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入寮します

 寮の玄関は靴入れがあり、履いていたオフィスサンダルを脱いで置いてあったスリッパに履き替えることができた。然程歩いたわけでもないのに足が浮腫んでいたのか、履き替えたスリッパの底のクッションが気持ちいい。玄関を抜けるとリビングで、中央に大きめのローテーブルがあり、その左右にソファが置いてある。天井が高く外から建物を見た時よりも広く感じた。明るめのフローリングにはワックスをかけて間もないような艶がある。滑らないように気をつけよう。


「リオ君はいないようです」

「………そうですか。あの、そのリオさんって方に、私が寮に入ることちゃんと伝えておいて下さいね」

「もちろんそのつもりです。ただ、リオ君が寮に帰ってくる前に私も会えるかどうか………」

「? ギルドに帰ったら会えるわけではないんですか?」


 ギルドの寮に入るってことは、ギルド職員さんなんだよね? 例えば内勤じゃなくて主に外勤の職員で、出先から直帰するから会えないってことかな。


「リオ君はサザンカにいることは少ないので、今日はもう会えないかもしれません。念のため、簡単に事情を書いた手紙をレナさんに預けておきます。もし帰ってきたら様子を見て渡して下さい」

「………わかりました」


 ふ、不安だな………。もし私が逆の立場なら、誰もいないはずの家に、他人がいるの耐えられないよ。


「それでは、レナさんはこちらの部屋をお使い下さい」


 リビングの左右の壁にドアが2つずつあり、それぞれ部屋に続くようだ。私は左側奥の部屋を案内され室内に足を踏み入れた。シングルのベッドが1つあり、脇にはサイドテーブルが置かれている。その他にタンスと、小さな机と椅子が1組あった。


「ありがとうございます」

「後ほど、今日の夕食と一緒に、衣類を少し届けさせます」

「わかりました。ありがとうございます」

「ご要望があれば伺いますので、明日お会いする時にでも何かあれば教えてください。それでは、台所と浴室を案内しましょう」



 リビングに一度戻り奥へ進むと、ダイニングキッチンがあった。2人以上一緒に台所に並んでも問題ないくらいの広さだ。台所の手前には大きなダイニングテーブルがあり椅子が6脚並んでいる。


「………これは、もしかして冷蔵庫?」


 台所の横に私の身長くらいの大きさの木箱があった。見た目は木箱ではあるが、取手があり、私の知る冷蔵庫に姿形が似ている。思わず取手を掴み、中を開けた。


「ええ、冷蔵庫です。まぁ、リオ君は自炊しないでしょうから、ほぼ空でしょう」


 ベルナールさんの言う通り、中には腐りかけの赤い果実が一つだけ転がっている。リンゴというよりはプラムに近い風貌だが、食べるべき時期を過ぎた残念な果実だ。この冷蔵庫がどのような構造かなんてわからないが、ひんやりした空気を感じた。


「台所ですが、ここを捻ると水が出ます。お湯が欲しい時は隣のここを捻って下さい」

「はい………………私がいた世界とあまり変わらなくて驚きました」

「そうですか! レナさんの他にも過去に異世界から来た人間はいましたから、生活にかかわる品々で馴染みのあるものがもしかしたらあるかもしれませんね」


 なるほど、過去にもいたのであれば、ありうるかも。日常的に使っていたものは、なかなか手放せないし。

 この後にコンロと浴室、洗濯方法などの説明をされたが、本当に私の知る見た目、使い方と大差がなかった。やっぱり、過去に召喚されたのは人達の影響なのかな。聞くところによると、どれも魔石が使われており、稼働しなくなった時は、魔石の中にある魔力切れらしいので、交換が必要らしい。商店街に行けば魔石商があるので、交換時に付き添ってくれるらしい。


「それでは、私はそろそろサザンカに帰ります。先程も言いましたが、夕食と一緒に衣類も届けさせますので、お受け取り下さい」

「はい。ありがとうございました」


 ベルナールさんが帰り、広い寮の中でひとりぼっちになった。………何しよう。召喚されたのは仕事中だったので、携帯電話も持っていなかった。持っていたところで何も出来ないだろうけれど。暇なのでまた一通り寮の中を見て回ったが、先程ベルナールさんと見た後なので、結局すぐにリビングに戻ってきてしまう。本でもあればいいのに。でも、読めるのかな。ソファでしばらく考え込んでいると、そのまま目を瞑りいつしか眠っていた。


