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リレーのことがあってから、私とツバキは仲良くなった。
といっても席が近くないから、あまり話せないけど……
ツバキとは、自分でも信じられないくらい気が合った。
好きなテレビのこと、好きな音楽のこと……ここまで気が合う人と会ったのは初めてかもしれない。アイとも趣味が合わないところがあるのに。運命的な出会いだ。
私の学校生活は、アイとツバキで成り立っていた。
そんなこんなでもう六月。梅雨の季節というのもあって、外は土砂降りの雨。
普通なら憂鬱になるところだが、私は雨が好きだ。晴れている時よりも雨の方が心が落ち着く。それに日焼けもしなくて済むし。
でもこう一週間も雨というのもちょっとな……飽きるというかなんというか。太陽の光が恋しくなってくる。
「マイコ、今日も雨だね」
朝休み、アイが私の席に来てそう言った。
私の席は窓側なので、降りしきる雨がはっきりと見えた。
「仕方ないよ、梅雨だもん。雨は好きだけど毎日続くのもなあ……」
私とアイは窓辺を見た。この雨、当分止みそうにないな。
次はいつ太陽に会えるのだろう。
「そうだマイコ、今日は席替えだよ。今度こそマイコと近くの席がいいなあ」
すっかり忘れていた。今日は席替えだった。
今日は一ヶ月に一度の席替えの日。ここで一ヶ月の学校生活が決まるのだ。
クラス替えも運命を左右する大事なイベントだが、席替えも私たちにとっては重大なイベントである。
嫌いな人が席の近くにいるだけでうんざりするし、逆に仲のいい友達が席の近くにいると、それだけで幸せになる。
別に今の席のままでもいいんだけどなあ……
この席替えで一ヶ月の運命が決まる……!
「でも席替えってくじ引きでしょ? それってもう運試しじゃない」
「大丈夫だよマイコ、私、昨日マイコと席が近くなるおまじないしてきたから!」
「まーたおまじないしてるの? そんなの効くわけないのに……」
「でっでも! クラス替えの時だって同じクラスになれたよ? おまじないの効果はあると思うなあ」
「……まあ別にいいけど」
アイは自信に満ちた顔で、おまじないのことを語った。
この頃から私はアイのちょっと子供っぽいところを、もうツッコまないことにした。
呆れたという理由もあるが、最近気にならなくなってきたのだ。
アイのこういうところに慣れてきてしまったのだろうか……
「あー、席替えなんかしたくないよ。どうせ嫌いな奴と隣になるんだし……」
「マイコ、まだ席替えは始まってないよ? 今からそんな弱音吐いてちゃダメだよ」
「席替えはいつやるんだっけ?」
「確か、三時間目の学活の時間だよ。その次が理科だから……理科室の席は新しい席になるかもね」
私は盛大にため息をついた。理科は私の大嫌いな科目だ。
しかも席替えしたあとの席でやるなんて嫌な予感しかしない。
理科は基本班でやるから……新しい班で早速やるのか。ああ嫌だ嫌だ。
「はあ……今日は厄日だ」
朝の会を始めるチャイムが鳴り響き、アイは席に戻っていった。
そのあとの時間はただ退屈でつまらない時間が続いた。
あの三時間目が来るまでは。
一時間目、二時間目をあくびをしながら過ごし、ついにその時はやってきた。
私たちの運命を決める席替えが。
みんなわいわい騒がしく楽しそうに過ごしているが、このあと多分これは戦慄に変わるだろう。
男子の嫌がる声、女子の泣き叫ぶ声……大袈裟かもしれないが、これは実際に私が経験したことなのだ。
何度クラスメートの惨めな姿を見てきたことか……
でもこれは決して他人事じゃない。もしかしたら今日叫ぶのは自分かもしれないのだ。
叫ぶなんて人前でしたくないが……前に叫んだ子によると、どうしても声に出てしまうらしい。
そういうものなのだろうか?しかし、それほどショックな出来事だからだろう。
そして先生に怒られて、クラスメートからは変な目で見られて……ダメだ。悪い考えしか浮かばない。
(このドキドキな時間がすごく長く感じる……!)
