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頬杖のエルフ女王  作者: 佐々木研
頬杖のエルフ女王(AtoZ)
12/86

クレインは遷移する世界に先手を打つ

 「エリンシアは暇じゃないの?」

 アルはベルクトを肩車しながら、手に顎を置く私に言う。

 「…暇だ」

 少し前は、シャロが足繁く通っていたが、最近はあまり来ない。

 「何か欲しいものとかないの?知らないかもしれないけど、僕はもう王様なんだ」

 知ってるよ。

 私もだしな。

 「…うーん。そうだなぁ」

 織物でもしようかな?

 …そんな細かい作業、出来るわけないか。

 「革が欲しい。山羊とか羊とかの。それと紙やペン、インクもかな」

 後は何がいるんだ?

 …マークに聞いておけばよかったな。

 「いいけど。…何に使うの?」

 アルは不思議そうに聞く。

 「何って、これだけ聞けば分かるだろ。本だよ」

 「本っ!?…エリンシアが?」

 アルの目が見開かれた。

 「…何だよ。悪いか?」

 そんなに驚かなくてもいいじゃないか。

 「だってあのエリンシアが本を書くなんて…。どういうつもり?」

 アルは私の身を案じている。

 「だから言っただろ。暇なだけだ」

 マークに貰った言語辞典もあるし、字の勉強もしないとなぁ。

 「…分かった。専門家に聞いて、製本道具を一式、用意するよ。材料の製造法もまとめて次には持ってくる」

 アルはそう言うと、笑顔で私に微笑んだ。

 …まるで少年だな。

 もう、30も手前だと言うのに。

 「…変わらないな」

 笑ってしまう。

 「あははっ!エリンシアこそ。僕はもうおっさんだよ」

 


 「女王様、朝です」

 いつも通り、従者に起こされる。

 「…バーミラ。おはようございます」

 「はい。おはようございます」

 バーミラはいつも通りの無表情で返事をし、私の髪に櫛をかける。

 「…そのブローチ、気に入りましたか?」

 バーミラの胸元には赤いブローチが光っている。

 ソマリには青いブローチを渡した。

 彼女たちは、そのままだと見分けがつきませんからね…

 「はい。女王様から頂いたものなら何でも」

 バーミラは無機質な返答をすると、髪を結み始めた。

 

 書斎に入り、後日また訪れてきた7世の言葉をまとめる。

 ユリウス王は60歳を目前に退位なさるそうです。

 魔王領の開墾は彼の功績が大きいようですが、まだ人が住むには難しいと言っていましたね…

 息子のクレイン様は戦争に消極的な姿勢ですが、身にかかる火の粉を払うことをためらいはしない様子。

 いざ開戦すれば、全霊をもってことに当たるでしょう。

 「私も戦地に赴いた方がよろしいでしょうか?」と7世に聞いたところ、それはしないで欲しい、と断られてしまった。

 「女王様の力は強大です。使い方次第で一国を落とすことも可能でしょう。魔王城を陥落した時のように…。好戦的な国に変貌した王国では、貴女の力は麻薬です。それだけはどうか考えなおしてください」

 …それもそうですね。

 他力を当てにしている様では、きっと国として存続しないでしょう。

 そうならないようにマークは代々、準備していたのでしょうから。

 また、それとは別に大きな変化もあるとのこと。

 国が発展し技術の発展に伴い、魔術師の絶対数が減ってきているらしい。

 理由として、第一にエルフが居なくなったことが原因だと考えられています。

 エルフは排他的な種族ではありますが、交流が全くないわけではなく、人間の開発した技術の対価に魔術の知識を与えることも度々あったようです。

 それが、魔王軍の強襲により人間とエルフとの交流が絶たれ、今はもう300年近く経つ。

 魔術が衰退するのも頷けます。

 元々、魔術は生まれもった魔力が発動に不可欠ですから、人間にはなかなか扱うことのできない技術だったのでしょう。

 今や小規模の魔術すら扱える人は一万人に一人いるかどうかだそうです。

 …随分減りましたね。

 私たちが冒険していた時は少ないと言っても100人に1人はいましたのに。

 原因はもう一つあるらしい。

 これは私にはあまりよく分かりませんでしたが、何やら風や川の流れを原動力としたからくり装置が開発され、人々はそれらに注目し始めたようです。

 この装置は、今まで人力で頼っていた作業を劇的に変える革新的なものらしく、従来、魔術で行っていたことをこの装置で補うことが出来るようになったそうです。

 才能に依存した魔術師の必要性は薄れ、今現在、人間は新しい技術の発明に四苦八苦とのこと。

 また、その核心的装置の開発をしたのは代々マークを選出している教育機関出身者だったため、次期王のクレイン様は教育の重要性を説き、今では教育機関の増築や投資を行っているそうです。

 7世は、この行為は偉大な功績である反面、危険性を孕んだ選択でもあると言っていました。

 「クレイン様はからくり装置が軍事転用できると考えています。…確かにそれは可能でしょう。現在も連盟派出資の下、風力を使った槍の発射装置を開発しています。今はまだ難航していますが、それも時間が解決するでしょう。魔術師並みの火力を一般兵が疲労感もなく自在に操ることが出来るようになったとなれば、戦争の形態は激変します」

 彼はそう言うと深刻な顔になっていましたね…

 私には、これが軍事力の強化に繋がり、王国の明るい未来に一歩近づくと思うのですが…

 

 「女王様、そんなに根を詰められてはお体に障ります」

 書斎にはソマリがいた。

 「…もうそんな時間ですか」

 辺りはすっかり暗くなっている。

 「はい。ここ数カ月、女王様は碌に休みもせず書き物ばかり…。少しは休息なさってください」

 無表情で私に進言する。

 それくらいしかやることがないのだから赦して欲しいのですが…

 「…分かりました。今日はもう休みます」

 憶えていることは、なるべく早く書き留めたいのですがね…



 毛布に包まりこれまでの歴史をおさらいする。

 …それにしても不思議ですね。

 7世は現状を憂うばかりで、介入しようとする気がないようにも思います。

 私とは異なり、知恵が働き、王の傍にいらっしゃるのならば二人で相談すればよろしいものを…

 …今度、いらした時に聞いてみましょう。

 疑問点は今のうちにまとめておいた方がいいでしょう。

 …7世との最後の会話を思い出す。

 「それで、女王様はこれから如何なされますか?」

 前回、先送りにした問い。

 会談中、7世は笑顔を絶やすことはなかったけれど、この質問を問いかけた時の顔は忘れられません。

 …嬉しさと悲しさを混ぜ合わせたかのような。

 やはり、王国としては私の魔力の恩恵を無視することができないのでしょう。

 マーク個人としては私をここから解放したいけれど、国としてはまだ必要…

 きっとそんなところでしょうね。

 …私の答えは決まっている。

 「私はここに残ります。アルとシャロ、マークとの約束ですから」

 …たとえ王国がどんな決断を下そうと、私が孤独に苛まれようと、王国がなくなるその日まで、私は王国の大地に豊穣をもたらしましょう。

 「…よろしいのですか?」

 7世は私の答えを予測していたようで、特に驚きもせず聞き返す。

 …少し、呆れた顔をしていますね。

 「えぇ。…お心遣い、感謝します」

 愚かな選択だとは思いますが、不思議と間違っているとは思えませんでした。

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