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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
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〈第3話〉まず適当な話をしよう


 最初に感じたのは鉛のような重い何かが自分にまとわりついた感じであった。

 流石に冗談に等しいことだろうと思っていても、一切の考えていることが分からないコイツの目を見ていると、だんだんとそのことを真実と受け入れるしかなくなった。


「いや…待てよ……意味が分からないぞ…最初から決められた結末…程度の認識しかしてないのか…?」

 

 今までのことが誰かに作られたものであったという事実には大きな落胆の感情があった。

 その次に思い出したのは、『あの時』の苦しみであった。


「おい…それじゃああの俺の苦しみは…あの時の俺の決断とかは全部無駄だったのか…?今までの苦しみも全て…作られただけのものか…!?」


 馬鹿馬鹿しいと思えるほどに、目の前の人間から与えられた真実は深く自分にのしかかって来た。

 コイツと出会う前に直感で感じた重くのしかかる『何か』とはどうやらこのことであったらしい。

 あまりにも非現実的な『自分が作られた存在』という真実を知ったからには、背負う以前に自分の頭の中がぐちゃぐちゃになって何者なのか分からなくなってしまう。

 そんな自分を見てコイツは静かに、まるで鈴のような鮮明な声で口を開いた。


「君の心情は察しているよ。だからこそ今こうして真実を話したんだ。…僕にとって君の抱えている悲しみとかそんなことはよく分からない。だから、言い方と性格が悪いと思ってるけど僕は見てみたかったんだ。無慈悲な真実を知った『君がどうなるか』をね?」


 …どういうことだ? 

 …知りたくて話した?

 なんだなんだなんだなんだなんだなんだ?

 

 何の前触れもなく現れた受け入れ難い真実に対し、意味の分からないままコイツの言葉は頭の中で記憶と共にさらにごちゃごちゃになっていく。

 この原因である人間の方を見ると笑みは消えその顔は無感情、まさに人形のようであった。

 そして、その時にディオスに対してある違和感を思い出しそれについて切り出す。

 

「…お前は…その言い方だとこの世界が作り出された場所から来てるんだよな?それじゃあ、俺がこれからどうなるかは全てお見通しって…わけなんだよな?あの竜殺しも、フルドが消えた原因も…せいぜいお前が外で見た『物語の展開』に過ぎなかったってことか?」


 コイツは表情を変えないまま今度は小雨のような声でポツリと呟くように口を開いた。

 その目には先程までの輝きがなく、感情の一切がなくなってしまったかのような表情になっていた。

 あまりの変化の違いを見て、その顔をみて瞬時に悪寒が込み上げて来た。


「…そー言うこと。この世界で起こる全ては『物語の展開通りに進む』だけ。そして君が感じ取ったフルドが消えたのはそれが原因さ。言っとくけど僕だってどうやって消したのかは分からないんだよ?!元々ヴォルティートがどうやってフルドを一度消したのかは明かされてないから、改めて言っておくけど僕はフルドに直接手は下していないよ?!…僕が来たからには味方になってくれる存在はできるだけ殺したくないしね!」


 この言葉はぐちゃぐちゃに混ざり合っていた自分の感情を振り払うような救いのある言葉となって聞こえた。


「…!じゃあフルドは生きてるってことだよな?!」


「そっ。この世界から出たのならフルドの生存は君の目で確認することはできると思ってるよ。これでやーっと僕の無実が証明されるよ!全く…本当に時間がかかったな〜」


 コイツの言葉によってフルドの生存はかなり確信に近いものになり、安堵の感情が浮き出てきた。

 もちろん100%この話の内容を信じるわけにはいかないが、目の前にいる禁忌がここで話の内容を歪曲させる利点がないためこれは本当だと信じても良いだろう。


「…でもまあ、この場所にいるのは完全に僕が原因だけどね。僕はこの物語を元々読んで君の『一つの結末』を知った。でもそれは僕にとってもあまり美味しくないものだったからね、今こうして来たついでに自分なりにこの結末を変えてみようと思ってね?」


 しかし未だに、この人間のことが自分にはよく分からなかった。

 話を聞いて見ても分かるようにあくまで自分は第三者の視点から見た話をしているだけであり、目の前に現存する人物が別の視点から見た時の話を聞いてもなんとも言い難いものが心の中に浮かんでくるだけであった。

