姫と本とヤカンと未来
昔々のお話です。
魔物が人を襲い、悲しんだ人々は神に祈りを捧げました。祈りを聞き届けた神々は人々の前に姿を見せ、与えられた力で人々は武器を使い、また魔法の力で対抗していたのです。
人々は集まり数多くのやがて国という大きな集団になりました。その中の一つにアタリ王国という国がありました。アタリ王国はとても大きな国で沢山の勇者や偉大な魔法使いを輩出しました。
そんなアタリ王国なので、魔物や魔族に対してはあまり困ってはいません。
国民の話題になるのは、次の代の王様が居ないこと。そう王様の世継ぎがいなかったのです。
種無し。畑が駄目。勿論そんな事を直接王様に知られれば不敬罪で自分の首が飛ぶ(物理)所か、一族みんなの首が飛んでしまうのです(物理的に)が、幸いアタリ王国はとても大きな国です。小さな村の村長の不倫をささやいている所に、たまたま村長の奥さんがやってきて、大騒動を巻き起こすような偶然は起きるはずがありません。
アタリ王国は長く続いている国でもあるので、世継ぎが生まれなければ遠縁の親戚から適当に王様を見繕うだろう、みんな噂しながらもそんな風に考えていました。
そんなある日の事です。
アタリ王国の王様に待望の子供が生まれます。
男の子ではありませんでした、世継ぎが産まれた事に町中は大フィーバー。
犬は喜びワンと鳴き、イカした彼女はフォウッ!と踊り、死んだ爺さんはよみがって、村長は勢い余って隠し子が居ることまで暴露して、妻にグーで殴られたりしたのです。
しかし一つだけ悲しい出来事がありました。
アタリ王国に産まれた玉のような姫様。それはそれはとても虚弱だったのです。
スペランカーFC虚弱群と診断された姫は、ベッドから転げ落ちると致命傷を負います。
そればかりか木の葉の雫がおでこに落ちただけでも、おでこが赤く腫れ上がってえーんと泣いてしまうような虚弱さだったのです。
王様はうんうんと唸って考えました。
まずは身の安全を確保するために寝室からは出ないようにと姫を閉じ込めました。
お城の中には普通に考えれば問題ない場所でも、姫にとっては危ない場所ばかりなのです。
階段から落ちたら致命傷は免れないでしょう。最悪死んでしまうかもしれません。
そればかりか出会いがしらに少し急いでいる文官にぶつかったり、自分で転んだだけでも大変な事になるのです。
姫はとても悲しみましたが、仕方がないことだと諦めました。
そうして日がな一日、何かあったときに回復魔法をかけられる神官と同じ部屋で布団の上でごろごろとしながら過ごしました。
ベッドは危険なので、床に直接布団を敷いているのです。ゴロゴロ、ゴロゴロ。
そうして過保護に育てられた姫もやっと10歳になりました。
10歳になるまでに死んだ回数は35回。もう死ぬことにも慣れました。
寿命で死んだ際には生き返れないのですが、アタリ王国の神官の手にかかれば蘇生など、おちゃのこさいさいです。
悲しいことにアタリ姫、また死ぬ。見向きもされないB級ゴシップ誌の見出し程度にしかならなかったのですが、流石に35回ともなると国民も怒り出します。
蘇生魔法には貴重な素材が必要でそれが国庫を圧迫し始めたのです。
とっとと次の子供を作れ! そんな怨嗟の声を上げる人々も居るくらいでした。
「わたくし、また死んだのですね。国民の皆に迷惑をかけるくらいならば、そのまま死んだままでいいのですけど…」
「何を言うのですか、姫! その病、我々がきっと治して見せます故、それまえはどうか…!」
そんなやり取りももう聞き飽きている姫です。
部屋から出られない姫に友達はいません。
父や母から与えられる本だけが友達でした。
昔の勇者の冒険譚や、間違って紛れ込んだ父が母を口説いていた際に書いていた日記、国庫の収支表など文字の書いてあるありとあらゆるものを読みました。
そして自分がいかに国にとって邪魔な存在なのかを、いやがうえにも学んだのでした。
そんなある日、ふと読んでいた本に素敵なものが載っているのを見つけました。
――魔法のヤカン――
そこの中に閉じ込められた神は呼び出した者の願いを叶えるという素敵なヤカンです。
そのヤカンさえあればこの虚弱な身体もきっと治せるはず。藁にもすがる思いで姫は王様である父に頼みました。
魔法のヤカンを見つけ出した者には、一生遊んで暮らせるだけの金を与える。
姫の我侭に王様は応えましたが、これがアタリ王国へのとどめとなりました。
ヤカン一個を見つける為に大金がつぎ込まれ、各大陸に出征し沢山の人が死にました。
そんな大事にする気はなかった姫ですが、動き出した運命はもう止まる事を知りません。
飼い犬を亡くした男の子や、右腕を無くした兵士、寿命で死んだ村長の奥さんまでが一緒になってお城に詰めかけました。
綺麗だった城はボロボロにされ、王様は八つ裂きにされました。王妃様がどうなったかは全年齢向けなので書くのは止めましょう。そして姫は、城の地下の倉庫に閉じこもってブルブルと震えていました。
自分のせいでこんな事になってしまった。
姫は自分を強く責めました。取り返しのつかないことはわかっているますが、自らの命を断つ位しか責任の取り方が思い浮かびません。
ふと目を上の方に向けると、汚い棚の上に一つのヤカン。
あれを頭の上に落せば虚弱な自分の事ですから、きっと死ねるでしょう。
そう考えて近くにあった棒を使って、ヤカンを落します。しかし悲しいかな、ヤカンは姫を外れ、カーンと高い音を立てながら床を転がっていったのです。
死ぬことも出来ないと自分を責める姫。
そこに「我を呼び覚ましたのはうぬか」と声がかかります。
なんとそのヤカンこそが姫が捜し求めていた魔法のヤカンだったのです!
