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夢見る鎧  作者: 鳥絵
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第四話(前編)

 我輩が村に辿り着いた、次の日の朝。

 村長は早くから姉上の家を訪れ、村の皆に紹介する際の公開する情報の最終確認などを打ち合わせると、村民に集合をかける折を伝え、村を周りに出ていった。

 どうやら元魔王軍の所属であることは伏せておくつもりらしく、昨日居合わせた大人たちに口止めを兼ねて、早朝から動き始めたようだ。

 曰く、所属していたのが数百年前で、現在は既に関係のない立場であるのなら、余計な事を伝えて不必要に不安を与えたくないという事だった。

 我輩としても村の人が気を病むのは望まない所であり、この申し出を有り難いものとして承諾。森の奥で生まれたばかりの魔法生物として、村の皆には紹介される事となる。


 しかし、それでも少々不安になる。村長の話によると、魔法生物の目撃情報自体が戦争の終結から激減しているらしく、魔獣と同じくこの辺りでは馴染みのない存在であるらしい。

 特に空鎧という種族は、おとぎ話ではほぼ魔王軍側にしか登場しない魔法生物だったようだ。故に、どうしても恐ろしい印象を与えてしまう可能性もあるのだという。

 なるべく人に対して非常に友好的であると紹介するつもりだが、それでも心無い言葉を投げかけられてしまうかも知れない。その時はどうか許してやって欲しいと、村長は言った。


 それは仕方ない、事実我輩はこの時代、この営みの中にあって異物でしかないのだから。そう伝えると村長は少し寂しそうな顔をしたが、自分たちは何があっても味方であると告げてその場を後にした。

 その言葉だけで充分すぎるほどの勇気を貰えたのだが、やはり出来ることなら仲良くしたいのだ。

 己を受け入れてくれた人たちに心配をかけない為にも、どうにか上手くやっていきたい。しかし経験も少ない我輩では、どう立ち回ればいいのかが分からない。それが不安で仕方ない。


 しかしただ待つだけであるこの身に何も出来ることなどなく、ただそわそわしながら部屋の掃除をしたり体の手入れをしながら約束の時間になるまでを過ごしていた。

 やがて朝日が明るく村中を照らし始めた頃、玄関の扉が叩かれた。少々緊張した面持ちで扉を開くと、そこには昨日の夜に最後まで残っていた狩人が立っていた。


「おはよう。村の者は先程集まり終えた。迎えに来たぞ」

「お早う! ご足労かたじけない。すぐ出よう」


 狩人と簡素な挨拶を交わし、案内されるがままに家を出る。

 村長の家の前に集合していたらしく、すでにここからでも大勢の人が談笑しているのが見えた。

 我輩は今からあの人達の前に立ち、暫くお世話になる折を伝えねばならないのだ。

 緊張で炉心が回る。少々強張った我輩の挙動に気づいたのか、狩人はすぐには案内せずに軽く世間話を振ってきた。


「そういえば、俺の名前をまだ言っていなかった。スレスタだ。宜しく頼む」

「おぉ、そうであったな。いや村長殿に名を呼ばれていたので把握はしておったのだが。話をする機会に恵まれなかったものでな。こちらこそ、改めて宜しく頼む」


 お互いに自己紹介を済ませ、視線を合わせた。つばの曲がった帽子を目深に被ったこの狩人――スレスタ殿は、あまり表情が豊かな方ではないらしく、その感情は読み取りづらい。だが、少々社交辞令染みていたとはいえ、こうしてお互いを知ると、先程よりは硬さが抜けた気がした。

