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頬杖のエルフ女王  作者: 佐々木研
頬杖のエルフ女王(AtoZ)
13/86

ラズワルドは史実を抱き夢を見る

 「マーク、変わるぞ」

 焚火の前に座り、ボーっとしているマークに言う。

 「…エリンシアさん」

 マークは力なく返事をする。

 今日のことをまだ気にしているようだ。

 「気にするな。別にお前が悪いわけじゃない。アルも気にしてないさ」

 今日の失敗も、アルは笑って誤魔化していた。

 アルがいる方をみると、焚火の傍で丸まって眠っていた。

 寝返りを打てば燃えてしまいそう。

 「いえ、僕が油断しなければ商人の積荷は盗まれませんでした。盗賊団が二手に分かれているなんて、少し考えれば想定できそうなものだったのに…。結局、冒険者連盟に違約金を払わなければなりません」

 すみませんでした、と私に謝った。

 …アルとマークに会ってもう1年になる。

 アルは年相応の男の子って感じだが、マークは少し幼さがある。

 泣き虫で、いつもアルの後ろをついて回っている。

 …けど。

 「お前が居なかったら商人の命もなかったし、盗賊たちを仕留めることもできなかった。アルも危険だったかもしれない。…お前はよくやったよ」

 本当のことだ。

 マークはアルより弱いが頭が回る。

 …悔しいが私よりも。

 今日だって、逃げる盗賊を追っている最中に、盗賊団の動きに違和感を覚えてすぐにその可能性に気付いた。

 結果、荷物を半分は守ることができたんだ。

 12歳にしては上出来だろう。

 「…うっ、ぐすっ、ごめんなさい」

 …泣き出してしまった。

 またか。

 「男が簡単に泣くな。そんなんじゃいつまで経っても大人になれないぞ」

 優しく言いながら頭を撫でる。

 この間、街で転んで泣いていた子供をあやしていた母親が言っていたことをそのまま言う。

 しかし、私の言葉はマークには届かず、涙を隠すことを忘れ大泣きしだした。

 …困ったな。

 しばらくするとマークは落ち着いたのか、声を殺し始めた。

 …。

 しばらく沈黙が続く。

 「…すみません、エリンシアさん。ありがとうございます」

 マークは目と鼻を袖で拭う。

 「落ち着いたか?」

 顔を覗く。

 「…はい。僕が、いや、…俺がしっかりしないと」

 真っ赤に腫れた目で決意したようにそう言った。



 「女王様、お客様です」

 寝ている私をソマリが起こす。

 「…おはようございます」

 …異常に眠たい。

 全然、寝た気がしませんね…

 「まだ真夜中です」

 …真夜中?

 おかしいですね。

 「数は?」

 「二人だと思われます」

 …どうしましょうか。

 ソマリが「客」と言うのですから、少なくとも王族に関係する者がいらしたのは確かでしょう。

 見張りに出すのは失礼に当たるかもしれませんし…

 「…如何なさいますか?」

 ソマリが催促する。

 …二人か。

 「玉座で待ちます。二人は万が一に備え心構えをしていてください」

 「畏まりました」

 …いったい誰なのでしょう?

 もしかして緊急事態なのかもしれません。


 「見て!お姉ちゃん!やっぱりおとぎ話じゃなかったよ!」

 「待ちなさいラズワルド!」

 小さな男の子が走り回るのを、少女が追いかけて止める。

 …こんな真夜中に子供が二人?

 ラズワルドと呼ばれている男の子は古びた本を持っている。

 「あっ!あの人!女王様じゃない?」

 ラズワルドが私を指さしながら少女の袖を引く。

 どうやらわたしのことを知っているようですね…

 「…そうですよ。私はエルフの女王。あなた方は?」

 自己紹介を促す。

 「やっぱりっ!ほら、この本に書かれていることは本当だったんだよ!」

 ラズワルドは興奮を抑えきれないのか、私の言葉を無視し、本の表紙を少女に見せていた。

 …元気ですね。

 やはり、子供は可愛い。

 それが男の子となればなおさらです。

 「…そん、な…」

 少女はラズワルドの声が耳に入らないのか、私から視線を逸らすことなく見入っている。

 「そんなに見ないで頂けますか?」

 …恥ずかしい。

 先ほどまで寝ていて、身仕舞が出来ていないのですから…

 「…もっ、申し訳ありません!ほらラズワルドも!」

 少女は急いで謝り地面に顔を着けると、ラズワルドの頭を掴み、床に頭を何度も打ちつけ謝りだした。

 「痛い、痛いって!お姉ちゃん!」

 ラズワルドは苦しそうに叫ぶが、少女はその手を止めようとしない。

 「おっ、おやめ下さい!」

 急いで少女を止める。

 「…落ち着きましたか?」

 少女は息を切らしながらも、何とか止まった。

 「…はぁっ、はぁっ、…はい。すみません、取り乱してしまって…」

 「痛てて…」

 ラズワルドは額を押さえて笑っている。

 「…改めまして、私はエルフの女王です。あなた方のお名前は?」

 少女を見ながら微笑んで問いかける。

 「…る、ルーナ…です」

 少女はルーナと言うらしい。

 「ルーナさんですね。貴方は?」

 小さな男の子に向かって改めて聞く。

 「はいっ!ラズワルド、ラズワルド・レミングスです!」

 右手を挙げながら元気よく言う。

 …レミングス?

