ベルクトは孫の明るい未来を希う
「…勝手に入って大丈夫かな?」
…誰かの声がする。
誰だろう。
言葉を聞くのは久しぶりだ。
「生き残りが居るかもしれない。助けなきゃ!」
「…魔族が居たらどうするの?」
「その時は、僕とマークで倒すんだ!」
…うるさいなぁ。
「マーク!誰かいる!」
元気な子供が私を指さす。
「…アルフォンス!エルフだよ。よかった。生きてたんだ!」
二人が私に近寄ってきた。
「…大丈夫ですか?」
大人しい方の子供が私の身を案じる。
私が首を縦に振ると、その子は手を胸に当て深く息を吐いた。
…どうやら安心しているらしい。
「お姉さん!名前は?」
「…女王様、近くに人の気配があります。早く起きて下さい」
従者の一人がベットで眠る私に声をかける。
「…後、どれくらいで来るの?」
目をこすりながら従者に聞く。
「20分もすれば、宮殿に着くと予想されます」
私はベットから飛び降りる。
「私は、レミング王国の王家に名を連ねる者です。名をドーガ・レミングスと申します。此度は成人した為、国家の豊穣を司る偉大なエルフ女王エリンシア様に謁見したく、馳せ参じました。偉大なる女王の魔力の恩恵により、今日まで我が国は豊穣と安寧が確約されてきました。どうか、未来のレミング王国にも繁栄を約束下さいませ」
ドーガが胸に手を当て一礼する。
この子がクレーべの子か。
しっかりした子だ。
強い目をしている。
…アルもシャロもこんな目をしていたな。
隣にはドーガの祖父にあたるベルクトもいる。
この子もこんなに老けてしまったか。
「これはこれは丁寧に…私はこの森に住むエルフのエリンシアです。ドーガ様、どうか畏まらずにお話しください」
「いえ、そういう訳にはいきません。エリンシア様は我が国を支える代替のない方なのですから…」
…息が詰まるなぁ。
クレーべも大分礼儀正しかったけど、この子はそれが顕著だ。
「…そうですか。ひとまず、応接間に移動しましょう。そこで王国についてお話頂けますか?」
「かしこまりました」
ベルクトを見る。
この子は、我関せずといった佇まいだな。
「…これはいったい何ですか?」
ベルクトが応接間にあるほとんど空の本棚を指し、私に尋ねる。
「見ての通り本棚ですよ。最近作りましてね」
ベルクトが黙ってそれを眺める。
…あまり見ないで欲しい。
「そうですか。…それでは本題に入ります。ドーガ、よろしく」
「はい!」
ドーガは快活よく返事をすると、レミング王国の政経を語りだした。
「エリンシア様もご存知の通り、レミング王国は旧フェレット王国と魔王国との長きにわたる抗争の末、陥落した土地に勇者アルフォンス様が再建なされた国です。旧魔王領が近く、魔王の死後、今なお国境付近での争いが絶えません。勇者様はその人望の厚さから跡地に人を集め、見事国の再建を果たしました。その後、ベルクト前王の敏腕な政策により、現在の国家体制が出来上がり、今日に至ります」
「…そのようですね」
あらかた知っていることだ。
「…しかし、現王である父上の政治に私は疑問を抱かざるを得ません。残存する魔王軍はすでに虫の息。かつて、マーク宰相が提唱した対魔術兵法を施された王国軍の敵ではありません。なのに現王は攻め入るでも、防衛するでもない曖昧な戦いを起こすのみで、エリンシア様がその膨大な魔力で齎した豊穣の地を穢している。まったくもって度し難い」
…どうやらドーガはクレーべと仲が悪いようだ。
「私がこの国の王になった暁には魔族の根絶を約束します。なので、これからも我が国土に魔力の供給を絶やさないでいただきたい」
ドーガの宣誓には強い信念がこもっていた。
ベルクトの挨拶を思い出す。
あの子はこんな立派なマニュフェストを掲げたっけ?
ベルクトが成人した日、アルとシャロに連れられたベルクトに何の気なしに、どんな国を作りたいか聞いたんだった。
…確かベルクトは「お父様の築き上げた国を守りたい」と言っていた。
あの時の会話が成人の儀になるとは思わなかったな。
私に是非なんて分からないのに…
「…そうですか。私は政に疎いもので…。魔力供給はさせていただきます。ご心配なく」
これは、アルとシャロ、マークとの約束だ。
ドーガの政策とは関係ない。
「ありがとうございます!」
ドーガは力強く礼を言った。
「二人で話したいことがある」とベルクトがドーガに告げ、2人きりになった。
いったい何の話だろう?
ベルクトと二人で話すなんて初めてだ。
「…ドーガのこと、どう思われますか?」
ベルクトは私に意見を聞く。
「…どうでしょう?活力は感じますけれど…」
政治はマークの分野だ。
彼が今も生きていれば、何かしらの助言をくれるだろうけど…
「…僕はドーガの思想をあまり支持できません。クレーべは平和を願う国民と戦争を願う武器商連盟の板挟みにあっているようで判断に困っているようです。国民は国家の支柱ですし、連名の上納金は蔑ろに出来ません。僕が国を治めるている時期は、全国民が復興に力を注いでいたのですがね…」
ベルクトは力なく笑う。
この子もこんな苦労を背負ってしまって…
顔の皺は気苦労の証なんだろう。
「…貴方も苦労しているのね。今日はそのことを忘れて休みましょう。休息は必要です」
ベルクト向けてに微笑む。
「…そうですね」
この子は中々、気持ちが切り替えられない子っぽい。
話を変えよう。
「それより、両親の話をしてくれる?私の大切な友人なの」
最近はベルクトとゆっくり話していないし、単純に興味もある。
雑談は必要だ。
ベルクトの顔を見る。
…晴れやかな顔だ。
…うん。
この子はそういう顔がよく似合う。
「…なんてことがありましてね。お母様はそれから、一カ月くらい不機嫌でした」
「…あー。それはシャロも怒りますね。冒険していた頃も、アルはシャロを怒らせていましたよ?まぁ、それは私も同じでしたが…」
…懐かしいな。
「お母様はいつも、家では頬を膨らませてばかりでしたが、それでも笑顔の多い明るい家庭でしたよ」
ベルクトの話を聞きながら考える。
…この子は、きっとこれまでさまざまな重圧があったんだと思う。
アルやシャロと比べられ、マークの教えを学び、王という職務を全うした。
アルが基盤を築いたとはいえ、その維持や発展を叶えたのは紛れもなくベルクトの功績だ。
この子は、国民の期待に十分応えた。
「…頑張ったね、ベルクト」
ベルクトを抱きしめる。
この子はもうすっかり、私より大きい。
「…頑張ったよ。お姉ちゃん」
ベルクトは懐かしい呼び名で私を呼んだ。
ドーガとベルクトが帰った。
宮殿内は静寂に包まれる。
応接間のテーブルには3つのティーセット。
次の来客はきっと20年は先だろうな。
…はぁ。
書斎に入り、白紙の紙を用意するよう従者に命じる。
「…次はベルクトについて、だな」
アルの伝記は10冊ほどの大作になった。
ベルクトの本はどのくらいになるだろう?