5
梅雨も終わり、気が付けばもう七月になっていた。
もうすぐ夏休みが始まる。長い長いあの夏休みが。
「マイコ、残念だったね……席替え……」
昼休み、アイが私のところに来てそう言った。
夏休みがやってくるということで、みんなは喜んでいたが……
一方私は気持ちが沈んでいた。それは席替えでツバキと席が離れてしまったからだ。
アイが話しかけてきたが、とてもまともに話せる状況ではなかった。
「……どうして」
「でもマイコ! 私とは席近くになれたよ! 私はマイコの斜め前だもの。これで授業中でも話せるね」
アイは私に気を遣ってくれてるのか、なるべく明るく私と接していた。
「夏休みが始まる前までずっと一緒だね。よかったあ、マイコと近くの席になれて。やっとおまじないが効いたよ」
「……アイ」
ごめん、ごめんねアイ。私、今そういう気分じゃないんだ。
「私、夏休みの自由研究のこと考えなくちゃ。まだ私の班、何も決まってないから……自由研究は『前の』班でやるから、ちゃんとやらないとツバキに怒られちゃう……」
私は別のことで考えを紛らわそうとした。そうだ、自由研究はまだ何も決まっていないんだもの。
そろそろ考えないとまずい。もう夏休みまであと少ししかないし。
「マイコ……」
「ごめんね、後でね」
私は教室を後にして廊下に出た。
廊下は教室の数倍うるさかった。
でも今日だけはそんなうるさい声も、私の耳には届かなかった。
(自由研究は前の班でやれるんだ。つまり、これがツバキと一緒にいられる最後のチャンス……)
そんな考えで頭がいっぱいだったからだ。
席が離れても話すことはできるが、とても私からツバキに話しかける勇気はなかった。
いつも話しかけれるのを待ってばかり。でも席が離れてから、ツバキと話すことは極端に減る気がする。
だってツバキと私の席はすごく遠いから。
私が廊下側、ツバキが窓側。確かにこれじゃ一緒に話せないな。
それに多分、この先ツバキと一緒に話せることは、ない。
(夏休み、なんとしてでも仲を深めなきゃ。私には、もう時間が残されていない)
あんなに仲良くなれたのに。時間が経つとその絆は薄まっていく。
何か考えなきゃ、自由研究でもっとツバキと仲良くなれる方法を。
ああでも自由研究は『班』でやるから、他の班員が邪魔になるな……
何かいい方法はないのだろうか。
廊下を歩く、歩く。下を向いて、考え事をしながら。
どうしたらツバキとの仲が深まる? どうしたら二人きりになれる?
俯いて歩く私にふと、ある話し声が聞こえてきた。
「今年も七夕は雨だったよね」
「いっつも七夕って雨か曇りだよね。これじゃ願いごとなんて叶わないよ」
七夕……七夕か。
そういえば今年の七夕は雨で星が見れなかったな……
ここは田舎のほうだから、晴れた日には綺麗な星空が広がるけど……
残念ながら天の川は見えなかったな。
「……そうだ」
私は名案を思いついた。
「え? 星の研究?」
次の日の昼休み、私は勇気を出して自分からツバキに話しかけた。
やっぱりドキドキして、目を合わせることはできなかったけど。
私はツバキに自由研究の提案をした。
「そ、そう。なんかロマンチックじゃない? 星の研究って。」
「うーん……いい案だと思うけど、どうして星の研究を?」
それは貴方と一緒に星を見たいからだよ、なんて言えるわけがない。
だから私は、最もな理由を探すことから始めたのだ。
どうしたら自然に星の自由研究ができるか……
昨日考えて考えて、やっと思いついた『理由』。
「ツバキ、なんか『たまたま』テレビでやってたんだけど……八月にペルセウス座流星群があるんだって。すごく綺麗らしいから、どうかなあ……って。それに、他の星座の神話とかも交えて調べてみると面白いかなあって…例えばね、夏のヘルクレス座は十二の冒険を成し遂げて星座になったの。そういうエピソードとか面白いでしょ?」
たまたまなんて嘘。星になんてこれっぽっちも興味がない私が、ここまで調べた上げたのだ。
これくらいやらないと。決して怪しまれることがないように。
「……ああ! それいいかも! 面白そうだし!」
この反応……掴みはいいみたいだ。
いける。これはいける。私は心の中でガッツポーズをした。
「で、でしょ!? でさ、うちの班って六人じゃない?だから『二人』ずつに別れて、星を観察するのはどうかなって思ったんだけど……ほら、なんの星座を調べるか役割決めてさ!」
「あー……それだと一種類だけじゃなく、いろいろ調べられるってことか……」
「そうそう!」
完璧だ、怪しまれていない。
我ながらいい考えだなあと思う。けどこれって、ツバキを騙してることになるんだよなあ……
ちょっと心が痛むけど……でもちょっとくらい、いいよね。
これも全部、ツバキと仲を深めるためだもの。
「でも他は納得してくれるかなー俺はすごくいいと思うけど、他の奴がなんて言うか……」
「だ、大丈夫! ちゃんと説得するから!」
ここで最大のチャンスを逃してたまるか。
こんなことでしくじりたくない。班の人は私が説得してみせる。
私の目は熱意で満ちていた。
「じゃあツバキ、私他の子を説得してくるね」
なんとしてでも説得してやる。
私が行こうとすると、ふとツバキがこんなことを言った。
「マイコ、あんなに理科のこと嫌いだったのに。よっぽど星が好きなんだな」
「え……?」
それは貴方のためだよ、ツバキ。
ツバキのために、興味もない星のことを調べ上げたんだよ。
流星群のこと、星座のこと。全部がツバキのためなんだよ。
私はツバキの一言が純粋に嬉しかった。
なんかツバキが、私のことを認めてくれたみたいで。
「ま、まあね。ちょっとね……」
私の顔はきっとリンゴのように真っ赤だろう。
恥ずかしくて目をそらしてしまった。
そういえば星が好きな女の子って、男子からはモテるんだろうか。
ツバキは女子力高い子が好きなのかなあ……?