 だが、自分がこうして考えを巡らせている間でも、見ると再びその顔には笑顔が戻っていた。


「僕はこの世界に来るの、結構楽しみにしてたんだ?色々と絡み合ってどこかしらで繋がっている人が持つ関係性ってものを濃く感じられるこの世界にね?」

 

 今度は新鮮で鮮明に映る明るい表情をしていた。

 一回一回その顔を見るたびにコイツの表情が変わっていくその様子に再び妙な不気味さを覚える。

 一つ一つが独立した人間の表情を貼り付けているかのような変化をしているように感じた。

 

「これは持論だけど、誰だって自分が突然死ぬバッドエンドを嫌うものじゃないの?でもいつ自分は死ぬかは分からない…それでも分かっていても突然その命が奪われることだってあるんだ。確かに君は『決まった手順に動く物語の主人公』。それでも物語の中で生きる権利を与えられたんだ。それだけで十分欲しいものは得たと思うけどね?」


「…それは俺にあんな過去があっても言えることか?これはお前も把握してるよな?」


「ああ、もちろん!僕はそんな過去が必要になるのは自分が本当に追い詰められたいる時だと思ってるからね!」


 話をすればするほど…まるで分からなくなってきた。

 ディオスという人間1人というわけでなく、何重にも重なった顔も何もかもが違う『誰か』と話しているような感じであった。

 次々と形となっていくコイツの様々な表情を見ていると自分が誰と話しているのかが本当に分からなくなっていく感覚を覚える。


「(…コイツは何もかもが謎だ……目的も、こうして俺に話をする理由も………でも…)」

 

 しかし、向けられるこの言葉自体には澱みはなかった。

 全てがどこから湧いて来るのか分からない、納得せざる得ない正当性のある言葉を投げかけられた感じであった。

 こう感じるのも、コイツの話していることが紛れもない真実だからなのだろうか?

 未だに信じられることではないが…自分が本当に作られた存在だということが…?


「かなり長話をしちゃったね?…さて、そろそろ本題に戻ろうかアベル。君はこの会話の中でも聞きたいことは山ほど見つかったんじゃないのかな?残念ながら僕たちは長い間この場所にはいれない。だからこそ、危険な外へ出る前に僕もできるだけ多くの質問には答えたいとは思ってはいるからね?」


 この言葉で再び現実に戻されたような感じになった。

 引きつけられた時に感じたのは言葉で言い表せない何とも言えない感情であった。

 

「…確かに今の間で聞きたいことはたくさん出た…それも理解したくても理解し切れないほどの量があったな?」


 正直、この世界に来た時から感情はもう出し切ったと思っていた。

 しかし、今こうして自分にとってまた驚くべき想像することができないことが起こっている。


 元々一度死んでいる身としては、この世界に来た時点で自分が誰かに作り出された存在であるという、受け入れ難いことにも不思議と合点することができた。

 両手で顔を叩き、深呼吸をして空気を肺の中に取り入れる。

 澄んだ空気が身体中に流れてくることが分かりどこか心地よかった。


「はぁ…まだ、この世界に来ても驚くことはやっぱりたくさんあるんだなぁ?…聞きたいこと、全部聞かせてもらうぞ?正直処理しきれるかどうか分からないが、聞きたいことはまだまだ沢山あるからな?」


「うんうん!好きな程してどうぞ!僕は嘘は付かないからね!」


「はっ……嘘はつかないね…」


 自分に降りかかる重い空気を振り払うように笑いながらコイツに対して再び向き直る。

 一呼吸置いた後、自分の聞き出したいあらゆる情報について質問を投げかける。


「…『お前の目的』は一体何だ?お前は好きなように『物語を行ったり来たりできる』って言っていたよな?そんな力を持っていながらこの世界に来たってことは、それほどまでにその目的が大きいものなんじゃないかって思ったんだが?」


「ふーん…そうだね、僕の私情を抜かせばこの目的が全てになる。僕がこの世界に来た目的はただ一つ、『この世界の罪人つみびとの断罪』さ。まあでもこの言葉だけじゃ何を言っているか分からないでしょ?」