 そんな様子の我輩を見て、どこか満足気にしているのだから、きっと良い人なのだろう。


「今朝はカリンを連れていかなくていいのか?」

「うむ。やはり昨日の疲れは相当なもののようだ。我輩の紹介が主であるなら、姉上は既に把握済みであるからな。休ませておきたい」

「姉上?」

「姉上だ。昨日の夜、家族になるのなら歳下である我輩が弟だろうと言われて……如何致した?」


 肩を震わせ、顔を手で覆うスレスタ殿に、もしや体調を悪くしたのではないかと心配になり話を途中で切り上げる。

 だが彼は「大丈夫だ」と一言だけ呟くと、深呼吸をした後、顔を上げて言った。


「随分と大きい弟だ。きっと村の皆も驚くぞ」

「そうであろうな……その上、人ではないのだ。姉上の顔に泥を塗らねばよいが」

「アンタなら大丈夫。俺が保証しよう」


 そう言うとスレスタ殿は、行こう、と顎で群衆を指し示し、皆から少し離れた場所に座る村長へと歩き出した。

 その背を追うように我輩も足を動かす。気づけば己の体を縛っていた緊張は幾分か緩み、いつものように滑らかに動けるようになっていた。

 まだ不安が無くなった訳ではない。受け入れられずに、行き場を失う未来を想像しない訳でもない。

 だが、村長は味方で居ると言ってくれた。スレスタ殿は仲良く出来ると保証してくれた。

 その想いが、この卑小な炉心に燃料を与えてくれる。

 どのような結果も受け止めてみせようと、強く踏み出した足で、我輩は村長の隣に立った。


 ***


 昨日あったという魔獣の注意喚起と関連付けて、村長は我輩がこの村へと至るまでの経緯を簡潔に、そして我輩が如何に無害であるかを熱心に皆の前で説明をしてくれた。

 魔獣を撃退したことや子供を保護した事などを特に強調して語った事が功を奏したのだろうか。我輩が場に現れた時に比べると、皆の目つきが多少和らいだように見える。


「俺もあんときゃ驚いたがねぇ、話してみるとこれが案外いいヤツでよ」

「カリンちゃんも随分懐いちゃっててねぇ。子供に好かれる人に悪い人はいないよ」


 人混みの中、周りの人間にも聞こえるように隣の人と会話する大人は、昨日の夜に村長の家でカリン殿の帰りを待っていた方たちだろう。

 早朝のうちに話をつけてくると村長が言っていた通り、元魔王軍であることは伏せつつ、我輩の印象を良くしようと頑張ってくれているのだ。

 また、感謝の気持ちが炉心いっぱいに広がっていく。ここに来てから我輩は、何度助けてもらったのだろう。

 今すぐにでもお礼を叫び出したい気持ちを堪える我輩に、村長は話に区切りを付けると、挨拶を促した。


「――という訳でだ。彼には王都からの調査隊が来るまでの間だが、恩返しと保護も兼ねてこちらに暫くの間、滞在して頂くことになった。皆、良くしてやって欲しい。さて、千鉄殿。あなたから何か、お話しておくことはありますかな?」


 そう言うと、村長は一歩後ろに下がり、我輩を一番前へと誘導する。

 その瞬間、今までよりも遠慮なく、群衆の視線が集中する。先程までの遠慮するような横目での視線とは違い、その値踏みするかのような目に少々気圧されそうになるが、何とか気持ちを奮い立たせ、姿勢を正して声を出した。


「お初にお目にかかる、千鉄と申す! 先程村長殿がお話した通り、我輩まだ生まれたばかりであり、ろくに物を知らぬ若輩者である! そのせいで迷惑を掛けてしまう事もあるかも知れぬが……我輩、皆と仲良くしたいと思う気持ちに偽りはありませぬ! どうか、よろしくお願い致す!」


 力いっぱい声を出し、一気に言い終えると、勢いよく腰を曲げてお辞儀をする。

 一秒。二秒。頭を下げたままの姿勢で暫く固まっていたが、返ってくるのは静寂のみ。

 なにか間違えてしまっただろうかと、焦燥感に駆られる。今のは無かった事にして、改めて挨拶を考え直すべきか。そう村長に提案してしまおうかと本気で考え始めた時、僅かに拍手が鳴り始めた

 。

 頭を上げると、その場に居たほぼ全員が手を叩いて、優しげな顔で我輩を見つめていた。

「よく頑張ったな、偉いぞ!」と言うねじり鉢巻を頭に巻いた、筋肉質の男性。「うちの倅よりよっぽど礼儀正しいじゃないかい」と笑う、恰幅のいい女性。その後ろではやんちゃそうな少年が、不服そうに唇を尖らせていた。「あれで0歳なんだろう? 大したものだねぇ」としきりに頷く年配の女性。そのどれもが我輩に対し笑顔を向けている。

