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あのあと私とツバキは五時間目が終わったあと、四人の班員を説得しに行った。
四人はあっさり納得してくれたので、ちょっと意外だった。
まあ大方、やることが他になかったからだろう。
ともかく、私はツバキと二人きりになれるチャンスを掴んだのだ。
この達成感がすごい。
夏休みに入り、今はもう八月。
そして今日は、ツバキと星を見に(正確には班で星を見に)行く日だ。
「ど、どうしようかな……しまった、ツバキの好みもちゃんと調べておくべきだった」
私は今とある問題と直面していた。
今日はいわゆる『デート』というわけで、やっぱりこういうのは服も超重要になるわけで。
ここでダサい服を選んでしまっては、ツバキからの好感度もガタ落ちだろう。
私はクローゼットからありとあらゆる服を引っ張り出し、その中で苦悩していた。
ここが見せ所なのだ。ツバキに『かわいい』って思ってもらえるように。
「どれにしようかな……はっ! 約束の時間までもう三十分しかない!」
約束の場所は今は使われていない、古い展望台。そこから星がよく見えるのだ。
家からそこまで歩いて、十五分はかかる。
早く服を選んで準備をしなくては。
「え、ええーっと…もうこれとこれとこれと…これでいいや!」
私は散らばっている服から適当なものを選び、着替えた。
色は一応、統一した。だから変じゃないはず。
雑誌に載ってるようなかわいい服じゃないけど…少なくとも女の子らしく見えるはず。多分。
「荷物はレポート用紙と筆記用具と…ああなんか女の子らしい持ち物も必要なのかな?」
確か雑誌では女の子らしい持ち物が載っていたはず。
なんだっけ、場所によってそれは違ったような……?
今日行く場所は展望台だから……突然の雨に備えて折りたたみ傘とか? いや、ここは女の子らしく見せるメイクポーチみたいなもの? それとも……
「ああもう、ダメだ! 思いつかない!」
私が読んだ雑誌はどこだっけ……? ああ、服でごちゃごちゃしてわからない!
普段から、整理整頓のクセをつけとくべきだったかなあ……
「もう時間がない! 行かなきゃ!い、いってきまーす!」
私は大急ぎで階段を駆け下り、玄関を思いっきり開けて走っていった。
親から何か言われた気がしたけど、今そんなことを気にしてる場合じゃないのだ。
遅刻だけは避けなければ。時間にだらしない子だと思われてしまう……!
ツバキから嫌われるかも……!
外はもう暗くなっていた。暗くなってもやっぱり夏は暑いもので。
この暑い中私は全速力で走り、汗でびしょびしょになっていた。
(けど今はそんなことを気にしちゃいられない……!)
汗は後でなんとかすればいい。今は走ることに集中しなきゃ……!
こうなると春のリレーのことを思い出す。
確かあの時も全速力で走ったっけな。それでツバキに笑われて……
そんなことを考えていたら、ここはもう展望台。
走ったら五分くらいで着いた。
息を切らし展望台に上がると、もう班員は集まって準備をしていた。
でもお目当てのツバキがいない。どうしたんだろう。
ツバキは遅刻するようなタイプじゃないし、もしかしたら何かあったのかもしれない。
来る途中で事故に遭ったとか……不吉な考えが頭をよぎる。
「マイコ、何突っ立ってるんだよ」
後ろを振り向くと、そこには好きな人。
「ツ、バキ」
「ほら、さっさと準備して始めようぜ……ん?」
「な、何? どうかした?」
「なんかマイコ、いつもと違うなーって」
こ、これは脈アリ! チャンス到来?
きたきたきた!
「ちょっとオシャレしてきたの! 気合い入れてね」
リボンの青い髪飾り、水色のドット柄のワンピース、靴も青いローファー…
いつもよりちょっと女の子らしく、かわいく、キュートに。
もしかして『かわいい』って思ってくれてる!?
「その格好寒くないか? 夏でも夜は結構冷えるぞ」
「だ、大丈夫! 走ってきたから体はあったまってるし!」
そ、そっちか……私としては、ツバキに『かわいい』って言ってもらいたかったな。
私はここで気付いた。もしかして今の私は、すごく汗だくなのではないか。
汗を拭くの忘れてた……!やばい……!