 ディオスの言葉を聞いて再びここで疑問点として、今度は『罪人』と言う新しいワードが出てきた。

 しかし、度重なって想像できないことが沢山あり、もうあまりこのような言葉にも不思議と驚かなくなってきてきた。

 妙に冷静な頭を動かし、この質問に対して顎に手を当てながら自分なりの考えを言う。


「いや…『罪人の断罪』ってことは、何かを追っていると考えて良いのか?つまりこの物語の世界にはお前の世界から来た敵がいるってことか…そうなると…目的は『君の世界からの逃亡者の捜索』ってところか?でもそれなら何で俺に…」


「おお!正解だね!確かに追っているそいつは僕の世界にいた存在。正確な数字は分からないけど、もう何百人もの命を奪っているまさに無差別殺人鬼と言うべき存在さ。…そして、僕はそんな罪人に罰を与える『罪狩り』という存在なんだよね?」


 自分の思考の間に入って話して来たが、無差別殺人鬼と聞いて少しばかり鳥肌が立った。

 それも既に何百人も殺害しているのならば、おそらくこの世界を含めたらその人を殺した数はさらに増加しているのと考えるのが自然だ。

 この世界でも前例があるため、どのような奴がそんなことをしでかしたのかは容易に想像はついた。


「(…コイツみたいな奴がもう1人…しかも、話を聞く限りコイツよりも厄介そうな奴なのか…)」

 

 そして…コイツが重要そうに話してきた『罪狩り』という言葉。 

 ニュアンスとコイツの発言から予想するに、その罪人に『なんらかの罰を与える存在』と言う意味になるだろうか?


「…なるほど。つまりこの世界に来た罪人に罰みたいなものを与えにきたわけなのか?…単純にこの物語の俺の結末にしか興味ないのかと思っていたよ?」


 そう言うとコイツは少し気まずいそうに笑ったあと片眼鏡から垂れ下がっている紐を指にクルクルと巻きつける。

 何気ないその動作でも何か意味があるのではないかと少し身構えてしまう。


「あのねぇ〜、僕はそんな単純で残酷な人間じゃないよ!それにしてももう既に驚かなくなったね?僕の経験上、中々にこの事実を簡単には受け入れてくれる人ってあまりいなかったからね?正直その精神力には驚いているよ〜?」


「…それについては、この世界で生きて来たおかげだな?それに…ここまで来たらもうお前の言っている肥大化し過ぎていることも素直に受け入れることにしただけだ。…目的はひとまず理解した…次だな?」


 今のところ分かったことはこのディオスという人間は出どころが正確に想像しにくいが、自分と同じように『異世界からやってきた』存在であると言うこと。

 だが、あくまでこの世界にいる敵が目的であるため、言動的に自分に対しては敵対はしてこないようだ。


「なら次はその『罪狩り』について詳しく聞きたい。初めて聞いた言葉だし、何より他の罪狩りとしてのお前のことについてもっと知っておきたいからな?」


「なるほどねー…それは中々、かなり広い範囲の話になるね…?…まあいいや、それじゃあまずは罪狩りの基本的な知識から教えてあげようか。」


 そう言うとコイツは再び指を擦り合わせて鳴らした。

 すると、周りは一瞬暗くなり再び世界は一転し、瞬きの後には青々と巨大な樹木が生い茂る深い森の中にいた。

 少しの木漏れ日がチラチラと降り注いでどこからか鳥の鳴き声も聞こえる。

 しかし自分にはこの森に少し見覚えがあり、コイツもその答えを期待しているかのようにジロジロとこちらの表情を伺っていた。


「…はいはい、お前の望み通りの答えを言ってやるよ。この場所は…そうだな…俺が『この世界に来て初めにいた場所』だな?…今まで何も言わなかったけど、これもお前の力なのな?さっきから俺が関係している場所に変えたりしていることには触れてなかったが、どうなんだ?」


 俺がそう疑問を投げかけるとコイツは予想通りの答えを聞けたためか軽く笑った。

 そしてあからさまな「察しがいいな」という目つきをして近くにあった木の幹を触りながら話す。


「ここまでやったら流石に簡単に分かっちゃうよね?君の言った通りこれも僕が持っている力さ。…それにしてもこれを見ても驚かないなんてね?それも君の被害経験値が高いからなの?」