「失礼しまーす」

「?!」


 突然若い男性の声が聞こえて飛び起きた。声のする方を見ると、玄関からだ。もしかしたらベルナールさんが言っていた夕食と衣類が届いたのかもしれない。私は急いで玄関へと走った。


「レナさんですね? サザンカのギルド長からのお届けものです!」

「はい!」


 玄関まで行くと、ドアが開かれ既に荷物が中に置かれている。衣類が入っているであろう箱は床に置かれ、緑色のキャスケットを被った配達員は赤い布に包まれた何かを持っていた。弁当かな。


「こちらはノートン弁当です!」

「ありがとうございます」

「床に置かせて頂いたお荷物、割と重いので中に運びますね」


 配達員は弁当を私に手渡すと、床に置いていた箱を両手で持ち上げ、リビングまで運んでくれた。


「ありがとうございました」

「いえいえ! 今日最後の配達先が綺麗な女性でこちらも嬉しいです! 良い気持ちで帰れますよ」

「………………」


 急に思いもよらないお世辞を言われ思わず固まってしまった。言い放った本人は、ニコニコしながらこちらを見ている。私より少し背が高いくらいの小柄だが、なかなか可愛い顔をした若い男性だ。


「あ、レナさん! 鍵空いていましたから施錠するよう気を付けて下さいね! それでは失礼します!」

「は、はい。本当に、ありがとうございました」


 配達員は丁寧にドアを閉め出て行った。はきはきと元気で気遣いもできるし、お世辞までくれるなんて、若いってすごいな。もちろん、言われた通り施錠した。


 私は弁当をダイニングテーブルに置き、衣類が入った箱を開ける為リビングに戻った。中を開けると、シャツやブラウスの他にワンピースがあり、スカート、パンツ他にも色々入っていた。衣類をそれぞれ広げ、身体に合わせてサイズを確認するがどれもぴったり。衣類の下には靴があり、パンプス、スニーカー、ロングブーツの3足を用意されており、履いてみたらこちらもサイズが合った。届いた物の確認が終わったら、自室のタンスと玄関に収納した。


 よし、そろそろ夕食にと頂いた弁当を食べよう。私はダイニングテーブルに行き、弁当を包む赤い布を広げた。たったそれだけで食欲をそそる匂いが広がり、無意識によだれが出てきた。


「美味しそう………」


 弁当箱は3つに分かれ、サンドイッチ、スープ、おかずの構造になっていた。湯気が立ち上るスープは、飲んだ瞬間に野菜と肉の旨味が口の中に広がる。根菜が多く入っていてまるでポトフだ。サンドイッチは塩味が効いたベーコンと葉物野菜、トマトのような酸味と甘味のある野菜を柔らかいパンで挟んでいる。見るからに美味しそうだったし、頬張ってみても当然美味しかった。おかずには、中にとろとろのチーズか入った大きなハンバーグに、付け合わせとして甘く味付けされた人参、塩とバターを身にまとう芋だった。異世界で今後何を食べることになるのかと多少覚悟していたが、今まで食べてきた洋食と同じような物で、弁当の中身は何を食べても美味しかった。


 食べ終えた後すぐに弁当箱を洗い、特にすることもないので浴室へ直行する。湯船に浸かると、緊張疲れが一気に身体に広がり、眠気が襲ってきた為、上がった後はすぐに自室へと戻って布団に入った。


 ………………疲れたな。帰りたい。社会に出て仕事しかしてこなかったし、別に楽しみもないし、やりたいことだって特にはないけれど、今はとにかく帰りたくて仕方がなかった。

 このままこの街に住むかどうか、あのギルドに就職するかどうか………正直、先が見えなくて悩むことさえ意味がわからないと感じる。

 カーテンの隙間から入る月明かりを見ると、目に溜まっていたらしい涙が重力に従い流れた。つい先程風呂に入ったばかりなのに足先が冷たい。明日になったら、私はどこにいるんだろう。いつものやかましい目覚まし時計が鳴ると信じることにする。

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