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六話 夢か現実か

かたい地面に顔面から落っこちた。

衝撃と痛みで眼前に光が散った。


「いっ…。」


悶絶していると、背後から頭を鷲掴みにされ、上体が持ち上がった。脳天が締め付けられ、目玉が飛び出てしまいそうだ。


「うげ…あ…。」


うなじに、生暖かい吐息がかかり、鳥肌 がたった。夏場の時間が経った生ゴミのような匂いが漂ってくる。背後にいるのが牛頭の怪物だと、姿が見えなくとも悟った。

あたしの頭を握る怪物の大きな手を、両の手で掴んだ。漆喰の壁のように、かたくざらざらとした感触。

爪を立てようとしたが、未だ麻酔が残っているのか自由がきかず、力が抜けて腕からだらんと下へたれてしまった。

亡骸とはいえ、目の前で自分の赤ちゃんが喰われてしまうだなんて、やるせない。

頭を締め付けられる痛みと憎しみの激流にもまれて、今にも気がふれそうだ。

げへげへと、怪物の下品な笑いが聞こえてくる――。



****



「瑠奈、帰ろうか。」


母が、ベッドに横たわるあたしの手を両の手で包み込みながら言った。


「あ、れ…。」


牛頭の怪物は?


辺りをきょろきょろと見回すが、怪物など、いない。四人分のベッドがある病室だ。あたしと母しかいない。

夢だったのか?

さっと、急激に頭が冴えていく。ああ、そうだ、手術終わったんだ――。

それにしても生々しくて、おぞましい夢を見ていた。まるで目の前で惨劇が繰り広げられたのが事実の如く鮮明に思い出される。しかし、本当に眠っている間に済んでしまったようだ。


母がカバンから、小さなペットボトルを取り出し、あたしへ差し出した。少しレトロなラベルの、ヨーグルト風味炭酸飲料。昔からあたしはこれが好きだ。


「…ありがと。」


素直に受け取り、すぐさま開栓し口を付けた。

微炭酸が渇ききった喉を抜けていく。口の中にわずかに残るヨーグルトの甘味が懐かしい。

どんな気持ちで、母はこれを買ったのだろう。そんなことを考えたら苦しいのはわかりきっているのに、考えてしまう。

あたしはきっと今、世界で一番の親不孝者だと真剣に思う。


「気分は、どう?」


母に尋ねられた。

なんだか胸がむかむかしているが、これは麻酔の影響なのか、それともつわりが残っているのか。


「うん、平気。」


傷ついている素振りや不調をみせたら負けなような気がして、そう答えて笑ってみせた。

上体を起こすと、ぐうと腹が盛大に鳴った。母が微笑む。


「あら。…ご飯、食べて帰ろっか。そうね、トンカツなんてどうかしら。」


「うん、いいね、お腹ぺこぺこ。」


まるで小学生のように、手を合わせて喜んでみせた。


「もう先生が、帰っても良いって仰ってたから、帰りましょうか。」


あたしは頷いた。


母の表情は、どこかすっきりしたような、嬉しそうにも見えた。あたしも笑顔を貼り付けて、意識して明るく努めた。

母は、あたしが「子ども」に戻って安心しているのだろう。


ずいぶんさぼってしまいました。

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