「なんだよ、被害経験値って…」


 木の幹から手を離して、俺の目の前まで歩きながらディオスは疑問を感じた表情を作って、再び俺が驚いていないことについて問いかけてきた。


「…いや、正直驚いてはいるがこの世界にも転送したりできる力はあるからそういう風に自然となるな?でもこうも俺の見覚えのある場所を当てられるのは正直怖いけどな?…それじゃあ教えてくれよ。お前の言う『罪狩り』についてな?」


「フフ〜、了解。そんじゃ本題…罪狩りとは名前の通り罪人つみびとに罰を与える存在さ。かつて僕の世界にいる神は、自分だけでは罪人を裁き切れなくなったことに危機感を表してこの罪狩りという存在を作り出した。ちなみに、僕らの間では死刑対象の罪人ざいにんのことを『罪人つみびと』って言っているよ。これは単純に呼び方しか違わないけどね?」


「ふーん…あとは『神』って言うのは、中々スケールの大きい存在の話が出たな?とりあえず分かったのは罪狩りの目的は罪人に罰を与えること。…それ以外の特徴は何かあるのか?例えばこの世界の俺みたいに術印を使えるとか。」


「おお!僕が次に話そうとしたことを察した!?それはもちろんあるんだよね!…それも僕らはとりわけ危険なものを使うことができるんだ。君がいった『異世界の力』…だね?」


 その時ニヤつきながらもコイツの目つきが少し鋭くなった。

 同時に周り空気自体もピシッとした雰囲気になり先程まで音を立てて揺れて木の葉のざわめきもピタリと止んだ。

 周りの様子から見てここからはそれなりに真面目な話になりそうだ。

 

「その名も『呪陣』。これは罪人、もしくは僕の場合は『物語の中』で使うことが可能なもの。竜のことを消したのもこの呪陣を使ったからだよ。そしてこれはこの世界で使える術印とは全く違うものなんだ。」


 その時、あのコイツと初めて会った時の景色を思い出した。

 広がる野原と所々林があるあの場所に一つの巨大な円状になって焦げた後になっていたあの場所を。

 コイツがいたあの場所を特定することができたのは、紛れもなく空から見ないと全貌が掴めないほどのあの巨大な焦げた後があったからだ。


「呪陣には強さの指数的なものも設けられている。僕ら罪狩りは全員この呪陣を使うことができるけど、その中でもより強力な呪陣を使えるのは僕が知っている限り『4人』だけなんだ。…それはもちろん僕を含めての話でね。」


「ふーん…お前を含めて強い罪狩りは4人しか存在しないのか?」


「いや、正確に言えば『神から直接力を与えられた罪狩り』が4人ってところかな?他にも罪人を断罪する存在はいるけどほとんど後は後天的、もしくは奪うことでこの呪陣を使うことができる。君たちでいう『赤の術印未満の力を使う人』って言えば分かりやすいかな?」


「あー…納得したな。かなり分かりやすい例えをくれたな?(さらっと言ったがコイツ…この世界の力関係もしっかり把握してるな…)」


「そして数いる呪陣使いで僕ら四人のように強力な呪陣を使える存在には『それぞれ二つ名』ある。ふふふ…自分で言うのもなんだけど僕たち4人には大体の罪人は絶対に勝てないとは思うよ?ちなみに、僕の呼び名は『死神』なんだ!」


 流れるように話を聞いていたが、コイツは少し自信を持ったかのように声のトーンを上げてきた。

 自分もこれにはコイツの発言に乗るというよりは、純粋に驚きが出て来た。


「いや、中々凄まじい呼び名がついてるな!?のほほんとしてるようなお前に素直に驚くような呼び名だな?!…まあ、他の3人も気になるが今は聞かないでおくが…」


「…そんな楽観的な人間に見えるかな…僕?」


 今の会話だけでもかなりの情報があったが、どれもそれはその言葉を聞いたことがない自分でも納得のいく説明であった。

 おそらく何度も俺のいるこの物語を見て回っているからこそ、第三者である俺にも分かりやすい説明ができるんだと自分なりに考えた。


「ああ、話を聞くだけでもどういう人間なのかは何となく理解できた…それじゃあ次だな?その呪陣と呼ばれる力の強さの指数はどういう風に決まるんだ?俺の場合は結構簡単に色で分けられる。最上級の術印は『赤』、それからだんだんとその力は下がっていって『黒』、『藍』、『灰』と言った感じに分類されてる。」


