洋服屋論
【花詠】
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今回は、江戸川乱歩「人間椅子」です!
翌朝。結局、管理人のアキコさんからお金を借りることにした。宝飾類を買い取ってくれるお店もあるようだが、早朝から開店しているわけでもなく、ひとまず、ノブコちゃんと買い物ついでに換金してお返しするということにした。アキコさんは「朝食も食べて行け」という。食費含めて少々多めにお渡しする必要があるだろう。
霊力を失ったからなのか、地上に降りたのかは分からないが、空腹感というのはやっかいでもあり、美味しく食事をできるという意味では得難い楽しい体験でもあった。え? ダイエット? 多分、いらないわよ。そもそも、私の消化器がどうなっているのかも分からないし。
朝食はトースト、スクランブルエッグ、サラダに紅茶というメニューだった。人というものは、毎日、三回も食事という儀式を繰り返している。ずいぶん非効率的だと思うのだけれど、でも、なんだろう? この雰囲気。特別意味のある言葉を交わしているわけでもないのに、なにか、暖かい。
「イリス、さ、ん?」
「ああ、イリスでいいわ。ノブコ」
「じゃ、イリス。午前中にカミムラに行って、それから、質屋さんを回りましょう。あそこの一六銀行は、確か宝石類も扱っているらしいから」
「バイト先も紹介するけど、午前中からお昼は忙しいみたいやねん。ちょうど、ええわ、午後三時くらいに。場所分かる?」
「ああ、それは、私、今日は一日お休みだからアテンドするわ」
私は、ノブコと連れ立って家を出た。カミムラは街外れにあるらしく、ここから歩いて三十分はかかるとのことだった。今は暑くも寒くもなく散歩には好適な季節。そうだ。地上、人界には季節というものが存在するはずだ。昨日の桜をはじめ、常緑樹の青葉が美しい。今は、春から初夏あたりか?
「ねぇ。イリス。貴女、ホントにもしかして。天使? とか言ったけど、なんだかこの世界の人じゃないように感じてしまうの。ごめんね。別に変とか、そういうのじゃないのだけれど」
うーーん。どう答えたものだろうか? 天界の優先順位ルールはあるけれど、やっぱり、白を黒というような明白な嘘はつきたくない。それは、天界のルールというより、この子、ノブコへの私のシンパシーみたいな感情から来ている。うん? あれ? なんだが、何? 私は…… 迷いに迷って少しはぐらかした。
「ノブコ。天使は嘘をつかないと思う?」
「それりゃぁ天使だから、そうなんじゃない?」
「ならば、私に『貴女は天使か?』と聞けばいいだけじゃなくって?」
「うふ。謎かけかしら? 面白いね。でも、仮に貴女が天使だとして。今、貴女がそれをすぐ認めないということは、貴女は何らかのルールで『そうです』と言えない事情があるはず。で、かつ、天使は嘘を付けないというルールもある。だとしたら、その質問は貴女を追い込むことになる」
「え? ノブコちゃんって、すごい」
「こう見えても、ちゃんと気遣いはできるんだから。誘導された気もするけど、イリス、今は深く聞かないでおくわ。その方が、貴女とより深い信頼関係、お友達になれると思うから。ちなみにぃ〜。さっきの貴女の質問。もし、私がストレートに、天使か? って聞いたらどう答えるつもりだったの?」
「あはは。はぐらかすかなぁ〜って。そもそも、天使が嘘をつかない、と、証明するには、嘘をつく人全てが天使でないことを確認する必要があるって;;」
「ああ、カラスは黒いっヤツかぁ〜。ちょっと面白いけど、ずいぶんとクセ玉」
なんだか禅問答みたいな話になってきた。でも、この子はとても頭がいい。そんな会話を交わしながら、私たちは衣類の量販店ということだろうか、カミムラに着いていた。この店舗が、なぜ街外れにあるのは、よく分かる。大きな駐車場が完備されており、車で乗り付ける買い物客用ということのようだ。
実は、天界から持ってきたワンピなどに着替えが少ないのには理由がある。天界の衣服は特別な霊力が宿った布でできている。汚れることもないし、破れても少しくらいなら自動修復してしまう。アニメのキャラがいつも同じ服を着ているのは、きっと、天界の衣服を調達できたからではないかと思うのだが。
ただ、だからなんだけどね。ちょっと好みというか、人界で普段着にするには、やっぱりね。目立ち過ぎる気もしないではない。……ということもあり、部屋着兼パジャマのスウェットを二着。ええ? なんで「兼」なんだって? お金がないのよ。お・か・ね。Tシャツ、デニム、寒い時に羽織るパーカー、それから下着。どんなのかは、教えて、あげないわ。当然でしょ?
比較的安価なお店ということだったが、管理人さんに借りたお金はほぼ使ってしまった。
「いっぱい買ったわね。荷物、半分持ってあげるから」