第四話(後編)
「……それで、アンタの姉ちゃんもご一緒してるという訳か」
「うむ。我輩の面倒は良いから、自分の時間を過ごして欲しいとは申したのだが……」
「お姉ちゃんならちゃんと見ていてあげないと!」
「張り切ってるな。こっちとしては別に構わないが」
姉上が食事を終えた後、使用した食器などを洗浄しながらスレスタ殿と約束があることを伝えると、自分も付いていくと言い出したのだ。
引率であれば一人で充分だろうと言うと、それでもやはり我輩のことが心配らしい。
つくづく面倒見の良いお人である。こうなると強く反対する理由もないので、つい姉上の手を煩わせる方向で決着を付けてしまった。恥ずかしい話である。
勝手に取られないようにしないとね! とは姉上の談だが、言葉の意味はよく分からなかった。
「それじゃ適当に教えておく。そこまで広い村でもないし、すぐ覚えるだろう」
「うむ、宜しく頼む!」
そう言うとスレスタ殿は西側にある村の入り口まで移動する。我輩たちも後からそれに付いていき、三人で縦並びに行進を開始した。
スレスタ殿は足を止めると後ろを振り返る。それに倣うように我輩たちも隣に立つと、そこから村の景色を見渡した。
「ここから始めるとしよう。まず目の前のこの建物だが……俺の家だ」
「ほほう。村の出入り口側に位置しているのだな」
一番近い建物を指し示すスレスタ殿の手を目で追うと、少々年季の入った一軒家が映る。
外観などはほぼ姉上の家や村長の家などと変わりなく、恐らく家の中の間取りなどもそうなのだろう。建築の際に住まいの作りは統一するように定めてあったのだろうか。
我輩のように人の社会に疎い者などでは、家を見ただけでは何処に誰が住んでいるのか判断するのは難しい。そういった意味では、案内人であるスレスタ殿の家を紹介してくれるのは有難かった。
「ふむ、よく手入れもされているようだな。良い家だ」
「ふっ。いつでも遊びに来てくれ」
「まさかこの為に最初にココに来たの?」
疑わしげな視線を向ける姉上をさらりと躱し、次だと一言だけ言い放つとスレスタ殿は歩き出した。
姉上はやや不満げながらも我輩の後ろから同じように付いていく。返事を貰えなかった事が面白くないのかも知れない。
途中他の世帯の家の紹介を省略した事について尋ねると「ただの家ならアンタの顔見知りから先に覚えた方が得だろう?」と返された時など、露骨にスレスタ殿を睨む程であった。
次に案内されたのは村の中ほどに位置する、少々派手な外観をした建物である。
「ここはビマルの店だ。月に一度、村の収穫を王都に売りに出たり、逆に王都の物を仕入れてきたりするのが彼の仕事だ。何か必要になったら訪ねてみるといい」
「やぁ、魔法生物のお客さん。冷やかしかい?」
店先に並べられている色とりどりの道具を眺めていると、カウンターの向こうから話しかけられた。人の良さそうな顔をしたこの中年男性はその人柄を利用して、口八丁手八丁で在庫を捌くやり手なのだと、スレスタ殿が本人を前に解説していく。
「随分な言い様だなぁ。この前買ってった超高圧水鉄砲はそんなに気に入らなかった?」
「二回使ったら壊れた。銃口が詰まって、行き場を失った水が銃を破裂させて水浸しだ」
「それは悪かった! さぞ水も滴るいい男だったろうな!」
大笑いする店主とそれを呆れた顔で見るスレスタ殿に、和やかな空気を感じた。
歳が近いのかも知れない。談笑する二人には、気兼ねせず話し合える信頼のような何かが見て取れた。
ふと、商品の中に、規則正しく並べられて色とりどりの結晶を見つける。
何故だか気になり、手にとって眺めてみる。よく観察してみると、僅かながらに己の体内の魔素が反応しているようだ。
どうやらこれは魔素に関係した道具であるらしい。そこまで察したところで、ビマル殿が話しかけて来た。
