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夢見る鎧  作者: 鳥絵
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第五話(前編)

「狩りに行かないか」


 朝、朝食を済ませた我輩と姉上が、今日何をすべきか話し合っていた時、仕事道具をぶら下げて訪ねて来たスレスタ殿から出てきたのは、そんな言葉だった。


「狩りであるか」

「そう、狩りだ」


 オウム返しに返事をすると、これまた同じ言葉が返って来る。聞き間違えたり聞き逃したりした訳では無いが、念の為だ。

 事前に約束していた訳でもなく、現状狩りが必要な生活状況でも無さそうなので、確認の意味も兼ねて聞き返したのだ。


「特に断る理由もないが。何故狩りなのだ?」

「初めて魔獣を確認した日は、魔獣の姿が見えた時点で撤退したんだ。それから今日になるまでずっと休んでいたのでな。そろそろ再開したい」

「なるほど」


 確かに魔獣を確認した日が狩猟の収穫をあてにしていた日なのだとしたら、我輩が来た日、そして村を案内した昨日と、スレスタ殿は己の仕事が満足に遂行出来ていない生活だったのだ。

 狩人の事情に詳しくはないが、備蓄なども考えると良い加減得物を仕留めざるを得ない時期なのだろう。


「理解は出来たが、何故我輩も誘ってくれるのだ? 一人の方が慣れているのではないか」

「何も魔獣が一匹だけとは限らんだろう? 群れて出てきたという話は聞いたことないが、万一という事もある。様子見も兼ねて同行願いたい」


 これもまた納得の行く理由だ。村長の家で聞かせて貰った話では、目撃情報の少なさも合わせて、出現する時は大概の場合一体のみが普通だったという。

 だが、だからといって今回の件が例外でないと言い切れる保証はない。経過観察と同時に護衛も可能である我輩が付いていくのは道理だろう。

 むしろ言われる前に自主的にやるべきであったと考えの至らなさを恥じる。


「それに、仕留めた獲物が食材になるようであれば、近所にでも配ると良い。喜ばれるぞ」

「参ろう」

「千ちゃん!?」


 この上なく魅力的な提案であった。いずれは去らなければならない身ではあると分かっているからこそ、何か力になれる役割が欲しかったのだ。

 幸い、我輩は多少腕に覚えがある。狩りに役立つかは分からないが、これで村の人達への恩が多少なりとも返せるというのなら願ったり叶ったりであろう。

 今日一番の魅力的な誘い文句に迷いなく首肯する。


「じ、じゃあ私も行く! 私も!」

「いや、済まないが姉上は危ない。先程も申した通り、二体目の魔獣が存在しないという確証を得るための狩りでもあるのでな」

「それにお前さんは暫く森に行ってはいけないと村長からきつく釘を刺されているだろう」

「うっ……」


 スレスタ殿の言葉に、姉上が黙り込む。確かに我輩と出会ったその日、皆に黙って抜け出した姉上の行動は無茶なものであった。

 結果的に無事であったから良かったものの、村長は説教だけで済ませるのは宜しくないと判断したようで、自分の許可が出るまでは村を離れる事そのものを禁止されているのだった。

