表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

外勤は向いていないようです

 ここで休んでろ、そう言ったはずなのに戻ってきたらレナは消えていた。あの女、どこに行ったんだ。最後に見たときは切り株が多くあるそこに座っていたと思うのだが、近づいてみると食べかけのパンが落ちていることに気付き、俺は一気に青ざめた。

 嘘だろ。少し目を離した隙に魔物に襲われたのか。悲鳴も何も聞こえなかった。何かあれば一瞬で駆けつける自信があったのに。

 幸いにも周囲に血はないようなので、怪我はしていないだろう………今は。


「………くそっ」


 後悔ばかりが沸き出てくる。こんな森に入るのも初めてだと言っていたのに、歩く速度も落としてあげたりしていなかった。きっと周囲なんか見てる暇などなく俺について来るのがやっとだったはずだ。どこでどんな風に育ってきたのか知らないが、雑草だらけでそこら中に石も岩もあり、歩き慣れていなければ相当辛かったはずだ。それに、あんな弱っちい魔物にだって驚いて震えていたじゃないか。レナが疲れていたとは言え一人にさせるべきじゃなかった。

 いつまでも後悔ばかりしていられない。探さないと。手がかりは何もないけれど。



 それから俺は、とにかく森中を走り回った。いくつか知っている魔物の巣穴はぶっ潰したし、目に入る魔物は片っ端からぶった斬った。

 もう日が暮れつつある。このままだと見つけられないまま夜を迎えてしまう。まずい。絶対怖がってるだろう。そもそもまだ生きてるかも怪しい。小さな擦り傷を治したくらいで驚いていたんだから、魔法なんてきっと使えないだろう。たぶん本当に自分の身を守れない生粋の箱入り娘だ。なんとしてでも絶対に探し出して迎えに行かないと。






 ここはどこだろう。私を捕らえた魔物は巣のような場所で開放した後、私に全く興味を示さずにどこかに行ってしまった。

 怪我はどこにもない。強いて言えば、背中というか肩の部分を鷲掴みにされていたので、じんじんと痛むが、それでもミミズ腫れ程度の痛みだ。ミミズ腫れって後から痒くなるよね。瘡蓋が。いやいや、呑気なこと考えてないで、早く合流しないと………


 いつまでも魔物の巣の近くにいるのも危険なので、とりあえず歩き始めたが、現在地も目指す場所もわからない。太陽はもうほとんど沈んでいて気温も下がってきた。足元も暗くてよく見えないし、このまま歩くのは危険だろう。どこか魔物も居なさそうな一晩休めるところを探さないと。


「? 甘い香り?」


 歩いていると甘い香りがふわりと鼻に入ってきた。そういえば、パンを食べてる途中で拐われたからほとんど食べていないんだ。携帯食だったからか、もらっておいて何だけど、あのパン硬くて美味しくなかったな。甘い香りが空いていたお腹を刺激する。なんの匂いかわからないけれど、食べられるものが近くにあるのかな。

 少し立ち止まり、寝床を探すべきか甘い香りのする方へ行ってみるか悩んだところ、腹ごしらえを優先した。ちょっと探して見つけられなかったら寝床探しに切り替えよう。幸運なのは、ソフィアさんから朝もらった水筒にまだ少し茶が残っていたこと、リオネルからパンと一緒にもらっていた水も少し残っていることだ。一晩くらいなら水分は大丈夫そう。


 甘い香りのする方へ黙々と進んでいくと葉が生い茂る大きな木があった。この目の前の木から甘い香りがするのだが、実をつけている訳ではなさそうだ。食べられそうな物はどこにもない。私が知らないだけかもしれないが。


「はぁ〜」


 思わずため息が出る。なんだよ。無駄足かよ。ここにいても仕方がないので寝床探しに切り替えよう。そう思って後ろに向き直ると、足に何かが絡み付いた。


「ん? ひゃぁぁぁあ!」


 暗くてよく見えないが、蔓が足に絡み付いていたので、払おうと屈んだ瞬間、思いっきりその足が上へと持ち上げられ、身体ごと宙吊りになった。

 なに?! 何なの?! パニックになって思わず叫んでしまったが、宙吊りのまま大きな木の方を見ると、目と口が何となく浮かび上がっているのに気付く。怖い。これ、魔物だったの?! 私、食べられるの?! 武器も何もなく、ジタバタしか出来ない私はいつまで経っても宙吊り状態から抜け出せない。助けてよ! 誰でもいいから!