 受け入れてもらえたのだ。そう思うと、途端に体の力が抜けていく。やはり自分でも思っていた以上に力が入っていたらしい。

 安堵に深く胸を撫で下ろす我輩を見て、村長は微笑むと、大きな声で村民たちへと言葉を発した。


「皆、昨日の今日で何度も集めてしまってすまなかった。そしてありがとう。今日の所は、これで集会を終えたいと思う。彼に何か聞きたいことがあれば、個人的に声を掛けてやってくれ。では、解散!」


 村長が手を一度叩くと、それを皮切りに大人たちは「頑張れよ!」や「ゆっくりしてってね」などと我輩に声を掛けて散り散りになっていく。どうやら、それぞれの生活を改めて始めるようだ。

 我輩になるべく好印象を持たせようと村長らが頑張ってくれたにしても、随分と魔法生物に大して警戒心が薄い気がする。これについて少々拍子抜けをしてしまったのを見抜かれたのか、側に来たスレスタ殿と村長が説明をしてくれた。


「珍しいお客さんなのは確かだが、魔法生物そのものを本の中でしか見たこと無いものが大半だからのぅ。あまり現実味を持てなくても仕方ないのかも知れん」

「良く言えば大らか、悪く言えば危機感がないのさ。そう驚く事じゃない。平和な証拠でもある」


 なるほど、友好的な態度を取るのであればさして気に掛ける程ではないという訳なのだろう。確かに先日見せて貰った歴史書などでも、魔王軍との戦争終結後はこれといった争乱も特に無く、現在まで安定した治世が行われているようだった。であれば、この反応にも納得がいくと言うもの。

 気負いすぎたのかも知れないと軽く反省していると、目の前に子供たちが大挙して押しかけていた。ざっと数えただけでも10人前後はいるだろう。驚いて傍らの二人に目を向けると、「子供の方はそうでもないらしい」と困ったように笑った。


「ねぇねぇ、兄ちゃん魔法生物なの? 人間とどう違うの?」

「全ての魔法生物がそうだと一概に言える訳ではないが、我輩は根っこから大きく違うな。この鎧の中からして、何も入っていないのだから」

「空っぽなんだ! スゲー!」

「なぁなぁ魔獣倒したんだって? どうやったの?」

「それほど強い種類では無かったようだ。腰に差してある刀で切るだけで霧散して……あっこら! 危ないから触るでない!」

「カリンちゃん大丈夫だった? 今どうしてるの?」

「姉上の事か。うむ、腕を少々怪我してしまったが無事で……」

「姉上!?」「えっカリンがお姉ちゃんなの!?」「ブホッ! ちょっと待て! それは私も聞いとらんぞ!」


 質問攻めの最中に飛び出した新事実に咽た村長が飛び入り参加し、その狼狽えぶりが子供たちのツボに入ったようで、場は笑い声に包まれた。

 そうして次々と飛び出してくる疑問の波に飲み込まれている内にあっという間に時間は過ぎ、気づけば太陽も真上に届こうという頃合いにだった。

 子供たちも親から昼食の合図を受け取り、ようやく周りから一人、また一人と離れていき、その場には我輩と村長、スレスタ殿の三名だけが残された。

 子供の体力は素晴らしい。帰り際、友達を昼に遊ぶ約束をしながら去っていく始末である。

 我輩もお誘いの言葉を頂けたのだが、スレスタ殿から「今日はちょっとだけ我慢してくれ」とお断りされて少々落ち込んでいた。


「我輩としては誘いを受けても良かったのだが……」

「今日はまだ初日だ。そんなに時間が掛かるわけではないが、村を案内しておきたい」

「そうだな。何も家に引きこもる訳でもないのだろう?」


 なるほど、施設の知識などを我輩に与え、村での生活をより効率的なものにしてくれる為に心を鬼にしたという事か。敢えて憎まれ役を買うその思慮深さに酷く感動し、二人の手を握り礼を言う。


「そういう事でしたか。いや、有り難い! 是非宜しくお願い致す!」

「ほっほっほ。私は何もしておらぬがな。案内はスレスタが買って出たのだよ。のう?」

「この手、暫く洗わないでおこう」

「ん?」

「む?」


 会話の流れからすると、とても不自然な言葉が飛び出した気がするが、気の所為なのだろうか。よく見ると、昨日握手をした方の手には手袋を付けていた。もう片方は素手なのに、どういう理屈なのだろう。

