百合物語
こういうことらしい。ノブコが「ごめんなさい」をした相手。ユキオ君という子なのだが、彼は野球部のエースで女の子にもかなりモテるとのこと。今時、野球なんて流行らないかもだけど、監督の方針で、丸坊主じゃないし、結構イケメンという要素が加味されている。
要はノブコに振られたのが、痛く彼のプライドを傷つけたということ。ノブコに「証拠を見せろ」だの「お前が百合だってこと、みんなにバラすぞ」などと小学生みたいなことを言っている。ノブコも売り言葉に買い言葉で「そんなことしたら、アンタの臭いラブレター、ネットにばら撒くからね」と応戦した。
高校生のノブコだから、このやりとりが、いかに子供じみて馬鹿馬鹿しいかという点は、十分に理解している。もちろん、ユキオ君も本気ではないだろう。
「で、私が『証拠』ってこと?」
「そう。でも、これから、彼と話し合いに行くのだけれど、一対一は不安だし。『保護者』に付き添いをお願いというのは、なんだか気恥ずかしい。でも、『彼女』ならいいかなぁ〜 って」
「その理屈はよく分からないけど。了解したわ。『囚人のジレンマ』の囚人は、お互いに会えず、信頼できないから最良の選択肢を選べなかった」
「だから、ちゃんと話しなさいと?」
「そう」
「百合のお姉さんと思われちゃってもいいの?」
「全然OK。気にしないわ」
夕刻、私はノブコと連れ立って近くのファミレス。「ガス灯」に行った。少し早く着いたようで、フリードリンクだけを頼んで、私はコーヒー、ノブコはメロンソーダを飲んでいると、彼がやってきた。
野球部エースと聞いていたので、長身を想像していたのだが。確かに体格はがっしりしてはいるが、背が低い。広い肩幅にちょっと不釣り合いな眉目秀麗な頭が乗っかっている。彼はいきなり頭を下げた。
「こ、この間は、ごめん。想像もしていなかった答えを聞いて、動揺しちゃって」
何、コレ、一発で解決じゃない!
「分かってくれれば、いいの」
あっけなさ過ぎて、ノブコは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたが、鷹揚に答えた。
「あれから、君がどんな気持ちで僕にああ言ったかを考えてみた。単純な『ごめんなさい』ではなく、理由を話すことで誠意を示してくれたってことだよね? キレた自分が恥ずかしい。自分の高慢さに改めて気づいたよ。野球部でエースに選ばれて、あと一歩で甲子園。自惚れていたんだ」
「そこまで卑下することはないと思うけど。理解し合えれば、私たち友達にはなれるわ」
って、ここ、私、必要??
「って、でも、こちらさん。本当に彼女?」
私はノブコと視線を合わせた。バラしてもいいという目をしていたので。
「ああ、あ、イリスと言います。『レンタル彼女』です」
「実は、アパートにお住まいの方。ユキオ君がああいうから、ちょっとねぇ。もちろん、タダでレンタルしたんだけど」
「ああ、最初はレンタルだったけど、後々、本気とか?」
「それは、アニメのお話、現実的じゃないわ」
アレ? フォローしたつもりなのに、ノブコ、妙な表情をしているけど?
「ああ。そうだ、ちょうど良かった。今週の土曜日なんだけど、二人とも空いてる? 準決勝なんだ」
「あ、そうか! じゃ、早く帰ってコンディション整えないと」
ちょうど土曜ならバイトもお休みだ。三人は応援に行くことを約束してファミレスを後にした。
「ねぇ。ほんとに彼、アウティングなんて、トンデモを言ったの?」
「ああ、まぁ、再度、会う機会を作る方便だったかもね」
「でも、いい子みたいだし、お友達にはいいんじゃない」
「そうね」
その夜。ずいぶんと、エーデルワイスも咲いてきた。ハイジに経緯を説明していると、ちょっと意外な答えが。
「イリス。天使と人の恋は悲劇しか生まないけれど、もしかして、もしかして。ノブコの想いが君にあることも考慮しておくべきじゃない?」
「え?」
「もう。いつものごとくポンコツというか」
ああ、私に性別はないけれど、確かに人から見れば普通に女の子。うーーん。もちろん、恋愛に対する価値観の問題もあるけれど、そもそも永遠の命を持つ天使と、有限の生しかない人との恋愛って、その先にあるものは悲劇しかないのは確か。「もしも」の時には、自らの出自を明らかにする以外、方法はないのだろう。




