キュアンは無窮の探求心で究明する
「…私、アルが好きなの」
エールを煽るシャロの頬は桜色だ。
…まだ二杯目なのに。
「知ってるけど」
今更言われてもって感じだな。
「そうではなくてっ!…エリンシアさんはどうなのですか?」
急にしおらしくなる。
…そんなこと言われてもなぁ。
「もちろん好きだぞ。マークもシャロもな」
適当にはぐらかす。
「だからっ!そうではありません。…特別な感情があるのかどうかってことです」
…特別な感情、か。
「心配するな。私はエルフだぞ。人間なんぞに現を抜かすか」
…アルは人間だ。
私とは釣り合わない。
「では、いいのですか?」
シャロは前のめりになり、顔を近づける。
「なんの話だ?」
友人の恋路を邪魔することは、私にはできないな。
…きっと、シャロとは違って祝福できる。
シャロは呆れ顔で溜息をついた。
「…ならっ!アルは私が貰いますからね!」
…酷い言いようだな。
アルは物じゃないぞ。
「…なら急ぐんだな」
「…ん?」
シャロは酒樽に口を付けながら返事をする。
「アルならマークを連れて歓楽街に消えて行ったぞ」
「もうっ!」
シャロが金の入った袋をテーブルに投げつけて、そのまま酒場から出ていってしまった。
「女王様、侵入者です」
バーミラに肩を揺すられ起こされる。
…侵入者?
「…数は?」
「1人、ですかね」
…1人ですか。
多分、浮浪者か何かでしょうね。
「いつも通りでお願いします」
「畏まりました」
バーミラは一礼して退室した。
「離せっ!私を誰だと思ってるんだ!」
…遠くから怒声が聞こえたかと思うとすぐに静かになった。
扉が開かれる。
侵入者の正体は老齢の男性だった。
…誰でしょう?
「おぉ、貴女が!お会いできて光栄です!」
老人は私の顔を見るや否や、感激して手を仰いだ。
「貴方、私を知っているのですか?」
「知っているも何も…。貴女様がこの国を救って下さったのでしょう?」
…なんの話でしょう?
「貴方は誰ですか?」
私はこの数十年王宮から出ていないので、あったことはないはずですが…
「私は学者です。レミング王国の建国から今に至るまでの歴史を主に専攻しています。長年による研究から、この国の歴史に違和感を覚えまして貴女の存在に気付きました。…やはり私の仮説は間違ってなかった!」
学者の弁の熱が高まる。
…学者、ですか。
「…私のことはどこまで?」
あまり、私の存在を知られるわけにはいきませんからね…
「ほとんどすべて状況証拠的ですが…。貴女が失われた魔術と言う超常現象を用いることが出来ること、王家と何らかの関係があること、少なくとも80年はその美貌を保ったまま生きていることは判明しています。…どうですか?間違っています?」
学者は嬉々として話す。
「…ど、どうでしょうね?」
…どうしましょう?
結構なことを知られてしまっています。
「なぜ貴方は私のことを調べているのですか?」
疑問ですね。
「いえ。先ほども申しましたが、元々私は歴史学者です。80年前の帝国を追いやった「奇跡の雷火」はあまりにも不自然です。当時王国は帝国との軋轢が積み重なり、臨戦状態でした。当時の兵隊の手記によると、西の都を制圧され殿を努めながら王都に撤退する最中、謎の爆発により帝国軍の先遣隊を壊滅し、九死に一生を得たそうです」
…10世を助けた時、ですね。
あの時は少し焦っていて、後先考えずに行動してしまいましたから…
「その時、爆発に巻き込まれた将軍代理を助けた場違いな女性が確認されています。その女性は将軍代理を助けたのちに気を失い、将軍代理は私室に連れ込んだそうです。何故か緘口令をしいて…」
学者は決めつけるような口ぶりで私を見る。
「…西の都から逃れてきた人ではありませんか?」
確かルーナ様達も逃げ出していたはず…
矛盾はないですよね…?