 コイツはそれを聞いて一瞬少し表情を暗くした。

 何故か表情を暗くしたことに疑問を抱いたが、木陰がコイツの目元を隠して全体の表情が見えなくなってしまった。

 そんな中で口元だけが見えるコイツの口からは少し重いような口調で質問が帰ってきた。


「なるほどね~。じゃあ…君たちの力は、何を基準に決められているの?」


「…?ああ…確か純粋な力の大きさで比べられるはずだな?俺は特例だが、本来術印を使ってその強さを上の術印使いに見せてからその強さは決められるって感じだったか?…それで、なんでこんなことを聞いたんだ?」


 そう言うと影はコイツの目元から離れるようにして消え、太陽の日が片眼鏡と一緒にディオスの顔を照らした。

 ディオスは暗くした表情を変えていない。

 その表情は次の言葉を言うこと自体を躊躇っているような感じである。


「(…なんだ…また雰囲気が…)」


「…それじゃあ、ちょっとここで質問。呪陣には『僕ら罪狩りだけでなく、罪人も使える条件』があるんだけど、それは何かわかる?」


「…はあ?いや…急だな…!」


 俺の質問に答える形をとっていたが、今度はこちらに急な質問を投げかけられた。

 今までのコイツの発言に答えがないか頭を回転させて考えるたが、今までの会話の中である違和感を感じた言葉を思い出した。


「呪陣を使える者は後天的に、そして…『奪える』?」


「…そうなんだ、罪人は呪陣を罪狩りから奪うこともできる。そして僕ら罪狩り同様に使うことだってできるんだ。」


 今の発言に生じた矛盾。

 今までの内容的に敵対関係にある罪狩りと罪人が同じような力を扱えるという点はおかしな話である。


「はぁ…?いやでも、呪陣は罪狩りのみ使えることができるんだろ?何でお前の敵である罪人なんかが使える?」


「そこに呪陣の力の大きさと利用できる権利を決める要素があるんだ。そして。これは罪人を断罪するという一見良い要素しかない僕ら罪狩りにとっての唯一の『汚点』でもある。」


 不意にコイツが表情を暗くした原因と共に新たに生まれたのは『罪狩りの汚点』という言葉であった。

 罪人が持っているもので罪狩りにとっては好まれないもの…

 しかしもう頭がいっぱいなのか何故か頭がそのことを考える暇が正直なく、堪らずコイツに答えを仰ぐ。


「…だめだ、やっぱり思いつかなねえなぁ。…と言うか、なんでいつの間にか質問みたいな風になってるんだ?そこまで今までの内容とは毛色が違うのか?…それとも言い難い何かがあるのか?」