 …まさか。

 「ちょっ、馬鹿っ!」

 ルーナは挨拶するラズワルドの口を両手で塞いだ。


 取り敢えず、ラズワルドとルーナを応接間に通す。

 ルーナの顔は強張っており、対照的にラズワルドは楽しそうにしている。

 バーミラに頼んで紅茶を用意してもらい、2人の前に並べる。

 「…それで、お二人はこんな真夜中にどうされたのですか?」

 子供が二人で出歩いていい時間じゃないでしょうに…

 「…ラズワ、…私の弟はおとぎ話が大好きで、私の国に昔からある本の登場人物が実在するかもしれない、と言い出しまして…。会いたいと聞かないものですから、一度だけ付き合ってあげたんです」

 そしたら、とルーナは続けようとしたところにラズワルドが言葉を遮る。

 「ほんとに居たんです!貴女が女王様ですよね?」

 ラズワルドは待ちきれない様子でソワソワしている。

 その手には昔、エイリークから貰った「勇者アルフォンス冒険譚」を持っていた。

 それも、かなり読み込まれているようで、背表紙には何度も開かれた折り目が付いている。

 「…そうですよ。その物語に出てくるエルフは私です。…もう、随分昔の話ですがね」

 「ふあぁー!」

 ラズワルドは何とも言えない感嘆の声を漏らす。

 「ルーナさん。幾らラズワルドさんが言い出したとしても、夜に子供二人で出歩くのは感心しませんね。ここら辺の森は野獣も出ますし、立ち入り禁止区域のはずです。なぜこんな危険なことを?」

 ルーナはばつが悪そうに唇を噛む。

 「…本当は本にあることなんて実際には関係なくて、たまには家を抜け出してラズワルドと遊びに行きたかっただけなんです…。私たちの家は厳しいから、夜にこっそり抜け出すしかなくて…。今日はたまたま、知り合いの用事でこの近くまで来たので、ラズワルドの探検に付き合ってあげられるのは今日しか…。…すみませんでした」

 ルーナは今にも泣き出しそうな顔をする。

 「お姉ちゃんは悪くないよ!僕がわがままを言ったんだ!…女王様、どうか許してください」

 ルーナの前に乗り出しラズワルドは必死で謝る。

 …そんなに私は怖いでしょうかね?

 「別に怒っているわけではありません。ただ、貴方たちが心配だっただけですよ。今度来るときは、こんな危ないことはしてはいけませんよ?」

 2人を嗜める。

 「…また、来てもいいんですか?」

 ラズワルドは恐る恐る聞き返した。

 「構いません。…ただし、私がここに住んでいることは内緒にしてくださいね?」

 7世も最終的に私と王国を切り離したいような口ぶりでしたし、言いふらされるのはあまりよろしくないでしょう。

 「分かりましたか?」

 2人に念を押す。

 「「はい」」

 素直で可愛いですね。

 「ありがとうございます。今日はもう遅いですから、宮殿に泊まってください。…家の都合は大丈夫ですか?」

 大丈夫でなければ、ソマリかバーミラのどちらかに家まで送らせましょう。

 よほど遠くでなければ、今の私の魔力でも事足りるはずです。

 ルーナの顔を見る。

 「…はい。早朝に帰れば」

 「大丈夫です!」

 ラズワルドも答える。

 「そうですか。なら…」

 「女王様、冒険時代のお話を聞かせて下さいっ!」

 私の言葉を遮り、ラズワルドがそう言った。

 


 2人は夜明けとともに眠ってしまった。

 私の話を聞いていたラズワルドが、うとうとし始めたと思うとすぐに眠ってしまい、それを客室まで運んだルーナもそのまま眠ってしまった。

 「私も少し、調子に乗ってしまいましたね…」

 私の冒険話を嬉しそうに頷いて聞くラズワルドに、浮かれてしまった。

 寝ている二人の顔を撫でる。

 「…もう、あまり似ていませんね」

 アルの髪は赤みがかっていた。

 シャロは銀に近い白髪。

 ルーナは赤毛ですけれど…

 「ラズワルドは黒ですね…」

 顔も僅かばかりの面影があるだけ。

 …仕方のないことなのでしょう。

 ルーナの言葉を思い出す。

 「…おとぎ話、か」

 もう、人間は私達のことを忘れつつあるらしい。

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