「それは考えづらいですね。王国軍は民を逃がすため時間を稼いでいたわけですし、好戦している軍に近づく民間人はいません。緘口令を敷く理由も分かりませんしね」
…それはそうですね。
「民間人ではない、とか?伏兵だったなどは考えられませんか?」
「だとしても、王国がここまで隠している意味が分かりません。一個大隊を1人で迎撃できる戦力を遊ばせている余裕など王国にはないのですから」
…さすがに学者と言うだけあって聡いですね。
「…貴方は学院の出身者ですか?」
話題を変えましょう。
「…?そうですが…。今は関係ありません。それより…」
…駄目なようですね。
逃れられそうにありません。
「これらのことから、女性と謎の爆発は関係している可能性が高い。しかも、王国の人間、…少なくとも軍人ではない、当時の将軍代理との接点がある方だと考えられます。…多分、西の都が落とされ、王国の危機になると判断した将軍代理が、私的に援軍を要請したと推測できます。ここまでの話で何か意見はありますか?」
…。
「…いえ」
思いつきません。
「当時は人を制圧できるほどの火薬も発明されておらず、蒸気機関の構想すらありませんでした。この爆発は明らかに科学現象ではありません。にわかには信じられませんが、その女性は超常的な力を持った存在で、「奇跡の雷火」も彼女が起こしたと考える方が筋が通ります」
学者は遠慮なしに続ける。
「…その昔、現在の開墾特区には魔族と呼ばれる人間とは別の種族が住んでいたと言われています。言い伝えを信じるならば、魔族は魔術という超常の力を用いて人間に対抗してたらしいのです。これはただの予想なのですが…」
学者が言い淀む。
「貴女様は魔族の生き残り、ですか?」
確信を突かれる。
…もう、言い逃れは出来そうにありませんね。
「…はい。軽蔑されましたか?」
学者は呆然としながらも口を開く。
「…いえ、滅相もありません」
学者は跪き、頭を垂れた。
「この推論は誰かに話されたのですか?」
学者を問い詰める。
「いいえ。まだ仮定の段階でしたので公表はしていません。そもそも公表するつもりもありませんでしたけれど…」
…怪しい。
学者とは真理を追究し利益を得ることを生業としているはずです。
公表するつもりがないことにここまで躍起するものでしょうか?
「…嘘はいけませんよ。私は嘘を見破ることに長けた種族ですからね」
真っ赤な嘘ですが、追及するほどの証拠はないでしょう。
「ははっ!面白い冗談ですね。オーディン王ではないのですから…。それに、本当にそんな特殊技能があるなら、口にするメリットがありませんよ」
…。
「安心してください。学者とは真実を見出すことのみを信条としています。功績をひけらかすことを生きがいにはしていません」
…まるで心を読まれているような気分になりますね。
「…本当に他言しないで下さいね」
でなければ…
「…そんな不義理なことをするつもりもありませんよ。…私はただ、国や曾祖父、曾祖母、祖父を助けて頂いたお礼を言いたかっただけです。…まぁ、真実を知りたいと言うのが一番ですがね」
…?
国は分かりますが、曾祖父・母?
「…どういうことですか?」
「私の名前はキュアンと言います。祖父はオーディン、…多分、貴女様とお会いしていると思います」
…この方は、オーディン様の孫だったのですか。
通りで目ざといはずです。
11世からも聞きましたが、オーディン様の観察眼には目を見張るものがあるそうですから…
「パーシバル様のご子息でしたか。それならば安心ですかね…」
「はい。祖父も私に貴女様のことは話していただけませんでしたよ。ですので私は退位後に、貴女の居場所に当たりをつけて徘徊していたのです。今は息子のロイがあくせく働いていますよ」
…キュアン様も王だったのですね。
「…そうだったのですか。大変失礼なことを言ってしまいました。申し訳ありません」
非礼を詫びる。
「やめて下さい。そのような態度を取られたくなくて隠しておいたのですから…」
キュアン様が両手を前に出し、制止させようとする。
「それで図々しい話なのですが…」
彼は畏まる。
何やらお願いがありそうな雰囲気ですね…
「…なんですか?」
一応聞いておきましょう。
「レミング王国の歴史について、知っていることを教えて頂けませんでしょうか?」