アオォォォォォーン


 遠くで狼の遠吠えが聞こえた。きっと狼じゃなくて魔物なんだろうけれど。


「………っ!」


 遠吠えが聞こえたと思ったら、思いっきりそのまま投げ飛ばされた。けっこうな高さを長い飛距離で舞う。このまま地面に叩きつけられたら死なないにしても、死んだ方が楽だったとさえ思える怪我を負うだろうなと、余裕はないのに頭のどこかで考えていた。


「っ!」


 空中で何かに激しくぶつかり、そのまま落下したが、ぶつかった何かがそのままクッションになり首が多少痛むくらいで済んだ。何にぶつかったんだろう。月明かりで下敷きになったそれを確認してみると、大きな蛾だった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私、蛾も蝶も駄目なんです。見た瞬間に悲鳴を上げ速攻走り出した。どうやら空中で蛾のふっくらしたお腹にぶつかり、そのままクッション代わりにして助かったようだが、とにかくそれが気持ち悪い。おまけに素肌に鱗粉のような粉の感触がある。鱗粉が何よりも私は嫌いなんだ! 虫全般嫌いだが、蛾や蝶に比べたらてんとう虫やカブトムシ、クワガタのほうか全然オーケーだ!


 不思議なもので、あんなに鈍臭かったのにパニック状態で足元を見なくても障害物を華麗に避けて走り続けた。走っている途中で水の音が聞こえ、小川とそのすぐ近くに洞窟を見つける。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息切れをしたまま洞窟の中を覗いてみるが、真っ暗で何も見えない。当たり前か。

 小川の辺りは木があまりなく、月明かりで結構明るいので、そこで背負っていたリュックの中身を確認することにした。

 リュックの中には、携帯食、水筒、小さなナイフ、毛布、ランタン、いくつかの魔石があった。魔石持されても私には使い方がわかんないよ。

 とりあえず明かりが欲しいので、ランタンを手に取るが、スイッチを押しても何も変化がない。やっぱりこれも魔石がいるのか。中に入れるのかな。適当にランタンの中に赤い色の魔石を入れてスイッチを入れると、中で小さな魔法陣が描かれ灯りがついた。本当なら魔法に感動するのだが、今はもうそれどころではないので、灯りが手に入ったことに安堵する。使わない物はリュックの中に戻し、オレンジ色の優しい灯りを片手に、再度洞窟の中を覗いてみることにした。

 

 洞窟の入り口は広く、内部の岩肌に触れるとひんやりと冷たい。それでも外の気温と比べてちょっと暖かく感じる。何となくイメージ的に洞窟の中はジメジメしているものと思っていたが、そこはまさにその通りで高い湿度でジメジメしている。石や岩がごろごろ転がっており少々歩きにくいが、しばらく進んでも他に気になるところもないので、そろそろ休もうかと考えていると、急に広い空間に出た。


「水だ!」


 水溜りかと思ったら、けっこう深そうな地底湖だ。気づかないでドボンしないでよかった。よし、広いし、ここで休もうかな。私は地面に腰を下ろしてリュックを隣に置いた。周囲を確認しやすいように近くにあった大きな岩の上にランタンを置いた。


「ん?」


 今………………何か影が動いたような………。一瞬にして固まる。え、この空間にいるの、は私だけじゃない感じ? 誰かいる? いやいや、魔物でもいるのかな。

 私は一度置いたランタンを手に取って周囲を確認してみた。気配は感じないけれど。


「………ぬはぁ?!」


 いるじゃん! 思わず驚いて声を上げてしまったが、ほんの少し離れた岩陰に大きな狼がうずくまっていた。血だらけで近づいてもほとんど反応しないが、尻尾が少し動いているので生きてはいるらしい。かなり弱っている。この狼も魔物なんだろうな。ランタンの灯りがオレンジ色なので、いまいち正確な色合いが分からないが血で汚れていなければ白か銀色の狼ではないだろうか。

 たとえ弱っていても、万が一襲われたら私なんてあっという間にあの世行きなので、離れよう。そうしよう。私は元いた場所に戻り、椅子になるくらいの高さの岩の上に座る。地面に座っていたらすぐに逃げにくいし。


