異邦人かも
続いて、質屋さん。私たちは、また、連れ立って「バンク・オブ・シックスティーン」という妙な看板のかかった店のドアを開けた。
「お、いらっしゃい。珍しいね。外人さんかい? どうぞ。お座りください」
頭の剥げた赤ら顔の男がカウンター越しに椅子を勧めた。
「まぁ、そんなところです。あの、この宝石を換金したいのですが。大丈夫でしょうか?」
「ほぉ。宝飾品じゃなくて宝石そのものというもの珍しいねぇ。どれどれ?」
男は鑑定用のルーペで、私がカウンターに置いた五つの宝石を丹念に調べ出した。
「ほぉ。傷もなく大きさも程よいぐらいでいい宝石だねぇ〜。でもねぇ。実はねぇ。私らの商売ということを考えるとね。ブランド物じゃないと、あんまり高く買えないんだよ。逆に、ブランドがあれば、ただのビニール製バッグだって高く売れるからね。全部で三万ででどう?」
「それはないわ! あのね、この方、今、お国の名前は言えないけれど、ある王国のお姫様。やんごとなき人よ。その宝石だって王国の宝らしいわ。日本円で十万円は下らないとか」
うっ、ノブコ、なかなか機転が効く。
「うーーん。分かったよ。分かった。でも、ここは日本。そうはいっても、こっちも商売でさぁ。損はできないんだよ。五万で」
ということもあって。天界予想価格で何とか宝石を売却することができた。管理人さんに今日の借金返済と、しばらくの食事代をお支払いしても、少しは余るだろう。
「ノブコ、ありがとう。すばらしい機転だったわ」
「いいえ。あれはね。イリスに代わって私が嘘をついただけ。イリスとは歳は少し離れているようだけど、いいお友達になれそうね」
「その謎かけには答えないでおくわ。でも、お友達になるなんて。もう、既に親友よ」
私は右手を出し、ノブコと握手を交わした。彼女の手は微妙に暖かく、まだ暑い季節でもないのに、ちょっと汗ばんでいるように感じた。
いったんアパートに戻って荷物を置いて、軽くお昼。ノブコと一緒にカップ麺なるものを初めて食べた。シンプルな醤油味ということだったが、私の舌には少々味が濃すぎる気がした。だから、もったいないと思ったけれど、お出汁は捨てて、カップは。某国の某アニメのように投げ捨てたりしない。ちゃんと洗って分別した。
そろそろ時間なので、アルバイト先、本当に今の懐具合だと早急に現金収入を得ないとかなり厳しい、に行くことにした。着てきたワンピの方が失礼がないと考えたのだが、ノブコの「大仰すぎる」というアドバイスに従い、買ってきたカジュアルな衣服で面接? に臨むことにした。
アルバイト先のオーナーはアキコさんの幼なじみだという。人界ではとても有名なファーストフードチェーンとフランチャイズ契約をしているお店らしい。さっきのカミムラから、さらに十分ほど歩いたところにある大きなお店とのことだが、「付き合う」というノブコの申し出は断ることにした。
「これから、アルバイトするのだし、道を覚えないと」
「じゃ、地図だけ書いてあげるから」
さっきの時間感覚から、約束の午後三時の十五分前には到着するようにアパートを出た。どう? 人界の社会人としての常識だってあるんだから! 見直した? そうでしょう。そうでしょう。
「あっ、イリス君ですね。よく来てくれました。そっちに座ってくれるかな」
お店に顔を出すと、まぁ、私の容姿は特別目立ってしまうのだろう。奥からオーナー、ケンジさんという名だ、が出てきてくれた。今はお昼時を過ぎて繁忙のピークが過ぎているようだ。がらんとした店内の奥の方の席を彼は指差した。
「アキコさんからお話は聞いたよ。うーーん。いろいろ事情がありそうで、僕としても君を雇いたいのは山々なんだけどねぇ。イリスさんと言ったかな?」
「はい」
「外国の人だよね?」
「え、ええ」
「悪い、ホントに悪いんだけど。このお店、フランチャイズ店といって、僕だけの判断で全てが決めれないんだ。最近、本部の方がコンプライアンス、コンプライアンスって煩くてってさぁ。就労ビザのない外国の人を雇うわけにはいかなくて。ごめんね。申し訳ない」
厳しいかも? とは予想していたが実質的な門前払いとは。彼に悪意はないのだろうし。どうしたものか? ちょっと癪だが、猫君に相談してみるか?
「あ、ああー。分かりました。就労ビザですね。いろいろ事情があって厳しいのですが、少し考えさせてください」
「そう! ビザがあるんなら、君みたいな綺麗な人、お店の看板にもなるしさぁ〜。是非、是非、お願いしたいんだけど。検討してみて」
「ありがとうございます」
解釈によってはセクハラにもなってしまう発言だったが、彼の表情を見ていると、善意からのお世辞だろう、スルーしておくことにした。