席替えのくじ引きは窓側の席からやるか、それとも廊下側の席からやるか、くだらないことでもめていた。
先生が入りジャンケンになり、結果廊下側の席からくじ引きをすることになったようだ。
私の席は窓側だから……くじの順番は最後の方だ。
先生がくじが入った箱を回している。
最後の方は当然のごとく選択肢が狭くなっている。
だからこそ迷うのだ。選択肢が狭ければ狭いほど迷い、後悔をする。
あっちにしようか、こっちか、と見せかけてそっちか。
ああやっぱりあっちにすればよかった、数分前に戻ってやり直したい……なんて思うに決まってる。
思考がネガティブすぎるだろうか。でもポジティブに考えることなんて出来ない。
(どうしよう、私の番が回ってくる)
アイはもうくじを引いたみたいだ。くじの紙を握りしめて祈っている。
(アイ……おまじないしたんでしょ……何弱気になってんの……)
次々にクラスメートがくじを引き、気が付けば私の番。
先生に急かされ、おそるおそるくじが入っている箱に手を伸ばす。
手には紙の感触がする。この残り少ない選択肢から選ばないと……
(これ?それともこっちかな、いやあっちの方かも……)
私は険しい顔つきで悩んでいた。
しかし早く選ばないと、後ろの人から文句を言われてしまう。
私は勢いに身を任せ、目をつぶりくじを引いた。
――これで私の一ヶ月は決まった。
くじが終わり、みんなは紙に書いてある番号の席へ机を動かしに行った。
黒板には席の配置図が描かれていた。自分の番号を探しその場所に向かう。
どうやら私はまた窓側の席のようだ。だから机を動かす距離はさほど遠くなかった。
机を動かしながら、みんなの声が聞こえる。
騒がしいな、そう思いながらアイの方を見ると、アイは私とだいぶ離れた場所にいた。
「アイ……おまじない全然効果ないじゃない……」
あの自信の満ちた顔はなんだったのだろうか。見ればアイはしょんぼりしていた。
ツバキはどこだろう、周りを見渡してもツバキの姿はなかった。
そうやってきょろきょろしてると、前から顔が現れた。
「マイコ、何きょろきょろしてんだよ」
目の前にツバキの顔があった。
「うわあっ……ツバキ?」
「マイコってちょっと変わったところあるよな、まあもう俺は驚かないけど」
「何それー……ってツバキの席は?」
「え? ここだけど」
ツバキが指した席は私の前。
「う、嘘……」
ということはツバキは私と同じ班ってこと……?
これは夢? 夢ならどうか覚めないでほしい。
そうだ、これは夢だ。仲のいい人が近くの席なんてそんなこと……ありえない。
だって今までそんなことなかったもの。
いっつもいっつも仲のいい人と席が離れて……
「嘘じゃないよ。ほら、俺の番号。黒板に書かれている場所だろ?」
そう言ってツバキは私にくじを見せた。
黒板を見て確認してみると、確かにツバキの席はここのようだ。
「え、あ、私……まだ信じられないよ。ツバキと席が近いなんて」
「……? マイコがなんでそんな深刻な顔してるか知らないけど、とにかく一ヶ月よろしくな」
「……うん! こちらこそよろしくね、ツバキ!」
三時間目はここで終わった。
最初あんなに思い悩んでいた表情が嘘のように、私の表情は晴れていた。
何よりもツバキと近くの席だということが、純粋に嬉しかったのだ。言葉に出来ないくらい。
どうやらこれは夢じゃないらしい。現実だ。私とツバキは同じ班なのだ。
私が心の中で喜んでいると、アイが私の席にやってきた。
「マイコ~! 席離れちゃったよ…」
アイは残念そうな顔をしてそう言った。
「アイ、どうやらおまじないは効かなかったみたいだね」
「うう……絶対効くと思ってたのに」
「アイと席が離れたのはすごく残念だよ。でも……私……」
「よかったね! ツバキと同じ班になれて!」
アイは素直に喜んでくれた。本当アイはいい子だなあ、とつくづく思う。
「うん! まさかツバキと一緒の班になれるとは思わなかったよ」
「それにしても、マイコが男子と仲良くなるなんて珍しいね。あんなに男子のこと毛嫌いしてたのに」
「なんというか……ツバキは他の男子とは違うんだよね。上手くは言えないけど、なんというか……オーラが違うのかな」
「ふうん……私はよくわからないけど、確かにツバキはいい人だよね。マイコが好きになるのもわかるよ」
「え、好き……?」
アイが言っている『好き』というのは恋愛の意味だろうか。
いや、アイのことだから深い意味はないのかもしれない。『友達』という意味で言ったのかもしれないし。
いけないいけない。変に意識しちゃった。
「そうだね! ツバキは私の大切な友達だよ!」
「あれ? 私はてっきり、マイコはツバキのことが好きなのかと思ったよ」
「え、だからそれって友達という意味で……」
「違うよ。私がマイコに言った『好き』って意味は、恋愛の方の意味の『好き』だよ」
「えっ……えええ!?」
私がツバキのことを好き? いやいや、私の『好き』っていうのは『友達』という意味であって、決して『恋愛』の意味じゃ……
違う違う、私がツバキに恋してるなんて絶対違う!
「アイ、私はツバキのこといい『友達』って思っているだけであって、そんな……ツバキに、恋なんて…」
私は今動揺を隠せない。アイの発言にものすごく動揺してしまっている。なんでこんなに私は焦っているんだろう。
まさか私がツバキに恋をしてるなんて……そんなこと……
「だってマイコ、みんながマイコとツバキの仲を噂してるよ?それにマイコ、ツバキと一緒にいるとき乙女の顔してるもの」
「おっ乙女!?私はそんな乙女っていうガラじゃないし……それに! 私、初恋もまだだよ?」
「ツバキが初恋の相手じゃないの?」
「違う違う! 私まだ恋なんてよくわかんないし、恋愛にもあんまり興味ないし……」
アイは何を言っているのだろうか。
さっきからアイに振り回されっぱなしだ。アイが発する一言一言にいちいち反応してしまう。
「ほらアイ! 次は理科だから、早く理科室に行かなきゃ! 遅れちゃうよ?」
「あっそうだったね、早く行かないと」
私とアイが変なやり取りをしているうちに、もうみんなは理科室に行ってしまったようだ。今クラスに居るのは私とアイだけだった。
(アイがあんなこと突然言うから……)
ばたばたと準備をして、アイと走って理科室に向かった。
私の幸せな一ヶ月はここから始まったのだ。