「魔結石が気になるのかい?」
「魔結石?」
「あぁ。……その様子だとどういう物か知らないみたいだね」
ビマル殿は一度店の奥に引っ込むと、すぐに妙な道具を抱えて戻って来る。
その壺のような形をした道具に、魔結石と呼ばれた赤い結晶を放り込むと、側面に存在する突起を指先で操作した。
するとどうだろう、壺の上部に炎が点火され、風を受けて煌めいた。大層驚いた様子の我輩に、ビマル殿が説明をしてくれる。
「魔素が術式を施すと、様々なエネルギーに変化することは知っているかな? 本来は素質のある人間が身体に馴染ませた上で術式を通し、漸く魔術として発現するという工程が要る訳だけど……魔結石っていうのは、そのエネルギーを放出させずに、結晶にして保存した、誰にでも使える燃料なんだ。ちなみに今使ったのは火の結石」
そこまで口にしたところで、ビマル殿はもう一度突起を操作すると火を消し、中に放り込んだ魔結石を取り出すと、我輩の目の前に差し出してきた。
それを受け取り、改めて観察する。赤く煌めくその結石は先程と変わりなく、とてもエネルギーを生み出した直後のようには見えなかった。
「ま、これはただのインテリアなんだけど……この程度の火力なら、その欠片ひとつでも3日は点灯し続けられるね。まだまだ最近の発明だけど、その効率の良さや汎用性が人々の生活を劇的に豊かにしていくと言われているね。実際、王都の技術の進歩は目覚ましい物があるよ」
「なるほど、これは凄いものだ。人の世ではこのような物が流通しているのか」
「それなんだが、この辺りではまだそれほど使われてはいないんだ。手軽に火や雷が扱える事に不安を感じる者も少なくないようでな。王都の方でも専ら安全性の追求が課題らしい」
「村長は結構面白がってくれたんだけどねぇ」
スレスタ殿の言葉に、ビマル殿が少し残念そうに返す。先程見せた壺のような道具も、この魔結石がどれほど便利なものかを目の前で体感してもらうために用意したものらしいが、あまり上手く行ってはいないそうだ。
確かに、この道具ひとつで火や電気といった現象を軽々しく扱えてしまうのであれば、子供が誤って使用してしまった時などは大層悲惨なものとなるのだろう。管理の面では妥協をせず改良を重ねていくべきなのかも知れない。
しかしそれを差し引いても、相当に革新的な技術に思えた。もしこれが安価で安全なものとして品質が保証されるような日が来れば、きっと人の世は今よりも豊かになるのだろう。その将来性にいたく感心し、そっと陳列台に戻す。興味はあるのだが、今の我輩には使い道が思いつかない。
姉上が「欲しいならお姉ちゃんが買ってあげるよ?」と言ってくれたが、流石にそこまで世話になる訳にはいかないと考え、断りを入れておいた。
その後も少しだけ品物を眺めていたが、他に気になるものはない。「初回購入は安くしとくよ」と声を掛けてくれたので、近々欲しいものを決めた上で寄るのもいいだろう。
話も区切りが付いたらしく、改めてスレスタ殿と共に次の施設へと向かう。
「ちなみに、あそこが俺の家だ」
「うむ、ここからでもちゃんと見えるな。良い位置だ」
「…………」
何故か改めて紹介されたスレスタ殿の家に率直な感想を返す。
姉上は何やら呆れたような顔でスレスタ殿を睨んでいた。
***
「ここは井戸だ。水が必要な時はここから汲むと良い」
「ほう、うまい具合に日陰になるよう作られておるのだな。涼しくて良い」
「私ちょっと飲んでから行くね!」
「ちなみに、あれが俺の家だ」
「うむ、ここからでは見えぬようだな」
「ここは赤実の果樹園だな。見ての通り規模は小さいがな」
「果物か。どのような食物なのだ?」
「一年中実をつける果物でな。上手く調整すれば安定した供給が見込める。大きさは手のひらの半分程だが」
