パーシバルは安寧の維持に尽力する
「…よく来たな人間よ」
玉座で足を組んだ魔王が仰々しい態度で私達を歓迎する。
「…君が魔王?」
アルが問いかける。
「いかにも。私がこの一帯を統治している王である」
「人語を話せるようだな」
マークが私達に囁く。
「なぜ、あなた達は王都を強襲したのですかっ!」
シャロが叫ぶ。
「…なぜ?なぜだと?ではなぜ、お前たちは我が城を攻めてきたのだ?」
魔王は足を組み替え、呆れながら聞き返す。
…魔王ってなんか、筋骨隆々の大男のイメージがあったけど、実際は若い女の姿だ。
「貴女達魔族が私達の領土を侵略したからでしょう!」
シャロが糾弾する。
「元はと言えば、お前たち人間が私達の領土を侵略したのが原因だぞ?フェレットにある王宮の下には私達魔族が住んでいた。それをすべて皆殺しにしたのはお前たちだ。…そもそもおかしいと思わないのか?なぜ人間の住む領土に魔族のエルフがいるのか…」
「えっ?」
間抜けな声が出た。
…私が魔族?
「…なんだ?知らなかったのか?…お前たちエルフは大昔、他の種族を裏切って人間側に付いたのだ。元々、他種族との交流を嫌ったお前たちが、人間の侵略に託けて私達の領土を献上品にしたのだ。人間は蹂躙した土地に拠点を築いて、最近また侵略を始めた。人間は弱いが賢い。またエルフと共闘でもされたら私達の領土がまた削られ、民が飢える。それを止めようと努力することの何が悪い?」
言い返すことができない。
「だからって、無関係な人を巻き添えにする貴方達を許すことは出来ませんっ!」
「王都を侵略したのは私の直属軍ではなく、他種族の魔族だ。そいつらはフェレット領に住んでいた種族の生き残り。エルフの裏切りで住処を追われたときは溜飲を下げたのだ。それにたかを括ったのはいったい誰なのだろうな?無関係と言うのならば、私だって無関係なのだが…。わざわざこんなところまで攻め込んできおって」
魔王が立ち上がる。
空気は一瞬にしてピリつく。
マークは剣を抜き、私達の前に出た。
今にも突っ込みそうなマークをアルが腕で制す。
「君の意見は分かったよ。僕達にも非があることも。ただ、君達を殺せば、少なくとも僕達人間は魔族に殺されることはない」
アルは淡々と言う。
「…まぁ、そうだろうな」
魔王も同意する。
「だからここで君を討つよ。自分勝手な話だね」
ふふっ、と魔王が口に手を当て上品に笑った。
「構わないさ。お互い様だ」
魔王は祈るように手を組むと、無数の稲妻を放った。
「女王様、今日はマーク11世様がいらっしゃる日です」
書斎に籠っていた私にバーミラが語り掛けてきた。
「もう、そんなに経ちましたか…」
…あれから色々ありましたね。
ついこの間のように思えますが、実際は30年も経ったのですか…
「俺はこれから、内部のまとめ上げを行う。ナーシェン王の退位は逃れられないだろうが、極刑は回避して見せる。…心配するな。後任はオーディン様に任せて俺が補助に回る。王直属は久しぶりだが問題ないだろう。国を建て直したら君に会いに行く」
彼とはそう言って別れた。
その一年後、10世が王宮にやって来た。
ナーシェン様が退位なされたこと、オーディン様が最年少の王になったこと、帝国と停戦協定を結んだことなどの後日談を話してくれた。
「今年は王都付近の作物が不作なんだ。何故だと思う?」
10世は試すような口ぶりで私に尋ねる。
そう言えば、冒険していた時も彼は私やアルにこうやって物事を教えていましたね…
「…私の魔術で作った雨雲のせいですか?」
思いついたことを答える。
昔なら考えもしなかったでしょうね。
「俺も最初はそう考えた。あの雨は自然界では発生しない。生態系に異常をきたしてもおかしくない。数千単位の死体や雷撃の影響も考えたが、どうも詳しく調査すると違うようだ」
彼はもったいぶる。
「…ではなんですか?」
私にはもう答えが出ない。
「君が王宮を離れたからだ」
…えっ?
