身代わり
「その魔法って、不治の病を直すってことよね。死者を蘇生するようなことじゃない? それは、天界のルールに違反するってことに違いないわ。ならば、罰がある、貴女に。そうでしょ?」
「天使は不老不死。だから少なくとも『死刑』にはならないわ」
「ダメ、ダメ、まだ隠してるわ。イリス、言いなさい。貴女の罰はペナルティーは何?」
どうしよう。正直に言うべきなのだろうか? うーーん。おそらく、これを聞けば、彼女はノーと言う。でも、彼女には誠実であるべきだろう。
「そんな大したことじゃないわ。私を知る全ての人の記憶から、私が消えること」
「やっぱり! じゃ、私の答えはノー! でも、水掛け論をするつもりはないの。だから、このお話はこれでおしまい」
「分かったわ」
月曜日、ノブコは学校に行ったのだが、医師の予想より病状の進行が速かったようだ。昼休みに再び発作を起こして入院になってしまった。おそらく、彼女が言うように、このままでは再び家には、戻ってこれないだろう。
アキコは仕事を休んで、ノブコに付きっきり。私もバイト以外の時間は常に病室にいるようにした。少し病状が安定した日、アキコは今日は家に帰るという。妙な違和感を覚えたが、そのまま見送った。病室でノブコのためにリングを剥いていると。って、四分の一に切って剥くしかできないけどね!
「イリス。緊急連絡! 聞こえるかい?」
ハイジから。え? 基本、この種の霊力は無闇に使ってはいけないことになっている。が! それを犯してまでハイジが……。
「アキコさんが、ヤバイ! すぐ、すぐに帰ってきてくれ!」
しばらくしたら戻るとノブコに告げて、私は、慌ててタクシーでアパートに戻った。玄関を入ると。
えっ! えええええ!!
血の匂いがする。慌てて管理人室のドアを開けた。そこには、首から血を流したアキコさんが倒れていた。
「ああ、イリスちゃんか。ええか。私が死んだら、心臓をノブコにやってくれるか?」
な、何を? 私の霊力は、ほぼ元通りになっている。これくらいの傷なら大丈夫! 服が血で汚れるのも構わず彼女が切断した頸動脈に手を当てた。
「ヒール!」
私の手からは、眩く暖かい光が湧き出て、傷を包み癒していく。瞬く間に、彼女の傷は、何事もなかったかのように元通り。傷跡すら残っていない。
「あれ? 私? え?」
「もう大丈夫です。どうか、自殺などという早まったマネはやめてください」
「イリス。あんたが治してくれたんか? そうか。ジブン、天使みたいやったからなぁ〜。なんか、超常的な力あるんやなぁ〜。ありがとう。そやけど、そやけど、余計なお世話や!」
傷が癒えたアキコは饒舌に語り出した。溜まっていたものを吐き出すように。
「ノブコはな、なんやしらんけど、親、私の妹やけど、ずっとネグレクトされとってな。見るに見かねて、私が引き取ったんや。そやけど、ええ子やろ。『白銀もくがねもたまもなにせんに』や。私の宝やねん」
「私の余生と、ノブコの余生。彼女の方が短いとか不条理や。そやから、私の蝋燭をな。あの子にやるねん。ええやろ? それにな。ノブコには心臓だけやればええ。私の肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球みんな困ってる人にあげたらええ。私一人の死でたくさんの人の助かるんやったら、人類全体からみたらプラスやろ」
「いいえ。それは違うと思います。もし、自殺をした心臓をノブコさんが貰ったとして。それからの人生、彼女は幸せに暮らせますか? 貴女の彼女への想いは、彼女から貴女に対するものと同じ。大切な人の犠牲の元に生かされていると知ったノブコさんは喜びますか?」
「そやけど、人は、人は、生きててなんぼや。彼女には、まだまだ、楽しい未来が待ってるんや」
「今、超常的と仰いましたが、私には力あります。どうか、私にお任せください」
もう、隠してなんかいられない。ええい! ままよ!
「確かにあの傷が嘘のように治せるジブン。嘘を言うてるようにも思えん。分かった。信じるわ。そやけど、そんな魔法みたいなもん。何かジブンに災があるんとちゃうのか?」
「確かに人の運命を曲げるような行為は、私にとって罪に当たります。ですが、私、決して死ななないですから。少なくとも命の交換をすることはありません。ですから、私の罪については、これ以上、聞かないでください」
「そうか。本来、家族で解決すべきことを、他人に押し付けて、なんや割り切れんもんあるけど、どんなことにより、ノブコが生きることが優先する。そやから、その話、ジブンの想うままにしてや。ああ、ごめん。ジブンは他人ちゃうな、まだ半年の付き合いやけど、肉親同様に思てるで」
「私を家族にしていただけるなんて、とても嬉しいです。そのお返しと思ってください。渡世の義理ですから」
「うん? ちゃう、ちゃう。それはな。一宿一飯の恩義言うねん」
自殺は、アキコの想いが強過ぎて発作的に行ってしまったものだろう。そもそも、親族とはいえ、彼女の心臓にノブコの体が適合するかどうかも分からない。彼女は、悪い夢でも見たかのように、我に返り、また病院へ戻って行った。




