいるということで発生するメリットがある。…それが『死そのものの体現』。禁忌の術印使いは死神を側に置くことで常に自分の死の寸前を身をもって体験することができる。禁忌の術印の最終的な目的は『死の超越』で、もしそれが成功したらあらゆる死を受け付けない身体となる。」
「…ん?今…サラッとかなりヤバいことを言ってたよな?つまり禁忌の目的は…どんなことをしても死なない不死身の術印使いになることか…?…それはあの人たちの力であっても…」
「そういうことだ。『呪霊』に対抗するための…いやこれはいいか…コイツはそんな中最も力を持ち、周りの奴らからもかなりな評価を持っていた。そして俺はそんなコイツのことを途中から逃げ出さないように監視をするよう、禁忌の血筋の一族から釘を刺されたって感じだな?」
しばらくは僕は口を出さない時間が続いだがそろそろ話す頃合いだと思い口を開く。
「どうかな?これはどこにも明かされていない僕ら禁忌の血筋の極秘情報!本当は古城で後々に話そうと思ったけど今ここで話させてもらったよ?」
「…何でこんな重要なことを、僕らに話したの?いくらなんでもこのレベルの話は…」
このフルド質問に僕は笑いながら答える。
確かにこれは古城の術印使いも把握していないであろう、こちらの最重要情報であろう。
「そんなの『信頼』に決まっているじゃない!二人はまだ僕のことを信頼してなくてもいいけど、僕は君たち二人のことはもう既に結構信頼はしてるからね!」
「うう…そこまで言われちゃったら考えを改めないといけなくなるんだけど…?」
「ちょい、そう言われると僕ってまだそんなに二人に溶け込んでないってことが分かっちゃうんだけど…!?」
「(聞いていた話と全然違う…これが本当に禁忌の長なのか?)」
フルドの不意な衝撃的な告白によって少しばかりやる気が下がってしまった。
メルは笑いながらその様子を見ていたが、急にだんだんと影の部分が薄まってきた。
「おっ…俺もそろそろ戻らないといけないな?コイツ以外の人間と久しぶりに話せてかなり楽しかったな…感謝するぞ?」
だんだんと背景に溶け込んで消えていく様子を見ながらメルの影の先にある顔に向かって話す。
「いや〜感謝するよ、メル。これで僕から言いたいことは大体メルが言ってくれたしね?さあ!僕の中に早くお帰り〜!」
僕がメルに対してそう話を切り出すと、何か思い出したかのように「ああ。」と言って二人の方を見た。
…僕からしてみれば既に必要な情報は全て言ったはずに思えたため、何を思い出したのか僕も疑問に感じた。
「そうだったな…このバカに言われっぱなしは俺自身癪だから、二人だけにもう一つの極秘情報を教えてやる。コイツは『嘘がつけない』という制約があるが…実はもう一つ禁止されてることがあるんだが、それはついて教えてやろうか?」
「あらら?ちょいちょい、メルさんメルさん。…それは本当にまずいって…」
消えかけているメルの布を軽く引っ張りながらそう言う。
もう一つの制約は…これは僕にとっては冗談で済まされないほど重要な問題である。
それは僕が罪の内容の詮索する及び誰かがその詳細な内容を僕に伝えるとある『罰』が発動してしまうというものである。
「おおっ?…何で話してはダメなんだよ?お前は隠し事はしないって堂々と言ってたじゃないか?」
アベルはこの会話を聞くと少しニヤニヤしながら訳を聞いてきた。
こういう話になると中々に性格が悪くなるのが『あの人』の影響を受けたアベルの嫌な点である。
「いや!それは…確かにそう言ったけど…でも!これについては本当にダメなんだって!はぁ…僕は自分自身の『記憶の詮索』をしてはいけないって言われてる…そしてメル以外の誰かにその内容を知らされるのも禁止!もし2人を経由して僕の過去を聞かされたら問答無用で死ぬレベルの罰を受けるんだ…」