「…私が魔力の供給を切ったのは高々一週間ほどですよ?」
あの後王宮に帰還して、使い切った魔力の回復を待って、その後はすぐ魔力供給したはずですのに…
「戦地は王都の西側だった。君は局所的に雨を降らし、その後雷撃を与えた。死体が集中していた土地も当然、西の大地。確かに西は作物の収穫量が減ったが、それは他の地と比べれば微々たるもので、この飢饉の原因ではなかった。…つまり」
10世は続ける。
「君はそれだけ世界に影響する力を持っているんだ」
彼は真剣な表情でそう言った。
「お久ぶりです、エリンシア様」
マーク11世が私に向かって一礼する。
「…はい、お久しぶりですね」
話には聞いていましたが、この方が今代のマーク、ですか…
首元には例の紋章を下げている。
「今日はどういった御用で参られたのですか?」
前から予定が入っていることは珍しい。
「…そう言えば、先代は伝えておりませんでしたね。エリンシア様がここに残ると決意して下さりましたが、ここでの独り暮らしはあまりにも暇だろうと考えて定期的に訪れることにしたのです」
…。
「…素敵な提案ですね。もっと早く考えつかなかったのですか?」
あどけて恨み言を言う。
「元々、エリンシア様をここから解放するために動いていましたからね…。ルーナ様、マトイ様にも怒られ、少し考えなおしたのですよ」
10世の代からマークは休暇を作るようにしたらしい。
と言っても月に一回、それも不定期ですが…
「休日はどうですか?」
「結局、やることがなくて仕事をしてしまいますね…」
あまり、反省している様には思えませんね…
「…でも、心に余裕が出来たように思えます」
11世が言う。
「…それで、ここへ?」
…呆れますね。
「はい。少しは周りに気を配れるようになりました」
11世はどうだ、と言わんばかりに胸を張った。
「それで、ナーシェン様はどうなりました?」
「家で絵ばかり描いていますよ。今ではすっかり名の通った芸術家です。…もちろん、名前は偽名ですがね」
ナーシェン様はそちらの方の才能があったらしい。
退位後は趣味の絵画や石膏像、音楽など多岐にわたり嗜んでいる。
「来年には、自費で建てた美術館が完成するんですよ。「争いばかりの世の中に幾らかの美を」と訳の分からないことを言っています」
思わず笑ってしまう。
美しいものがあれば、それを壊しかねない戦争は行わないだろうと考えているのでしょうね。
…発想がどことなくシャロやアルに似ている。
きっとマークには伝わらないのでしょう。
「オーディン王は?」
「つい先日、退位なされました。今はこの間生まれたキュアン様に首ったけですよ。「この子には戦火ではなくこの世の真理を」と教育に熱心になっています。パーシバル王が呆れていました。「僕にはこんなに甘くなかった」と」
11世は薄く笑う。
「皆、大変ですね…。貴女はどうなのですか?結婚とか…」
11世に尋ねる。
「…嫌味ですか?できませんでしたよ…」
彼女はため息交じりに応える。
…余計な質問でしたかね?
「できませんでしたって…。まだ、可能性はあるでしょう?」
「それはエリンシア様からしたら若いでしょうけど、私はもう40に手が届く年齢ですよ?…誰が貰ってくれると言うのですか…」
…最悪の空気ですね。
「…すみません」
「謝らないで下さい。元々、結婚する気もありませんでした。…マークは代々、結婚をしないことで有名なのですよ?」
11世はやはりふざけていたようで、微笑みながら答えた。
…それにしても意外ですね。
「…なぜですかね?」
興味本位で聞いてみる。
「…自分で考えて下さい」
彼女は突き放すようにそう言った。
門まで11世を見送る。
マークは忙しいようで、半日以上ここに滞在しない。
ここまでの道のりも決して短いわけではないでしょうに…
「それではエリンシア様、次は12世を連れてきますよ」
…12世。
マークは代々、記憶を継承している。
「…貴女は一体、誰なのですか?」
彼女がマークになってからずっと気になっていたことを聞く。
「…俺はマークだ。この紋章を継承してからというもの、そんな下らない疑問は持ち合わせていない。それともなんだ?俺が至らないとでも言うのか?」
この表情はよく知っている。
マークが私を馬鹿にする時は、いつもこんな顔だった。
ですが…
「…もう、オフェリアではないのですか」
あの時の可愛らしかった子が…
「…あぁ。俺が殺したようなものだ」
…。
「…仕方のないことだ」
君の口癖だったな、と11世が言うと振り返らずに去って行った。