ロイは父の遺言状を手に取り呆れる
広大な大地をただひたすらに歩く。
「…私達の旅もこれで終わり、ですね」
シャロが独り言のようにつぶやいた。
「まだ、帰るのに2カ月はかかる。油断するな」
マークは相変わらず用心深いな。
「…それにしても、魔王領に入ってここまで来るのに5年以上かかったのに、帰るのは3か月か。…なんかあっけないね」
アルが折れた剣を振り回しながら話す。
「最初の方は領土に出たり入ったりを繰り返していたからな。こんなものだろ」
「アルフォンスの我儘に付き合ったりな」
私の言葉にマークが同調する。
「でもよかったじゃん!大抵の魔族には嫌われたままだったけど、中には僕達に物資を売ってくれたりした魔族も居たんだし」
アルは前向きだな。
恩を仇で返されることがほとんどだったのに…
「攫われたエリンシアを助けに行ったら、ウェディングドレスを着てたのは傑作だったな」
マークに言葉にアルとシャロが笑う。
「…そんなこと忘れた」
変な屋敷に連れてこられたと思ったら、いきなり求婚されたんだったなぁ。
流石にそれはごめんだが、悪い気はしなかった。
「魔族のウェディングドレスってあんな感じなのですね。…その、す、素敵でしたよ。少し、露出が激しすぎると思いますが…」
「エリンシアは胸が小さいからしょうがないよ」
シャロのフォローをアルが台無しにする。
「もういいだろ」
一生からかわれそうだな…
「…皆はこれからどうするんだ?」
マークが私達に問いかける。
「…私は、教会を建てたいですね。この争いで沢山の人が命を落としましたから…。人々を導くため、救いの手を差し伸べたいです」
シャロははっきりとした答えを持ってるようだ。
…きっと、大分前から考えていたんだろうな。
「アルは?」
シャロがアルに振る。
「んー。僕かぁ。…何となくやりたいことがあるんだけど、どうも、ね。…マークはどうするの?」
「俺はお前を手伝うつもりだ。お前のやりたいことには俺が必要だろ?」
マークは振り返りもせず先頭を歩く。
「…僕がやろうとしてることが分かるの?」
アルが不思議そうに言う。
「あぁ。何となく、な」
振り返ると、アルが嬉しそうな顔をしていた。
「エリンシア。君は?」
マークが私に問いかける。
私か…
…今まで考えてなかったな。
何をしたらいいんだろう?
三人を見る。
…。
「…私は、私は三人のやりたいことを手伝う」
したいことはないけど、なりたくないことははっきりしていた。
「…あれ?聞こえませんでした?」
キュアン様が私の顔を覗く。
「…どういう意味、ですか?」
首を刎ねるって…
「殺してもらえませんか?って意味ですよ。方法は別になんでも構いません。まぁ、できればでいいですけれど、なるべく苦しまずに死ねる方が嬉しいですね…」
彼は、おどけながら話を続ける。
「なぜそのような話になるのです!」
…意味が分かりません。
「…自明でしょう?私は多くを知りすぎました。貴女がエルフであること、内に秘めた力が膨大であること、マーク様の秘密…。特に貴女の魔術はトップシークレットです。このことが広まれば、貴女を軍事転用しようと考える輩が出てくるでしょう。マーク様はそれも危惧して貴女の存在をひた隠しにしているのでしょうね…」
…きっとそうなのでしょう。
ですが…
「でもっ!それは貴方が口にしなければ済む話ではないですかっ!」
「その保証が出来ないから頼んでいるのです。…例えば、私が敵国に捕まり拷問をされたとします。爪を剥がされ、皮を剥がされ、内部情報を吐けと言われれば私はどう考えるか分かりませんよ…」
だからって…
なぜ死のうとするのですか…
「…それでも、貴方は死ぬ決意をするくらいです。そんなことでは吐かないと思いますが…」
「多分吐くことはないですが…。きっと、家族を人質に取られれば話は別です。私の情報で家族の命を救えるのならば、私は省みません。…恩知らずで申し訳ありません」
…。
「…そのようなことが起こる確率は、限りなくないでしょう?」
考えすぎだと思いますが…
「そうですね。そうかもしれません。…ですが、万に一つの可能性があることが危険なのです。それだけ、エリンシア様の力は強大です。…自覚されていないわけではないでしょう?」
キュアン様が微笑む。
…自覚していなかったわけではないですが、認識は甘かった。
「…ご家族はよろしいのですか?」
何とか繋ぎとめる言葉を探す。
「ロイは立派な人格者です。私から見たら甘い奴ですが、悪いことではないでしょう。セリスのことも色々言いましたが、私が口を出すことではないですからね。…私は十分生きました。もう出来ることもないでしょうし、…何より、最期に真理に一歩近づくことが出来ました。もう思い起こすことはありません」
…もう、何を言っても無駄なのでしょうか。
「…私はこの機会を得られたことを何よりの幸福に思っています。…本当ですよ?…それに、考えてみて下さい。麗しのエルフ女王の手で逝けるのです。…羨ましいでしょう?」
キュアン様の冗談は不謹慎で笑えない。
「…そんな顔しないで下さい。エリンシア様は微笑んだ姿が一番、美しいのですから…」
…。
「…無理ですよ」
この状況でそんなこと…
「…そうですか。面倒ごとを押し付けてすみませんでした」
キュアン様が背を向ける。
…きっと彼は私が手を下さずとも、自刃するでしょう。
もう…
「…待ってください!」
キュアン様が振り向く。
「…私がやります」
…あれほど言われましたのに。
頬を伝う涙は止まらなかった。
キュアンは笑顔で膝を折る。
「…ありがとうございます。最期に老骨の願いを聞き入れて下さって…」
「…」
ソマリとバーミラが黙って近寄る。
「はは。看取りがこれほど多いと照れますね」
「…」
彼に手のひらを向ける。
「…最後にもう一ついいですか?」
「…なんですか?」
「笑顔を、…笑顔を見せて下さい。お願いします」
…。
「…さようなら、キュアン様」
…風の刃がキュアン様の首を飛ばした。
頭を拾い上げる。
胴から離れた首は安らかな表情で固まっていた。
「…っ、キュアン様っ…」
首を抱きしめる。
私は笑えていたでしょうか。
…きっと、今までで一番不細工な笑顔だったでしょうね。