羽ばたく異形
あのスパーリングの後、新堂は黒川に手取り足取り教えて貰いながら基礎体力作りをした。
筋トレや外での走り込みなど定番の物だったが引きこもっていた新堂には吐き気を催すほど厳しいものだった。
昼過ぎ。ジムに戻ってきたが昼食を食べなければいけない、と黒川が休憩をとった。
そして何やら受付の人から弁当の様なものを2人分受け取ってきて、片方を新堂に渡した。
「出前を頼んでいたんだ。お金はとらないから遠慮せず食べてね。」
「えぇ!?そんな、申し訳ないですよ。払わせてください!」
「いやいや、大丈夫だよ。」
そんな会話がかなり続いた。結局のところ、向こうが折れてくれて新堂は自分の分のお金を払った。
このジムの2階には、小さいが休憩スペースがあり、そこで昼食等も食べれるため2人はそこで食べた。
中身は、豚肉の生姜焼き弁当だった。滅茶苦茶美味かった。
食後の運動は胃への負担が大きくなるため、そこから少し時間があった。
その時、黒川が新堂に話しかけた。
「新堂くん、君はこの紙に書かれている言葉の意味を教えて貰ったかい?」
「いや、教えてもらってないですよ。全く理解出来てないです、、、」
「あぁ、じゃあ僕が教えよう!」
「知ってるんですか!?」
「まぁね、えーと、ニャルラトホテプが教えてくれたんだ。」
俺には教えてくれなかったのに、と新堂は不満を心の中で抱いた。
そうして、黒川が例の紙を取り出してきて、説明してくれた。
この紙に書かれていることは、所謂自分のステータスらしく、数値が大きければ大きいほど良いらしい。
内容として、STR は力。 DEXは素早さ。INTは賢さ。SIZは身長の高さや体格の良さ。
CONは体力でPOWは精神力。APPは顔の良さ。そしてEDUは教養、教育の良さ、らしい。
そして、耐久力は自分の今の体力で、これが0になれば死ぬらしい。
魔力というのが、どうやら黒川にも分からないらしくこれは不明点のようだ。
そしてSAN値というものは自分の精神を表しているらしく、これが0に近づけば近づく程おかしくなっていくらしい。
「SAN値は何か信じられないことに直面した時や、その、、、神話生物に接触してしまった時に下がるんだ。下がるだけじゃなくて、とても嬉しいことや達成感を感じた時に上がることもあるらしいけどね。」
なるほど、、、と新堂は納得した。あの時、SAN値が下がったのは親の死に直面したからなのか、
と理解することが出来た。
「そういう事だったんですね。ありがとうございます。やっと理解出来ました!」
「いやいや、そんな大した事じゃないよ。
さて、もう少し頑張ろうか!新堂くん。」
そう言えば、まだトレーニングが残っていた。
「はぁ、、、はぁ、、、」
「いやー、お疲れ様、新堂くん!最後は良い動きだったよ!」
あの後、新堂は黒川の反撃がありのルールのスパーリングを3回ほどさせられた。
かなり手加減してくれているとは感じているのだが、それでも黒川のパンチやキックは痛かった。
その上、こちらの攻撃は全くと言っていいほど当たらないため、かなり絶望していた。
「さて、、、じゃあ後はマーシャルアーツについて少し教えるね!」
「はい、、、」
ほぼ死にかけていたが、何とか持ちこたえ黒川の話を聞く。
マーシャルアーツというのは、簡単に言えば格闘での心得で、どう拳を出せばいいか、蹴りを出せばいいか、どう受身を取ればいいかを理解出来れば良いのだと言う。
「いや、、、実際僕も驚いたんだけどね。新堂くん。君はもう既にマーシャルアーツを修得できているんだ。」
「えぇ!?そんな事ないでしょう、俺自身1回も黒川さんに当てれなかったじゃないですか!」
「いや、当てれないのは僕が避けているからって言うだけで、、、
途中から君のパンチやキックから少しだけ風切り音がしていたことに気づいていたかい?
