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人手不足

「外に出ましょう」


 そう言われ、私はお爺さんについて行った。今まで過ごした応接室は建物の2階に位置しており、廊下に出てそのまま階段を降りる。降りた先に鏡が壁にかけられていて、後ろで編んでいた長い髪が崩れていることに気付いたが、見なかったフリをしてお爺さんを追った。いくつかある部屋を素通りして、そのまま会社の窓口のような受付ブースから外へと出た。


「山田さん、改めてプルメリアへようこそ」


 外に出ると緑の木々が建物を囲むように生えており、風が吹いて葉の揺れる音が心地良く響いた。建物は岬に位置しているらしく、先程は水面がちらりとしか見えなかったが、どうやら周りは海のようだ。水面からは離れた高い陸地で崖のようになっているようだが、木々で囲まれているので危険な感じはしなかった。

 建物に振り返ってみると、2階建ての西洋風な屋敷で、外壁は赤茶色をしているが窓枠が黒いからか引き締まって見える。いくつかある窓に人影が見えたので、働いている人が中にいたのだろう。


「あの………結局、ここはどこなんですか?」


 ようこそ、と言われても反応に困った。プルメリアってなに? 建物の名前? 私が先程までいた会社じゃないのはもうわかっていたが、そもそも日本でもないだろう。いっそのこと「異世界です」と言ってもらったほうが心がすっきりしそうだ。


「そうですね。まず、ここはアークライト王国のプルメリアという街です」

「………は、はい」


 思った通りではあるが、本当に聞いたこともない横文字の名前に動揺する。やっぱり日本じゃないよね。まぁ、日本のこの辺だよって言われたとしても、どのみち理解に苦しむだろう。


「そして、この建物はサザンカというギルドです」

「………ギルド?」


 なんか聞いたことあるぞ。オンラインゲームとかによく出てくる単語だよね。その程度しかわからないけれど。


「平たく言えば、顧客から依頼を受け、ギルドの登録者に仕事を紹介し、仲介料を貰って成り立つ組織です」

「………はい」


 ハローワークみたいな感じ? 派遣会社みたいなもの? いや、とりあえず考えるのは後にしよう。


「自己紹介が遅くなりましたが、私はサザンカのギルド長、ベルナールと申します」


 お爺さん、偉い人だったんだ。太陽に照らされたお爺さんの光沢感ある深緑色のシャツが、より輝いて見えた。


「山田さん、あなたをこの世界に召喚したのも私です」

「………………召喚………ですか」


 私、召喚されてここに来たんだ。ファンタジー過ぎて戸惑う。単純になんで私が召喚されたのか疑問だ。


「あの、何の為に召喚したんでしょうか? そもそも召喚したのは私ですか?」


 お姫様が拐われたから勇者を召喚したつもりだったとか、魔王に滅ぼされそうだから勇者を召喚したつもりだった………とかで召喚されていたとしたら、とんだ期待外れだよね。どうしよう、そんな理由だったら。


「人手不足なのです」

「人手不足? なんの?」

「ギルドの」

「………………ギルド………の?」


 え? ギルドの人手不足で………召喚したの? わざわざ? 異世界から?


「あの、ここにはあまり人は住んでいないのですか? 人口が少ないから、働ける人間も限られ、ギルドで雇える人も少ない………ということですか?」

「いえ、人口が極端に少ないわけではありません。募集すれば来るでしょうけれど、離職率が高くて困っていたんですよ」


 どうしよう、全然理解出来ない。そんなことで異世界からわざわざ召喚しちゃうって何? あ、でもそんな理由で召喚しちゃうってことは、ここで働くことをお断りしたら、割と簡単に元の世界に戻してもらえるのでは?


「あなたは、召喚した私をここで働かせるつもりなんですよね? ですが、お断りしたいです。元の世界に帰らせて下さい」

「残念ですが、それは出来ないのです」

「なんで?!」


 思わず敬語がどこかにいってしまう。私、帰れないの?


「召喚は簡単には出来ません」

「簡単に出来ないのに会社の人手不足で召喚しちゃったの?!」

「まず、召喚出来るのは召喚術を代々受け継ぐ一族の人間しか出来ませんが、私がその一族の末裔です。そして、召喚には膨大な魔力が必要となります。私は、約50年の時を魔力を使わずに生活し身体に溜めてきました。そして今日、あなたを召喚したのです」

「………えーと、つまり、私が元の世界に帰るには、あなたに50年分の魔力をまた溜めてもらわないといけないってこと?」


 50年待つって………私は今年で29歳だから、50年後は約80歳。マジか………………そんな歳で元の世界に戻ったって生活出来ねーわ。そもそもこのお爺さん、ベルナールさんだっけ? いくつなの? 50年後はこの人何歳なの?


「50年分の魔力を溜めたところで、あなたを元の世界には送れないでしょう。私は召喚しか出来ませんので」

「………………あの、しれっと言ってるけれど、わかってます? 私にも生活があって、家族がいて、友人や恋人………………はいないけれど、とにかく簡単に許されることではありませんよね? 会社の人手不足で、全く無関係の異世界の人間召喚しちゃうって何なの?! 他人の人生馬鹿にしているとしか思えない! 自分の都合で召喚しておいて元の世界に帰せないって勝手すぎるわ!」


 言い始めたら頭に血がのぼって声も大きくなってしまう。ベルナールさんは私と目も合わせられずに俯いている。


「山田さん、申し訳ありません」

「………………」


 目の前にいるベルナールさんは頭を下げた。謝ってもらったところで何も解決しないし、下げられた頭を見ると、こちらも諦めるしかないんだと思い知らされる。少しばかり涙目になった。


「ここに来て急にギルドで働いて欲しいというのも、確かに虫がよすぎますね。今まで暮らしていた場所とは何もかもが違うでしょうから、数日はお好きに過ごして頂こうと思います。そして、あなたがここで働きたいと思える場所、もしくはこの街から出て王都や他の街にへ行きたいと思うなら、そのようにしましょう」

「そうして頂けるなら………今後のこと、宜しくお願いします」


 ベルナールさんは頭を上げ、そう提案してくれた。行き場のない怒りはまだあるが、とりあえず、私がこの先どうしたいか考える時間が出来たのでほんの少しだけ安心する。世界が違うのだから、衣食住全てが違うのだろう。改めて今後のことを考えると、今の私には住む家も生活する為のお金もないんだと気付く。こんなことなら残業ばかりせずに、欲しいものは我慢しないで買って、美味しいもの食べまくっておけばよかったな。


「今日は私が街を案内しましょう。他に人もいないので」

「………ありがとうございます」


 本当に人手不足なんだな。まぁ、召喚したのはあなたなんだから、社長だろうが何だろうが案内くらいしてくれないと割りに合わないわ。今の私に頼れる人なんて誰もいないし。


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