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いつまでたっても肝心の流星群は現れなかった。
私たちの自由研究は、ついに夜中まで続くことになった。
でもまあさすがに夜中までとなると、脱落する班員も増えてきた。
眠いから、親が心配するから、そんな理由でみんな帰ってしまった。
ツバキは帰らなかった。どうやら家がこの近くにあるらしい。後で見に行こうかな。
「……マイコ、とうとう俺たちだけになっちゃったな」
「……そうだね、みんなそれぞれ事情があるもんね」
つまり今、私はツバキと二人きりなのだ。こんなチャンス滅多にない。意地でも帰るもんか。
さっきから心臓がうるさい、ツバキに聞こえてはいないだろうか。
「マイコは帰らなくて大丈夫か? 親とか心配してるんじゃ……」
「ううん、大丈夫だよ! ツバキは優しいね、私の心配をしてくれるなんて」
褒める、褒めて嬉しくない人はいない。
ツバキを褒めるのはちょっと恥ずかしいけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
なんとしてでもここで距離を縮めておかなければ。
「マイコは大事な『友達』だからな」
「……大事な『友達』かあ……」
ツバキはまだ私を『友達』とでしか見ていない。恋愛対象には見られていないのだ。
どうしたら私に振り向いてくれるのだろう。
……まさか、ツバキは好きな人がいるのかな?
「ねえツバキ、変なこと聞くけど……」
「なんだよ?」
「ツバキは、さ、その……好きな人とかいるの?」
もしツバキに好きな人がいたらどうしよう。
その人がいる限り、絶対私に振り向くことはない……
「好きな人? うーん……俺はいないかな、恋とかよくわかんないし」
そっか、そうなんだ。
「へえ……てっきりツバキには、好きな人がいるのかと思ったよ」
そうだ、いないんだ。
ということはつまり、私でもツバキの心に入ることができるっていうことだ。
十分だ、勝ち目は十分にある。
ツバキが私を好きになるという可能性はゼロじゃない。
たとえ一パーセントでも可能性がある限り、諦めちゃいけない。諦められない。
「……流星群、来ないな」
「もう少し待ってみよう?」
私たちが何時間待っても、流星群は現れなかった。
こうなるとだんだん不安になってくる。
本当に予定は今日だったのかな? 私は間違ってないよね?
もし間違っていたら、ツバキにすごい迷惑をかけたことになる……
ツバキと一緒にいられるのは嬉しいけど、それでツバキに嫌われてしまったら……?
私は下を向き、すごく不安な気持ちでいっぱいになった。
その時ツバキは呟いた。
「流れ星」
「え?」
一瞬空で何が起こっているのかわからなかった。
輝く星空に、流れる星。もしかしてこれって……
「ペルセウス流星群……待ったかいがあったぜ……」
「……そうだね、すごく綺麗……」
降り注ぐ流れ星は、それはそれは綺麗なものだった。
その流れ星を今、私はツバキと一緒に見ている。
まるで恋人同士みたい。自分で言うのもアレだけど。私は、ツバキと恋人だという勝手な妄想に酔いしれっていた。
「あっ写真撮らないと! それとレポートも書かないといけないな。マイコ、レポート書いてくれないか?」
「あ、うん、わかった」
そうだった、ツバキは私の『恋人』として来てるんじゃなかった。
あくまで『自由研究』をしに来たんだった。そうだった、そうだった。
「望遠鏡でもあれば、もっとよく見えたのかな」
「どうだろうな、肉眼でも結構見えるけど」
理由はなんだっていい、今こうやってツバキと星を見れるならそれでいい。
流れ星は私たちの仲を祝福しているようにも見える。
黒色の空に輝く白い点、さらに流れる輝く白い線は今、私とツバキの仲を祝福しているのだ。
なんてロマンチックなのだろう。なんて幸せなのだろう。
ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに。
永遠にこの時間が続けばいいのに。
「マイコ、俺マイコと見れてよかったよ」
隣では愛する人が微笑んでいる。
こんなに幸せなことが他にあるのだろうか。
「私も、ツバキと一緒に見れてよかった」
まるでこれ告白みたい。最も、ツバキはきっと無意識で言っているのだろうけど。
この想いを伝えられる日は来るのかな。
いつか二人は結ばれるのかな。
「マイコ」
「なあに?」
「俺さ、実は今日すごく楽しみだったんだ。だってこんなこと滅多にないだろ?」
「そうだね。流れ星を見れるなんてチャンス、あんまりないもん」
「いや、そうじゃなくてさ、こうやって友達と一緒に見られることだよ。だって流れ星が降る時間って、夜とか夜中だろ? 友達とは一緒に見られないじゃん。だから友達と一緒に流れ星を見られるなんて、実はすごく贅沢で幸せなことなのかな……って」
ツバキはいつになったら、私を恋愛対象としてみてくれるのだろう。
『友達』じゃなくて、『恋人』になりたいのに。
だからちょっと『友達』という表現は傷つくな。私たちがそこまでの関係だって、言っているようなものだから。
「……私もね、ツバキとこうやって一緒に流れ星を見れて、すごく幸せだよ。もうこのまま、時間が止まってほしいくらいだよ」
「……そうだな。すごく綺麗だもんな、流れ星。ずっと見ていたいくらいだ」
ツバキのその瞳には流れ星しか映っていない。私を映していない。
どうしたらツバキに見てもらえるのだろう。
ここまでくると、流れ星に少し嫉妬してしまう。いいなあ、流れ星。ツバキに見てもらえてさ。
「あっと! そうだった! 写真!」
「ツバキ? カメラ持ってきてたの?」
「ああ、流れ星を撮ろうと思ってな」
さすがツバキ。準備がいいなあ。
私もカメラを持ってくればよかった。そしたらツバキをたくさん撮ることができたのに。
あー、そこまで頭が回らなかったなあ……
「レンズ越しでも綺麗なのがすごくよくわかる……晴れてよかったな」
ツバキは夜空にカメラを構えている。
私も撮ってほしいな……なんて。
「そうだマイコ、記念に一緒に写真撮ろうぜ」
「え!」
まさかの展開! それって……ツバキとツーショットってこと?
