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初仕事は業務外

 結果的に、私はもうこの世界で生きていくしかないらしい。目が覚めてもいつもの自分の部屋の景色ではなく、昨日初めて足を踏み入れた寮の小さな部屋だった。昨晩結構思い詰めて眠りについたが、朝を迎えたら覚悟を決めるしかないと思った。もうどうにもならないみたいだし。不可抗力でここに来たけれど、いっそ人生リセットする気持ちで生きてみよう。今までの私を知る人間なんて、ここには誰一人いないし!


 今が何時かなんてわからないけれど、目が覚めたので朝の身支度を済ませる。あ、メイク道具とかないじゃん! 29歳女性にすっぴんで外に出ろってか………………流石にそれはキツいよ。すっぴん見られて他人にどうこう言われることよりも、休日でもないのにすっぴんで過ごす自分を鏡で見る度にげんなりすることの方が問題だと思う。多少なりとも綺麗にしたい。化粧は女の武装と同じ。だけど悩んだところで、もはやどうしようもないから諦めよう。幸い、肌の調子はいい。


 昨日届けられた衣類の中から、白いシャツとミニ丈のラップ風スカート、コルセット型ベストを選んで着替える。スカートとベストはセットなのか、どちらもワインレッドで統一されていた。今日は何するかわかんないし、普段着ではないけれど仕事しやすい格好にしたつもり。届いた中にはトレンチジャケットも入っていたので、それも外に出る際に着ていけるよう玄関に用意しておく。


「レナー! 迎えに来たよー!」


 ちょうど玄関に上着を置こうとしたあたりでソフィアさんの声が聞こえた。すごいタイミングだな。私はドアを開け顔を出した。


「おはようございます。今出ますね!」

「おはよー! 待ってるから、準備ができたら出といでー!」


 たぶん私の方がソフィアさんより年上なんだろうけれど、なんていうか………やっぱり姉御感が強い。私は上着に袖を通しながら編み上げブーツを履いて外に出た。


「もういいの? あれ………レナ、化粧は?」

「何も道具を持っていないので、今日はこのままです。見苦しいかもしれませんが、宜しくお願いします」

「そんなことないけれど、昨日より幼いね! じゃ、サザンカ行こっか!」

「はい、お願いします」


 ソフィアさんはニカっと笑って馬車に乗せてくれた。笑顔が眩しい。


「朝ご飯食べてないんじゃないかと思ったから、よかったら椅子に積んでるパンとお茶もらって!」

「え?! ありがとうございます!」


 なんて気の利く人だろう。椅子の端に布で包まれたくるみパンと水筒に入ったお茶を頂いた。パンの外はカリッとしているが中はふわふわでくるみの食感がたまらない。しかもパンの中にはクリームチーズが入っている。美味しい。本当にここでの食事は、今までいた世界とあまり変わらないのではないだろうか。まだ食事の回数も然程ないのに、そんなことを甘く考えてしまう。


「ソフィアさん、美味しいです!」

「よかったー! わたしのお気に入りの店なのよ! 今度一緒に行きましょう!」

「はい!」


 馬車にゆられ、美味しいパンを食べながらサザンカへと向かった。





「とうちゃーく!」

「ありがとうございました」


 サザンカの前に着き、馬車から降りる。入口の前には、紺色にチェック柄のジャンパースカートを着た可愛らしい女性が立っていた。着ている服も可愛いが、両耳あたりで結われた波打つふわふわの長い赤毛も目を引く。歩いて近づいてみると、やや気の強そうな顔をしているが、長い睫毛はしっかりと上を向いており、唇は艶やかなピンク色をしているのがわかる。