 村長と二人で顔を見合わせるも、鏡合わせのようにお互い首をかしげるばかりで、理解が追いついていない。となれば、やはり空耳なのだろう。


「取り敢えず、案内するのは昼飯が住んでからで良いだろう。アンタも家に戻るといい」

「おぉ、そうであったな。姉上がお腹を空かせているやも知れん、急がねば!」

「ほう? 千鉄殿は料理も出来るのかの?」

「うむ! 栄養補給は戦の要! 士気に関わる大事な娯楽! 食なら空鎧にお任せあれ!」


 腕に覚えがある事に少し気分が高揚してしまったらしく、自分でも不必要だと思うほどに大げさな動作で自信をアピールする。

 呆気に取られた様子の村長と、小さめながらも拍手で称えるスレスタ殿。

 悪くない反応を頂けた我輩は上機嫌で会釈をすると、スレスタ殿とまた後ほど会う約束をすると、姉上の家へ帰還する。


「なかなかお茶目な奴だ」

「人の事が言えるのかお前さんは」


 後ろから聞こえる楽しげな談笑を背に受けながら、姉上に振る舞う料理の品目を思い浮かべて、玄関の扉を開いた。


 ***


 居間に戻ると既に起きていたらしい姉上は、しかし不機嫌そうに眉を寄せて椅子に座っていた。

 体調でも悪いのだろうか? 浮ついた気分が一気に引き締まり、逸る炉心のままに話しかける。


「い、如何致した姉上! どこか痛むのか?」

「遅い! 何やってたの!」


 開口一番、姉上は我輩の遅参を咎められた。どうやら帰りを待ちくたびれていたようだ。

 余程お腹が空いていたのだろう。子供たちからの質問攻めを上手く捌けず、このような時間まで昼食の準備をしていなかった己を恥じる。


「すまなかった、姉上。集会で村の者たちに自己紹介を済ませておったのだ」

「集会って言っても朝早くでしょ! どうしてこんなに遅いの!」

「それが挨拶を終えた後、姉上と同じ年頃の子供たちに構われてしまってな。今の今まで質疑応答に忙しかったのだ」

「えっ? 皆とお話してたの?」

「うむ! あの年頃の子はやはり物怖じしないのだな。皆可愛い盛りであった。っと、すまぬ。すぐに食事の準備を……」


 そこまで言った所で、姉上は急に背中を向けて座り込んだ。唐突なその行動に理解が及ばず、顔色を伺おうと回り込む度に反対側を向き、まるで顔を合わせてはくれない。


「姉上? 一体何を……」

「ばかっ!」

「なんと!?」


 背を向けたまま罵られた。予想だにしない展開に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

 ここまで来たら幾ら我輩でも理解出来た。怒っているのだ。

 しかし一体何故。我輩に何か落ち度があったのだろうか。考えても答えが見えず、目の前で不貞腐れている姉上に縋る。


「姉上、一体何をそんなに怒っておられる!? 何が気に入らなかったのだ!?」

「弟のくせに、お姉ちゃんを放っておいて……もう知らない!」

「姉上!? 姉上ぇぇぇ!!」


 机に突っ伏し、いよいよ口も聞いてくれなくなった姉上に絶望し、絶叫する。

 何という事だろう、家族というものをまるで理解していない内から、致命的な失敗をやらかしてしまったようだ。

 このままでは姉上に縁を切られてしまうかも知れない。それだけは避けなければ。


 結局この後、我輩は只管謝り続けた末に、もう姉上に黙って勝手にどこかへ行かないようにと約束する事で許しを得た。

 どうやら家族、とりわけ弟というものはちゃんと姉に対して行き先を告げてから動かねばならないらしい。

 確かに報告・連絡・相談は大事な仕来りである。目下の者であれば尚更だ。

 完全に我輩に非があったと認めざるを得ない。これからはもっと家族というものを学んでいかねば。

 姉上の機嫌を直し、そのように心を改めている間に結構な時間を消費してしまった為に、その日の昼食は軽めの料理で済ませてしまったことも大いに反省するべきだろう。

 十分程で用意した料理を美味しそうに頬張る姉上を眺めながら、決意を新たにする昼飯時であった。

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