すごく撮りたいけど恥ずかしいな。私写真写り悪いし……
「ほら、もっとこっち寄って」
「え、うん……」
私は今、ツバキに肩を抱かれている。しかもツバキの顔がものすごく近い!!
ゆでダコのように真っ赤になっている私は、ツバキから視線をそらすことしかできなかった。
恥ずかしくて、ツバキの顔を直視できない。
「流れ星が背景の写真って、後から見るとすごく幻想的に見えるよな」
「そ、そうだね……」
私は今それどころじゃない。
こうやって立っているだけでもう、倒れちゃいそう……
「ほら、下向かないで笑って」
「う、上手く笑えないよ……」
「ちょ、マ、マイコ、顔すっごく引きつってるけど……ははは」
「もう~!笑わないでよ」
またツバキに笑われてしまった。これでツバキに笑われるのは何度目だろうか。
どうやら私は今、すごく変な顔をしているらしい。
だって仕方ない、好きな人に肩を抱かれて、好きな人の顔がすぐ近くにあって……
「はい、チーズ」
「ち、ちーず……」
ぎこちない笑顔を作り、ツバキとのツーショットを撮った。
「マイコ、やっぱり変な顔してる、緊張してたのか?」
写真を確認しながらツバキは言う。
「写真撮るときは誰でも緊張するよ…」
特に、好きな人と一緒のときは、ね。
「ああそうだ、写真。できたらやるよ」
「あ、ありがとう……」
初めてのツバキとのツーショット。
私の顔は最悪だったけど、私のとても大切なものになった。
ツバキは写真でもかっこいいなあ……
「あとマイコ、レポートは?」
「あっ……そうだった、忘れてた!」
ツバキを意識しすぎて忘れてた。私はレポートを書くんだった。
いけないいけない、うっかりするとまたツバキに笑われてしまう。
「……レポートは家でも書けるかな。流れ星について、まだまだ調べたいこともあるし」
「ははっ、マイコ意外と勉強熱心なんだな」
ツバキとの大切なこの時間、レポートなんか書いてる場合じゃない。
もっとツバキとの時間を大事にしなきゃ。レポートなんて後でも書ける。
「でも嘘みたいだ。あんなに理科を嫌がってたマイコが、今すごく楽しそうな顔してるもん」
「え? そ、そう……?」
多分それはツバキと一緒にいるからだ。
無意識に顔に出ているらしい。
「でも私、まだ理科には苦手意識あるよ?」
「いや、でも自ら学ぼうという姿勢があるだろ? それってすごく大事なことだと思う。将来、星の専門家とかになったらどうだ?」
「そ、そんな! 星の専門だなんて! 私が知っているのは星のほんの一部だけで、そんな専門家になんて……」
「星が好きなんだろ? マイコには、うってつけじゃないのか?」
そこまで星は好きじゃないけどな、でもツバキが褒めてくれてるのですごく嬉しかった。
ツバキが勧めるなら、星の専門家になるのもいいかもしれないな。
「それも……いいかもしれないね」
星の専門家って、頭いい感じに見える。うん、そういうのもいいかもしれない。
私は来年中学生なのだ。そろそろ将来のことも真剣に考えないといけない。
「ツバキは将来何になりたいの?」
「うーん……実はまだ、何になりたいか考えてないんだ。自分の将来を考えろって言われても、まだ小学生の俺たちには難しい話だよな」
「確かに、言われてみればそうかも……自分が大人になった姿なんて、想像もできないし……」
「俺はさ、今のうちにやりたいことたくさんやっておきたいんだ。ほら、大人になったら遊べなくなっちゃうだろ? だから今の時間を全力で楽しむことにしたんだ。時間が経つのはあっという間だからな」
ツバキはそう語った。
すごいと思う、こんなこと考えたこともなかった。ツバキはすごい、しっかりとした自分の信念を持っている。
私も見習わなければ。ああ私、ツバキから教えられてばっかだな。
そうだ、ツバキの言うとおり時間はあっという間だ。
ツバキと一緒にいられる時間もわずかしかない。中学でクラスが離れてしまうかもしれない。
もう恥ずかしいとか言ってる状況じゃないんだ、『小学生』の時間が終わってしまう前に、なんとしてでもツバキと距離を縮めないと。
流れ星はまだ降り続く。
その数はとどまることを知らない。
でもそれもきっと、数時間もすれば消えてしまうのだろう。
儚く消える『絆』のように。