 押し黙る姉上に憐憫の情が湧いてしまうが、こればかりは我輩にもどうしようもない。


「姉上、どうか分かって欲しい。もし魔獣が居なかったとしても、元々子連れでは危険な仕事でもあるはずなのだから……」

「そうだな。武器を扱うのだから、子供は居ないほうが助かる」

「うぅぅ……」


 不満そうな声を出しながら姉上はうつむく。恐らく我輩たちの言っていることが自分を心配しての事だとは理解しているのだろう。

 それでも尚付いて行きたいという気持ちが捨てきれない。そんな葛藤だろうか。


「姉上、きっと上等な食材を仕留めて持って帰ってくると約束を……」

「知らないっ! 勝手に行っちゃえ、ばかっ!」


 そう言い放つと姉上は、己の寝室へと入り込み出てこようとはしなかった。

 こういう時に無理に押し入ると宜しくないとスレスタ殿が言うので、何度か扉越しに声を掛けたが、結局出て来てはくれないようだ。

 今回はちゃんと行き先を告げた上で姉上とも話し合ったつもりだったのだが、また機嫌を悪くしてしまったらしい。己が不甲斐ない。


「もう出よう。これに関してはカリンの我儘だ。あまり甘やかすのも、本人のためにならない」

「うむ……承知した。姉上、済まないが昼ご飯は村長と取って欲しい。行く前に頼んでおく」


 では、と扉に話しかけ、家を出る。

 機嫌を損ねたまま出かけてしまう歯がゆさに少しの不安を感じるが、今から村の人たちに迎え入れてくれた感謝を表すため、狩りに精を出すのだ。切り替えていかねば。

 よし、と頬を叩くようにして気合を入れ直すと、スレスタ殿がその様子を見て満足したように頷く。


「それじゃあ行くか」


 その言葉に首肯で応えると、どちらともなく歩き出した。

 きっと見事な収穫を持ち帰れば、姉上の機嫌も直るはず。そう信じて、我輩は森への道を強く踏みしめた。


 ***


 我輩が生まれ、姉上と再開した森の入り口に到着する。

 そこでスレスタ殿は持ち物の最終確認を済ませると、弓と弩をそれぞれ片手ずつ持ち、矢筒を腰にぶら下げ準備万端といった様子で我輩に声を掛けた。


「アンタの分も用意してある。必要なら俺と同じように装着するといい」

「心遣い感謝する。だが気持ちだけ受け取っておこう。我輩はまず己のやり方で試してみたい」

「そうか。分かった」


 そうれだけ言うとスレスタ殿は「身軽ならこれを頼む」と袋に詰めた狩猟道具を我輩に渡し、森の中へと躊躇なく入り込む。

 我輩も後に倣い続くが、意外なほど距離が縮まらない。この身がある程度鎧によって装飾されている事を差し引いても、身軽である筈の我輩よりもスレスタ殿は素早く先へと進んでいく。

 余程森の歩き方を熟知しているのだろう。その軽快さは達人のそれを思わせた。


 あっという間に森の入り口が見えなくなり、深くも浅くもないといった森の中程でスレスタ殿は立ち止まる。


「今日はこの辺りで待つか」

「自ら探しに歩き回る訳ではないのか?」

「あてがあるならそれでも良いがな。基本的には何かしら痕跡がある場所で、獲物が姿を現すのを待つ。下手に動き回るのは自分の位置を知らせるだけだ」

「そういうものか」


 やや湿気を含んだ土を軽く払いのけて観察し、やや遠くの木を遠眼鏡で観察するなどで周囲の様子を探るスレスタ殿をただ何もせずに眺めていたが、ふと気になっていた事を訪ねてみた。


「そういえば、スレスタ殿は何故弓と弩、両方持つのだ? 片方だけで良いのではないか」

「弩を手に入れて最初のうちはそうしていた。だが弩はかなり繊細な仕組みでな。思いもよらないタイミングで動作不良を起こしたりするんだ。威力も高く一撃で獲物を仕留めるには最適だが……安定性は心許ない。再装填にもかなりの力がいる。仕損じた場合、その時間差が命取りになることもあった。だから最終的に両方持つことにした」

「なかなか力技な解決法だ。嫌いではない」


 思ったことをそのまま口にしたが、スレスタ殿はやや恥ずかしそうに笑うと改めて遠眼鏡を覗き始める。別段褒めたつもりも貶したつもりもなかったが、気を悪くせずに居てくれたのなら良いだろう。

 そう考えているとスレスタ殿は遠眼鏡を懐へと仕舞い、姿勢を低くすると我輩にも同じように身を隠すよう指示する。素直に従いスレスタ殿の隣で身を屈めると、視認していた先を指差し、口を開いた。


「運がいい。もう狙い目のヤツが来た」


 スレスタ殿の指の先を視線で辿ると、そこには背中に甲羅のような皮膚を持った、少々丸めで鼻の大きい動物が居た。


鏑猪(かぶらいのしし)だ。背中の部位は加工用として売れるし肉も食える。獲物としては申し分ない」

「ふむ……して、どのように仕留めるのだ?」

「そう難しくない。見てろ」


 スレスタ殿はその場で弩を構えると、ただ硬猪に照準を合わせ、微動だにしなくなる。

 側で見ている我輩でさえも気配を感じ取る事が出来なくなるほどに、スレスタ殿の集中力は凄まじい物だった。この空間に幾つも存在する草や木と同じように、ただそこに在るだけの自然。何の違和感も無くそう受け取れてしまうほどである。