「おはようディルナ! そんな所で何してんの?」


 御者席から降りて、一緒に入口前まで来たソフィアさんは赤毛の女性に話しかけた。


「ふん。あんたに関係ないでしょ」


 ………え? そんな返しなの。


「相変わらず嫌感じだなー! ま、いいんだけどさ! ギルド長は?」

「中にいる。呼びに行く気はないから、勝手に入って」

「わかった! 今はサボってても、後でちゃんと仕事しろよー」

「うるさいわね」


 どれも素っ気ない返事しか返ってこないが、ソフィアさんは全く気にする様子もない。ちょっとおおらか過ぎる気がするけれど、2人の間に今までどのような歴史が築かれてきたのか私は知らない。


「あ、レナを紹介しないとね。昨日ギルド長が異世界から召喚した………」

「レナと申します。宜しくお願いします」

「ふーん。よろしくー」


 ソフィアさんが紹介してくれたので、私もそのまま名前を名乗るが、目も合わてもらえないし、名乗ってももらえなかった。


「レナ、この女はディルナっていうの。典型的な庶民を見下す貴族よ。まぁ、貴族だけどサザンカで働いてる職員なの。歪んだ性格してるけど、仲良くしてやって」

「は、はい」

「は? 歪んでないし、暇だからここで働いてあげてるだけだし」

「じゃ、レナ中入ろっか」

「………はい」


 最後はディルナさんを無視してサザンカの中に入った。見た目は可愛らしいのに残念な性格だな。何も知らないけれど、貴族ってやつは素直に育つのが難しいのかもしれない。幼少期に色々あったのかな。


 サザンカの中に入ると受付ブースにはベルナールさんと背の高い黒髪の若い男性がいた。人手不足だからギルド長が直々に受付業務しているのかな。この光景を見てしまうと、ディルナさんがなんで外で立ってたのか不思議でならない。本当に堂々とサボってたのかな。


「おはようございます。ベルナールさん、昨日は衣類と夕食とありがとうございました」

「レナさん、おはようございます。いえいえ、お気になさらずに」


 とりあえず、挨拶とお礼を済ませたが、ベルナールさんと黒髪の男性との会話を邪魔してしまう形になってしまった。


「お話中だったのに、すみません」

「いえいえ、大丈夫です。先にレナさんとお話をしましょう。奥へどうぞ」

「え、いいんですか?」


 なぜか客らしい男性を後回しにするが、大丈夫なのだろうか。


「じゃ、私は戻るよ! レナ、またね!」

「はい。ありがとうございました」


 ソフィアさんも帰り、私はベルナールさんに連れられ受付ブースから奥へと進み、書類が乱雑に散らばる部屋へと案内された。もはや机がいくつ並んでいるかも分からない程に書類が広がっている。ここまで酷いと、どこに何があるか把握出来ないと思うが、大丈夫なのだろうか。


「まだ一晩しか経っていませんが、その後はどうですか? ゆっくり眠れましたか?」

「はい。頂いたお夕飯を食べてから、すぐに布団に入りました。今までと環境が大きく変わりましたが、寧ろぐっすり眠れました」


 目が覚めて眠れないかも………と、少しは思ったけれど、寧ろ疲れてぐっすり眠れたわ。


「それはよかったです」

「食べ物も美味しかったですし、頂いた服も靴もサイズがぴったりでした。ありがとうございます」

「実は召喚した私にしかレナさんの書く文字が読めないので、初めに書いて頂いた書類をもとに他の方にサイズを伝えて用意させた物なのです。合って何よりです」

「………………もしかして、私って文字の読み書きから始まるんでしょうか」


 召喚したベルナールさん以外、私の書いた文字が読めないって………大変な事態だよね。私は恐る恐る机に広がる書類を見てみた。字が読め……………


「ん? 読めるぞ」


 思わず口調が変わってしまったが、書類の文字は読めてしまった。


「出張届け………こっちは依頼内容………」

「レナさん、読めるのですか?」

「………読めますね」


 あぁ、よかった。けっして書けない言語なのに読むことは出来るというこの不思議な感覚。やっとファンタジー現象を体感した気がする。今更他の言語を勉強するとか本当にやる気でないから助かった。散らばる書類から目を離し、ベルナールさんの方を見ると、目を見開いでこちらを凝視していた。


「レナさん! やはりこのサザンカで働きませんか?! 書類が読めるのなら、まず問題なく働けるでしょう!」

「………」


 ベルナールさんの圧が強過ぎて単純に怖い。でも、もともと今日の朝目が覚め現実を受け入れた時点で決めていた。


「とりあえず、私もここで働きたいと思います。昨日魔力がないって判明しましたけれど、それでも大丈夫で………」

「大丈夫です! 問題ありません! 早速ですが、仕事をお願いしても宜しいですか?!」


 仕事振るの早くないか?!