 嫌味を少し効かせた口調でコイツに腕組みをしながら話す。

 コイツはそれを見兼ねたのか、不意に笑いながら口を開く。


「はは!そうだったね!確かに聞きたいことは何でも聞いてくれと言ったのは僕だし、これじゃあ君の知りたい情報が入ってこないね!いや〜ごめんごめん…」


 そう言うとコイツは大小様々な草が生い茂る地面に胡座をして頬杖の形を作ってその右手に顔を乗せる形で座った。

 ここがどこかも分からないが柔らかい草の上、そこから木漏れ日の揺れる日差しが心地よく感じた。


「罪狩りの汚点、そして罪人が呪陣を使うことができる理由について話してあげよう。それは…」


 その時、さっと木々の間を肌寒いさを感じる程冷たい風が吹き抜け、背筋が自然と張った。

 降り注いでいる木漏れ日には変わらず当たっているにも関わらず、場の空気感がさらに低くなるように変わっていた。

 コイツの顔はその時再びちょうど影で隠れて見えなくなり、見えたは口元の動きだけだった。


「…僕を含む4人の罪狩りは既に『神から罰を受けた存在』。つまり僕も元々は罪を犯した『罪人』と同じ存在ということさ。」


「…?!」


 この時、コイツの口から再び矛盾の言葉を聞いた。

 今までの話を聞く限り、罪狩りと罪人は完全に対になっている存在であると思っていた。

 しかしこの言葉で完全にその考えは崩れ、そして同時に悪い方に察してしまった。


「えっと…じゃあ、お前の呪陣が強力な理由は…」


「それは、僕が罪人でかつてのそれなりの『重罪』を背負っているからだよ。…遠い昔、僕は『魔人』と呼ばれた。まあ、今でも一部からはそう呼ばれているけどね?君が思ったように、呪陣の強さはそんな『罪の重さ』によって決まる。だからそれは同時に罪人も使うことが可能だということを表している。呪陣の利用に1番必要なのは『罪の大きさ』だけだからね?」


 コイツの顔にかかった影がだんだんと晴れていく。

 完全にその影が晴れた時のコイツとは先程と同じような表情をしていた。

 しかし、この言葉を聞いたせいか今度はその顔が先程より妙に不可思議に感じた。


「いや…お前は一体どんなことをしたんだ?お前を含めて他の罪狩りは?お前の世界にいる神はなんでそんな結構緩いって感じるような条件で呪陣を使えるようにしたんだ?お前たちの敵である奴らも扱えるっていうのは不具合にも程があるぞ?」


 コイツと視線の高さを合わせる形で膝を折って自分も胡座をかく。

 こう座って視線を合わせるだけでもとても『重罪人』という言葉が似合う姿、性格はしていない。

 その視覚的根拠がこのコイツの言っていることが本当かどうか混乱させる。


「神の真意は僕からは正直分からないんだよね?なんて言ってもこっちは個人的に恨みがあるからもう何千年も話をしてないからね!…でも、前者については答えることはできるよ。神から直接力を与えられた罪狩りは、今言ったみたいにそれぞれ『重罪』を背負っている。でもそれはあくまで『自分の本意ではない』場合がほとんど。例えば『誰かに操られた、または誘導された』、他にも『自分が罪人になるしかなかった』とか様々な背景がある。」


「はあ、なんだ…じゃあお前もそれに該当して…」


「僕は唯一それらに該当していない。」


「…!」


 自分の言葉を遮るようにして、少し声の大きさを上げてコイツはそう呟いた。

 少しばかりか先程コイツと一緒に話していた影の声に似ていた気がした。

 

「…僕はまあ、『あの時』は確かに少なからず誰かのせいにしようと考えていた。でも今思い返してみてもあの時は完全に自分本意に考えていたね?だから僕は罰を受け、そして『罪人』の考えが分かる存在であるから神から罪狩りとして生きる権利を与えられた。…この罪狩りは僕に与えられた唯一の罪償いなんだ。」


 この時のコイツの顔と声は重々しく感じ、その目からは自分の咎めを本気で悔いているのが伺えた。

 木陰でコイツの顔が隠れるたびにその心の暗さが表されているように感じる。

 俺はさらにコイツのそれの深い部分について聞く。


「話したくないなら別に話さなくてもいいが…一体どんなことをしたんだ?お前は……一体過去にどんな罪を犯したんだ?」


 明るさに隠れていたことによって、この展開は自分が予想しているものとは違っていた。

 コイツの背負っているものは想像以上に重く、そして深い闇の中にいる感覚に近いものである。

 自分のこの質問もその抱えている闇に消えていくようなほどに淡いものに感じた。

 

「…僕はいわゆる『大量殺人』の罪を負っている。その時僕は……沢山の命をこの呪陣の力で奪ったんだ。」


 悔やみが感じられる声色で確かにこう答えた。

 その言葉を聞いた瞬間、思わず「はっ?」と自分でも分かるそこ知れない恐怖が混じった言葉使いで返答を口にした。

 俺の疑問の言葉を聞くとコイツは続けて呟くように話し出した。


「僕は4人の罪人の中で自分の意志に従い『故意に殺戮を行った』。だから、神は僕のこの罪を犯したことをかなり危険だと判断して、この原因となった記憶を消したらしい。もちろん僕が罪を犯したことは忘れないようにさせてね?ほーんと、面倒くさいことに力を入れるんだよなぁ…」