「よし、だったら俺も他の奴を説得するの手伝うぜ」
「いいの!? ありがとう」
まさかの急展開だ。ツバキと、もうこんなに早く共同作業ができるなんて……
今日はラッキーだな。ああずっとこの幸せな、二人だけの時間が続けばいいのに……
私とツバキは、班員を説得するため班員を探そうと教室を出た。
「ね、ねえ、ツバキあれって……」
行こうとしたのだ。でも私には『とある出来事』に目が釘付けになってしまい、その場で立ち止まってしまったのだ。
ツバキが不思議な目で見てくる。私は数メートル先を指さした。
女子たちに囲まれている女子が一人。
どうやらツバキは、私の意図が伝わったようだ。
数メートル先から、女子たちの話し声が聞こえてくる。聞きたくない、声が。
「…だから、私らはユウカのためを思って言ってるの。わかるでしょ?」
「そうそう。ユウカのことが心配なんだもの」
「それに私たちのためでもあるの。利害が一致してるわけ」
「だからね」
「ユウカ」
「死んでくれない? ユウカ、この世に必要ないの」
その言葉を聞いたとき、私はもう飛び出していた。
見過ごしていられなかったのだ。今私の目の前で起きてる状況を。
私は怒った。ツバキも怒った。女子たちはびっくりしていた。
ここでチャイムが鳴った。昼休みの終わりを告げるチャイムが。
女子たちは逃げていった。囲まれていた女子は、唖然とした表情をしていた。
「ねえツバキ、あれって…」
「立派な『いじめ』だな。先生に言った方が……」
囲まれていた女子が、私たちの言葉を遮った。
「いいの! 心配しないで。いつものことだもん。だから……」
そんなことを言われても……私としては放っておくわけには……
「ご、ごめんね、ありがとう!」
女子は行ってしまった。私たちはその場に取り残された。
「……マイコ、どうしてさっき飛び出して行ったんだ?」
「……見過ごせなかったの。ああいうの大嫌いだから」
私はふと少し前のことを思い出した。
私とアイが、まだ出会う前の出来事を。
「私ね、ああいうの見るの初めてじゃないの。前にも似たような光景を見たことがあるんだ」
「……アイのことか?」
アイは私と出会う前、女子たちにいじめられていた。
理由は単純、アイが気に入らなかったから。
そんなくだらない理由で、アイはいじめられていた。
「だからああいうの見ると、どうしてもアイのことを思い出しちゃうんだ。まあいじめはもうなくなったけど」
あのとき私はアイを助けた。そこから今に至るまで仲良くなれたのだ。
もしあのとき私が声をかけなかったら、きっとアイは未だにいじめられ、一人ぼっちだっただろう。
「マイコ、アイのことすごく大事に思ってるんだな」
「えっ? そ、そんなことないよ? ただアイは見てるとなんか危なっかしいから、だから私がついてあげないとって思ってるだけで……」
「そんなに照れるなよ。友達思いなのはいいことだぞ? マイコって友達思いなところがあるんだな」
あれ? 今私ツバキに褒められてる?
私の好感度上がってる?
「自由研究のことは、五時間目が終わってからにしよう」
「あ、そうだね……」
勝負は五時間目のあと、か。いいよ、絶対ツバキと星を見に行くから。
これは私の負けられない『勝負』みたいなものだ。四人の班員なんか、私が絶対納得させてやる。
私とツバキは教室に戻った。
ああ今の私は、一体どんな顔をしているのだろう。
とても醜い顔をしてるのかもしれない。自分でもにやけているのがよくわかる。
前は人への好感度とか、全然気にしなかったのに。
たった一人の人のために、ここまでするなんて。
――恋って、ここまで人を変えるんだ。




