二話 惚れた弱み
高校入学と同時に始めたカフェのホールアルバイト、客として来店した一人の男性に、あたしは心奪われた。眼鏡の奥の切れ長の目、よくとおった鼻筋、しゅっとした顎、スーツによく似合う、整髪料で固めた髪――。何度か店で見かけるうちに、気づけば彼を目で追うようになっていた。声をかけたのもあたしの方だった。
昔から、年の近い異性には興味がなかった。初めに恋したのは、友達の父親。次にときめいたのは、中学校の担任教師。いずれも眺めるだけで終わった。あくまで考察にすぎないが、片親の家庭で育ったために得られなかった父親からの愛情を、歳上の男性に求めているのではないかと思う。
でも、今なら間違いなく言える、未成年に手を出す男にまともな奴はいないと。やめておけと。
近所のハンバーガーショップで時間を潰すのにも限界を感じていた午後八時頃、やっと志摩さんと連絡がついた。ほっとした。何も注文せずに長時間居座るわけにもいかず、細身のフライドポテトをちびちびと口へ運び続けていた。店内に充満する油の匂いが最高に気持ち悪かったが、追い出されなかったことに感謝する。
駐車場に志摩さんのBMWが入ってくるのが見え、フライドポテトの空容器とトレーを片付け、そそくさと店を後にした。
助手席に乗り込む。
「ごめんね、待たせちゃったね。」
前髪をかきあげながら、志摩さんが詫びた。
「全然、大丈夫です。」
「そう?じゃあ、行こうか。」
あたしはこくんと頷いた。
しばらく車を走らせると、ピンクのネオンで縁取られた文字が暗闇に浮かんで見えてきた。ホテルだ。郊外には、似たような派手なネオンのホテルが数軒建ち並ぶ。
車は《ピュア》と看板を掲げたワンガレージワンルームタイプのホテルに入った。
ガレージの奥に扉があり、二階の部屋に続いている。ラグジュアリーな部屋にも、見慣れてしまった。初めて来たときのような感嘆はもはや無い。
あたしは身体がだるく、部屋に入るなりリュックサックを床に転がし、真白なベッドに腰を下ろした。今すぐ眠ってしまいたい衝動をぐっと堪える。
志摩さんはソファに腰掛けると、煙草に火をつけた。彼はヘビースモーカー、あたしはそれが最初気に入らなかった。というのも、煙や匂いが苦手なのではなく、あたしの知らないところでゆっくりと、大好きな人の身体を蝕むそれが憎らしく思えたからだ。
喉仏が動き、白い煙をくゆらすと、たちまち燻した匂いが室内に広がる。普段ならなんとも感じないのだが、今日は違った。胸をむかむかさせ、胃袋がきゅっと縮まる。急に吐物が口内までせりあがる。慌てて口元をおさえるも、間に合わず手のなかに少しこぼれた。
ぎょっとして固まる志摩さんを尻目に、あたしは洗面所へ猛突進した。
ああ、最悪――。
眠い、眠すぎる。もうすこしで異世界に主人公飛ばすのでどうかまってください…。