「はぁっ?いや…言っている内容のことをするだけで死ぬレベルなんて…そこまで厳しいことなのか?流石にそれ自体嘘なんじゃないかと思うレベルだぞ?」
「おっと〜!?はい!これは流石に君の目を借りないといけないかもね!?よろしくフルド!」
アベルは疑心暗鬼で意外そうな表情を作り首を傾げたが、焦った僕は瞬時にフルドの方を向き目でサインを送る。
フルドはこの状況を察して術印を瞳に作り出し僕の身体を見つめる。
心眼の能力の一つで見つめた黒のシルエットの相手の身体の一部が赤くなった時、嘘をついていると見破ることができる。
「うん…嘘じゃないよ。ディオスは、本当に自分に記憶がなくて、詮索したら死んじゃうらしいよ…?…後者も本当らしいから……大変だね…?」
「…ほーんと…大変なものを抱えさせられてるんだよね?」
そう言うとフルドに対して再び目で感謝の意を伝える。
アベルもフルドの言葉を聞いたことによって納得したようであり、僕に対して「悪かった」と謝ってきた。
「はあ、今は結構焦ったよ…本当に感謝するよ、フルド!…そして…ははは!…メールー?…これについては後で覚えててよ?」
笑いながらメルに対してそう言うと、メルは不意にゆらりと2人の前から離れて手を組んだ。
この死神の性格の悪さは僕が一番分かっているつもりであり、尚且つ僕の世界の神に次いでいると思っている。
だからこそ、何を言おうとしているのか何となくだが察しがついたため攻撃体制に入った。
「それじゃあ、ディオスは耳を塞いでおけ!コホン…それでコイツのしでかした過去の記憶は〜…」
「……それは本っ当に…」
空気が一瞬にして冷え切ったように感じた後、この世界に来て一番に足に力を入れて振り返る。
そしてそのまま振り向きざまに殺意を込めてメルを力一杯に蹴り上げる。
「勘弁だよ!!」
しかし、その蹴り上げは虚しく空を切った。
蹴りが当たる瞬間にメルは影の奥で嘲笑っているような雰囲気を残し、陽炎のように姿を変え僕の頭に戻っていった。
「「あっ…」」
この様子を見ていたアベルとフルドは同時に声を上げる。
僕の脚の勢いは止まらず先程から目に入っていた巨大な樹木に引きつけられるようにして向かっていき、そのまま根本を蹴り上げる。
脚と木の幹が同時にぶつかった時、脚と木からミシマシと鈍い音が聞こえ、言葉で言い表せないほどに強烈な痛みが一瞬で身体中に駆け回った。
蹴り上げ折られた木は一瞬宙に浮いた後、巨大な音を出し大きく地面を揺らしながら倒れる。
「…今みたいにコイツは自分の記憶について詮索されるとかなり容赦なくなるから気をつけてくれよ?…あと、当分お前の中から外の様子を見てるから対処を頼んだぞ?ディオス。」
折れた木の幹に寄りかかり言葉に出ないほど悶絶している僕をよそに、メルは完全に髪に織り込まれる前に二人に向かってそう言う。
僕を見下ろしながらそう言ったメルが完全に僕の髪の毛に織り込まれた後、残ったのは妙に静かな時間であった。
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「うう…まさか君たちに会って初めての怪我の原因が木の幹になっちゃうなんて…情けないよ…」
フルドにゆらゆらとおぶられて引き続き深い森の中を進んでいた。
脚の強烈な痛みはアベルの術印によってあらかた引いたが、それでも歩くのが困難なほどの痛みが続いている。
かなり自分の力が弱体化してしまっていることが伺えた。
「お前も災難だな?まさかあの『神木』を蹴り上げるなんてな?…それよりもあの木を蹴り折るなんて今まで聞いたことなかったけどな?」
「…へえ、あの木が神木?僕も話には聞いたことがあるけどそう言われるってことは何か力があるの?」