 我輩自身も物音を極力立てぬ様、駆動系の操作を一時的に停止さえ、経過を見守る。

 やがて硬猪が枝や倒木などといった障害物が邪魔にならない位置、こちらと硬猪の間の直線が開けた瞬間に、スレスタ殿の弩が空気を切り裂く音と共に、矢を発射させる。

 吸い込まれるように矢は硬猪の眉間へと飛び込み、頭蓋骨を砕き脳を貫いた。

 溢れるような悲鳴をひとつ上げた後、転ぶようにして地面に倒れた硬猪は、そのまま二度と動かなくなる。

 その姿を確認した後、ゆっくり立ち上がるとスレスタ殿は自慢げにこちらへと顔を向けた。


「どうだ?」

「見事! 素晴らしい練度である」


 その言葉が満足に足るものであったのか、スレスタ殿は喉の奥を鳴らすようにひとつ笑い声を上げると、弩を腰に掛け、たった今仕留めた獲物へと向かう。

 目測では30mから40mほど離れていた動く標的に対し、寸分違わず急所を撃ち抜いてみせた腕もそうだが、なにより待ち伏せる際の潜伏技術に感嘆せざるを得ない。

 元より息はせず駆動も己の意思で停止させられる我輩と違い、生体として存在するスレスタ殿はどうしても止められぬ生命活動があるのだ。呼吸や脈拍などその最たるものだろう。

 しかしあの瞬間、それら全てを隠蔽し、完全に景色と同化してみせたのだ。これは恐らく我輩が教えられたとて真似できるものではない。熟練した腕前があってこそ、可能にしてみせた芸当なのだろう。


「持ち帰れる部位を切り分けておこう。少し待っててくれ」

「うむ。……む?」


 解体用の小刀を取り出し作業を始めるスレスタ殿に近付こうとしたその時、一瞬頭上を影が掠める。

 上を見やると、何やら赤毛の大鳥が木の枝に留まっており、羽休めをしていた。

 こちらに気づいているのか定かではないが、少なくとも視線は下を向いてはいない。我輩の膝下程度の体長はあるようで、仕留められるのなら中々の成果になるのではないか。そんな下心も湧いてきて、スレスタ殿へと声を掛ける。


「スレスタ殿。頭上にも鳥が居るようだが」

「あぁ。火吹き鳥か。羽毛や肉、魔素を可燃液に変換する体内器官など、アイツも一体で中々に稼ぎの良い獲物だが……あの位置だと俺には無理だな」

「そうなのか? 先程とあまり違いは無い……寧ろ近くも見えるが」

「単純に上方を狙うのが苦手なんだ。まだまだ未熟でな」


 火吹き鳥を見据えながら、バツが悪そうにスレスタ殿は言う。飛び道具の扱いについては詳しくない我輩だが、あれだけの腕前を持つ男が言うのだ。勝手の違いというものは単純ではないのだろう。

 となると、我輩の方で試してみる価値はあるのではないか。そう思い、木々の硬さや密集性、火吹き鳥までの距離などを確かめ、恐らく行けると推測し、脚部の駆動を確かめるように足を踏みしめる。


「……何してるんだ?」

「何、良いものを見せて貰った礼だ。我輩もひとつ、成果に貢献しようと思ってな」


 訝しげにこちらを見るスレスタ殿にそう応えると、我輩は深く腰を落とし、脚に力を込めると、目の前の木目掛けて跳ぶ。

 その木を蹴りつけた反動でまた別の木へ。そしてまた次の木へ。そのように三角跳びを繰り返し、火吹き鳥の目の前へと飛び出した。

 音はしていた筈だが、奴が想像していたよりも早く届いたのだろう。突如現れた黒い影に威嚇も攻撃も逃亡も選べなかった様子でただ困惑していた火吹き鳥を相手に、我輩は即座に蹴りを叩き込む。

