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いりぐち

……現実逃避だって? うん知ってるー。だってさ考えてもみてくれよ。いよいよ喰われるもうお終いだ俺の人生よさらば! と思って首を上げたら、一メートルすぐ上できらきら華やか蝶どもが、ばりむしゃあと元気に植物に喰われていたら誰だってそうなるだろ。


くぐもった悲鳴が耳を劈き、やがてか細い声となっていく。

「食虫植物か……」

これって、うん。最初左に行ってたらアウトだった奴だよね……あああ枝様ありがとうほんっとにありがとう! お前のお陰でこうして元気です! 五体満足無事に生きてます酷いこと思って本当にごめんなあああ!

今は飛び込んできた餌に夢中になっている植物は、此方なんて見向きもしていない。けれども蝶を喰ったら次にロックオンされかねないので、さっさと逃げるに限る。

音を立てないように、そろりそろりと来た道をまた戻って行った。



……後ろを振り向き、何も追っ掛けてくる気配が無いことを確認し、一息吐く。

そのまましゃがみ込んで、逸る心臓を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸。ある程度息が整ったところで気になる単語を思い出した。

「王様のお客様、ってなに?」

え、俺お客様なのに喰われそうになったの? あの蝶たち不敬じゃね? まぁ、逆に食虫植物に喰われてたけどさ。

取り敢えず状況を整理してみよう、と思ったが情報が少なすぎる。えぇと、要するに王様から招待を受けたから、こんな薄気味悪いとこにいるという事だけは解った。だからお客様と呼ばれてるとして……いやいやいや、んな手荒な招待があってたまるか。


よおし、さっさと帰ろう。招待された覚えなんて無いからと、知らぬ存ぜぬを突き通してしまえば良い!

とは思ったものの、帰り道は王様しか知らない。なんて言われてしまえば終わりだ……どうしよう、こんな無茶苦茶な招待してくる王様なんて会いたくない。全力で拒否したい。

ああもうやだよどうしたら良いんだよ。このまま此処に居ても埒が明かないってことしか解らねぇよちきしょう……

いつの間にか治まっていた頭痛にほっとしつつ、のっそりと立ち上がれば、木々の隙間から何やら建物っぽいものが見えた。

ぱちぱちと瞬きをして、目を凝らしてみる。何度確かめても其処に有るということは、どうやら見間違いじゃないみたいだ。

相棒の棒(何か駄洒落っぽいのはちょっと置いておこう)を右手で構えて、さあいざ行かんと一歩踏み出す。

どうか、化物が住む洋館とかそういうパターンじゃありませんように。

だって、ほら、屋根はえんじ色、壁はクリーム色、煙突だって窓だってあんなに綺麗に掃除が行き届いている様な感じだっていうのに、実はお化け屋敷でしたとか御免被るからね。


近付けば近付く程に、いかにも最近建てました、っていう佇まいの洋館がどーんと主張してくる。

それに比例して、俺の棒を握る手にも力が入る。いつ何が来ても良いように、この棒が唸りを上げられるよう準備は万全だ。

一歩一歩すり足で進みながら、目線はきょろきょろとせわしなく前や後ろ、右へ左へと動かすが、何事もなく、洋館の入り口へ辿り着いた。

はぁ、と深く深く息を吐く。物凄く、もっのすっごく緊張した。こんなに緊張したのは小学校の学芸会で木の役をやった時以来だ。

なんて、冗談を考えられるくらいには精神状態も回復してきたので、取り敢えずは良かったと思うべきだろう。ずっと緊張しっぱなしじゃ疲れるし、意表を突かれてはいご臨終とか笑い話にもならない。

何か手掛かりが眠っていそうな洋館の、立派な玄関に呼び鈴はなく、茶色の重厚なドアがどっしりと構えている。

ノックをしようにも、だいぶ厚そうなこの扉じゃ向こう側まで聞こえないだろう。

……不法侵入という四文字が頭を過るが、背に腹は変えられない。もし、もし話の通じる住人が居たらひたすら謝り倒そうと決意して、扉をそうっと引いた。うん、もちろん扉の影に隠れながらだ。開けた瞬間、ぐさっ、やら、どすっ、とかは遠慮願いたい。

ゆっくりゆっくり時間を掛けて開くが、何か絡繰りが動くような音も、化物が徘徊してそうな音も聞こえない。

念には念を入れる為、まずは棒をそっと突き出して、上下に振ってみる。よし、大丈夫そうだ。次にそろっと顔を出してみる。中は少し暗いが、何もいなさそうだ。

これならいけそうだと、そろりそろり洋館の中へ入って扉をそっと閉める。開けっ放しにして、またあの蝶みたいなのが入ってきたら嫌だし……閉じ込められる可能性には目を瞑っている。大丈夫、きっと何とかなる筈だ。多分。



中に入ってまず驚いたのが、目の前にある立派な階段だ。手摺には金メッキでも張ってあるのか本物なのか区別はつかないが、きらきら輝く金色が細かい装飾と相まって、薄暗いのにも関わらず華美な印象を受ける。

二階には右と左に廊下があり、その先は真っ暗で見えない。ちょっと行くのを躊躇うレベルである。

一階も同じく、階段の両側に廊下があり、こちらは等間隔で蝋燭台に火が灯っていた。明るいってだけで安心するよね。明かり万歳。

そして、右隣にはお洒落な花瓶(花は飾られていない)とシンプルな木の台。左隣には、よくファミレスとかで順番待ちする時に記入する記帳台。

古ぼけた様な、若干黄ばんだページの左上には

≪名前を頂戴≫

と一言だけ書いてあった。

白銀に輝く羽ペンと真っ黒なインクが、準備万端とアピールするように隣に置いてある。

羽ペンなんて生まれてこの方一度も使ったこと無いんだけれど、取り敢えず浸せば良いのかよく解らん。名前を頂戴って意味もよく解らん。この洋館に入るには、名前の記入が必須なんだろうか。



無視して入ってもいいけれども、それはそれで何が起こるか解らなくて怖い。

まぁなるようになるだろと、浸したところで上から声が降ってきた。

「苗字だけお書きなさい」


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