おぶられた状態でアベルの頭に向かってそう聞くと横からフルドが答える。
「うーん…そうだね……詳細は話せないっていうか僕たちでも知らないんだけど、あの神木は古城の国の人たちからは国を守る力があるって大事にされている木なんだ。…本当にそんな力があるのかはわからないなさけどね?…でも、傷つけたとしても僕たちより上の術印使いに治してくれる人はいるんだけど…それでも……僕たちがまた怒られる原因が増えちゃったよ…」
「うっ…これは本当に…僕の死神がごめんね?」
フルドは今まで見たことがないほど表情を暗くしてそう言った。
2人のいう守る力についての詳細を知ってはいるが、あえてここでは二人に対してはそれについて言及しないようにした。
神木には本当にそれなりに重要な役割があるが二人はまだその重要性については教えられてはいない。
ある意味その重要性について知らされていないお陰で僕がここまで入り込むことができたため、不幸中の幸いと言えるだろう。
僕がこう言う理由は、あの神木には古城の術印使いと厄印の関係が大きく関わっているある過去があるからである。
「それにしてもなーんだ…それならよかったよ〜。…あとこの怪我完璧に治してくれる人って多分さっき言ってた『シャゼル』さんだったっけ?たしか『古城の管理者』って呼ばれてる人のことでしょ?」
何気ない表情でそう答えると今度はアベルがため息をついたあとに口を開いた。
その口調はこちらへの敵意ゼロに等しいと思えるほどに軽いものであった。
「はあ…禁忌なのになんでそんなに古城の術印使いに詳しいんだ?いくら俺たちを警戒しているとはいえここまで詳しいと本当に怖くなってくるんだけど?古城の術印使いの術印についてはあまり知られてないはずなんだけどなぁ…」
「なーに、完璧って言い切れないならそれは『ない』とほぼ同じこと。それに君たちもさっきの会話でもその人の話をしてたしね〜。…でも、意外だね?まさか君たち二人が神木の重要性について知らないなんてね?」
フルドの背中の上で首だけを横に向けてアベルを見つめる。
目つきは細くし、『何かを知っている』雰囲気を表情だけで作り出す。
「『神木の重要性』…ってそんなこと初めて聞いたんだけど?古城の国の人たちが言ってるみたいに本当に何か力があるのか?」
「そうだね…じゃあ僕が古城の術印使いの代わりに僕が教えてあげよう!それはね…」
アベルたちに聞かされていない神木の重要性について話そうとした時フルドは少し前に出て僕らに向かって話す。
「…ああ!二人とも、『古城』が見えてきたよ!」
森の中を進んでいくと、少し開けた場所に出た。
そこには遮蔽物はなく周りの景色がよく見える。
開けた場所からは沢山の家や店などがレンガ積みになって建っているのが見えているが、そのさらに先に特に存在感が際立っている巨大な建物が見える。
「へえ、あれが…古城か〜…」
この物語の文章で見たときよりもやはり自分の目で見たほうがその大きさがよく体感できると改めて思う。
どの位古びているのかはよくは確認はできないが、明らかに周りにある建物に比べて年季が入っているのが分かる。
灰色の石で作られたであろうその外壁には少し黒ずんでいる場所もあり、それらがさらに存在感を際立たせているのを感じ取れる。
「…なあディオス。さっき言ってた神木の力って?」
「ああそれはねえ……いや…今言わなくてもすぐに分かるよ。」
「?」
「あっ…ごめんね…?僕のせいで話が途切れちゃったでしょ?…やっぱりかなり重要な役割があるんでしょ?」
アベルから先程の質問の答えについて聞いたきたが再びそこまで深い言及はしないようにするが、これは本当に『今言わなくてもすぐにその答えが分かる』からである。