 どのような表情をしたらいいのか、どんなことを言ったらいいのか自分では浮かんでこなかった。

 自分と同じくらいの身体に表すことができないほど巨大な罪の鎖が繋がっていると考えるなんとも言えない感情になった。


「お前がそれ起こした原因を…いや、そうだよな…お前はもしその記憶が蘇ったどうする気なんだ?今こうして罪狩りとして罪償いをしているが、自分を罪人へと落とした原因となった記憶は確かに存在していたんだろ?」


 コイツが話し出すのを遮るようにして自分から再び話を切り出す。

 そうすると胡座の形を崩して再び軽く笑いながら答える。


「なーに。考えるも何も、僕はその重要な記憶と一緒に『感情』も消されたんだ。だから特に何も考えられないと思ってるよ?自分のした罪の罪状を知っても、気にせず今みたいに罪狩りとして生きていくと思うよ。」


 『感情がなく、何も考えない』。

 この時、コイツの話したそれからは過去の自分によく似ていたものであり、取っ掛かりがついているかのように引っ付いてきた。

 まるでこの世界にきたばかりの自分のように、全てに対して希望を見出していなかった自分の姿に写って見えた。

 

「…っ!…感情がないってどういうことだよ?じゃあ今まで笑って見せたり俺に対して暗い表情を作ったりしたのは…?」


「それは全部僕が知った情報からその時どんな表情をすれば良いか考えた結果。せいぜい経験の積み重ね程度のもの。だから僕は物語の中の罪人を狩り続けている。物語でどんな表情をすればいいか知ることができれば自然と元々持っていた感情を取り戻せると思っていてね?そしてなにより君は僕によく似ていた。『何かを失って』初めて見せた感情と失った感情を持ち合わせていた。」


「…!だからか…」


 この話を聞いて、自然と自分の中で察しがついた。

 何故コイツはあんなにもあえてフルドなどのことを自分から話題に出し、俺のことを煽るようなことを言ったりしてきたのかを。

 それは俺自身が感情をどんな風に爆発されるのかを知るためであったことだ。


「そう。君のことを見ていたら自分も詮索する必要なく不意に何か思い出せると思ってね。でも、今こうして見ても君はやっぱり僕と違って自分の本来の感情を思い切って出せることが知れて少し安心しているんだよ?君が僕のようにならなかったことに納得したよ。でも…色々言ってごめんね?」

 

 申し訳なさそうにしていたが、相変わらず口元は緩んでいた。

 少し自分がコイツの手のひらの上で観察されていたと考えると気まずい感じではあった。

 

「はあ…だからあえて俺のことを煽ったのか?だがこれでまず一つまた疑問は解決はした。…でも、何で神は感情まで消したんだ?別に記憶を消したお前に関係あるようには見えないけどな…それで他には何か覚えていないのか?もし覚えてるんだったらそれについて知りたいんだが…」


「ふむぅ〜…これは訳あって本当はあまり深くは詮索しちゃいけないだけどね?…僕は目の前で『僕の大切な人』を殺されたのが罪人になった原因。でも、名前とその人物像についての記憶は完全に消されてる。残っているのはこの根拠のない事実のみだね?」


 コイツが話し出すのと同時に、自分もその情景を想像しながら話を聞いた。

 目の前に何か失ってしまったという状況は自分によく似ていたが、コイツの過去は想像以上にその詳細についての情報が少なすぎるものだった。


「僕は空っぽの身体に罪狩りという役割を与えられただけの人形。人間が持つ感情は…爆発すると誰にどんな風に牙を向くのか本人にも分からない。…だから僕は不必要なもの以外の記憶は消された。」


 この時、コイツの罪の原因で何をしたのかが少しだけだが分かった気がした。

 状況を整理し、再び詮索し…ここからは自分の想像であるが、この時のことをまとめてその答えになるであろうことを導き出す。

 この時の状況をよくある人の感情で表すのならば…


「(『怒り』)…なるほどな?(この感情が関係しているとからこそ、そっちの神は感情すら消したのか?)その様子を想像する限り、お前はその人を殺されてそしてその殺した何かを殺した…だからお前の世界の神は記憶も消したのか?…でも、これだけだとただ復讐をしただけで何か罪になるようなことではないんじゃ…」


