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人間ダイアリー  作者: 夢菜
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6/17

 梅雨も終わり、気が付けばもう七月になっていた。

 もうすぐ夏休みが始まる。長い長いあの夏休みが。


「マイコ、残念だったね……席替え……」


 昼休み、アイが私のところに来てそう言った。

 夏休みがやってくるということで、みんなは喜んでいたが……

 一方私は気持ちが沈んでいた。それは席替えでツバキと席が離れてしまったからだ。

 アイが話しかけてきたが、とてもまともに話せる状況ではなかった。


「……どうして」

「でもマイコ! 私とは席近くになれたよ! 私はマイコの斜め前だもの。これで授業中でも話せるね」


 アイは私に気を遣ってくれてるのか、なるべく明るく私と接していた。


「夏休みが始まる前までずっと一緒だね。よかったあ、マイコと近くの席になれて。やっとおまじないが効いたよ」

「……アイ」


 ごめん、ごめんねアイ。私、今そういう気分じゃないんだ。


「私、夏休みの自由研究のこと考えなくちゃ。まだ私の班、何も決まってないから……自由研究は『前の』班でやるから、ちゃんとやらないとツバキに怒られちゃう……」

 私は別のことで考えを紛らわそうとした。そうだ、自由研究はまだ何も決まっていないんだもの。

 そろそろ考えないとまずい。もう夏休みまであと少ししかないし。


「マイコ……」

「ごめんね、後でね」


 私は教室を後にして廊下に出た。

 廊下は教室の数倍うるさかった。

 でも今日だけはそんなうるさい声も、私の耳には届かなかった。


(自由研究は前の班でやれるんだ。つまり、これがツバキと一緒にいられる最後のチャンス……)


 そんな考えで頭がいっぱいだったからだ。

 席が離れても話すことはできるが、とても私からツバキに話しかける勇気はなかった。

 いつも話しかけれるのを待ってばかり。でも席が離れてから、ツバキと話すことは極端に減る気がする。

 だってツバキと私の席はすごく遠いから。

 私が廊下側、ツバキが窓側。確かにこれじゃ一緒に話せないな。

 それに多分、この先ツバキと一緒に話せることは、ない。


(夏休み、なんとしてでも仲を深めなきゃ。私には、もう時間が残されていない)


 あんなに仲良くなれたのに。時間が経つとその絆は薄まっていく。

 何か考えなきゃ、自由研究でもっとツバキと仲良くなれる方法を。

 ああでも自由研究は『班』でやるから、他の班員が邪魔になるな……

 何かいい方法はないのだろうか。


 廊下を歩く、歩く。下を向いて、考え事をしながら。

 どうしたらツバキとの仲が深まる? どうしたら二人きりになれる?

 俯いて歩く私にふと、ある話し声が聞こえてきた。


「今年も七夕は雨だったよね」

「いっつも七夕って雨か曇りだよね。これじゃ願いごとなんて叶わないよ」


 七夕……七夕か。

 そういえば今年の七夕は雨で星が見れなかったな……

 ここは田舎のほうだから、晴れた日には綺麗な星空が広がるけど……

 残念ながら天の川は見えなかったな。


「……そうだ」


 私は名案を思いついた。



「え? 星の研究?」


 次の日の昼休み、私は勇気を出して自分からツバキに話しかけた。

 やっぱりドキドキして、目を合わせることはできなかったけど。

 私はツバキに自由研究の提案をした。


「そ、そう。なんかロマンチックじゃない? 星の研究って。」

「うーん……いい案だと思うけど、どうして星の研究を?」


 それは貴方と一緒に星を見たいからだよ、なんて言えるわけがない。

 だから私は、最もな理由を探すことから始めたのだ。

 どうしたら自然に星の自由研究ができるか……

 昨日考えて考えて、やっと思いついた『理由』。


「ツバキ、なんか『たまたま』テレビでやってたんだけど……八月にペルセウス座流星群があるんだって。すごく綺麗らしいから、どうかなあ……って。それに、他の星座の神話とかも交えて調べてみると面白いかなあって…例えばね、夏のヘルクレス座は十二の冒険を成し遂げて星座になったの。そういうエピソードとか面白いでしょ?」


 たまたまなんて嘘。星になんてこれっぽっちも興味がない私が、ここまで調べた上げたのだ。

 これくらいやらないと。決して怪しまれることがないように。


「……ああ! それいいかも! 面白そうだし!」


 この反応……掴みはいいみたいだ。

 いける。これはいける。私は心の中でガッツポーズをした。


「で、でしょ!? でさ、うちの班って六人じゃない?だから『二人』ずつに別れて、星を観察するのはどうかなって思ったんだけど……ほら、なんの星座を調べるか役割決めてさ!」