さっきまでの砕けた雰囲気を思わせないほどの、真剣な眼差しだった。
…。
「…公言しない、と約束できるのならば」
私は相変わらずこの表情に弱い。
「ほぉー!これはすごい!」
キュアン様は書斎にある私の本棚を一望して感嘆の声を漏らす。
「これをすべて貴女様が?」
「えぇ。…その、あまり見ないでいただけますか?気恥ずかしくって…」
自分の書いた書物を見られるのは堪らなく恥ずかしい。
「こんな素晴らしいものを秘匿しておくなんて…。もったいないとは思わないのですか?」
…。
「大袈裟ですよ。大したことはありません。元々は暇つぶしで書いた日記のようなものなのですから…」
そんなに持ち上げられても、反応に困る。
「それでもこれは歴史的価値がありますよ!…手に取っても?」
…やはりそうなりますよね。
「構いませんが…。その、私はあまり字が…」
「あー。字が汚いですねー。書物にするなら、もう少し丁寧にお書きになった方がよろしいですよー」
キュアン様はページをめくりながら臆面もなく言う。
…。
「…でも」
彼は真剣な顔になる。
「愛を感じますね」
ページをめくる速度が速い。
「…エリンシア様はお仲間の事を愛していたのですね」
…なんなのですか。
結局キュアン様はそれから三週間以上滞在した。
私の著書の駄目出しや構成の仕方から、近年の王国の状態、息子のロイ様や孫のことまで多くのことを語り合った。
「セリスが引っ込み思案で困っているのです。まぁ、4人姉弟の末っ子というのもあるのでしょうが…。如何せん姉たちの性格が苛烈で…。ソレイユもシルヴィアもセーラも、セリスで遊んでいる節があるのです。次期王なのに…」
どんな人にも悩みがあるのですね…
「この間なんてセリスがスカートを履きながら泣いて私に縋ってきましてね…。困ったものです」
キュアン様が深く溜息をつく。
「ロイ王は注意なさらないのですか?」
「呆れながら笑ってましたよ。人に怒れない子なんです」
溜息をつくキュアン様は、学者でも王でもない、ただの一人の親のようだった。
「良い家庭ではないですか。…少し、羨ましいです」
…本当に。
「…祖父の遺言なのですよ。「家族は補い合うためにある」と。エリンシア様の書物を読んで、合点がいきました。これはマーク様の言葉なのですね…」
「…そうですね。もう何百年も前ですが」
「きっと、マーク候補だったオフェリア様が祖父に伝えたのでしょう。…ここに来て真実を沢山知ることが出来ました。本当にありがとうございました」
キュアンは深く頭を下げる。
「…いえ、私こそ。抜けていた王族の話を聞くことが出来て、とても有意義でした。ありがとうございます」
2人して頭を下げる。
「…ははっ」
お互いの笑い声が重なる。
「それにしても至高の王エフラム様にそんな一面があるとは。甚だ意外といいますか…」
「…そうですか?私もヘクトル様が傀儡王などと揶揄されているとは知りませんでしたよ」
「あれは当時、誰も気づいていなかったらしいですよ。後世の歴史家がそれを暴いたのです。あの政治はマーク5世によるものだと考えられています。当時の元老院はマークと王族が強く結びつくことを恐れ、徐々に距離を取るように工作していたようですね」
…キュアン様との話題は尽きない。
私が書いた書には王の人となりは多いですが、当時の情勢などが乏しいですからね…
逆にキュアン様の知識は、政治的判断の根拠や当時の世論などが多く、歴代王の性格などの情報に乏しかった。
この三週間、私達は飽きることなくお互いの情報を交換をした。
ソマリとバーミラには迷惑をかけてしまいましたが、たまには良いでしょう。
…たまには?
そう言えば、いつも迷惑しかかけていないように思いますね…
考え事をしている私にキュアン様が語り掛ける。
「…これで私が伝えられることは全て、ですかね」
彼は、ティーセットに入った紅茶を飲み干す。
…まさか。
「…もう少しゆっくりしていっては如何ですが?」
情けなく後ろ髪を引く。
「…そう言う訳にもいかないでしょう」
…。
「…そう、ですね」
別れの時が来る。
「…最期に一つ、面倒ごとを頼まれてもらえませんか?」
キュアン様が笑いながらお願いする。
「…なんでも仰って下さい」
彼のためなら最大限、配慮したい。
「…私の首を刎ねて下さい」
…その言葉が私には全く理解できなかった。