「もう少ししないと食べごろにはならないね」
「ちなみに、あれが俺の家だ」
「うむ、既にほぼ見えない距離となっておるな」
このような調子で村の案内は滞りなく進み、残すは畑のみとなった。
逐一スレスタ殿の家を紹介されるのが少しだけ不思議ではあるが、余程物覚えが良くない方であると捉えられているのやも知れない。だとすると、丁寧にも我輩が忘れてしまわぬようにと気を遣ってくれているのだろう。とても親切な御仁だ。
「もうスレスタさんのお家はいらないからね」
「……この畑では主に箔麦を栽培していてだな……ん?」
我輩がかつて居た森に続く道。その両脇に広がる畑は、家との境界線の間に大きめの広場が存在しており、そこで子供たちが遊んでいるのが見えた。
普段から遊び場にしているのだろうか。その場にある木の棒や小石などで器用に遊んでおり、とても微笑ましい。
今朝集会に参加していた子供たちは全員そこにいるようだ。一際目を引いたのもそのせいだろう。
「なるほど。考えてみれば昨日は家で大人しくさせられていたんだ。今日は体力が有り余って仕方ないのかもな。誰かさんと違って」
「うっ」
ほぼ名指しで迂闊さを指摘されたようなものである。身に覚えがしっかりとある姉上は、言葉に詰まってしまう。
擁護して差し上げたいところだが、村長からも指摘されていた通り、ここはしっかりと反省すべき点であろう。故に何も言わず、頭の中だけで応援する。
「あっ! 鎧の人だよ!」
「本当だ、鎧の人だ!」
遠目に見ていたつもりだったが、こちらに気づいた子供たちが一斉に近寄ってくる。
今朝も感じたことだが、どうやらこの村の子供は物怖じせずに好奇心のままに行動しているようだ。
そう何日もこれが続くとは思わないが、何だか人気者になれたようで少し嬉しい。
そんな様子の我輩を頬を膨らませて見つめていた姉上だったが、子供たちから声を掛けられ驚いていた。
「ね、腕大丈夫? 怪我しちゃったんだよね?」
「う、うん……大丈夫……」
「良かった! 治ったらまた一緒に遊ぼうね!」
同じ年頃の少女に囲まれ、姉上は何故か萎縮しているように見えた。彼女たちが威圧的なようにも一切見えず、心の底から体を心配し、無事を喜んでいるように思える。
少々疑問に思い、姉上に声を掛けようとした所で、少女たちの方から先に提案の声が上がった。
「そうだ、あっちでお話しようよ! 綺麗なお花見つけたんだ!」
「えっあの……私、でも……」
「ね、弟さん。危険な事はしないから、いいでしょ?」
「うむ。我輩は問題ない。のんびりしてくるといい」
そう言うと少女たちは喜んで、姉上の手を引き木陰へと移動する。
姉上が遠慮がちに付いていった事が気がかりではあるが、目の見える範囲でのみ会話する事に決めているのだろうか。近すぎず遠すぎず、といった距離で談笑を始めていた。
「あの子の態度が気になるか?」
「うむ……我輩や村長殿と話す時など、実に堂々としたものだったのだが……」
「去年、両親が無くなってからは誰に対してもあんなモンだったさ。一人で森に遊びに行くようになってから、少しずつ軟化していったが」
「両親が……」
この村に来た時から、話の流れで幾らか小耳に挟むことはあった。しかし事情を改めて伺う機会が無く、今この時まで保留してしまっていた事実。姉上の、両親の死。
「……知りたいか?」
「いや、良い。必要ならば、姉上の方から話してくれるであろう」
「そうか」
「うむ。……ぬおっ!?」
唐突に足元に衝撃を受け、膝をつく。
何事かと後ろを見れば、一人の少年が腕を組み、眉をひそめて我輩を睨んでいた。
どこかで見た顔だと、記憶を辿る。確か今朝、集会で我輩との引き合いに出され、礼儀知らずと称されていた少年だ。
恐らく彼が我輩の足を蹴飛ばしたのだろう。しかし、何故?