ヤカンから出てきた紫色をした神様は言います。
「我を救い出した姫よ。願いを言え。一つだけ叶えてやろう」
「この争いを止めて、平和なアタリ王国へと戻してください」
「その代償として姫の命を貰う。それでも良いか?」
「構いません」
姫がそう言うが否や紫の神様のおなかの辺りに大きな穴が開いて、姫を丸呑みにしてしまいました。
「これが久しぶりの人間の味か。ふはははは、我に力が戻るぞ! この魔王ピーエンシージンの力! とくと思い知るが良い!」
ヤカンの中身は神様ではなく魔王でした。
そして魔王は取り戻した力を使って、人々を殺してまわりました。
こうしてアタリ王国は静かになりました。
争いをする人々がいなくなったので争いは止まり、いがみ合う人々がいないので平和になったのです。
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目の前に居る少年に私は語りました。そうアタリ王国の滅亡の瞬間を。
このかつてはアタリ王国だった土地の片隅の小さな場所。それが私の居場所です。
景色が変わらないことには慣れています。もう何年も何年もずっとここにいるのですから。
魔王ピーエンシージンの力の源となった私の身体は粉々になりましたが、魂はこの場所に捉えられています。肉体と魂は表裏であり、陰陽です。どちらかが欠けても成立しないので、人が誰も来ないようなこんな場所に私の魂を縛り付けたのでしょう。
私は罰としてそれを受け入れました。
魔王は好き放題にしているようですが、魂だけの私にはそれをどうにかすることは出来ません。
強大な魔王の力の前では多くの勇者達が倒れていきました。
魔王の目は私の目なのでその光景が時々ですが見えます。とても悲しい光景でした。
時折、バラバラになった身体に力を入れて、魔王の動きを止めるくらいしか出来ることはないのですが、一瞬の隙に当てられた攻撃程度では魔王はびくともしません。
そんな日々が続いていたある日、私の部屋に一人の少年がやってきました。
「こんなところで何をしてるの?」
「誰かが本を持って来てくれるのを待っているの」
少年が来たことに吃驚して咄嗟に出た言葉がそれでした。
「じゃあ僕が持って来てあげるよ」
耳まで真っ赤にした少年はそういうと直ぐに居なくなってしまいました。
それからというもの、少年は時々私を訪ねては本を置いていってくれました。
すぐに帰ろうとする少年を呼び止めて沢山の話をしました。
今の時代の事、魔王の事、少年の事。そして私の事を聞かれて話したのが先ほどの話です。
少年は私の話を聞いて呆然としています。本当の事なのか判断しかねているのでしょう。
聞かれたから答えた私としてはちょっと不服なのですが、仕方がありません。
だってアタリ王国は200年も前に滅んでいるのですから。
いいタイミングというべきなのか、不意に背筋をぞわりとした感覚が走ります。
魔王が次の勇者の到着を感知したのでしょう。次の犠牲者が出る前に、ずっと考えていたけれど実行できなかったあの事を試してみるべきでしょう。
本当は少年と会った時に試すべきだったんでしょうね。
私はやっぱりこういうところで我侭です。
久しぶりに読んだ本が面白かった。
久しぶりに人との語らいが楽しかった。
いいえ、少年と話すのが楽しかった。
だから今を生きる少年には、明るい未来が待っていて欲しい。
私は少年に近くに寄ってもらうように手招きをして、その耳元で囁くように言います。
「私を殺して。そうすればきっと本当に平和になるから」
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少年が涙を流しながら街に帰って数日が経った頃、魔王が死んだという話が噂になり始めました。
最初は半信半疑だった人々も、実際に勇者が帰ってきたのを見てきた人々の話を聞いて、歓喜に走り回るようになりました。
なんでも勇者が魔王に対峙し、魔王が玉座から階段を飛び越して降り立った瞬間に膝から崩れ落ちるように消滅していったとの事です。まるでスペランカーFC虚弱症のような弱さだったそうですが、少年にはどうでもいいことです。
だって魔王がいなくなっても君がいないんじゃ、意味が無いじゃないか。
三点お題。
本、ヤカン、最弱の幼女。
ジャンルは悲恋。