小さな幸せ
『春・花小説企画』に対する最後の投稿となります。
よろしくお願いします。
「いってきまーす!」
元気よく出て行くのは、私、会社員の23歳。
遅刻寸前で、大変急いでいます。
バス停に着くと発車する前で、どうにか乗り込んだ。
結構詰まっていたけど、乗れたことには変わりない。
私が乗るとすぐに扉が閉まり、バスは発車した。
そのままガタゴトと揺られていると、途中でとてもきれいな黄色い花をつけた畑が見えた。
(ここ、どんな畑だっけ…)
考えたけど、なかなか答えが出てこなかった。
始業30分前に会社に着き、席に座っていると横から話しかけられた。
「ねえ、聞いた?」
「何の話?」
私達の話に、近くの同僚もキャスターつきの椅子で滑ってきた。
「この会社、かなりやばいのかもっていう話。もしかしたら、合併するかもって」
「合併って…どことなんだろう」
ぼんやりと答えていると、すぐさま言う。
「外資よ。なんとかって言う外資が、この会社を狙っているっていううわさがあるのよ」
「ありゃま。それは大変だ」
私は同僚の話も半分しか聞かず、今日の朝に見た景色が忘れられなかった。
周りはあきれて言った。
「そんなに悠長に構えてられるわねー」
「だって、すでに決まったことだったら、私達がどうこう言うことができないんじゃない?だから、こうやってのんびりとすごすのが一番だと思うんだけどねぇ」
そういって近くの給湯室に向かい、お茶を入れてきた。
「ま、そうイライラしていても仕方がないって言うことよ。ほら、私が家から持ってきた紅茶があるから、これでも飲んでゆったりしときなさい」
そういって、さっきまで話していた同僚にコップを勧めた。
コップを取り、一口すする。
「あ…」
一瞬で空気が緩む。
「飲んだことある?」
私はその反応を見て聞いた。
「なんとなく…だけど、思い出せないのよ」
笑って同僚に答える。
「このお茶、『アールグレイ』って言うの。イギリスの人で、グレイ伯爵が作ったお茶だから、アールグレイって名づけられたそうよ」
同僚の気持ちもホッコリとし始めたところで、私は今日の朝に見た景色のことを言った。
「それって、今の状態じゃない?」
同僚の一人が、コップを机において言った。
「どういうこと?」
「ちょっとした幸せって言うこと。ここ最近の陽気で、一斉に咲いたんだろうね」
その同僚に聞いた。
「ねえ、何の花か分かるの?」
「実際に見てみないと分からないけど、たぶん菜の花かそのあたりの花だと思うよ。私の家で、菜の花科の小松菜を育ててるんだけど、今頃一気に花が咲いてきているからね」
そういって、携帯で撮った写真を見せる。
「菜の花かー…」
再び椅子に深く腰掛けると、その人が言う。
「確か、花言葉は小さな幸せだったはずよ。だから、この状況とぴったりね」
翌日、同じところを通ると確かに菜の花のようだ。
(菜の花…けなげに咲いてるわね)
私はそう思ったら、涙が出そうだった。
会社に出ると、同僚が静かに騒いでいた。
「どうしたの」
かばんを置いて椅子に座ってから、聞いた。
「あ、ちょうどよかった。昨日の外資の話なんだけど…」
「ああ、買収されるとか言ってた…」
別の同僚が答える。
「あれ、デマ。本当はそんな話もあったらしいんだけど、外資のほうも今の不況で立ち行かなくなったんだって」
「じゃあ、この会社は助かったって言うこと?」
「まあ、そういうことだね」
私はほっとした。
「よかった。じゃあ、まだ当分は、みんなと一緒なわけだね」
「そ。当分はね」
「どういうこと?」
「転勤とかしたら、また離れ離れでしょ」
菜の花を教えてくれた同僚が言った。
光が差し込んできた部屋。私達の職場。
いままで、ずっと一緒だった。
「大丈夫」
私は同僚に言う。自信ありげに。
「菜の花が守ってくれるから」
「はぁ?」
同僚は一斉に言った。
「ま、いいか」
そして、また新しい日を迎える。
私の机の上には、小さな鉢植えと、小松菜の苗が新しく仲間として置かれていた。
"http://www.hanakotoba.name/archives/2005/09/post_156.html"→菜の花
ここからねたをとりました。
最後に、これまで計5作、見てくださった皆さん。この企画を立ち上げてくださった『文樹妃』さん。企画に参加しておられる36名の皆さん。ありがとうございました。
全ての人が、幸せで暮らせるように、このような場所ですがお祈り申し上げたいと思います。
小さな幸せでもいいので、見つかりますように…