「モランか。一体どうした急に」
スレスタ殿が、今しがた我輩を転ばした少年を見やり、そう呼んだ。どうやらこの少年、モランと言うらしい。
金色の単発が腕白さを際だたせるように空に向かって立ち上がり、目つきも鋭く如何にも強気そうな少年だ。年の頃は、やはり姉上と同じくらいだろう。
そう考えていると、今度は足からではなくキチンと口から話しをしてくれた。
「おいアンタ。カリンと姉弟なんだってな」
「う、うむ。つい先日からではあるが」
「あんまりチョーシに乗んなよ!」
「なんと!?」
我輩は知らない内に有頂天になってしまっていたというのか? 心当たりは無くもない。
先程、子供たちに囲まれて少々浮かれていたのだから。その浮ついた気持ちに喝を入れられたという事だろう。
よもやこのような少年に指摘されてしまうとは。やはり我輩よりも数倍人生経験があるお陰で、そのような気配に敏感なのだろう。
己の未熟さに恥じ入っていると、スレスタ殿が間に入って来た。
「それだけじゃ何のことかさっぱりだぞ。何が言いたいんだ」
「だって、カリンのヤツ……最近だって、ロクに俺たちの所には来なかったのに……アンタと一緒だからって、急に……」
「ふむ? 姉上は、以前はここらに近寄りもしなかったと言うのか?」
「そうだよ! すぐ通り抜けて、森に一目散だった! 他の女子に誘われたって、一言嫌だと断って終わりだったようなヤツなのに……」
どうやら以前の姉上は、積極的に同年代の子供と関わりを持つようなタイプではなかったようだ。それが今日になって態度が軟化していた事もあって、気になったのだろう。
我輩は以前の姉上を知らない。なのであの状態が自然体なのか、それとも我輩や村長と話す時が砕けすぎなのかの判断は出来ない。しかし……。
「お主、姉上の事をよく見ているのだな」
「はぁ!? な、何言い出すんだいきなり!」
「好きなんだろうさ、カリンの事が」
「はぁぁぁぁ!!?」
頭にふと浮かんだ疑問をぶつけると、少年は顔を赤くして狼狽える。そこにスレスタ殿が補足を付け加えると、益々顔を赤くして、怒りとも焦りとも取れない声を出した。
なるほど。恋慕の情を抱いていると言うことか。まだまだ花より団子といった年頃に思えるが、案外早熟な方なのかも知れない。
しかしスレスタ殿の言葉を聞いて合点が行くと同時に、深い共感を少年に抱いた。
「モラン殿……」
「な、なんだよ」
「素晴らしい! お主は見る目のある少年だ!」
「うえぇ!?」
膝をついた姿勢のまま、我輩は少年に詰め寄ると両手を握りしめて熱弁した。
「彼女は聡明かつ思慮深い。その心遣いたるや聖母と見紛うばかりだ。その上あの器量……将来は間違いなく大物であろう! 少年よ! 金の卵を見出すその目は正に慧眼! 相応しき漢となるには並々ならぬ努力が必要であろうが……我輩は全力でお主を応援しよう!」
「い、いやだからそんなんじゃないってば!」
「隠さずとも良い、確かな情熱は誰に恥じる必要もない! 艱難辛苦汝を玉にす! 我輩、いつでも力になるぞ!」
「わ、分かった、俺が悪かったよ! スレスタ、助けて!」
「羨ましい限りだ。出来るなら代わってくれ」
「あっ! 見て! 鎧の人がモランをイジメてるよ!」
「こらー! お姉ちゃんの目の前で何やってるの千ちゃん!」
その日は結局、案内の最後で子供たちと遊び抜いてしまい、施設について復習するのは家に付いてからになってしまった。
迎えに来た親たちからは子守を自主的にしていたと勘違いされてお礼として食材のお裾分けを頂いたり、モラン少年とは最終的にそこそこ打ち解けたりと、充実した一日であったように思う。
まだ人と繋がるようになってそう時間は経っていない筈なのだが、何故だろうか。
ここでの生活の一分一秒が新鮮で、得難いものを幾つも手に入れている気がする。
「沢山頂いてしまったな。晩ごはんは腕によりをかけて作らねば!」
「やったー! 夜も美味しいのお願いね!」
この村は暖かい。我輩はこの世界で生きていけるのだと教えられているようで、とても嬉しかった。