風切り音が出るということは、一定以上の速度と威力が出ている、つまり心得は獲得できているという事なんだよ。」
全く気づかなかった。とにかく黒川に当てることと攻撃を避けることに必死だったので、音などあまり気にしていなかったのだ。
「まさか1日で修得できるなんてね、、、」
黒川も、かなり驚いていた。
その時はもう窓から夕日がすこし差し込んできていた。黒川は暗くなる前に帰った方がいいよ、と新堂に帰宅を促し
次は来週のこの日、同じ時間帯から来てね、と言い、帰宅させた。
新堂自身、かなり限界だったのでありがたかった。
帰り道。道路も風景もオレンジ色に染まっている。夕日の光は強く、綺麗だった。
特に何も考えずボーッとしながら家路に着く。
が。
歩いて10分ほど経過した時。
右から大きな羽音のようなものが聞こえた。その音は右側にある路地裏のような薄暗い道から鳴り響いていた。
聞きなれない音の上、何か嫌なものを感じ取った新堂はすぐその場を離れた。
だが、その音が耳から離れることはなく、心做しかだんだんと大きくなっていくような気もした。
だが、後ろをふりかえっても何もいない。
気味が悪くなった新堂は、小走りになり家へと急いだ。
ふと、新堂は気がついた。気が、ついてしまった。
あのは音が、右耳からしか大きく聞こえなかった羽音が両耳から、それも後ろから聞こえていることに。
後ろを振り向いてはいけない。だが、その恐怖とは裏腹に、気がつけば何故か顔は後ろを向いてしまった。
それ とはかなり距離が空いていた。
が、その姿は鮮明に新堂の目に焼き付いた。
その独特な音を放つ羽は大きなトンボのような羽で、3対ある。
その体は歪で、様々な甲殻が継ぎ接ぎにくっついている。そして、そこからは大きな鎌が両方から生えていた。
何より、それの顔は無かった。顔が、目があるはずの部分は、奇妙に蠢くピンク色に近い触手が多量に生えていた。
新堂は、思わずその場にしゃがみこみ、吐き出しそうになった。
だが、死にたくない、という生存本能がそれを何とか止めさせ、彼を家へと走らせた。
走りながら、新堂はあまりのあの怪物の恐ろしさとおぞましさに震え、涙を流していた。
(死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない!!!俺はあんな生物と戦おうとしていたのか!?
勝てるわけが無い!親の仇なんてあんな奴らからとれるわけない!!!)
志はいとも容易く折れてしまった。
そうして走っているうちに、後ろから聞こえる羽音はだんだんと大きくなってゆく。
もう駄目だ。そう諦めかけた時、そのまた後ろからバイクの駆動音が聞こえてきた。
その音はだんだんと大きくなり、その虫のようなもののすぐ後ろから聞こえた。
ぐちゃり。
と真後ろの何かが裂けるのような音がした。
そのバイクはそのまま新堂の前を行き、停止した。
ヘルメットをしており、顔が分からない。が、その人はヘルメットを脱いだ時、新堂は驚愕した。
「間に合ったね!良かった、、、」
その先には、黒川龍馬がいた。
「黒川さん、、、!なんで、、?」
新堂は驚愕を隠せなかった。
「いや、帰ろうと僕もバイクに乗って家路に着いてたんだ。そしたら君が変なのに追いかけられてるのを見かけてね、
このままじゃいけないと思って助けに来たのさ!さぁ、ここは僕に任せて君は早く家に帰るんだ!」
「で、でも、、、」
「僕のことはいいから、早く!!」
新堂は気づいていた。ここで、俺が一緒に戦えばきっと足でまといになるだけだ、と。
だから。
「ごめんなさい!任せました!」
新堂は、その場を急いで去り家へと走った。
もしかしたら、黒川が死ぬかもしれないと思いながら。それでも、彼は走った。
「ふぅ、やっと行ってくれたんだね、、、」
だんだん見えなくなる新堂の姿を横目に、目の前の異形の虫を正面に捉えた。
「さぁ、かかって来いよ。化け物。いや、ミ=ゴ。」
先程までの優しく落ち着くような声とは違う、覇気をまとった声を出す。
その変化にミ=ゴも気づいたのだろうか、警戒するように両方の鎌を黒川に向ける。
だが、その瞬間には黒川はミ=ゴの懐へ入り込み、右ストレートを放っていた。
ぐちゃり、と嫌な音が響き渡る。
その拳はミ=ゴの胴体の甲殻を貫き通し、貫通したのだ。
黒川の右手に、相手の血であろうか、緑色の液体が伝っていた。
その虫は、口が無いため、断末魔を叫ぶことこそ無かったが、代わりにありったけの苦悶を表すような動きをした後、ぐったりと力を失い、そこから二度と動くことは無くなった。
「ふぅ。まぁざっとこんなものか、弱いな、、、」
まるで物足りないかのような発言をする。
そしてバイクからタオルを取りだし、腕に付着した液体を拭き取り、こう言った。
「後始末は任したよ。インスマス達。」
そうして彼はバイクに乗り、その場を去っていった。
次の日。その場には緑色の液体の痕と、その周りに糊の乾いたような物が地面に大量に付着していたようだ。
そこには、ミ=ゴの姿は消え去ったかのように消滅していたという。
黒川つっよ