『原作通りに話が進んでいるのであれば』…これは随分と早めの発言の回収を行なってしまうことになるだろう。
「いやいや、フルドがそこまで深刻に思うほどのことじゃないよ!…それじゃあ行こうかな…古城に!」
「…散々言っておいて……おい、流石に古城に着く前に教えさせてもら…」
フルドとアベルは声の調子を上げて古城に向かって進み始めたがその一歩を踏み出した瞬間に背後から不穏な気配がした。
アベルとフルドもそれに気づいて僕とほぼ同じタイミングで森の方を振り返って見る。
「…えっ…ねえアベル、ディオス…こっ…コレって…!」
「(おっ…予想通りに来たみたいだね…?)」
「この気配は…『信仰者』…か?それに…かなりの数が来てるぞ!」
フルドの質問に被せるようにアベルはそう叫ぶと森の奥の影から自分たちよりも五倍ある巨大な灰色の怪物が木々をなぎ倒しながら自分たちに迫ってきていた。
メルのように灰色のボロボロの布を一枚覆うようにして被っており、顔は骸骨になって不気味さがさらに際立っている。
それも一体ではなく視界全体を覆うほどの量が自分たちに向かって押し寄せてきていた。
「ハハッ!やっぱり原作通りに近くまで来ていたみたいだねぇ?!これが答えだよ…アベル、フルド!」
「はぁっ…!?ますます分からないんだが!?」
「うあっ…!?ちょっ…ディオス!?」
フルドの背中から離れて地面に足をつける。
そして、音を立てて崩れながら折れていく木々の音を聞きながら押し寄せてくる怪物たちに向かって走り出し、首筋に術印を出現させ禁忌の術印を発動させる。
足の痛みはもうすでに僕の中では関係なく、ただ高揚感が身体中から湧いて出てきていた。
「さあさあ!迫り来る怪物たちに押し潰されるこの状況……かなり楽しくなって来たね!…『殺戮卿』!」
発動と同時に低い姿勢をとり自分を掴み掛かろうとしてきた先頭にいる怪物の懐に瞬時に潜り込む。
それと同時にアベルも使っていたあの禍々しい短剣数十本空中で出現させ怪物にそのまま全て深く突き刺す。
短剣を突き刺した怪物からは出血は見られず、まだ動き続け僕に向かって手を伸ばしてくる。
「(ふーむ…出血なし、殺戮卿の影の進行も遅い…)この状況的に…やっぱり『アイツ』かな…?これは喧嘩する展開は避けられないかな!?」
掴み掛かろうとしてきた手を受け流すようにスレスレで回避して指を鳴らす。
そうすると怪物に突き刺さった短剣は煙のようになって消え再び自分の手の中に出現した。
一向に怪物止まる気配のない怪物の片足目掛けて短剣を投げるつけ、胴体に突き刺さったのを確認すると同時に他の指先に小さな紋様を作り出す。
「まずは効率よくいこうかな!」
頭から地面に向かって落ちていっており怪物の顔を逆さまの世界から見つめる。
そして短剣を自分の手の中に出現させた時と同じように指を擦り合わせて鳴らす。
「(『侵食』)!」
指を擦り合わせて乾いた音を鳴らしたのと同時に、短剣で傷をつけた腹の部分と突き刺さっている片足から黒い光が発生した。
そうすると黒い光が発生した部分はまるで燃え尽きた灰のようになってボロボロと一瞬で形を変えて崩れた。
怪物はその場に倒れ込んで動かなくなったがその背後からはまだ大量の怪物が自分に向かって迫ってきていた。
「(ふぅん…あくまで目的は僕か…それとも古城を含めた生きている人間全てかな?)…」
五体の怪物たちが自分の目の届く空間から溢れるように一斉に迫ってきている。
短剣を逆手で持ち、再び先程の怪物と同じような手法で対処しようと考えていたが、背後から急に現れた影によって怪物の身体には一瞬にして自分の身長分の風穴が空いた。
「…おやおや?頼もしいですね〜?」
「…フルドいわくその怪物にはそれぞれ『弱点』があるっぽいな?そしてそこを叩けば動きは停止するみたいだが…お前は一気に身体全体を壊す方が良いかもな?」