「…いや、きっと『その後』に僕は罪状に挙げられたことを犯した。ほんと…記憶すら存在していないからこんなことをモヤモヤしながら考えることしか出来ないからねー……嫌になっちゃうよ。自覚のない、存在しないかもしれない罪を背負い続けるのは…」


 そう言うコイツの目は少し悲しそうであり、真っ直ぐと目を見ながら話を聞いているとそのような感情の動きがよく分かるような気がした。 

 しかし、この表情をしてもディオスには表面上のものにしか過ぎないということに対して再び妙な気分になった。


「…僕のこの一件で神は人間の中で最も要らないと思っているものは『感情』だと言った。僕がその考えの引き金になったことで、人間は感情の通りに動く生き物であり、それが暴走してしまえば何の前触れもなく何もかもを壊す可能性があると神は身をもって理解した。」


 この時の言葉は自分にもどうしても無関係であるとは言い切れなかった…自分もそうなってしまう一歩手前であったと言えるからだ。

 コイツの言っていた『もう一つの自分の結末』とはコイツの言うように感情に任せた自分になってしまうのだろうか?

 そう考えると少しばかりそんな不安に駆られた。


「………じゃあ…俺は…」


「…ああ!でもそれも僕の場合の話!君は僕と違って今こうやってここで自分の感情を曝け出せている。だーからこれができたら僕みたいにはならないとは思ってるよ!……はあ、じゃあこの話は終わりにしようか…」


 俺の心情を察したようにそう自分に言ってきた。

 話をしていく程にだんだんとこのディオスという人間が分かってきたような感じがした。

 共感できる点が所々に存在していたためか…妙な親近感が自分の中で生じているのが分かった。


「…ありがとうな、俺にこんな話をしてくれて……っ!?」


 最後まで言い終わらないうちに頭に違和感が走り、さらに頭の中にノイズが走り、視界が砂嵐のようになってぼやけてきた。

 そしてだんだんと今まで聞いてきたコイツについての情報が漠然と消えていくのを感じた。


「…ッ…なんだこれ、何が……起こって…?」


 一度死を経験した自分でも感じたことのない感覚が襲い掛かり、意識が何とか保てているこの間で、ぼんやりとした口調でコイツに質問する。

 しかし、この様子を見てもコイツの表情に変化は見られず、特にこの状況にも驚かずに淡々とした口調で話す。


「…罪狩りは今言ったみたいに罪を背負っている。そして僕も自分で色々と制限を背負ってこの生き方をしている。…少しの間、君の僕に関する重要な情報は今の段階では消させてもらうよ?」


「…何…でだ?まだ、聞きたいことは沢山…じゃあ、俺に今まで何で話してきたんだ?…っ!!(…ダメだ…もう視界が…)」


「…君は『厄介』だからね〜?…これだけ言っておくよ。」


 質問をする前に先に視界のぼやけとが大きくなっていき、さらに鮮明となって砂嵐のその不快な音まで聞こえてきた。

 目の前ではコイツが口を開いて何か話しているが、視界がぐらつき続けるこんな状況であるにも関わらずその声は鮮明に聞こえてきた。


「それこそ罪人についての重要な確認だけだからそれに心配しなくて大丈夫!僕の記憶は消えても君の今までの記憶は消えないよ…それにまたあっちでまた会えるから、あまりそこら辺の心配はしなくていいよ!」


 鈴のような声だけが流れ、聞いているだけでどこか落ち着いてしまう声であった。

 それに合わせてだんだんと目蓋が重くなってくる。


「神は罪には敏感であるが為に条件を緩くしてまで僕らに呪陣を使わせた。そこから先は僕にはよく分からないけど、これが呪陣の使う条件が緩い原因だよ。…ああ、後一つ君にいいことを教えてあげよう、アベル。」


 ーーその時、名前を呼ばれた。 

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 虚ろな視界、目の前には少年が立っている。

 動いている口元を見つめる。


「ーー僕は『嘘はつかない』。…僕の口から出てきた真っ直ぐな言葉は全部信じていいからね?」


 この言葉を聞いて視界がさらに暗くなる。

 そして自分がだんだんと地面に近づいているのを感じる。

 思わず目を瞑ると、誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 

 ーーそして、暗い世界へと落ちていった。


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