魔王、異世界人を召喚する
「魔王様。召喚の準備が整いました」
「…そうか、遂にか。ご苦労だったな、クレイ」
ゆらゆらと手元の葡萄酒を揺らしながら微笑めば、我が忠実なる部下・化け鴉のクレイは恭しくこうべを垂れた。
「光の魔力を持つ忌々しい勇者たちも、彼らを後押しするオルフェーヴル王国の国力もかなり疲弊してきています。この度、異世界人の召喚が成功した暁には、魔王軍の勝利はもはや盤石のものとなりましょう」
燕尾服をきっちりと纏い、くちばしに片眼鏡を引っ掛けたクレイは身内の欲目を除いてもなかなかに雄々しく、それでいて愛らしい。黒々とした羽毛には白が目立ってきているし、鳴き声もかなり渋くなったが、百年以上も側に置いているから当然だと思う。
「お前には随分と長い間、使役してもらったな」
すまなかった、と呟くと、クレイは照れ臭そうに目を細めて笑った。
「何を謝っておられるのです、魔王ソル様ともあろう方が。それに私は今日を以て参謀の任を解かれますが、しばらくは後任の教育係を勤める予定でございます。異世界から来るということですき、色々とフォローも必要でございましょう」
「ああ。何せ闇の魔力で別世界の生き物を喚び出すなんぞ、初めての試みだからな。だが、伝説によれば異世界人---チキュウジンがこの世界に生まれ落ちると、恐るべき魔力や想像もつかないスキルを持つらしい。友好的な関係さえ築くことができれば、我らがブレインとして即戦力になってくれることだろう」
そんなことを話しながらクレイと共に大広間に向かうと、
床には禍々しいモチーフの魔法陣がいくつも描かれ、黒曜石でできた燭台が蝋燭の炎を受けて妖しく光っていた。
もう久しく着ていなかったローブを羽織り、呼吸を整える。
いよいよ、だ。
待ち望んだ時が来た。
詠唱を唱えると、魔法陣が錆色の光を放ちながら空中に浮かび上がった。掲げた腕から魔力が根こそぎ持って行かれそうで、歯を食いしばる。燭台の蝋燭は全て消え、さらに不気味な暗さを増した空間で
クレイが心配げにカァ、と鳴き声を上げた。
「どうか…どうか、我らを統べるにふさわしい者を!我が軍に新しい風を…!」
魔法陣からぶわぁ、と光が漏れ出す。
そしてその光が収まると---そこには、ひとりの少女が呆けた表情で座り込んでいた。