始まり
目を覚ませば森の中。陽の光も射し込まない程に枝葉で覆われているせいで、辺りは暗く、今が昼なのか夜なのか解りはしない。
目の前の現状を理解しようと努めるも頭痛が酷く、体の節々が痛んでいて、起き上がるのすら一苦労だ。何でこんな所に居るのか、此処に来るまで自分が何をしていたのか思い出せないなんて、まるでフィクションの世界だという己の考えを一笑に付した。
何を自分は思っているのだ、馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう。そう思いたくとも、見たことのない植物や、聞き覚えのない鳥の声は現実を突きつけるのに充分な物で。
取り敢えず10分くらい体を休めようと大の字になって深呼吸をし、痛みが少し緩和されたところで、体に鞭を打って立ち上がり土を払った。
考えれば考える程解らないのだが、何故こんな薄気味悪い場所にいるのだろうか。先程まで高校生だった己が不可解な現象に巻き込まれるなんて、まるで昨今のゲームやライトノベルを体現しているかの様でほんの少し苦笑を漏らす。
確かに、少しだけ非日常に憧れてはいた。剣と魔法のファンタジーの世界へトリップして、勇者として活躍したり、超能力を使ってみたり、空を飛んだり。こういう非現実的思考は、あくまで夢想だからこそ胸が高揚するし楽しいのだ。実際問題現実に起きてしまえば面倒な事は解りきっている。現に今がその面倒事だ。
……あぁもうこれが夢だったら良いのに。考えても詮無い事は未だ続く弱い頭痛で実証済みだ。夢の中でも痛みに悶えるなんて御免被る。
さて前述した様に、此処がゲームなどでよくある異界擬きなら、出来そうな事は二つ。ナニかに殺される前に此処で自害するか、希望的観測を持って前へ進むか。
なんて選択肢を上げては見たが、最初から答えは決まっているのだけど。
よし、生き残るなんて無理だ死のう! なんてぽんと死ねる勇気なんてさらさら無い。そんなの出来る奴は狂人か馬鹿か余程の自殺志願者だろう。
やりたい事だって、夢だってまだまだ沢山あるのだ。こんな所で立ち止まってなどいられない。
さあ、どちらに進むか運任せだ。ぽつんと落ちていた細長い枝を拾い、地面に垂直に立て、手を離せば、枝は右に向かって倒れた。
もし仮に死ぬなら死ぬでそれまで足掻けば良い。足掻いて生存確率が上がるかもしれないし、それでも駄目だったらそこまでの人生だったってだけだ。もちろん未練は人並み以上にあるので、事切れる瞬間までみっともなく生に縋る自信はある。
それに、それに本気でフィクションの様な世界なら、元の世界に戻る方法も可能性としてはあるだろう。取り敢えずは先に進むべきだ。考えるのは道中でも良い。
何となく枝を拾い上げ、後ろ手に引きずりながら右の道へと歩き出す。ひたすらにひたすらに、帰り道に続くと信じて。
――歩いて幾許か経った頃、きゃらきゃらと甲高い声が遠くから聞こえてくる。人がいるのかこの世界のことを何か知っているのか。逸る気持ちを抑え、音を立てないようにそっと早歩き。敵か味方か解らない状況、危険があってからでは遅いので、まずば遠目で確認しよう。そんな俺の思いとは裏腹に、声の主がひょこりと二つ木の陰から顔を覗かせた。
「ねぇ見て、あの子って迷子なのかしら!」
薄紅色の羽を持つ蝶が、此方へ指を? 脚を? 指す。驚愕すべきはその大きさだ。ざっと見積もって自販機くらいの大きさはあるんじゃないのか?
「いいえ、あの子って王様のお客様よ!」
隣に居た水色の蝶が、ゆったりと羽を動かしながら答える。
「王様のお客様なのね!」「ええ、でも迷子なの!」「お客様で迷子なのね!」「迷子でお客様なのね!」「あらあらなんて事!」「なんて事でしょう!」「なんて可哀想なのかしら!」「可哀想な子だわ!」
ピアノの連弾の様に掛け合いが途切れる事無く続いていき、口を挟む事すら出来やしない。まぁ、蝶が喋ってる時点で怖くて舌が動かないと言った方が正しいのだが。
「哀れだわ!」「惨めだわ!」「私たちの様に美しい羽がないなんて!」「見て! 足なんて4本しかないわ!」「あれではお空を飛べやしないわ!」「あれでは不便で仕方が無いわ!」「そうだわ!」「そうだわ!」「可哀想な子は食べてあげましょう!」「可哀想な子は食べてあげましょう!」
さぁて、ここで残念なお知らせです……ジ・エンド オブ 冷静な俺! おかえりビビりの俺!!!
今までパニックで動けなくならない様に、ひたすら冷静沈着スマートな何事にも動じない無敵でCOOLな男を意識してみたけど無理無理無理無理無理無理むーりー!!!
え、俺、あんなよく解らない化物に殺されるの? 喰われちゃうの? 死ぬなら歳上美人のお姉様に
「何で私を置いてくのよ……」
と涙ながらに見送られつつ老衰か、ヤンデレ可愛い僕っ子に
「あの世でもずっと一緒なんだからね、僕が逝くまでちょっとだけ待っててよ!」
と笑顔で見送られつつ老衰希望なので、こんな死に方は絶っ対認めないいい!! さっき死ぬ瞬間までみっともなく生に縋るとかなんとか言ったけどあれフラグ立てちゃってたのマジかよふざけんなあああ!
痛む体を叱咤して、必死に足を動かし来た道を逆走していく。体の節々がまだ痛んで仕方ないけれど、命の危機にんなの構ってられるかってんだよおおお!
先程まで寝ていた場所を通りすぎ、選ばなかった左側へ猛ダッシュ。枝のばか、大馬鹿やろー! 枝が右を選ばなければこんな思いしなくてすんだのに! と責任転嫁しながらただひたすら走った。
嘲笑う声がどんどん近付いてくる。振り向いたら負けそんな時間が勿体無い。頭の中は逃げなければでいっぱいで、足下が疎かになってしまった。
小さな小石を踏んで足を取られ、勢いよく転けて見事なでんぐり返し。
わぁい小学校の体育の授業だったら満点もらえたねこれ。
お読み頂き有難うございました。
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