「ツバキー! これでいいかー?」
班員の一人がツバキに声をかけた。
ツバキは声をかけた班員に駆け寄っていった。
よし、今のうちに汗を拭いておこう……
「準備はこれでいいな…よし、観察始めようぜ」
どうやら準備が終わったらしい。ツバキがみんなに声をかけ、班員はツバキの方に集まった。
私はツバキの隣に駆け寄った。『隣』っていうポジションって大事だよね。
「それじゃあ、それぞれ別れて観察しよっか。……ツバキ、私たちはあっちの方を見ない?」
「……そうだな、あっちはよく星が見えそうだし」
実は私、とても緊張していた。
自分から話しかけることに、未だに慣れていないのだ。
でも今日はそんなことで恥ずかしがってる場合ではない、自分からチャンスを作らなきゃいけないからだ。
それぞれの役割はあらかじめ決めてあった。私はツバキと一緒にやることになっていた。
それもまあ、私がいろいろ仕組んだんだけど。
ここまでの道のりは長かった、しかし私は今、ようやく二人きりという憧れのシチュエーションを手に入れた。
「……今日晴れてよかったね、絶好の観察日和だよ!」
「ああ、俺も天気の方は心配してたからな。台風もあるし」
「星見えるかな?」
「……星なんて空を見ればいくらでも見えるぞ。ほら」
「あ、ああ、そうじゃなくて! いや、私が言ってるのは……」
「わかってる。流れ星、だろ?」
そりゃ上を見れば、星なんていくらでも見える。
でも私が見たいのは、ツバキと一緒に見たいのは、流れ星。
今日来るはずの、ペルセウス流星群。
「まあ今日やることの主役だからな。ただ星の観察ってのも味気ないし」
「予定は今日のはずなんだけど……見えるかな?」
「時間帯によって変わるからな、もしかしたら夜中まで待つかも知れない。マイコ、予定の時間って何時ぐらいだ?」
「あー……それが……」
調べてなかったのだ。ツバキと星を見ることしか頭になく、肝心の時間帯まで調べてなかったのだ。
やってしまった、私としたことがこんな凡ミスを……
もしかしたらツバキは怒るかもしれない。ああ私の馬鹿、ツバキの好感度ガタ落ちじゃない。
「調べてないのか?」
「え、あ、うん……ごめん」
そう言うとツバキはいきなり盛大に吹き出した。
「くっ……あっはははは!」
「えっ? どこがおかしいの?」
どうしてツバキは突然笑い出したのだろう。
何か私はおかしなことを言ったのだろうか。しかし考えても答えは出てこない。
「だって! マイコがあんなに調べていたことなのに、肝心の時間がわからないなんて……おっちょこちょいだな、マイコって! はははっ」
「え、ええ? それで笑ってんの?」
「肝心なところでやらかしたな、あー、これじゃほんとに夜中までかかるかもな」
私はびっくりした。怒られるかと思った。
ツバキは本当に優しくておおらかな人なんだなと、つくづく思う。
私はツバキのこういうところを、好きになったのだろうか。
「まあ今の時間帯でも結構星の観察はできるだろうし、流星群来るまで他の奴らの手伝いでもしてよう」
「……うん、そうだね」
でも時間を調べてなかったのは失敗だったなあ。
ああ、でもいっか。時間が遅くなれば遅くなるほど、ツバキと一緒にいられる時間が増えるから。
さて、私も何か他の人の手伝いをしに行こうか。
班に協力的な姿を見せれば、私の好感度が上がるかもしれない。
よし、ここは積極的にツバキにアピールしよう。
「マイコー! ちょっと手伝ってくれないか?」
「うん! 今行くね」
向こうで愛する人が私の名前を呼ぶ。それだけでも幸せなのに、これ以上を求める私がいる。
欲張っちゃダメだとわかっているけど、足りない。私は満たされない。
もっとツバキと近づきたい、『友達」』という枠から抜け出して、更に上のステージへ。
だからもっとツバキとの時間を増やさなきゃ。ぐずぐずしてると他の人に盗られてしまう。
ツバキはこの性格だから、結構モテるんだよね。
(……絶対、ツバキの一番になってみせる)
私はここで決めた。ツバキの一番になるためならば、どんなことでもすると。
その時の私の顔は、酷く歪んでいたに違いない。