「あー……それだと一種類だけじゃなく、いろいろ調べられるってことか……」

「そうそう!」


 完璧だ、怪しまれていない。

 我ながらいい考えだなあと思う。けどこれって、ツバキを騙してることになるんだよなあ……

 ちょっと心が痛むけど……でもちょっとくらい、いいよね。

 これも全部、ツバキと仲を深めるためだもの。


「でも他は納得してくれるかなー俺はすごくいいと思うけど、他の奴がなんて言うか……」

「だ、大丈夫! ちゃんと説得するから!」


 ここで最大のチャンスを逃してたまるか。

 こんなことでしくじりたくない。班の人は私が説得してみせる。

 私の目は熱意で満ちていた。


「じゃあツバキ、私他の子を説得してくるね」

 なんとしてでも説得してやる。

 私が行こうとすると、ふとツバキがこんなことを言った。


「マイコ、あんなに理科のこと嫌いだったのに。よっぽど星が好きなんだな」

「え……?」


 それは貴方のためだよ、ツバキ。

 ツバキのために、興味もない星のことを調べ上げたんだよ。

 流星群のこと、星座のこと。全部がツバキのためなんだよ。

 私はツバキの一言が純粋に嬉しかった。

 なんかツバキが、私のことを認めてくれたみたいで。


「ま、まあね。ちょっとね……」


 私の顔はきっとリンゴのように真っ赤だろう。

 恥ずかしくて目をそらしてしまった。

 そういえば星が好きな女の子って、男子からはモテるんだろうか。

 ツバキは女子力高い子が好きなのかなあ……?


「よし、だったら俺も他の奴を説得するの手伝うぜ」

「いいの!? ありがとう」


 まさかの急展開だ。ツバキと、もうこんなに早く共同作業ができるなんて……

 今日はラッキーだな。ああずっとこの幸せな、二人だけの時間が続けばいいのに……

 私とツバキは、班員を説得するため班員を探そうと教室を出た。


「ね、ねえ、ツバキあれって……」


 行こうとしたのだ。でも私には『とある出来事』に目が釘付けになってしまい、その場で立ち止まってしまったのだ。

 ツバキが不思議な目で見てくる。私は数メートル先を指さした。

 女子たちに囲まれている女子が一人。

 どうやらツバキは、私の意図が伝わったようだ。

 数メートル先から、女子たちの話し声が聞こえてくる。聞きたくない、声が。


「…だから、私らはユウカのためを思って言ってるの。わかるでしょ?」

「そうそう。ユウカのことが心配なんだもの」

「それに私たちのためでもあるの。利害が一致してるわけ」

「だからね」

「ユウカ」


「死んでくれない? ユウカ、この世に必要ないの」


 その言葉を聞いたとき、私はもう飛び出していた。

 見過ごしていられなかったのだ。今私の目の前で起きてる状況を。

 私は怒った。ツバキも怒った。女子たちはびっくりしていた。

 ここでチャイムが鳴った。昼休みの終わりを告げるチャイムが。

 女子たちは逃げていった。囲まれていた女子は、唖然とした表情をしていた。


「ねえツバキ、あれって…」

「立派な『いじめ』だな。先生に言った方が……」

 囲まれていた女子が、私たちの言葉を遮った。

「いいの! 心配しないで。いつものことだもん。だから……」

 そんなことを言われても……私としては放っておくわけには……


「ご、ごめんね、ありがとう!」


 女子は行ってしまった。私たちはその場に取り残された。


「……マイコ、どうしてさっき飛び出して行ったんだ?」

「……見過ごせなかったの。ああいうの大嫌いだから」


 私はふと少し前のことを思い出した。

 私とアイが、まだ出会う前の出来事を。


「私ね、ああいうの見るの初めてじゃないの。前にも似たような光景を見たことがあるんだ」

「……アイのことか?」


 アイは私と出会う前、女子たちにいじめられていた。

 理由は単純、アイが気に入らなかったから。

 そんなくだらない理由で、アイはいじめられていた。


「だからああいうの見ると、どうしてもアイのことを思い出しちゃうんだ。まあいじめはもうなくなったけど」


 あのとき私はアイを助けた。そこから今に至るまで仲良くなれたのだ。

 もしあのとき私が声をかけなかったら、きっとアイは未だにいじめられ、一人ぼっちだっただろう。


「マイコ、アイのことすごく大事に思ってるんだな」

「えっ? そ、そんなことないよ? ただアイは見てるとなんか危なっかしいから、だから私がついてあげないとって思ってるだけで……」

「そんなに照れるなよ。友達思いなのはいいことだぞ? マイコって友達思いなところがあるんだな」


 あれ? 今私ツバキに褒められてる?

 私の好感度上がってる?


「自由研究のことは、五時間目が終わってからにしよう」

「あ、そうだね……」


 勝負は五時間目のあと、か。いいよ、絶対ツバキと星を見に行くから。

 これは私の負けられない『勝負』みたいなものだ。四人の班員なんか、私が絶対納得させてやる。

 私とツバキは教室に戻った。


 ああ今の私は、一体どんな顔をしているのだろう。

 とても醜い顔をしてるのかもしれない。自分でもにやけているのがよくわかる。

 前は人への好感度とか、全然気にしなかったのに。

 たった一人の人のために、ここまでするなんて。


 ――恋って、ここまで人を変えるんだ。


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