 お腹減ったな。結局、甘い匂いを嗅いで、空飛んで、走ってここにたどり着いて………何やってんだ私。まぁ、森の中をうろうろしていたことを考えたら、最終的にここに来れてよかったかな。外よりちょっと暖かいし。私はリュックから携帯食と水筒を取り出した。ベルナールさんが持たせてくれた携帯食ってなんだろう。容器がいくつかに分かれている。開けてみると、ドライフルーツ、ナッツ類、クッキー、ゼリーが入っていた。この容器にゼリー入ってたんだ………宙吊りになったり、飛んだり、走ったりしたからぐちゃぐちゃだよ。しかも、スプーンとかないけどどうやって食べるの? 手で? ふと、自分の掌を見てみる。全く気がついていなかったが、擦り傷だらけで土汚れもひどい。ゼリー状のものを手で食べるには衛生的によくないな。手を洗おう。


「………痛い」


 地底湖で手を洗うと擦り傷にしみ、洗い終わった掌を眺めて、急にリオネルのことを思い出す。そういえば、怒ってるだろうな。あの時声を上げてたら、すぐに駆けつけて助けてくれていたのかもしれない。私にパンをくれて一人にしたのだって、何かあってもすぐに駆けつける自信があったからだよね。リオネル、ごめんね。とりあえず私、生きてるから許して。さぁ、気持ちを切り替えて、ご飯の時間にしよう。


 何のドライフルーツなんだろう。黄色の丸く薄っぺらいドライフルーツを食べてみる。みかん系かな………


「!? おぇ!」


 まっず!! 何これ?! 完全に昨日と今日の朝が美味しいご飯だったから油断してた! 普通はドライフルーツって、甘味とか旨味とか凝縮されてると思うんだけど、これ………漢方薬の間違いじゃないの?! 苦すぎ!!

 それから他の種類のドライフルーツも試してみたが、物凄く匂いがきつい物、物凄く酸味が強い物、苦い物………どれもすぐに吐き出してしまった。本当に、どれも飲み込めない。お腹すいた。

 よし、ナッツなら大丈夫でしょ。口に入れてみると、硬いし、苦いし美味しくないけれど、食べれないことはない。うん、ドライフルーツは諦めてこれを食べよう。


 ナッツを黙々と食べていると、少し離れた岩陰に身を隠す狼が小さく唸った。ちょっと驚いて、思わず身動きが止まってしまったが、どうやら苦しんでいるようなので食事を中断し、狼の様子を見てみることにした。


「………大丈夫?」


 言葉なんてかけたところで分かるはずもないのに、勝手に口から出てしまう。相変わらずうずくまった状態で尻尾だけが力なくパタパタと動いていた。見たって私にはどうすることもできないのに、このまま知らないふりをするのも嫌だった。

 私は持っていた毛布を狼にかけ、背を撫でた。嫌がるかなって思ったけれど、割と受け入れてくれる。ずっと撫でていると、まるで大型犬みたいに大人しい。落ち着いてきたので、毛布をめくり、怪我の状態を見てみると、身体のあちこちに切り傷があり、後ろ足の皮膚がえぐれており、血が出ていた。グロい。

 私は上着とコルセットベストを脱ぎ、さらにシャツを脱いだ。上着を着るから中に着てるシャツが破れていたって、ぱっと見わからないだろう。シャツをナイフで切り込みを入れ、そのまま手で引きちぎり簡易的な包帯を作る。

 狼の後ろ足に巻きつける前に、昼にリオネルからもらった水筒の水を傷口にかけ、汚れを洗い流し、包帯を巻いた。傷口に水がしみて痛かったのか、少し暴れて腕に噛み付いてきたが、弱っていたのもあり、あまり痛くもなかった。………嘘。本当はちょっと痛かった。


「あ、ゼリー食べる?」


 人間の食べ物をあげていいかわからないけれど、栄養つけたほうがいいし。私は立ち上がり容器に入ったゼリーを持ってきて、狼の口元に近づけた。噛む力も必要ないし、ゼリーなら食べられるだろう。

 狼は匂いを嗅ぐと、一口舐めた。すると気に入ったのか、身体を起こし、夢中で小さな容器のゼリーを食べ始めた。よかった。少しだけ元気になったみたいだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