オープニング
魔王を殺したのはもう何年前かな…。
宮殿の玉座に座り頬杖をつきながら、昔の記憶を遡る。
アルも、シャロも、みんな死んでしまった。
マークもいずれ…
アルは勇敢で、困った人を見ると助けずにはいられない少年だった。
魔王領を占領した時、混乱に乗じて暴徒と化した魔族に困った街人に、救いの手を差し伸べている姿を見た時は、さすがに呆れたけど。
シャロは病弱だったけど、誰よりも優しくて慈愛に満ちた女性だった。
誰よりも弱く、誰よりも争いを好まないが故に、誰よりも弱者の味方であり続けた。
結局、最後まで嫉妬狂いの性格は直らなかったな。
マークは冷静で頭脳明晰なアルの幼馴染だ。
彼の戦略で何度も窮地を救われた。
私とはそりが合わなかったけど、アルの生前から王国の繁栄を誰よりも考え、死後もなお、アルの血族に使える宰相の地位に収まり続けている。
「女王様、使者が参られました」
魔力で召喚した従者が私に呼びかける。
「…分かった。通しなさい」
今回は誰?
従者二人によって開かれた扉の先には、年老いて白髪だらけの老人と、青年、小さな子供がいた。
「よう。相変わらずだな。元気にしてたか?」
マークは気安く私に話しかける。
「これはベルクト王にマーク様、お久しぶりでございます。今日はどのような御用でいらしたのですか?」
「畏まるな。今日はそんな用じゃない。ただの顔見せだ」
マークは4人で冒険していたあの頃と同じ口調で続ける。
「ですが、国王の前でとなると些か不敬だと…」
「構いませんよ。エリンシア様」
…。
「…ベルクト、王が遜るものじゃありません」
この子はまったく…。
「ははっ。そうでしたね」
ベルクトは嬉しそうだ。
「…お父様、この人は?」
小さな子がベルクトの裾を引き、尋ねている。
ベルクトの子か。
もう、そんなに時が経ったのか…
「昔、僕のお父様やお母様、マーク様が魔王と戦った時に助けてくれた仲間だよ」
ベルクトが子供に語り掛ける。
「おじい様が?」
子供の目が輝いている。
…懐かしいな。
アルとシャロに連れてこられたベルクトもこんな顔をしていた。
ベルクトはどちらかと言うとシャロに似ているが、この子は出会ったときのアルにそっくりだ。
「…君、お名前は?」
子供に向かって尋ねる。
「く、クレーべ。クレーべ・レミングスです、女王様!」
クレーべは緊張交じりに一礼して挨拶をした。
「マーク、それであの二人を引き連れてなんの用?」
応接間で紅茶を啜る彼に要件を聞く。
「だから、顔見せだと言っただろう。クレーべ様が生まれて、ある程度大きくなったから見せに来た。どうだ?アルフォンスそっくりだろう?」
マークはなぜか得意げに言う。
「…そうね。笑った顔なんて特に」
クレーべは城内の探索したいと言い出し、ベルクトがそれに着いていった。
この子も冒険が好きなのだろうか…
「でも、ここに来るのは、15歳の成人の時にって話じゃなかった?」
クレーべはどう見ても成人している様には見えない。
「…実はな、俺はもう長くない。医師には1年と言われている。クレーべの成人まではどうあがいても持たないだろう。…だから最期くらいお前に会っておこうと思ってな」
どんよりした空気が立ちこめる。
「貴方、いくつになったっけ?」
「今年で60になる」
60歳…。
…あれからもう40年近く経ったのか。
私と出会ったのが確か、アルとマークが10歳の時。
そこから10年以上共に旅をして、その間にシャロと出会って、魔王を討伐して…
アルは王国の国王になった。
「時が経つのは早いな…」
「…そうだな」
私の呟きにマークは小さく相槌を打った。
「…済まない」
マークは突然、謝罪の言葉を告げる。
…。
「私が望んだことだ。謝るな」
魔王討伐後、静かに暮らしたいと要望を言ったら、こんな山奥に宮殿を建ててくれたんだ。
感謝こそすれ、恨むことはない。
「それではない。君を独りにしてしまうことが、だ」
…そういう事か。
「仕方ないことだよ。こればっかりは」
エルフには寿命がない。
人間と仲良くなれば、別れは必然。
…そんなこと、旅を共にするときから分かっていたことだ。
それなのに…
いざ、別れの時が来ると名残惜しい。
これから私は独りになる。
気心の知れた人はみんな、死んでしまうのだから。
「…ふっ。可笑しなもんだ。旅の間は喧嘩ばかりしてたのに」
今や最後の仲間であるマークが私に頭を下げている。
人間は成長が早く、変わるのが早いな。
「いつの話してるんだよ」
マークは「茶化すな」と手を振る。
そうだけど…
「私にとっては、ついこの間だよ」
マークの顔に陰りが差した。
「それではエリンシア様、また伺います。今度はクレーべが成人した時に…」
ベルクトはそう言うと頭を下げた。
「えぇ、お待ちしております。…クレーべも私のことは忘れないでね?」
「はいっ!」
クレーべは元気よく私に返事をする。
やっぱりその笑顔は、私を冒険に誘ったアルそっくりだ。
「エリンシア様、どうかこれからもレミング王国に豊穣をもたらしてくださいませ」
マークは手を胸に置き、深々と頭を下げる。
「…畏まるな。でないと聞かんぞ」
マークは困った顔をした。
…最期くらい、いいじゃないか。
「…じゃあなエリンシア!君との旅は最高に楽しかった。ベルクトとクレーべ、それにレミングス家をよろしくな!」
「あぁ、私も楽しかった!この子たちは任せろ」
…泣き虫マークはこの年になっても直ってないらしい。
3人が帰り、玉座は再び沈黙に包まれた。
1人の従者が私に近づきハンカチを渡す。
「女王様、これでお拭き下さい」
「煩い。…私に構うな」
差し伸べられたハンカチを私は乱暴に奪い取った。
不定期掲載です。
顛末は頭にあるので、今、毎日掲載しているDouble Bindが終わり次第、書きます。
こっちの方が人気になればこっちを毎日掲載しますので、ぜひ評価等を。