 首筋へと直撃したその一打は火吹き鳥の骨を完全に叩き折り、一瞬にしてその生命を奪い去る。

 枝を掴む足が力を失い、体ごと下へ落下しようとする火吹き鳥を慌てて抱えると、そのまま地面に着地した我輩は、仕留めた獲物を自慢するようにスレスタ殿へと掲げた。


「如何かな?」

「とんでもない身体能力だな。アンタなら素手で好きなだけ狩れそうだ」


 流石に少しは驚いたのだろう。いつもより見開かれた目で手の中の獲物を見つめ、スレスタ殿は拍手をする。

 素手で好きなだけ、とは褒め過ぎである気もしたが、やはり初めての狩りでこうして成果を褒められることは嬉しいものがある。思わず笑い声が漏れてしまうが、スレスタ殿もつられるように僅かに微笑んだ。


 ***


 仕留めた二匹の獲物の解体はスレスタ殿が全て終わらせてくれた。我輩がそれを荷物として背負う事で役割を分担することに決め、一息ついたところでスレスタ殿が昼食を取る。

 基本的に食事は摂らなくても問題のない我輩の体だが、スレスタ殿はどうやら我輩の分も作ってきてくれていたらしい。有り難く頂戴し、倒木の上に二人で座り込んだ。


「まだ昼だというのに充分すぎるほどの成果だ。これなら後は下見だけでいいかも知れない」

「普段であればもっと時間の掛かるものなのか?」

「獲物が必ず見つかるとは限らないからな。3日張って成果なしなんて事もザラだ。今回も最悪下見だけで終わる可能性も考えていた」

「ふむ、そう毎回都合良くは行かぬのだな」

「だが今日は中々の大物が二匹も獲れた。アンタのお陰だな」


 そう言うスレスタ殿の顔は穏やかなものであった。いつもであれば反射的に謙遜していたであろう我輩も、そのような顔で称賛されてしまっては返事に詰まらざるを得ない。

 火吹き鳥を仕留めた時の行動は、恩返しの意味も兼ねていたのだ。そのため、素直に喜ばれると我輩の望みも叶っているような気がして、つい言葉通りに受け取ってしまう。


 少しだけ会話が途切れ、自然の音だけが場を支配した。まるで森が二人を己の一部として受け入れているようで、とても爽やかな気分になる。

 穏やかな空気に包まれて、ふと隣の人物との距離が気になった。まるでお互いが完全に信頼し合っているかのように落ち着いていられるが、彼とはまだ知り合ったばかりである。

 もしかしたら、我輩の独り善がりなのかも知れない。であれば、彼に甘えてばかりでは失礼にあたるのではないか。そう思い、いつも無表情を崩さない男へ、疑問を投げかける。


「スレスタ殿。お主は何故、我輩にこうも良くしてくれるのだ?」

「ん……何故、とは」

「思えば、我輩が迂闊な自己紹介を済ませてしまった後でも、お主は友好的であった。姉上が理由であったとは申していたが……他に何かあるのでは、と思ってな」


 姉上とは森で初めて会った後、充分に話し合った後に打ち解けたのだ。しかし、その姉上ですら初めて我輩を目の当たりにした時は怯える小動物のようであった。スレスタ殿のように、素性を伝えられた上でなら尚更恐ろしい外見であったろう。

 だが、彼はそれでも怯えなかった。あまつさえ握手まで求めてきたのだ。肝が据わって居たのだとしても、なかなかこうは行かないだろう。

 今までも疑問に思わなかったでもないが、切り出す機会が見出だせなかったこの問いに、スレスタ殿はほんの少しだけ目を丸くすると、考え込むように口元に手を当て、顔を伏せる。

 やがて顔を上げたが、その頬は少々朱に染まり、どこか居心地が悪そうであった。

 そうして彼は目を逸らしながら、まるで観念でもするかのように話し始める。


「憧れ…………だったから、だな」

「憧れ? 会ったばかりの我輩にか?」

「そうでもあるが、そうではない。空鎧、という種族にだな」


 空鎧。我輩の種族である。それに憧れを持っていたと彼は言う。

 もしかして、何処かで我輩とは別の空鎧に会っていたのだろうか? その期待が伝わったのだろう。我輩の疑問を否定するように頭を振ると、スレスタ殿は居住まいを正し、言葉を続けた。