雰囲気の変わった聞き覚えのある頼もしい声が聞こえた。
倒れ込んだ目の前にいた怪物の後ろからゆったりとした足取りで目つきを変えたアベルが現れた。
その後ろにはもう既に同じように身体に穴が空いたり、一直線に切られたような深い傷のある怪物たちが横たわっていた。
流石は最終的に『この世界で5本の指の中に入る実力を持つ人物』だと感心している間にもアベルは自分の既に目の前に向かってきていた。
そのまま背中を合わせてそれぞれ違う方向を見つめる。
怪物たちはこちらを警戒しているのか囲むようにしているだけで動きは見られない。
「殺したはずの怪物たちから何かが抜けていくのが見えたけど、それで確信した。…『信仰者』たちの力かどうか分からないがこれは『呪魂操作』…『呪霊』である『呪霊の術印使い』の術印だな?俺も扱えるからどういう力があるのかは分かってるが…お前も流石にこれには見覚えはあるよな?」
「まあね〜…でも、僕からしたら良いものではないけどね?…呪霊の術印使いは僕ら禁忌の術印使いと対立の関係でもあるから、結構一族の人たちからは警戒するように言われてたからね…?あらゆる霊や普通の人間じゃありえないような現象を操れてる力…この灰霊たちは見た感じ灰レベルの術印だけど、見た目だけでそれ以上の力があるかもしれないから警戒は怠れないけどね?」
この世界では、敵対組織以外の国の術印使いには本人が使う術印の色の何かをどんなに小さくても身につけるという共通の暗黙のルールがある。
フルドは灰色の服装でいるため灰の術印、アベルは黒を基調としているため黒の術印を使うということがわかる。
しかしそれはあくまで『主に使用する術印の色』を身につけると言うものであるため、アベルのように別の色の術印を扱うことが可能である人間もいるため必ずしもその対峙している相手がその色の術印を使うとは限らない。
「…そういえばフルドはどうしたの?また転送できる術印を使って遠くから監視させてるの?」
「確かに転送はしたけど、送った場所は古城だ。…多分最低二人は来てはくれるとは思ってるけどなぁ…」
「っということは…そういうことだよね!?まさかの生の古城の術印使いの援軍かな!?ハハハッ、それじゃあ来てくれるまでコイツらをどうにかしよっか!」
「…俺も正真正銘の古城の術印使いなんだが?」
そう言うと同じタイミングでそれぞれ正面にいる灰霊たちに向かっていく。
僕は殺戮卿の術印を再び使いながら向かっていくが、横目でアベルを見ると今まで見たことのない術印を手の甲に発現させていた。
アベルが手のひらを地面につけるとそこから巨大な植物が出現し、灰霊たちを薙ぎ払った。
「…!あれは『管理者』…!アベルも中々にコイツ対しては本気ってことね!」
アベルによって作り出された植物は巨大な緑色の根であり灰霊たちを軽々となぎ倒せるほどの大きさである。
まるで生きているかのようにウネウネと動く植物の根は次々と早い動きで怪物たちを粉砕していった。
砕かれた灰霊たちの身体は石でできているかのようにボロボロになって崩れていった。
それを見て自分も再び殺戮卿を発動させ今度は地面をつま先で軽く叩く。
そうすると自分の周りの地面や周りの空間から先程のものより小さな短剣が数を増し、大量に現れてそのまま刃の部分を持つと向かってくる灰霊たちに投げつける。
投げた数は約十本だがそれぞれの灰霊の部位に突き刺さった。
「まずは試すことから始めようかな?…ハッハッ!これは罪狩りじゃない…物語の世界で行われる術印同士の戦いだからこそ、最高に楽しませてもらうよ!呪霊の術印使い!」
まずはアベルの言っていた灰霊たち対処。
そして、援軍が来るまで存在しているであろう『あの幽霊』との戦闘も済ます必要があるだろう。