「この世界での知識も常識もない私に出来ることなら大丈夫で………」

「大丈夫です! 問題ありません! 一緒に森に入ってもらうだけのお仕事です!」


 森に入るって………本当に大丈夫なのか?!


「いやぁ、レナさんが入ってくれて本当によかった。ディルナ嬢も常連の依頼主への挨拶回りで出掛けてしまったので」

「え………」


 さっき外で突っ立ってたけど。


「あ、もちろん普段は事務職員として、レナさんに勤務してもらいますが、今回だけ特別業務ということでお願いします」

「え………」

「それでは、受付へ戻りましょうか」

「………はい」


 なんだか勢いで流されてる気がするけれど大丈夫かな。不安がこみ上げてくるが、昨日ここに来たばかりであることは、ベルナールさんが一番よくわかっているはずなので、このまま流されてみよう。まぁ、悪いようにはしないでしょ。普通は。


 受付に戻ると、壁に寄り掛かった黒髪の男性が腕組みをして待っていた。


「お待たせしました。では、これより戦闘技能昇格試験を行います。監視員としてサザンカのレナ職員が同行します」


 え、私………急に試験の監視員なんてさせられるの? しかも戦闘技能って、なんだか危なくない? 私でいいの? 何もわかんないよ?!


「………女かよ。で、試験内容は?」

「試験内容は、西の森にある水晶花の採取です」

「なんだよ、それだけ?」


 それだけ?って思うなら、この人にとっては簡単なのかな?


「水晶花は大変貴重な花です。1年森中探しまわっても見つけられないことがあります。何より………見たことありますか?」

「………ない」


 ないのかよ! てか、1年かかっても見つけられないって、私いつまでこの人に同行するの?!


「あの、同行する私からも伺いたいのですが、期限は?」

「明後日の朝までとします。見つけられなかったら、また試験を受ければ良いだけのことですから」

「は! すぐ見つけてやるよ」


 なんなんだろう、この人。この舐めてる態度が腹立たしい。まぁ、きっと若いんだろうな。うわ、肌ピチピチじゃん。羨ましい。というか、ものすごく綺麗な顔してる。綺麗な二重で黒目が大きく目力があり、鼻筋も通っていて、唇の形も良い。芸能人にいたら間違いなく売れてるわ。


「簡単に考えているでしょうが、監視員は森に入ったことのない女性です。彼女を守り切るのも試験内容にもちろん含まれています。大きな怪我をさせるのも死なせるのも失格要因です」

「ふーん………でも先日やった同じ試験って、監視員はテオドールだったんじゃねぇの?」

「!」


 怪我とか死ぬ可能性がありそうな言い方が大変怖い。就職する前に給料とか手当てとかちゃんと聞いておけばよかったな。しかも黒髪男性からそう言われて黙ってしまうってことは、今現在同行出来る職員がいないから、急に入った私をあてがって、それっぽく理由付けしただけだよね。絶対。


「………なぜ、それを」

「なんで俺の試験だけ監視員が面倒な女なんだよ」

「………………いいから早く行きなさい!」

「はぁ?!」

「いいから! 早く採取しに行きなさい!」


 ベルナールさんは顔を真っ赤にしながら、ぐいぐいと黒髪男性の背中を押して外に押し出した。仕方がないので私も後を追いかける。本当に今、不安しかないんだけれど………


 こうして私は、新しい職場での初仕事が特別業務となった。

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