「アンタも、村長の家で話し合った時に読んだんじゃないか? 魔王軍との戦争を描いたおとぎ話には、度々空鎧が出てくるんだ」

「うむ。不死性を持ち、炉心を砕かぬ限り復活する、身体を持たぬ虚ろな鎧。主に拠点防衛に用いられていたように見受けられるな」

「俺は、物語の中の彼らに憧れたんだ」


 確かに、それなら我輩に合う前から憧れていても不思議ではない。しかし妙な話だ。おとぎ話に登場する空鎧たちは、魔王軍の重要拠点に配置されていることさえ多かったものの、何も語らず、何も成さず。

 ただその不死性を持って勇者を数で脅かし、僅かに苦戦を強いるものの、最終的には打ち負かされるだけの一兵卒であった。その描かれ方は、どちらかと言えばただ悍ましい障害であっただけのように思える。

 数の暴力を物ともせず、それらを蹴散らす勇者に憧れるのなら納得はいく。だが何故、空鎧の方なのだろう?


「アンタの考えてる事は分かる。物語の中の彼らは、ただの噛ませ犬だ。大体の人には、勇者の引き立て役にしか見えないだろうさ」

「お主には違ったのか?」

「俺は、彼らの中に心を見たんだ」


 そう言うとスレスタ殿は、真っ直ぐに我輩の視認鏡を見た。


「彼らは己の腕が砕け、腹に風穴を開けられても、ただ無言で立ち向かって行った。それはきっと、その拠点を、或いはその先にある何かを命に変えても守るために戦っていたんだろう。そこを落とされれば、自軍が危うくなるかも知れない。その宝を奪われれば、味方が危うくなるかも知れない。きっと彼らは、そんな事をさせまいと、存在しないはずの歯を食いしばり、強大な敵に立ち向かっていったんだ」


 我輩の視認鏡に映るその目は、とても澄んで輝いていた。まるで月光のように、我輩の炉心の奥深くにまで突き刺さる。


「彼らには矜持があったんだろう。守り切ってみせるのだと。自軍を不利にはさせまいと。その為なら、何度その身を砕かれようと、立ち上がってみせるのだと。……俺は勇者も好きだ。だがその時だけは、彼らの姿のほうが、強烈に胸を打ったんだ。ボロボロになりながらも戦い続ける彼らには、きっと己の守るべきモノの幸せを願う心があったんだと。そう思ったんだ。」


 そこまで言うと、スレスタ殿は一度だけ我輩から視線を外し、照れくさそうに頬をかいた。


「これがアンタを警戒しなかった理由だ。私情だらけですまないな」


 我輩はというと、なんと言葉を返せば良いのか分からなかった。この感情を正しく表すことの出来ない己の語彙の貧困さを酷く恨む。

 ただ一人この時代で目が覚めた時は、仲間と共に命を懸ける事が出来なかった事を酷く悔やんだ。役目も果たせずのうのうと、ここで過ごして行くことに後ろめたささえ感じた。

 ただの敗残兵としてのみ名を刻まれる事を許された仲間たちに対して、申し訳なく思っていたのだ。

 だが彼らの戦いは、確かに誰かの胸に届いていたのだ。

 それが正しいのかまでは分からない。しかし、どのような形でも、彼らの奮闘を讃えてくれる人間が居ることが、堪らなく嬉しかった。


「……有難う。彼らの事を、想ってくれて」

「礼なんて要らない。アンタが現れてくれただけで、俺も嬉しかったからな。想像とは大分違って、感情豊かだったのは驚いたが」

「む!? す、すまぬ。印象を悪くしてしまったか?」

「いいや? むしろそっちも嬉しかったさ。彼らには心があった。そう感じた俺の想いは、間違っていなかったんだってな」

「そうか……そうであったか。いや、しかし……」

「どうした?」

「少々、照れる」

「ふっ。俺もだ」


 そう言うと、お互いどちらともなく笑いだした。

 不思議な気持ちだった。我輩は決して過去へは戻れない。これからもきっと、己の役目から逃げ出した逃亡者のような後ろめたさに苛まれる事もあるのだろう。

 だが、たった一人だけでも。きっと共に戦う筈だった戦友たちの事を認めてくれる人が居るなら、この気持も癒えていくのかも知れない。

 もっと生きていたい、この時代で。彼らがもたらしたもの、そして我輩が繋げていくものをいつか自分で見つけるために。

 そう思わせてくれたスレスタ殿に、深く深く感謝をした。


「ちなみに、あれが俺の家だ」

「はっはっは。流石にココからは見え……方角は合っている? やるなお主!」


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